第37話 炎と氷のにらみあい
「敗けるって、お前……」
「言葉のとおりですよ。現状、あの勇者に勝つのは厳しいでしょう」
ふたたび不穏な宣告をされ、エッドは押し黙る。
ログレスのことは信頼しており、今まで何度もその見識に救われてきた。
しかし今回は――心の隅で、暗い炎がちりちりと燻りはじめる。
「……。一応、崇高なご意見を伺ってもいいか、大闇術師さま?」
「崇高もなにも、我々との相性が良くないというのが第一の理由です」
エッドの斜にかまえた言葉にも動じず、友は淡々と説明した。
場の空気を敏感に察知したのか、アレイアは落ち着かない様子で長椅子の隅で小さくなっている。
「むこうは強大な“聖宝”を手にし、聖術の心得をも持つ才能ある勇者。対してこちらは、聖気が致命的な痛手となる亡者と、闇術にのみ特化した人間がふたり」
「相手と斬り結ばずに戦うのが、闇術師だろ?」
「第二に」
口を挟んでも、この男の舌は止められない。
わかっていたのに声を上げた自分にも、やはり何事もなかったかのように説明を進めていく友にもエッドは腹を立てた。
むっつりと腕組みをし、続きを待つ。
「人質の存在です。メリエールは現在、自意識を制御されています。戦闘でむこうが不利になった場合、彼女を切り札として持ち出してくる可能性が大きい」
「……そう思うか? アレイア」
「えっ」
エッドに低い声を向けられ、アレイアは三つ編みとともに飛び上がった。
若き闇術師は蜂蜜色の瞳で新たな仲間たちを見回し、蚊の鳴くような声で考えを述べる。
「えっと……うん。残念だけど、そうなる可能性はあるよ。契約書にもライルベルへの献身についての項目があるし。最悪、聖宝のためにクレアみたいに……」
「分かった、留意しておく」
「留意?」
少女の言葉を遮るように終わらせたエッドに、友のするどい声が向けられる。
「そんな言葉で済みますか? これらは間違いなく脅威です。なんの対策もなしでは、敗北が必須であることは分かるはずです」
「だからって、こんな村でうんうん唸ってても仕方ないだろ」
「細剣のたった一閃で無様に地に伏したのは、どこの亡者です?」
いつもなら笑って流せる言葉のはずが、だれかに薪を投げ入れられたかのようにエッドの心は一気に爆ぜた。
「……っああ、俺だよ! まさか死んでもあんな痛みを感じることがあるなんて、思ってもみなかったもんでな!」
「では、繰り返さぬよう対策を――」
「行きながら考えたらいいだろ!? となりの大陸なんだぞ!」
闇術師の紅い瞳が、すっと細くなる。
「準備も整えず物資がそろった拠点を飛びだし、策は目的地までに思いつけば僥倖というわけですか。亡者にしては、ずいぶんと“神頼み”な旅路ですね」
氷のような毒舌が、エッドの炎を宿した瞳と衝突する。
生前を含めても、意見の食い違いは久々だった。
「本気で言ってるのか、お前!」
「貴方ほど、冗談を言う比率は高くないと自負していますが?」
エッドは腰を浮かせ、残った腕をテーブルにばんと突き立てる。
一部の本が雪崩を起こし、茶器が危うげな音を響かせた。
「悠長に構えてるヒマなんかないだろ!? 事は一刻を争うんだぞ」
「三日も寝ていた者に言われたくはありませんね」
「なっ……!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなよ、二人とも!」
さらに崩れ落ちそうになった本の山を支えながら、アレイアが慌てて割り込んでくる。
「行く前から喧嘩してどうすんのさ! エッド、熱くなりすぎ」
「だって、こいつが――」
「ログレスも、煽っちゃダメ」
「しかし余りにも、浅慮が過ぎま――」
「ああもう、うるさーいっ!!」
だれよりも大音量を出して強制的に場の支配権を奪い、少女は立ち上がった。
向かい合って座る大の男二人をじろりと睥睨し、臆さずに言う。
「二人ともイライラすんのは分かるけど、ちょっと黙って!」
「あんなに言われて、黙ってられ――」
『汝、言の葉に溺れんとする者なり――“言葉封じ”っ!』
目にも留まらぬ速さで腰から杖を引き抜き、少女はエッドにむかって術を放った。
「っ!?」
不可視の冷たい手に、首筋をするりと撫であげられたような感覚。
思わずうめいたエッドだったが、その喉から声は上がらなかった。
「……っ! ……!?」
「あんたも、一発食らっとく? 未経験だろうけど安心して。痛くないから」
不穏な魔力を漂わせてにじり寄ったアレイアを、ログレスは不敵な笑みで迎え撃つ。
「杖を返すのではなかったですね」
「余裕の顔じゃん。でも今は、“解呪の秘策”が使用済みなのをお忘れなんじゃない?」
小さく舌を出して指摘してくる後輩に、ログレスは笑みを崩さず答えた。
「元より、あの策は緊急用です。貴女の術ごとき――」
「隙あり! 食らえ、“ブレッド・パーンチ”っ!!」
振りかぶった少女の拳が正確に友の口元を打つのを、エッドは目を丸くして見ていた。
「っ!?」
拳闘士に迫るその拳が握りしめていたのは、誰も手をつけていなかったカゴの中の丸パンである。
「……」
「どう? 痛くも美味しい鉄拳の味は!」
切り分けるのも一苦労な堅焼きのパンは、たしかに闇術師の流暢な舌を物理的に封じた。
屈辱に眉を寄せたログレスの手が、すぐさま腰の杖に飛ぶ。
しかし――その手が愛杖を掴むことはなかった。
「!」
「ああ、これ探してる?」
にんまりと笑い、アレイアはどこからかもう一本の杖をとり出した。
「……!」
エッドは誰にも聞こえない驚きの声を上げる。
年季の入った、素っ気ない黒檀の杖――その持ち主である大闇術師も、思わず片眉を上げて凝視している。
「さすがにいい杖使ってるなー。このまま貰っちゃいたいくらい」
「……」
「でもあたしの手には、ちょっと重いや。ではでは、あらためて」
若い顔には、勝ち誇った笑みがしっかりと浮かんでいる。
ログレスが肘掛け椅子から腰を浮かそうとするのを見て、少女はすうと息を吸った。
「観念してね――セ・ン・パ・イ!」
そして丹念な詠唱の後、部屋には真の静寂が降りたのだった。




