最っっ低のヤンキー
グダグダしてますがよかったら読んでいただけると幸いです。
街の路地裏で4人の少年が屯していた。
加工してないのにダメージのあるジーパンに
履いているのは安そうなランニングシューズかバッシュ。
大人になりきれないその顔つきは中学生丸出しだった。
「ノン君、本当にやるんですか?」
眼鏡をかけた少年が不安そうに聞いた。
ノンと呼ばれている少年はその声を無視した。
少年達の中でも身体が大きく成長している。
本名、能登 元谷。
少年達の中でただ一人の3年生だった。
「びびってんじゃねぇよ。
お前らは黙って路地から俺のことを見てろ。
ガキのお前らに見せてやるからよ。ナンパってやつを。」
ゲスな笑いを浮かべ、ノンは街を行き交う女を品定めした。
他の二人が不安そうに彼を見つめる中、
棗 明良は全くノンの心配をしていなかった。
ノンのビジュアルで女なんて捕まるわけがない。
こうして路地裏から大通りと睨めっこするのを1時間も続けているのだ。
仕様も無いなこいつ等。
天然パーマを長く伸ばした横髪をいじると
連れから距離を置き、少し離れた所のコンクリートを背に
今日20本目のタバコに火を着けようとした時だった。
「ちょ、明良! 女がこっちに向かって歩いてきてんぞ!。」
届いた声にゆっくりと通りの方向に首を向けた。
確かに女がこっちに向かって歩いてきた。
あどけなさが残るタレ目で地味な感じの少女で結っているポニーテールが
ゆさゆさと揺れている。
明るめのジャケットに合わせたスカートから覗くレギンスが妙にエロい。
見た目からして同い年か少し年上ぐらいに見える。
「ようやくチャンス巡って来ましたね。」
「任しとけ明良。骨はちゃんと拾ってくれよ。」
それ、特攻する兵士の台詞だよ。
言う前にノンはその女の子に向かって突撃して行った。
「なぁ。お姉さん。好きな歌ってーー。」
何かある?という後ろに繋がる言葉は鈍い音で遮られた。
骨に固いモノがぶつかる音だ。
声をかけたノンの側頭部に女の足が伸びていた。
ハイキック。あんな見事な蹴りを明良はTVでしか見たことが無かった。
いくら女の蹴りだろうとそんなものをドタマにぶち込まれて
立っていられる程ノンは強い男ではなかった。
「な。よ、よくも!」
思わず身構えたのが良くなかった。
一騎当千の強者である少女にとってそれは戦闘続行の意味だ。
フルスイングの肘がある少年のコメカミへ。
ボディーブローからの流れるような膝蹴りが別の少年に襲い掛かる。
仲間が蹂躙される姿を明良は眺めていた訳ではない。
「ヤバイ、綺麗だ。」
仲間を蹂躙する少女の姿に見惚れていたのだ。
呆然とその様子を見ていたため、明良を敵と見なさなかった少女は
膝の汚れを軽く払うと路地の奥へ足を進めようとした。
「な、なぁ。カッコイイ男ってどんな男だ?」
明良の問いに少女は足を止め、冷めた目で吐き捨てるように言った。
「群れなくて、喧嘩が強い奴。」
振り返ることなくその少女は路地の奥に消えていった。行く先は不明。
力が抜けたのか膝から崩れる。しかし少女の姿が見えなくなっても
明良は視線を動かすことが出来なかった。
唯一動く口で明良は叫ぶのだった。
「……俺、ヤンキーになる!」
「い、いから……助けて、くれ。」
瑚菅市。人口約75万人の街で、主な産業はクルマ・バイク系の工場に
その現場の層を狙った中級風俗に飲食業。
治安の悪さは折り紙つきで、特に少年犯罪の検挙数は日本でも五指に入る。
また西地区は暴走族、東地区、中区は不良学生、南区は半グレに
ストリートギャングと地区ごとにワルの毛色が違うことが特徴だ。
「小野がやられた。達磨もやられた。」
街で有数の不良高校、城乱高校。2F男子トイレ。
そこに集まっていたのは、2年の最大派閥である稲葉 大志のグループだった。
集まった連中の顔はトイレを我慢したみたいに険しい。
稲葉は続けて口を開いた。
「ウチに喧嘩を吹っかけてるやつがいる。」
「どこの回し者ですか? 新入生の中でも喧嘩をの腕だけは
一級品のあいつ等を病院送りにした野郎は。」
「まぁ落ち着け。これは抗争じゃない。そしてやったのは野郎でもない。」
「どういうことですか?
「どうやら今回の件。相手は無所属の女で、
あの二人をタイマンで一方的に半殺しにしたようです。」
その時、大便のトイレのドアが蹴破られた。
女、という単語に反応したのはその場にいた男だけではなかった。
「誰だ!?」
「俺だ。」
トイレから出てきたのは1年の男だった。
穏やかなパーマの髪を顎まで伸ばしたその男は
大きな欠伸をしながら上級生達に歩み寄った。
そんな男に注がれたのは勿論胡散臭いものを見る視線だった。
「改めて聞いてやるよ。お前誰だ?」
「棗 明良だ。今しがたまでうんこをしてた。」
「ボス、しめようぜ。こいつ。」
相手の男が胸ぐらを掴んだ。それは明良にとって好都合でしかなかった。
掴まれている手を巻き込むようにして左側へ体重をかける。
手首の関節が極まったままバランスを崩した相手の後ろを取った明良は
ポケットから鈍く光るドライバーを相手の喉仏に突き立てた。
「た、助けてくれ!」
「お前!?」
「稲葉さん。俺は争いがしたいわけじゃない。
ただ……そう、アンタの力になりたくて。
だから取引しません? 女のことは俺に任せてくれ。
だから女の情報を教えてくれ。」
「舐めるな小僧。今すぐ離せ。」
「おっと俺はマジで刺すぜ。」
睨みあっていたのは最初の10秒だけだった。
稲葉は舎弟に合図を送った。舎弟は無言で頷く。
「女の名前は 火野 時雨。
1-Bだ。ポニーテールが特徴の小柄な女だ。」
「稲葉さん、1-Eの棗 明良が承ったぜ。」
稲葉の顔を見て一度微笑むと、明良は捕まえていた男を蹴って突き飛ばす。
伸びてくる手から逃げるように、背後の窓ガラスから飛び出した。
「ーー痛ぇ。けつ打った。」
情けなく尻を押さえながら、明良はそのままどこかに行ってしまった。
「アイツ。ここ3Fだぞ。」
「どうしますボス?」
「ーー二人とも目障りだ。意味、分かるか?」
割れたガラスを見ながら稲葉は呟いた。
「あんな啖呵切っといて、違ってたらどうしような。」
明良は下駄箱の前で誰に言うわけでもなく一人呟いた。
大の男を相手に喧嘩してその相手を半殺しに出来る女なんて
この街でも早々いた者でもないので
恐らくはあの女だと明良は睨んでいた。
しかし証拠は無い。一度しか会ったことがないため女の名前も知らない。
その上、あれから街のアウトローの世界に足を突っ込んでいた明良だったが
あの女の噂は全くというほど流れてこなかった。
不安を表に出さぬよう、明良は5本目のタバコに火をつけたその時だった。
平凡な表情でお決まりのポニーテールを揺らしていた。
あの時の天使の姿、そのままだ。
この世紀末な学校が天国なのではないかと明良は錯覚した。
「火野 時雨だな?」
下駄箱で靴を入れ替える直前になってようやく声が出た。
明良の声に反応した少女はゆっくりと首を肩越しに振り返り
その顔に見覚えが無かったのか再び自分のスニーカーに視線を戻した。
「どなた?」
「俺だ」
「いや誰だよ。」
「棗 明良だ。オタクに用があって来た。
「そりゃどうも。私は用は無いし
知らない人達に着いてっちゃダメって親に言われたから。」
「達?」
首を微かに動かし顎でその方向を指し示した。
廊下から挟み撃ちするように10人が明良に向かって歩いてきた。
「それ、俺も同じこと父ちゃんに言われたわ。」
「仲間じゃないの?」
「イケメンじゃないから違うな。」
「五十歩百歩だよ。」
「--ゴチャゴチャうるせぇよお前ら。
二人まとめて死ね。」
明良の反論は床に鉄パイプを叩きつける音で遮られた。
少女の表情が変わる。その修羅になっていく顔つきから
次の行動を察した明良は
脳みそをフル回転させ自分の次の行動への結論を叩きだした。
「天国はこっちだぜお嬢さん。」
腕を掴む。細い、とは言ってられない。
少女を引っ張りだし飛び出す昇降口。
後ろから響く怒号にビクつくことなく冷静且つ大急ぎで
階段を飛び降りていく。
「な、おい。」
「災害時には、おさない、喋らない、走らないだろ。」
「災害じゃないし、走ってるし。」
「階段を2段飛ばしで飛び降りただけだ。
そして今からも走らないから。」
疑問を顔に浮かべる少女の疑問に答えるように
明良は近くの生垣からスケボーを取り出した。
「普通は原付とか単車じゃないの?」
「あぁちょっと前まではな。
でも最近コ○ンくんにはまってよ。」
「もしかしてバカなの?」
「老人と地球にやさしくがモットーなんだよ。」
これ以上不毛な会話をするのがめんどうになった明良は
火野が次の文句を言い出す前に抱きかかえた。
「ちょ、!?」
「はーい、こちら棗運行です。
危険運転、速度第一で運転していきます。」
アスファルトの地面を蹴る度に前へ進む。
スピードに乗るのは時間の問題だった。
「お嬢さんお加減いかがですか?」
「最悪。これって拉致じゃないの?」
「いや救助だろう。」
「ーー勇者気取りはそこまでだ。」
「前!!」
しかしその前に時間以外の問題が明良を阻んだ。
「くたばれクソガキ。」
「ガッ!」
「キャッ!?」
校門まであと数メートル。そこに稲葉は待ち構えていた。
喉元めがけ振り出されたウェスタンラリアットは
明良の喉元を一撃で刈り取った。
「いっつ。だ、大丈夫?」
足首の鈍い痛みに時雨は思わず顔を歪めた。
投げ出された時に足首を捻ったらしい。
痛む思いを押し殺し、ぶっ倒れたままの男の方へ近づいた。
うつ伏せで倒れている明良の後頭部に男のローファーが乗っかった。
「舐めた真似してくれたな小僧共。
稲葉 大志はドラクエの魔王よりもおっかねぇぜ。」
稲葉はタバコに火をつけながら言った。
「ーーねぇ。棗。起きて。」
瞼が重かった。見えない視界、その理由を探す前に
自分の身体が動かないことに気が付いた。
「下手打ちこいたな。ここどこだ?」
何とか瞼を開けるとそこは古臭い物置のような場所だった。
ほこり臭くて暗い。とても長居はしたくない場所だ。
幸いにも周りに誰もいない。
しかし誰かがいなくてもいいように
時雨と背中合わせで縛り付けられていた。
「体育倉庫よ。」
「これがホンモノの拉致監禁だな。
俺が可愛く見えてこないか?」
「どっちも外道だ。」
「あーそ。まぁそんなのどうでもいい。
俺のパンツの中に手を突っ込んでくれ。」
「は? キモいですけど。」
肩越しから全力で汚いものを見るような顔で明良を睨んだ。
「獲物の代わりにドライバー使ってんだ。
ただあいつ等の前で一回チラつかせちまったから
連中回収してるだろう。だが安心だ
ポケット以外にもパンツの中に一本ドライバーを隠してる。
いや二本あるから取り間違えに気をつけろよ。」
「間違えねぇよ。変な声出したらぶっ飛ばすからね。」
そのドスの聞いた声に肩を竦めて早くしろと促した。
「ーーどうして小野達を半殺しにしたんだ?」
「誰それ。」
「惚けんな。オタク、1年のウレモン達を半殺しにしたろ。
なんでやったんだって聞いてんだ。」
「覚えてないな。多分ナンパかなんかしてきたんじゃない?
私歩いてるときに声をかけられるのが一番嫌いなんだ。
そんな風にぶっ飛ばしてきた奴の顔なんて記憶出来ないって。」
「喧嘩中毒者じゃないのか?」
喧嘩という単語に、時雨は肩をゆらし引き笑いをした。
明良は彼女の次の言葉を待った。
「私さ、6歳から12歳までタイにいたの。
親父が格闘技マニアでさ。私にムエタイをやらせた。
野試合や大会を何百試合も経験した。」
「オタクも格闘技と喧嘩は違うって主義かい?」
「違うね。子供達の中にはクリーンじゃない子もいた。
自分の勝ち負けにお金が賭かっていて
今日負けたら殺されちゃう。
そんな子供達の中で私は暴力を覚えた。
あんた達と私じゃ喧嘩の意味が違いすぎるんだ。」
「喧嘩の意味か」
「そう、私にとって喧嘩ってライフなの。
あんた等の見栄とか誇りとかそんな生温い文化じゃない。
今日はその下らないモノのために散々だよ。」
「そうかい。俺は今日ボッコボコにされたけど
こうやって縛られるのも悪くねぇなって思ってるぜ。」
「は。 頭沸いたの?」
冷ややかな声で真っ向から意見を否定されたが明良は構わなかった。
あの日から憧れ恋焦がれた女を目指し
街のアウトローな世界を歩んできたわけだが
それは決して順風満帆な訳ではなかった。
泥水を啜りながら、コンクリートに這い蹲りながら
苦い思いをして、今日縛られたとはいえ
二人きりで蜜に話をすることが出来たのだ。
何か今までの苦労が実を結んだ。
そんなような気持ちに明良はなったのだ。
「取れた。」
「ああ。マイナスドライバーだから紐切れるだろ多分。」
「ん、っく。切れない。」
「貸しな嬢ちゃん。」
時雨の持っていたドライバーを奪うと
2,3度紐に突き立てて引き裂いた。
「悪くない時間だったな。色んな意味で」
「ぶっころーー。っ!」
痛みで歪めた顔を一瞬で取り繕った時雨だが
明良に誤魔化しは通じなかった。
「足やったのか?」
「あんたがラリアットでぶっ飛ばされた時にね。」
「……悪い。」
「平気。ちょっと痛むだけだから。」
「--ちょっとじゃねぇだろ。火野よ。」
二人の会話を遮るように、稲葉 大志は声を投げかけた。
「誰かと思えば、スタン・ハンセンじゃないですか。」
「俺がハンセンならお前は新人だな。
知ってるかハンセンにラリアットされた新人は大成するらしいぜ。
最もお前はそうでもなさそうだがな。」
「手下がいないじゃないですか。」
「手負いの1年相手に部下はいらねぇよ。
今日は残業無しだ。」
「ホワイト企業ッスね。」
先に動き出したのは、明良の方だった。
ナイフを持つようにマイナスドライバーを握り
腹に目掛けて腕を伸ばした。
「ダメだな、それじゃ。」
稲葉は交わすだけではなく、
交わしながら一歩踏み出しカウンター気味に左ストレートを
顎にぶち込む。
膝から崩れそうになった明良だったが
自らの太ももにドライバーを突きたて
ギリギリで己の自我を保った。
「痛みで意識を保ったか。イカレてんな。
でもイカレてるだけでイカしちゃいない。
喧嘩の腕は空っきしみたいだな。」
太ももから流れた血が床に数滴滴る。
明良は力の差を歴然と感じていた。
「運動不足。改めて禁煙を考える。」
「運動不足じゃない、実力不足だ。
タバコ止めたくらいで俺に敵うと思うな。」
「じゃあ、タバコとオナニーやめますよ。」
明良のボディーに拳が刺さる。数は3発だ。
刺さるたびに口から空気が漏れる。
明良には5、6発にさえ感じた。
「なつめ!」
身体をくの字に折り曲げ、殴られた箇所を抑える。
その姿は醜いが、明良は絶対に視線だけは外さない。
そしてその表情にうすら笑いを浮かべる。
「何笑ってる?」
「殴られて縛られて、今日は最高の気分だってこと。」
「そうか。笑えないぐらい殴ってやるよ。」
冷酷にため息をつくと稲葉は再び拳を握る。
明良は見据えた。自分の痛む足よりも殴られる他人を心配する女神を。
痛みが酷く立ち上がることもままならなので
その存在をすっかり忘れていたのだが
自分の名前を呼ぶ声で確信する。
半グレに追われたときも、他校に喧嘩を売りに行ったときもずっと一人だったが
今日は一人じゃない。それも相手は自分がずっと探して追い求めていた女なのだ。
「時雨。この戦いが終わったら、言いたいことがあるんだ。」
「それ、死亡フラグだよ!」
「最後まで舐めたクソガキだな。」
稲葉は休む暇さえ与えぬよう一気に距離を詰め、
明良頬に拳を見舞った。
「っぐ!」
「なつめ!」
明良は避けなかった。とんでもない威力に顔が歪むが
怯む時間を意地と根性で短縮し、その一撃の威力が下がる
距離に足を進めた。
「俺とインファイトする気か?」
「やだな先輩。俺、幕之内一歩じゃないんで。」
ゼロ距離になったその瞬間、明良は稲葉の利き足を
全体重を掛けて踏みつけた。
「グアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
体育倉庫に響く怒号。
あまりの痛みに稲葉は思わず屈んでしまった。
ただ踏みつけたというには余りにも温い。
足の裏で稲葉の足の指をへし折りにいったのだ。
「インターバルはまだ先ですよ。」
攻撃はまだ終わらない。
後ろ髪を捕まえて顔を自分の方へ向けさせると
その額に向けて全力の頭突きをかます。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
初弾が額をカチ割った。
骨と骨がぶつかる鈍い音だけが狭い体育倉庫に響く。
2発目、3発目。その度床を血液が汚していく。
「もう駄目! もう止めて!」
「っ!」
時雨の声で明良は我に返った。
頭突くことで自身の頭も揺れて軽く意識が飛んでいた。
「終わった。」
目の前には血だらけの稲葉が白目を向いていた。
二人の周りの床だけが以上に赤い。
おびただしい量の血が流れた。
この量は一人の量ではない。
「なつめ。血が!」
「イメチェンだよ。イメチェン。」
棒読みでそう言った後、明良は真後ろにぶっ倒れた。
「なつめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
二週間後、屋上でタバコを片手に黄昏る男が居た。
緩やかなパーマの髪を掻き分け、額には白い包帯を巻いている。
棗 明良である。
「ーー退院出来たんだ。」
明良が振り返ると入り口から時雨が入ってきた。
あの日以来の再開だった。両手に松葉杖はない。
そのことに明良はまず安堵した。
「当たり前だろ。牛乳飲んで寝てただけさ。」
思わず時雨から時雨から背を向けた。
あの後痛む足を庇いながら人を呼んで
救急車を呼んでくれたのは時雨だった。
学校側から大目玉を食らったのも事実だが
お陰で大事に至らなかったのも事実だ。
ありがとう。と素直に言えないのだ。
だから聞こえないように唇だけ動かした。
「で、あの時言いたかったことって?」
「あー!! それは……。」
明良の声が裏返った。動揺してタバコを地面に落とす。
地面に落ちたタバコを踏み潰し決心をする。
普段はワケの分からない冗談で物事をやり過ごしてきたが
ここはしっかりと決めなければならない。
「あのさ時雨。」
「二人でこの学校の天下を獲ろうでしょ?」
「……は?」
明良が面を喰らった顔をしたが、時雨は止まらなかった。
「なつめの喧嘩、久々に見て私の中の血が騒いだ。
あの二年に喧嘩したのも後から聞いたら
この学校で一旗上げたいって聞いたし。
なんで名前売りたいかはよく分かんないけど
私達が組めば絶対天下取れるよ!」
「いや、時雨。そういうことじゃなくてーー」
「おいそこの! お前らが棗と火野だな!?」
ドスの聞いた低い声に明良の声はかき消された。
屋上の入り口から木刀を持った数人がやって来た。
「うるせぇ! 人違いですんでお構いなくお願いします!」
「ふざけてんじゃねぇ! 顔は割れてんだよ。
いきなり2年の頭にかちこんで有名になったからって
調子に乗ってるんじゃねぇぞクソが!」
「喧嘩だね。」
「ちょ、ま。」
明良の制止を聞く間もなく、血の気全開で時雨は突っ込んでいった。
あっという間に二人をなぎ倒すその後姿に
明良は苦笑いしか出来なかった。
「ーー俺もま~ぜて!」
いつか言える日が来るのだろうか。
明良の苦難の日々は続く。
誤字、脱字、感想があれば是非お願いします。