第33話 悲劇というにはあまりにも
「あたしがライルベルのパーティーに加入したのは二年前。ちょうど、あいつが勇者に選ばれた年だった」
エッドは上半身を大きな枕に沈めたまま、新しき仲間アレイアの語りに耳を傾けた。
ログレスは窓辺に移動し、壁に背中を預けている。
「勇者になる前から、危険な任務を率先して受けているって話題の一団でね。だから自分に声がかかった時は、嬉しかったな。当時はあたしもとにかく闇術をぶっ放したくて、うずうずしてたからさ。若かったなあ」
懐かしむように笑う自分より若い少女を見、エッドは苦笑する。
自分にも、たしかにそういう年頃はあった。
「でも、入ってみて驚いたよ。なんたって――みんな女だったんだ! 剣士も術師も、おまけにあいつの実家から来た従者に至るまでね。しかも、みんなとびきりの美人」
「へえ……」
思わず声が出たエッドだったが、羨ましく思ったわけではない。
実際にそのような構成のパーティーでは、問題が絶えないという事実を知っているからだ。どうしても女同士の争いが起こり、離散していくという悲話は集会所定番の肴である。
「ふむ……。では貴女の顔合わせ時には、なにか手違いがあったのですか?」
「なに言ってんの。こんなに可愛くて実力がある闇術師、ウェルス中探してもいないでしょ!」
「そうでした――かの地はたしか、水たまりほどの国土しかないのでしたね」
相変わらず強烈な友の毒舌にエッドは肝を冷やしたが、少女はふんと鼻を鳴らす程度にとどめていた。
この三日間で、彼女のほうでもこの男の性格を把握したのかもしれない。
「……ま、ともかく。入ってからは、それなりに上手くやってたと思う。あいつは名声を求める貪欲さはすごいけど、仲間への羽振りはいいから」
「そうなんだな」
「くわえてばりばりの名門武家出身なのに、あのかわいい顔だし。ま、それが波乱を呼んだりもしたけどね」
「なるほど。さすがは“勇者”といったところですね」
友のやけに素直な合の手にどこか引っかかる部分を感じるも、エッドは続きを促した。
「富も名誉も仲間も、余るほどもっていた。ならどうして勇者さまは、その自慢のパーティーをひき連れて来なかったんだ?」
エッドの問いに、少女は瞳に影を落としてぼそりと答える。
「……死んだんだよ。あたし以外、全員ね」
「!」
仲間を亡くしたと、勇者はたしかに言っていた。だが、一人や二人ではないということだろうか。
「ずいぶん昔、魔物の巣窟に持ち去られたと言われる“何かしらの聖宝”の奪還……」
急に寒さを感じたかのように腕をさすり、アレイアはどこか淡々とした声で続ける。
「難易度は高いこともわかってたけど、あいつはいつもどおり躊躇せずに請け負った。仲間も反対しなかった。戦績もその時はまさに、右肩上がりだったから」
たまたま続いた幸運に舞いあがり、たった一度の欲を出したことで全滅――若者が多いパーティーによくある話だ。エッドがもっとも警戒し続けた要素でもある。
「洞窟にいたのは知能と集団性をもった、手強い奴らだった。負傷者も多く出て、さすがに引き返そうっていう意見も挙がったけど――すでに、遅かったんだ」
「遅かったって?」
「ライルベルはなんだか……とり憑かれたように奥へ進みたがった。あたしも嫌な気配を感じてたんだけど、言っても無駄で。置いていくわけにもいかないし」
たとえばエッドがそのような無茶を言い出しても、仲間たちが力ずくで止めただろう。ライルベルのパーティーでは、それだけ勇者の権限が強かったのかもしれない――たんに自分がリーダーとして、不甲斐なかっただけかもしれないが。
けれど、仲間の命を賭けるほどの宝などない――今でもそう思う。
「それで洞窟の奥に祀られてたのが、あの“聖宝”。教会――こっちでいう、聖堂ね――の現目録には載っていない、知られざる宝の発見だった」
酒場では拍手喝采の場面だろうが、部屋の中は葬儀のような重い空気が漂っている。
「でもあたし達は喜ぶどころじゃなかった。すでに死者は、四人に及んでたから」
「四人……!」
「うん。聖術師のクレアは、宝よりもどうやって遺体を連れ帰るかを気にしてたよ。でも、やっぱりライルベルの耳には届かなかった」
小さな肩を落とし、アレイアは重い息を吐く。
窓際から、風に乗って静かな声が流れてきた。
「……もう昼ですね。続きは、昼食を挟んだ後にしましょうか」
「あれ。優しいじゃん」
友の珍しい気遣いに、嬉しそうに少女は目尻を下げる。しかし小麦色の頭をふると、エッドに向き直って言った。
「でも大丈夫。大事なところだから、話させて」
「わかった。可能な範囲で続けてくれ」
「うん。――それから、さらに死者を二人出して、魔物たちはなんとか掃討できた。残ったのはライルベルにあたし、そしてクレアの三人だけっていう有様」
「……そうか」
それだけの痛手を被った場合のことなど、エッドには考えられなかった。
「……」
自分たちのパーティーが同じ末路を辿らなかったことに、今更ながらエッドは感謝した。
不意打ちによって自分が討たれたあと、仲間たちは迷わず撤退したのだという。敵討ちなどに燃えて損害を広めなかった彼らの選択は正しかったのだ。
「その時には、すでに“聖宝”がやばいものだっていうのは分かってた。クレアも触れないほうが良いって強く警告したんだ。けど、あいつは言った――“これを持ち帰るのが、散った仲間への礼儀だ”って。そう言われちゃ、さ……」
その場では言い返す言葉を持たなかったのだろう。アレイアは悔しそうに膝の上で拳を作っている。
「今ではわかるの――あれは、宝なんかじゃない。大戦で散った聖術師たちの大事な骨と魂を閉じ込めた、怨念の剣だ」
「たしかに、宝飾店には置けないな」
「穢れた聖気だけど、まだ魔物には絶大な効果がある。だから、知性の高い魔物たちが洞窟の奥で管理してたんだよ」
「管理って……そんなことがあるのか?」
エッドの驚いた声に、少女は短い三つ編みを上下させて答えた。
「剣を祀る祭壇に魔物たちの言語でなにか書いてあったし、倒した中には司祭っぽい格好のやつもいた。虫や魚もたくさん積まれてて……たぶん、お供えだと思う」
「……そのように高度な信仰をもつ者たちを、かまわず斬り捨てたと?」
低くそう言った闇術師の瞳が放つするどい光を、アレイアは正面から受け止める。
まだ闇術の深みに到達していない蜂蜜色の瞳が、苦しそうに歪んだ。
「……言い逃れはしないよ。魔物は、あたし達の仲間を殺した。けど、あたし達はそれ以上に野蛮な行いをした。恥ずべきことだって、わかってる」
「……」
人に被害を及ぼしていない魔物は斬らない。それがエッドの信条だった。
余計な危険を避けること――そして単純に、無害な生き物の命を奪わないことが目的である。
そういった信条は規則ではないので、パーティーによって大きく異なる。けれど友と同じく、エッドも勇者の一団が及んだ行為には賛成できなかった。
「そして、ついにライルベルは剣を手にした。あいつは強い聖気で満たされていくようだって言って、ご機嫌だったよ。けど、なんだか……変な笑顔だった。笑ってるような、怒ってるような」
「それは、剣に閉じ込められている魂の影響ってことか?」
「うん」
短い肯定の言葉には、揺るぎない確信が含まれている。
エッドは不思議に思ったが、同じ疑念を抱いたらしいログレスがすぐに声を割りこませた。
「どうして確証をもてるのです? 霊感が強いとはいえ、視えはしないのでしょう」
「うん。けどね、いきなり剣を抜いたライルベルが呟いたんだ」
一番思い出したくない場面だったのだろう。
アレイアは顔色をいっそう悪くしながら、低い声で言った。
「“お前も、使命を果たせ”……って。そしてあいつは――クレアを斬り捨てた」




