003 解決に向けて一歩進める気がしてきた。
僕たちは渋谷駅まで歩いて行って見た。スマートフォンの中の渋谷駅は沢山の人であふれ返っている。まったく同じ場所。まったく同じ時間。でも、僕らの周りには誰もいない。
駅前の商業ビルに設置された大型ディスプレーを見上げてみる。スマートフォンに映し出される映像と見比べてみても、流れるCMは同じものだっだ。今、きっと僕たちが立っている場所には、別の人が立っている。
「たぶん。あの地震の時に、僕たちだけが別の世界に飛ばされたんだ」
「別の世界って!建物とか、みんな同じだよ」
「同じに見えるけど違う場所なんだ。何て言うか、並行世界とでも呼ぶのかな。うん。きっとパラレルワールドなんだ」
「そんな事って・・・」
奈菜さんは驚いている。それはそうだ。僕だって目の前の出来事が信じられない。
「でも、こっちに来れたんだから戻る方法だってあるはずだ。きっとある」
「うん。そうだよね。私立秀徳学園卒の秀才、学くんが言うんだもの。絶対にあるよね」
「秀才って言うのはちょっと・・・。浪人生だし」
「大丈夫だよ。私、学くんを信じることにした。ずっとついてく」
・・・。こんなかわいい女の子に信頼されて、ずっとついてくって、告白されているようで気恥ずかしい。でも、うれしい。なんだか力が湧いてくる。先ずは、あっちの世界の心配を取り除かなくてはいけない。
「そうだ、僕、ちょっと、親父に電話してみる」
スマートフォンのテレビアプリを切って、電話に切り替える。
プルルルル。プルルルル。
『なんだ。学か』
「地震なかった?」
『ああ、少し揺れたが問題ない。何かあったか』
「えーと」
僕は、僕たちにおきている事態を説明しようとしたが、どう話して良いかまとまらない。
『今、忙しいんだ。話は、今晩、家に帰ってから聴く。それより、夏講習の時間じゃないのか。サボっているんじゃないだろうな』
「サボってなんか・・・」
『まあいい。切るぞ。大事な会議が始まる。勉強、頑張るんだぞ』
一方的に電話が切れた。奈菜さんが僕の顔を見つめている。
「親父は無事みたいだ」
「私も電話してみる」
「そうだね。無事かどうかだけ確認して、こっちの状況はもう少し調べてから連絡しようか。誰もいないなんて言っても信じてもらえそうもないし、余計な心配をかけることになるだろうから」
「そうだね」
奈菜さんは自分のスマートフォンを取り出して、家族や友達に電話を入れた。ちゃんと会話しているので無事なのだろう。少し、ホッとする。
奈菜さんの方が問題なさそうなので、僕は母親に電話を入れてみた。パートタイマーの仕事をしているので電話には出てくれなかった。でも、コールはちゃんと鳴っていたので無事なのだろう。SNSでメッセージを残しておいた。
「みんな無事みたい」
「こっちもだ。とりあえず、差し迫った危険もないようだし、少し休もう」
僕たちは駅側にある有名なコーヒー店に入った。コーヒーの香りが店内を満たしていて、気分を落ち着かせてくれる。
もちろん店員の出迎えも掛け声もない。いつもは満席状態のテーブルに客はいない。僕たちは念のため、駅の方向が見える席に座った。
「きっとあっちの世界では、この席に誰か座っているんだろうな」
「はい」
「変な感じだね」
緊張がほぐれたせいか、何か飲みたくなる。
「のどが渇きましたね」
「そうね」
奈菜さんがカウンターの上にあるコーヒーサーバーを指さした。淹れてまだそれほど時間が経っていないと思われるコーヒーがたっぷりと残っている。
「あれ、いただいちゃいません」
悪戯っ子みたいな顔で奈菜さんがほほ笑んだ。
「そうだね。どうせ、買いに来る人もいないし」
辺りを見回すが、人の気配はまるでない。不安になってばかりいてもしょうがない。
「よし!僕、入れてくるよ。ミルクと砂糖はどうする」
「うーん。ブラックで」
「了解!」
僕は勝手にカウンターの後ろに入り込み、手ごろなカップを二個取り出して、コーヒーを注いだ。ただ飲みみたいで、何だかドキドキする。
「うわっ!」
カウンターの奥で何かが光ったように見えた。よく見ると防犯カメラのレンズ。脅かさないでくれー!ってこれ、バッチリ記録されてるよね。きっと。
「どうしたの!」
「いやっ。大したことじゃない。カウンターの奥に防犯カメラがあって。記録されてるかなーって。一応、お金を置いとくよ」
「うん。それがいいかも」
財布を開くと小銭がなかった。勝手にレジを開けてお釣りをとる勇気がなくて、仕方なく千円札を二枚取り出してレジの上に置いた。
うーん。なんかもったいない。セルフサービスの上にお釣りなしかー。
僕はコーヒーカップを二つ持って戻った。
「はい、コーヒー。お釣りもらえなかったから、飲み放題でも良いよね」
「ふふっ。良いんじゃない」
「だよね!」
何だか自分たちのしていることがおかしくなってきた。二人は顔を見合わせて笑い合う。笑ったことで心のざわつきが取れた。
しばらく、コーヒーを飲みながら混乱している頭を落ち着ける。相変わらず渋谷駅の周りに人影はない。
「学くんって真面目なんだね」
「真面目って言うか、小心者で・・・。ごめん」
急に奈菜さんが真顔になる。何度見ても見惚れてしまう。
「どうなっちゃうんだろ。これから」
「・・・」
「でも、学くんがいてくれて良かった。一人ぽっちだったら、おかしくなりそう」
そうなんだよなー。今、この世界には僕たち二人しかいない。
「僕も奈菜さんがいてくれて良かった。一人っきりだったら、きっとパニックになっていたと思う」
「これからどうしよっか」
「駅を見ていたんだけど電車が動いている感じがまるでなかった。通りを走る自動車がないように、人が運転するものはないんじゃないかな」
「でも、ほら。あそこには止まった車があるけど」
奈菜さんが示したのは駅横で行われていただろう、外車のキャンペーン用に置かれた超高級車だった。一台、数千万円もするに違いない。これから一生働いても手に入らない高級車。
「・・・」
「あれ、借りちゃおっか」
奈菜さん。やっぱり、あれに乗るつもりですか。ぶつけたらどんだけするか。ってか、もう乗る人は誰もいない。いっそ、もらっちゃおっか。でも、大問題が一つある。
「ごめん。僕、受験生だから免許持っていないんだ」
情けない。免許証くらいは取っておけばよかったと反省する。
「私、四月生まれだから・・・。免許、取ったけど」
奈菜さんは財布を取り出して免許証を見せてくれた。
免許証の中にすました顔の奈菜さん。やっぱり、かわいい。って、どうして何時もそっちに頭が回るのだろう。でも、だからこそ、奈菜さんを守れるものは、今、ここに僕しかいない。
「やった!これで行動範囲が広がる。取りあえず、周辺を回って本当に誰もいないか調べよう」
とんでもない状況だけと、解決に向けて一歩進める気がしてきた。