母の恋人とお茶
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
若い女性店員さんが、席に案内してくれた。
とりあえず私達は、ドリンクを注文した。
「なにか、食べますか?」
「いえ、お話するだけですから、飲み物で十分です」
成り行きとはいえ、やっぱり緊張するなぁ。
傍から見たら、親子か訳あり男女ってとこか……。
飲み物も運ばれたところで、喉を潤し、本題に入ることにした。
母と田中さん達家族の年賀状をテーブルに置き、まずは田中さんの家族について聞くことにした。
「ええ、一緒に写っているのは、息子の翔太と孫の伊央です。
男所帯に美桜子さんが入ってくれて、華やかになりましたよ」
田中さんはうれしそうに話した。
お母さん、いい人見つけたなぁ。
これで、田中さん家族の関係と名前が一致した。
年齢からして、田中和男さんが恋人であろうことは予想できたけど、息子さんとお付き合いしてる可能性だって、なくはない。
そしたらちょっと複雑な気持ちだったかもしれないけど、とりあえず心配は一つ減った。
「藍さん、もしかして年賀状で私達のことを知ったんですか?」
「えぇ、今日、数時間前にーー」
「そうですか。
そりゃあ、びっくりだ」
田中さんは少し寂しそうに視線を落とした。
オープンにできてなかったこと、ショックだったかな?
「でも、去年、急なことだったし、いろいろ考えて年賀状になったのかもしれないね……」
「あの、二人はいつからお付き合いを?」
田中さんは、ちょっと赤くなって言った。
「年老いたとはいえ、あなたにとってはお母さんだ、親の恋愛の話を聞いても大丈夫かい?」
「……」
田中さんの言葉がわかるまで、数秒を要した。
確かに、この年で母に恋人ができたなんて、驚きだ。
でもお母さん、父と死に別れて35年も経つし、ずっと独身で浮いた話もなかったし、むしろ私にとってはうれしい話だ。
「いえ、逆にうれしいです!
母は恋人や家族に恵まれていませんでしたから……」
そんな私を見て、田中さんは目を細め、顔の緊張を緩めた。
「そうだね、美桜子さんの人生は、なかなかに大変だったね。
じゃあ、ーー」
それから田中さんの話し出した内容は、こんな感じだ。
母と田中さんは、ちょうど一年前、おひとりさまの終活の会に参加した時に知り合ったらしい。
田中さんも6年前、奥さんを亡くしていたそうだ。
とりあえず、二人が不倫でなくてよかった……。
数人のグループになって、自己紹介をして、自分の好きなものなどをまとめながら終活をシミュレーションしたそうだ。
二人は同じグループになり、大切な人を亡くした者同士なにかと気が合ったのだろう、軽い交友から始まったそうだ。
田中さん家族とも一緒に過ごすことが多くなり、親密になったこと、田中さんのおうちの部屋が余っていることから、年末から引っ越して共同生活が始まったそうだ。
この一年、母の生活は劇的に変わっていたんだ!
田中さんが素敵な人で、私もうれしいし安心した。
そして、新しい恋人家族とも過ごせている母が、うらやましくもあった。
その時、スマホに着信があった。
「お母さんっ!!」
私は思わず田中さんの方を見た。
「お会計は僕がしますから、美桜子さんとお話を!」
田中さんは私を促してくれた。
「ありがとうございます!
失礼しますっ」
手短に礼を言って、10年ぶりに母と話すべく店を出た。