親を捨てたい娘の話
私には親への感謝という感情がない。
そう気が付いたのは小学4年の時に2分の1成人式を学校でやった時だった。
『親への感謝の手紙を授業参観日にみんなの前で読もう』
先生がそう言って紙を配る。
感謝。ありがとう。
周りが照れながらスラスラ書いていくのに対して私はなかなか書けなかった。
『いつも夕飯作ってくれて、習い事させてくれてありがとう』
そんな当たり障りのない言葉を書いたと思う。
テレビのニュースで度々、耳にする『育児放棄や暴力の末の虐待死』
私は親から暴力を受けているわけではない。
朝食や夕飯を作ってくれるし、熱が出れば病院にも連れて行ってくれる。
虐待をされているわけでもないのに何故、感謝の言葉が出ないのか。
中学生になって
高校生になって
社会人になって
“毒親”という言葉を知った。
毒親。
文字通り、子供の毒になる親のこと。
毒親という言葉を知って今までの親のことを思い出してみた。
小学低学年くらいの時、学校が休みで母親は仕事、父親は休みだったが社会人野球の集まりがあり、家に私1人を残すのは心配だからと対して興味のない野球の集まりに着いて行かされたこと。
小学3年くらいの時、父親が『友人とお昼を食べるから』と付き合い、父親の友人からジュースを進められた。家ではお茶と水以外の飲み物を飲むことは禁止だった。だから断った。その結果、家に帰るとそれまでニコニコしていて父親が携帯を壁に投げ付けて不機嫌になった。母親からは『お茶と水以外禁止にしてるけど、外で進められたら飲んだら良いのよ』なんて言われた。小学3年でそんな気の利いた行動なんて出来るわけがない。
母親はいつもどこかに出掛ける時は『どこに行くの』『誰に会うの』『相手の連絡先と名前を紙に書きなさい。そうじゃないと行っちゃ駄目』『私もおばぁちゃんにそうやって育てられたんだから』『帰ってくる時は何時何分◇◇駅発の電車に乗るのか、〇〇の駅に着いたらメールしなさい』
『テレビのチャンネル変えても良い?』と聞いて笑って『良いよ』と言われたから観たいチャンネルに変えた瞬間に母親の苦手な番組だったのか不機嫌になり、苛立った様子で食器が割れそうなほど音を立てて洗う。
本当に私の親が毒親なのか、親として当たり前なのかは分からない。
でも小さい頃から親の顔色を伺っていた気がする。
そして今も『元スポーツ選手の〇〇引退してから可愛くなって……女の幸せを手に入れる日も近いかも』『あんたの同級生の〇〇結婚して妊娠してるって』『離婚してシングルマザーで帰ってきても良いから結婚出産を経験した方が良い』『結婚出産するのが親の幸せだ』と何かある度に言われている。
結婚出産を幸せだと思っていない。
そう言ってもいずれは結婚したくなると思っているんでしょ?
私は親の操り人形じゃない。
幸せの定義はひとりひとり違う。
血の繋がった親子でも全くの別人だよ。
親の考えなんてそう簡単に変わらないだろう。
親を捨てる日も恐らく近い。




