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002 どこなんだ、ここは?

「何が起きたんでしょうか?」


 気が付いたら、星宮奈菜ほしみや ななさんが僕のすぐ隣りで、僕と同じように窓ガラスに手をあてて、外の様子を茫然ぼうぜんとながめていた。僕は彼女の横顔を見つめながら、美人って横から見てもきれいなんだと意味不明なことを考えてしまう。こんな異常事態にそんな事しか考えられない俺って、いったい何を学んできたのだろう。


「分かりません。もう、全然、わかりません。何で誰もいないのー。どうなってんだー。あっれー。ほんと誰もいねー」


 僕こと窪塚学くぼづか がくは、彼女への答えが見つからずに話し始めたため、自分が口にした言葉で軽いパニックを起こしていた。


「少し落ち着きましょうよ。そうだ、良いものがある」


 彼女は吹っ飛んでいった、自分のカバンを拾いに行く。


「イタ!」


 スカートから伸びだ白い脚の膝小僧の所がけて、赤い血がにじみ出ている。机の下に隠れた時に傷つけたのだろう。生足に滴る赤い血が艶めかしい。って何、見てんだ俺、んで何、考えてんだ俺。落ち着け俺。そうだ。集中、集中するのだ。


「血っ。血が出てます」


「あっ、本当だ。こすっちゃったかな」


「僕、キズテープを持ってるから。ちょっと待ってください」


 僕はズボンのポケットの中から財布を取り出して、いつも入れているキズテープを取り出した。それを彼女に見せる。彼女の顔が少し嬉しそう。その顔がまぶしい。心配性が役に立った。


 側にあった椅子を立てて、彼女にすすめる。


「座ってください」


「はい」


 彼女は素直に椅子に腰をかけた。僕はかがんで彼女の膝にできた傷口を眺める。そういや小学校の頃は、近所の友達と公園で遊んで良く、みんな、膝とか脚とか怪我をしたっけ。女の子にもこうやってキズテープを貼ってあげたことを思い出した。忘れ去っていた記憶がよみがえってくる。


「ちょっと痛いかもです」


「はい。我慢します。ドジっ子なんですよね。私」


 僕はキズテープの紙の部分をはがして、彼女の膝の擦り傷にあてた。ガーゼの部分に広がる赤いシミが痛々しい。白い太ももが目に飛び込んでくる。紫色の血管が透けて見える。ゴクン。思わず生つばを飲み込んでしまった。ヤバ。見られてないよね。


 顔を上げるとキズテープを目で追っていた、彼女の視線と僕の視線が一つになる。顔から蒸気が吹き出しそうだ。彼女の白い顔もほんのりとピンク色になっているような気がした。


「はい、終わりです。まだ、血が止まっていないから後で貼り直さないといけませんね」


「うん。ありがとう。優しいんだね」


 彼女の笑顔が目に焼きつく。


「そうだ。忘れてた」


 彼女はあらためて自分のカバンを拾いに行き、中からミントのタブレットケースを取り出す。


「手、出して」


 彼女は僕の右手を取って、手のひらの上でケースを振った。僕の手のひらにミントのタブレットが2個こぼれ出る。そういや小学生の時は、コンビニエンスストアで友達とお菓子を分け合ったっけ。あの頃、ミントのタブレットなんて大人の味で苦手だったっけ。


 彼女は僕の手のひらから、タブレットを一つつまんで自分の口に放り込む。僕も残った一つを口に入れた。爽やかな香りが口の中を満たしていく。心が落ち着く。勉強で疲れた時の気分転換に良いかも知れない。が、今はそれどころではない。何が起きたか解明しないと次の行動に移せない。


「状況を整理してみましょうか」


「あっ、その前に自己紹介」


「そうです。僕、窪塚学。『学ぶ』って書いて『ガク』っ読むんだ。私立秀徳学園出身。っても一浪なんですけどね」


「あったま、いいんですね。超一流じゃないですか」


「私は星宮奈菜。奈良の『ナ』に菜の花の『ナ』。お嬢様ってキャラじゃないんだけど、私立白蘭女学院に通ってます」


「そっちだって」


「ああ、そうだ。お父さんがラーメン店を経営していて、お弟子さんが『お嬢』なんて呼ぶんですよ。勘違いしないでくださいね。危ない人とか違うから」


「ごめん」


「学くんって呼んでいい」


「うん」


「じゃあ、私のことは奈菜って呼んで」


「お嬢でも良いけど」


「学くんって意地悪なんだね」


「呼び捨てはちょっと。奈菜さんにしときます」


「敬語もやめない。堅っ苦しいし」


「そうだね」


 僕は同世代の女の子と普通に話をしている自分を不思議に思った。何だ、結構やれるじゃん、俺。


 美少女で癒やし系キャラ、ドジっ子でお嬢様。改めて奈菜さんの顔をマジマジと見つめてしまった。


「ん?顔に何かついてる?」


「いや、違うんだ。男子校だったから、女の子と話すのなんて久しぶりで。ごめん」


「そっか。私も中高一貫の女子校だから、同世代の男の子は久しぶりかも。よろしくね。学くん」


 奈菜さんが僕の顔を見つめ返してくる。あーもう、本当に。恥ずかしくて奈菜さんの顔がまともに見られない自分が情けない。


「で、学くん!みんなどこに行ったの?」


 そうだった。ほのぼのしている場合じゃない。大変な事態が起きているんだ。とにかく原因をつき止めないと。


「奈菜さん。ここにいたら何も分からないし、表に出よう」


「はい。ここにいるのが私だけじゃなくて良かった」


 奈菜さんが僕に手を差し出してくる。白くて、細くて、きれいな手をしている。


「えっ。あっ。うん」


 僕は奈菜さん手を取って廊下へと向かった。


 廊下はシーンと静まり返っている。行ったことないけど、まるで幽霊屋敷が、廃墟探検みたいだ。他の教室を覗いてみても、人っ子一人いない。物音、一つしない。


「誰もいないみたいだね」


「うん」


「でも、天井の照明もついているし。あっ、そうだ。ライフラインが生きているか確認しよう」


 僕は廊下の端にあるトイレへと向かった。ちょっと水が出るか見てくる。奈菜さん手を離そうとすると、逆に強く握り返してきた。


「なんか怖い。一緒に行っていい」


「男子トイレだけど。まあ、いいか」


 僕はトイレのドアを開けで中を覗いてみる。やっぱり誰もいない。


「誰かいますか」


 念のために声を掛けてみる。やはり返事はない。


「入るよ」


「うん」


 僕たちはトイレの中に入り、手洗い場の鏡の前に立つ。緊張で僕の顔も奈菜さんの顔も強張っている。僕は水道の蛇口に手を伸ばして、レバーを軽く回してみた。


 ジャー。


 普通に水が流れ出る。どうやら水道は問題ないようだ。


「ふー」


 二人とも同時にため息をついた。安心して心が少しばかり緩んだ。


「あっ、私、これ、ちょっと汚れ落としたい。シミが取れなくなると悪いから」


 鏡の中の奈菜さんが、制服の胸の所についたアイスクリームのシミを指で示した。奈菜さんの胸に目がいく。事故とは言え、触れた時のやわらかな感触が両手によみがえる。心臓がまた、ドキッと鳴った。


 鏡に映り込む僕の顔のなんと間抜けなことか。僕は自分にがっかりするしかなかった。


「中は誰もいないみたいだから、外で見張っているね」


 僕はトイレのドアを開けて外に出た。誰もいなくなった廊下に一人。空調が効きすぎているのかヒヤッとする。一人になるとやっぱり怖い。


「きゃー」


 トイレの中から奈菜さんの悲鳴。僕は廊下で思わず飛び上がった。直ぐにトイレのドアを開いて中を覗き込む。


「・・・!」


 奈菜さん、何をしているの。勢いよく弾け出す水。弾けた水滴が奈菜さんに降りかかっていた。


「ごめんなさい。回す方向を間違えちゃいました」


 僕は慌てて駆け込み水道の水を止めた。


「私って、ちょっと、おっちょこちょいなんです」


 舌を出して笑う。笑顔がとてもかわいらしい。顔についた水滴を指で払う姿にドキドキが止まらない。水で濡らしたせいか、白い制服の胸ポケットの所が少し透けて、ピンクの下着の色がのぞいている。


「大丈夫。天気がいいから外に出たら、すぐに乾くよ」


 いや。そういう問題じゃなくて。奈菜さんってちょっと天然?かわいいから許すけど。そもそも、誰もいないんだから、そこまできれいに洗わなくても。


 僕たちは再び手をつないで予備校のビルの外に出た。誰もいなくなった渋谷の街。昼間なのに静まり返って異様な光景だ。地震で、お店の中が多少散らかっているところもあるが、他に問題はなさそうだ。


 いつもは人でごった返す、駅前のスクランブル交差点の方を覗いてみる。やっぱり、人影はなさそうだ。どこにも誰もいない。


「あっ。そうだ。僕のスマートフォン。ワンセグテレビが見られるんだった。何かやっているかもしれない」


 僕はスマートフォンを取り出してテレビのアプリを押した。二人で顔を近づけて覗き込む。


 ゴツン。


 おでことおでこがぶつかってしまった。


「ごめん」


「私こそ」


 気を取り直して再び覗き込む。


『こちら渋谷駅前のライブ映像です。ハチ公前のスクランブル交差点はいつも通りです』


『やー。地震の影響が少なくて良かった。ビックリしましたよねー』


『私なんて関東大震災が、ついに来たかとビビっちゃいました』


 ニュースでよく見かけるアナウンサーが語り合っている。


「ねえ、人が沢山、歩いているよ」


 奈菜さんの言う通り、スマートフォンに映し出されたスクランブル交差のライブ映像は、何事もなかったかのように、いつも通り多くの若者であふれかえっていた。僕たちは目の前にある同じ交差点を見つめる。誰もいない!


「どこなんだ、ここは?誰もいない」

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