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調査 2

 辺りを一通り見回した水藤さんは、加賀さんに視線を戻して言った。


「やっぱり、特に手掛かりになる物はなさそうですね。行きましょうか」

「はい」


 俺達は再び屋敷の正面に回り込むと、今度こそ玄関に到着した。


 水藤さんが日傘を畳む。


 玄関の扉は木製で、落ち着いた焦げ茶色だった。


 その上半分には大輪の花を模った着色硝子が(ステンドグラス)嵌まっていて、細部にまで美しさへの拘りを感じさせる。


 この扉一枚だけでも結構な額が投じられているに違いない。

 

 加賀さんは鞄から取り出した鍵で扉を開けると、俺達を中へ通してくれた。


 広い靴脱ぎ。


 その奥には上品な葡萄色の絨毯が敷かれ、靴脱ぎの脇にはしっかりした作りの焦げ茶色の靴箱が置かれている。


 西洋では靴を履いたまま家に入るものらしいので、洋風の屋敷に住んでいる加賀さん達も靴を履いたまま過ごしているのかと思ったが、やはりこの国で生まれ育つと、家の中に土足で入るというのは抵抗があるのかも知れない。


 加賀さん達が良くても、お客さんは戸惑うだろうし。

 

 絨毯の向こうには、玄関とは別の花を描いた着色硝子が輝く扉。


 白い壁に、床板や扉の焦げ茶色がよく映えた。


 家の中はひっそりと静まり返っていたが、加賀さんは構わず虚空に向かって声を掛ける。


「只今帰りました」


 加賀さんは上がり框の前まで進み出ると、再び俺達を振り返って言った。


「どうぞ、お上がり下さい」


 外履きの靴に似た意匠の上靴スリッパに履き替えた加賀さんが、靴箱の向こうに側に置かれていたらしい上靴立てから上靴を二つ取り出し、床に並べて置いてくれた。


「お邪魔します」


 水藤さんが靴を脱ぐのに続いて、俺も靴を脱いだ。


 向きを変えて揃えると、用意された上靴を履く。

 

 丁度その時、着色硝子の扉を開けて、見知らぬ中年女性が現れた。

 

 幾分ふっくらとしたその女性は、四十代半ばくらいだろうか。


 皺やたるみが目立ち、お世辞にも美人ではなかったが、朗らかそうな人だった。


 白妙さんとは全く似ていないところからして、白妙さんのお母上という訳ではなさそうだが、やはり深夜の騒動が堪えているらしく、顔色が優れない。


 一つに纏められた白髪の多い髪。


 落ち着いた茶色の和服に前掛、上靴姿で現れたその人に、加賀さんは改めて言った。


「只今戻りました」

「お帰りなさいませ。壮坊っちゃんはお帰りになられたんですか?」

「ええ。こちらは言霊使いの水藤雅さんと、助手の氷上玲さんです」


 水藤さんと俺が加賀さんの紹介に合わせて頭を下げると、女性も丁寧にお辞儀をしてくれた。


 俺達の紹介が終わったところで、今度は加賀さんが女性を俺達に紹介する。


「こちらは住み込みでお手伝いをして下さっている、四十崎乙葉あいさきおとはさんです」

「この度はようこそお越し下さいました。どうぞよろしくお願いします」


 四十崎さんはもう一度お辞儀をすると、顔を上げてから心配そうに加賀さんに言った。


「お嬢様、お出掛け前よりお顔の色が優れない気がしますよ。少しお休みになられてはいかがですか?」

「私なら大丈夫です。四十崎さんこそ、昨日は碌に休めていないんですから、少しでも休んでいて下さい。用がある時には声を掛けますから」

「いえ、とても寝付けませんし、動いていた方が気が紛れますから。旦那様もずっとお休みになられていないようですし、私一人が寝ている訳には行きません。すぐにお茶をお持ちしますね」

「ありがとう。お願いします」

 

 四十崎さんがいそいそと扉の向こうに姿を消すと、加賀さんも歩き出した。


 四十崎さんが開けたままにしておいた扉をくぐると、そこは玄関広間ホールだ。


 高い天井には無数の傘を持つ、大小様々な水晶で飾られた飾電灯シャンデリア


 視線を正面に戻すと、花を描く着色硝子の扉があって、右手に一部屋、左に向かって伸びた廊下の先にもまだいくつか部屋があるようだ。


 左手の高い壁には眩い日差しが燦々と降り注ぐ窓と、一面の床に敷かれた絨毯と同じ葡萄色の窓掛カーテンがあり、その下には二階へと続く階段が伸びていた。


 階段の手摺は焦げ茶色で、優美な彫刻が施されている。

 

 正面の扉がおもむろに開くと、五十代前後と思しき男性が姿を現した。


 黒と言うより灰色の短髪。


 丸い眼鏡の奥の瞳は優しく穏やかで、知的な光を湛えている。


 その面は白妙さんと同じくらい顔色が悪かったし、目の下に隈もあったが、それでも十分端正で、どこか白妙さんと面影が重なるところがあった。

 

 多分、この人が白妙さんのお父上なのだろう。

 

 白い襯衣シャツに、落ち着いた赤の胴衣ベスト、黒い洋袴ズボン姿で、足元には履き心地の良さそうな上靴スリッパがあった。


 これくらいの年の男性で赤を着こなしている人はあまり見掛けないが、なかなか洒落た人らしい。

 

 加賀さんは男性を手で示して、俺達に紹介した。


「父の加賀文人かがふみひとです」


 文人さんは黙って小さく会釈をした。


 加賀さんは俺達を文人さんに紹介すると、悪戯を見付かった子供のように首を竦めて文人さんに言う。


「ごめんなさい。お父様が納得していないのに、勝手に言霊使いの方を連れて来てしまいました」

「こうと決めたら簡単に考えを曲げないのは、死んだ母さん譲りだな」


 文人さんは溜め息混じりにそう言ったが、決して怒ってはいないようだった。


 白妙さんに根負けしたというのもあるのだろうが、文人さんにも真実を知りたいという気持ちが多少なりともあるのかも知れない。


 実の娘が急にいなくなってしまったら、その理由が全く気にならないということはないだろう。

 

 文人さんは穏やかに続けた。


「お前の気が済むようにするといい。必要があれば、私も協力しよう」

「ありがとうございます、お父様」


 加賀さんの言葉に、文人さんはその唇にあるかなしかの笑みを浮かべると、俺達に軽く会釈して、静かに踵を返した。


 扉が静かに閉まると、加賀さんは再び歩き出す。


「私の部屋はこちらです」


 加賀さんはほとんど足音を立てずに階段を上り始めた。


 流石立派な屋敷の令嬢だけあって、躾が行き届いているらしい。


 俺もできるだけ足音を立てないように気を付けて歩きながら、先を行く加賀さんの背中に向かって問いかける。


「随分広いですが、間取りはどうなっているんですか?」







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