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第60話 拳にのせた重み



「――そっちこそずいぶん油断してるじゃないか、勇者様。よっと!」



 変わり果てた腕を注視していたライルベルの隙をつき、エッドは細剣を思い切り引き寄せた。


「!?」


 あっけなく勇者の手を離れた聖宝は、エッドの背後へと軽やかな音を立てて落下する。


「くっ!」


 得物を奪われたライルベルは後ずさりし、苦々しい眼光をエッドに叩きつけてくる。


「そんな顔じゃ、ほかに武器は持っていませんって言ってるのと同じだぞ」

「う――うるさいっ!」

「……演技なら、知り合いの一座に推薦したいくらいだけどな」


 エッドはそう苦笑すると、分厚い皮手袋の留め具を外す。聖宝の刃により裂かれた無残な手袋をとり去ると、肩から続く義手の全貌があらわになった。

 黒々としたそのからくりが、荒野の日差しを受けて輝く。


「どうだ、この指先の造り込み! かっこいいだろ」


 手首から先の義手には、腕よりも細かい部品がいくつも複雑に組み込まれていた。そのどこにも、刃を握っていたことなど嘘のように小傷ひとつ付いていない。


「貴重な一品だ。今のうちに、握手でもしておくか?」


 黒い指を曲げ伸ばししながら、エッドは言い放つ。


 実はどういう原理で動いているのか、設計図を提出したエッドにも未だにわからない。あの下手な図から現実的に稼働する品をおこしていく道のりこそ、技術者の真髄なのだろう。常識はずれな腕を持つ球体の職人に、エッドは何度目とも知れない感謝を捧げた。


 勇者は冷淡な表情を浮かべ、低い声で感想を述べる。


「……おめでとう。さらに“ヒト”から遠ざかったわけだね」

「そりゃどうも。それじゃ――お互い剣も失くしたことだし、次の種目は拳闘でいいか?」


 構えながらそう訊いたエッドの前に、答えだと言わんばかりの勇者の拳が迫ってくる。視えてはいるが相変わらず、疾い――。


「っと!」


 鼻先でその拳を避け、エッドは横に跳んだ。

 熱い荒野の空気を裂いて繰り出されたライルベルの拳は、その細腕で放っているとは思えないほど重みのあるものに見える。アレイアが警告していたように、たしかに根っからの武人らしい。


 だが――エッドはこれよりも、疾くて重い拳を知っている。


「ふッ!」

「……っ!」


 背後の剣を拾わせないように気を配りながら闘うのは困難だろう――そう予想していたエッドだったが、勇者の動線を邪魔する必要はなかった。


 ライルベルは拳闘に入った途端、目の輝きをとり戻し熱中している。


「なんだか生き生きしてきたじゃないか。剣術より向いてるんじゃないのか」


 動きを観察しながら拳を避けて続けているエッドに、勇者はもどかしそうな声を投げる。


「ふん! 自分で仕掛けておきながら、避けの一手かい? はぁッ!」

「よっ――仲間の拳闘士がな、いつも言ってたんだよ。こういう状況になったら、手数を繰り出しゃ勝てるってもんじゃないってな」

「へえ? それはまた、臆病な拳闘士がいたものだ――ねッ!」


 轟音を上げて耳の端に迫った拳を避けるべく、エッドは身体を捻った。

 同時に腰を落とし、相手の死角からするどい一撃をお見舞いする。


「ぐ、ぅっ!」

「必要なのは、“こういう”一撃だけ。これに繋げる動きを考え続けることが、つまり拳闘なんだとさ。ちなみに俺は、素手でそいつに勝ったことがなかったよ」


 内臓が盛大に揺れたのだろう、ライルベルは片手をついて地面に屈み込んだ。

 一瞬吐きそうに顔が歪んだが、こらえてエッドを見上げる。


「お、よく耐えたな」

「うる……さいっ……! はぁっ、はあ……!」


 跳ねる石を臓腑に詰め込まれたような感覚も、動きを止めた瞬間にどっとのしかかる疲弊も――エッドにとっては、もはや懐かしいばかりだ。


 仲間に叩き込まれた型どおりに構え直し、亡者は勇者を見下ろす。


「降参しないか? 彼女の契約を解除して、以後俺たちに接触しないなら――」

「交渉……するつもりなんて、ないっ……! 穢れた……亡者め」


 荒い息の合間にそう言い切ったライルベルは、侮蔑をこめた目でエッドを睨む。どうあっても、魔物の慈悲になど応じないらしい。想定内の反応だったが、エッドは思わず小さくため息を落としてみせた。


「……。命は粗末にするもんじゃないぞ、ほんと」

「ふん……わからない、だろうね……。僕は、“勇者”じゃないと……意味がない、んだ……。このまま、終われなんて、しないっ……!」


 聖宝を手放している今、その言葉にはまぎれもなく勇者自身の想いが込められているのだろう。


「……」


 エッドは、うつむいている若者が背負っている重責を垣間見た気がした。



“さっすが、勇者エッドだ! こんな依頼じゃ、簡単すぎたかね?”

“エッド、そなた……もう少し、威厳のある面構えは出来ぬのか。余が選んだ勇者なのだぞ”

“母さんたちも鼻が高いわ。これからも頑張りなさいね”



 田舎生まれの平凡な自分でさえ、あの称号を戴いてからはそんな期待が山と寄せられたのである。

 生まれながらに期待され、鍛えられ――成果を求められたこの青年はきっと、エッドの想像を超える重みを抱えて歩いてきたに違いない。


「わかるよ。けどな――仲間になってほしい人がいたら、きちんと話を持ちかけるのが礼儀だろ。勇者じゃなくても、だ。その上で彼女がお前を選択するってんなら、こんな事態にはならなかったはずだ」

「……」


 あまりに説教くさかっただろうか。

 若き勇者は相変わらず地面を見つめ続け、汗を滴らせている。


(エッド。術の気配が)

「何だって?」


 飛び込んできた仲間の思念に、エッドは急いで彼方を見る。

 しかし、想い人(メリエール)の姿は補足できなかった。彼女の術に貫かれでもしたら、身体のどこであろうと消し飛ぶに違いない――


『……光の使者よ、輝ける雲を渡りし黄金の風よ。我が脚に祝いの息吹を……』

「!」


 集中した聴覚が捉えたのは、すぐ近く――エッドの真正面だった。


 勇者は最小限の声量で詠唱を続けながら、徐々に顔を上げる。

 そこに勝ち誇った笑みを見たエッドは、本能的に後ろへ跳んだ。



『駈けろ――“天馬の爪(ペガサス・クロー)”ッ!』

「くっ!」



 その術名を耳にしたエッドは、飛び退いた距離が無駄なものだったとすぐに悟る。


 脚に神の加護を与え、飛躍的な速度を獲得する術だ。

 人間ではその負荷に長くは耐えられないため、主に緊急回避として使う術だが――この距離では、強力な砲台代わりとなるだろう。


 拳が粉砕する危惧などかなぐり捨て、ライルベルは一直線に突っ込んでくる。


『絡め取れ――“闇の(ダーク)”』

「ログ、待てッ!」


 すかさず聞こえてきた味方の詠唱に、エッドはそう叫んだ。制止されるとは思っていなかったのか、背後で高まっていた魔力が霧散する気配を感じる。


 その間にも神の光をまとった脚で地面を蹴った勇者が、全体重を乗せた拳をエッドへ打ち込むべく迫った。


「はあああッ――!!」


 どんな見通しを立ててその愚かな選択をしたのか、エッド自身にもわからない。

 しかし――この拳は、正面から受けるべきだと本能的に感じていた。


 防御のため、顔の前に掲げた両腕を交差させる。

 その瞬間、魔力の重みが乗った拳が衝突した。


「……ッ!!」


 踏ん張った足が赤土を抉り、砂埃を舞い上がらせる。

 吹き飛ばされそうな重みに、全身の骨と筋肉が軋む音が聞こえた。実際、衝撃に任せて後方へ跳び、受け身をとったほうが身体のためには安全だったかもしれない。


「ぐっ……おぉっ……!」


 みしみしと軋む脚を叱咤し、エッドは腕に力を集めた。

 大波のような力の突進はやがて退いていき、勇者は拳を突き出した姿勢のまま制止する。


「……」


 赤い霧のような砂が舞う。

 その色と対をなすような青い目が、ゆっくりとエッドを見つめた。


「ふん……届か、なかった、か……」


 崩れ落ちるように地面に膝をついたライルベルが残した呟きが、エッドの耳をかすめた。


 勇者の拳の皮膚は破れ、肌の色が見えぬほど紅く染まっていた。

 義手に付着した同じ色のぬらりと光る液体を見、エッドは静かに言う。



「ちゃんと届いたさ。けど、俺の想いのほうが重かったらしいな」

「……はは……そうか――なッ!」



 不穏な雄叫びと共に、ふたたび勇者はエッドに襲いかかった。

 どこからか抜き放った小さなナイフを、エッドの腿めがけて一直線に突き出す。


「!」


 刃に毒が仕込んである――得物の大きさや急所を狙わない攻撃姿勢を見、エッドは経験からすばやく察した。

 しかしそこまで分かっていても、さきほど酷使した足の反応は鈍い。



「く――!」



 鋭利な銀の光が、矢のように尾を引く。

 亡者の目は、ただその光をなぞるように見つめることしかできなかった。



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