第76話 聖者連合とふしぎな二人組―1
「む……? 手応えはあったが、心の臓ではないな」
不思議そうな声を出した襲撃者は、慣れた手つきでまっすぐに刃を引き抜いた。
「くっ!」
背中から重みが消え失せると同時に、エッドは兎のように前方に跳ぶ。
言葉なく立ち尽くしている闇術師の少女を背に、愛剣を構えてふり返った。
「その動き、まるで獣だな」
“願い骨の細剣”を手にしっかりと背を伸ばして立っているのは、たしかにメリエールだった。
しかし普段の彼女を知る者なら、すぐに違和感に気づくだろう――美しい顔はどこか険しく、目元に浮かぶ光は氷柱のようにするどい。
「メル……じゃないな」
「否定しよう、魔物よ。我らは間違いなく、この娘そのものだからな」
細剣をかかげ、襲撃者は迷いなく答える。
その切っ先には、一枚の紙片――みずからを意識の底に縛りつけていた“契約書”が引っかかっている。
背中の紙片と心臓、その両者を正確に貫いた剣の腕前を目の当たりにしたエッドは眉を寄せた。ますます彼女らしくない。
ねじを巻かれた人形のように、ようやく口を開いたのはアレイアだ。
「え、エッド――大丈夫!? 刺されたよ、胸!」
「……ああ。聖宝は肉を掠ってもない。やられたのは胸の水晶だけだ。皮肉だが、むこうの腕前が一流だったおかげで助かった」
エッドが低い声で答えると同時に、貫かれた胸から淡い紫色の水晶片がこぼれ落ちる。力を失い、乾ききった“モリブルッドの花”の花弁だった。
「水晶の中に……花? 亡者の心臓がわりにしては、いささか優美すぎるな。さらに――妖精まで連れているとは」
そう呟きながら、襲撃者は宮廷剣士のように背に隠していた手を戻す。
その手がしっかりと緑の輝きを掴んでいるのを見、エッドは鼻にシワを寄せて叫んだ。
「ポロク! おい、離せ!」
『そうですわよ、この痴れ者ッ!』
「勿論ですとも。賢者殿」
人質にでもとるのかと思いきや、襲撃者はあっさりと妖精を解放した。想い人の白い手が緩められた瞬間、すばやくポロクは飛翔する。
「ポロク、大丈夫か」
『ええ。しかし、お気をつけあそばせ。わたくしを素手で捕らえるなんて、かなりの手練れですわよ』
「ああ。“痛感”してるところだ」
徐々に胸から転がり落ちる水晶片を見、妖精は顔をしかめた。
しかし小言は呑み込んでくれたらしく、黙って襲撃者を睨む。
「ふん、契約書か。まったく、なんと汚らわしい闇の力よ……。塵も残さぬが世のためだろう」
「!」
襲撃者がそう言い捨てた瞬間、契約書は白い炎に包まれる。剣を使い、聖なる魔力を流したのだろう。
悶えるように踊る紙片にあわせ、おぞましい女の悲鳴がエッドの脳内に響き渡った。
(あああぁっ――!! ふ、不敬な、ぁ……ッ!!)
まるで時間を巻き戻すかのように、“瘴気”が引いていく。
「!」
頭上に戻ってきた空を見上げ、エッドは絶句した――夕刻になっているのである。
照りつける太陽は地平線のすぐ上に移動しており、戦いの最中でなければ見惚れてしまいそうな夕陽へと変貌しつつあった。
「“瘴気”が消えた! エッド、ログレスのところに行かなきゃ!」
「君とポロクで行ってくれ! 俺は、ここを離れられない」
叫ぶように答えると、闇術を解除したアレイアが駆け出す音が耳を打つ。
しかしその少女の姿が自分のとなりに現れたのを見、エッドは目を疑った。
「アレイア!?」
「あっ――あたしも、残る。ポロク、お願い!」
『承知しましたわ。以後の伝達は、思念でおこないますわよ』
緑の燐光を残し、妖精は野営地を飛び立つ。口を開きかけたエッドを手で制し、アレイアは白い相対者を見据えた。
「聖術使いと対峙しようとしてる亡者を、ひとり残していくなんてできないでしょ?」
「けど――」
「そりゃ、行きたいよ! でも、あたしが行っても治癒の役には立たないし。それに」
蜂蜜色の目が、苦しそうに歪む。
燃え上がる紙片を観察している襲撃者を見て、わずかに震える声で告げた。
「メリエールから感じるの――“クレア”の気配を」
「!」
少女の仲間であった聖術師の名に、襲撃者は反応を示した。
「ほう? “クレア・レモニール”の縁者か」
「なっ……」
その名を耳にしたことがないはずのメリエールは、わけ知り顔でうなずいている。しかしエッドの驚きは、それだけでは済まなかった。
「縁者というより、仕事仲間ではなかったかいの? ほれ、例の洞窟で」
「んんー? あ、ホントーだっ! ごめーん、人違いしちゃった!」
「というか“ヒト”ですらねーな。混じってやがるぞ、くせえ魔物の血がな!」
一人芝居のように、メリエールの口調は次々と変化していった。
むしろ芝居の域を超え、完全に別の人格が勝手に話しているように見える。異様な光景にエッドが言葉を継げないでいると、隣の少女が青ざめた顔で呟いた。
「な、何人……“いる”の……!? ひとつの身体に、そんなに精神を入れちゃ――」
アレイアの危惧を聞き、相対者の声が最初の人物の調子へと戻る。どうやら“彼”が、想い人の中にいる集団のまとめ役らしい。
「ふむ。魔物混じりの身で、一人前に“魔導”の知識があるとみえる。皆、一度退がっていろ。せっかくの新しい身体だ、大事に使わねば」
「……!」
爪を手のひらに食い込ませながら、エッドは剣の柄を握りしめた。
飛び出したい衝動をしずめ、相対者を観察する。あの剣を携行している以上、策なしで突進しても意味がない。
エッドは相手の実態を探るべく、口元に嘲笑を貼りつけて言った。
「猿芝居だな。知り合いの一座には紹介できそうにない」
「……そちらこそ、見え透いた時間稼ぎはよせ。“我ら”の正体については、承知しているのだろう?」
冷たい音を立て、“メリエール”は細剣を掲げる。
沈みゆく太陽の血のような光をまとい、“聖宝”は妖しく輝いた。
「我らは、そうだな――“聖者連合”とでも名乗るとしよう。なにせ、時代も面子も入り混じっているゆえな」
とても人名としては採用できないが、想い人の名を呼ぶよりはマシだろう。エッドは堅い表情のまま、小さくうなずいた。
「それで、“聖者連合”さんよ。さっそくで悪いが、その人は俺たちの仲間だ。身体と精神を返してくれ」
「申し訳ないが、この娘はもう立派な連合の一員なのでな。その願い、聞き入れられぬ」
「……っ」
落ち着き払った口調に、エッドは内臓が捻れるような熱が湧きあがるのを感じた。
「いい加減にしろ! その人はちゃんと生きていて、人格もある! どいつもこいつも、彼女の身体を勝手に――!」
「なにを怒ることがあるのだ、亡者。この勤勉な娘がこうなったのは、貴様の落ち度であろうが」
「!」
“聖者連合”の長は、細腕を腰に当ててエッドを睨む。
彼女らしくないその仕草が、ますますエッドの嫌悪感を煽った。
「我々は記憶を共有している。見せてもらったぞ。勇者であった貴様が棺から這い出てきた日から、あの“堕落した村”での生活――」
「……」
「そして森で、我らの剣に無様にひれ伏した日のこともな」
それが冷静さを欠かせるための挑発だと知りつつも、聴覚を遮断できる能力を亡者は持ちあわせていない。杖を構えているアレイアが、心配そうにささやいた。
「聞いちゃダメ、エッド。揺さぶってるだけだよ」
「わかってる」
「それにしちゃ、怖い顔になってるよ。あの中で――メリエールも見てるんだからね」
「……」
そう指摘され、エッドは険しくなっていた表情を和らげる。奪還まであと一息というところで挫かれ、想像以上に自分は苛立っているのかもしれない。
「しかし、この破廉恥な格好はいただけぬな……。聖なる任を負う者に相応くしない」
露出の高い自身の格好を嘆く呟きに、飛び込んできた“伝達思念”が重なる。
(――二人とも、聞こえますの?)
「!」
エッドは仲間にすばやく視線を飛ばした。アレイアは緊張した面持ちでうなずき、前方に集中しているといった顔で杖を握りなおす。
「なんだ、この異様に長い腰布は。この時代には、淑女という概念が……」
“聖者連合”は、なおもぶつぶつと服への文句を垂れており、こちらのやりとりが流出していないことがうかがえた。
(ポロク、聞こえるぞ! ログレスは見つかったか)
(ええ。意識を失っていますけれど、息はあります。それより――非常事態ですわ!)
(ど、どうしたのっ!?)
珍しく狼狽している妖精の声に、アレイアは不安そうな思念を送る。
(魔人に――魔人に、とり憑かれていますのよ!)




