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姫宮はるか合作1~愛しているのさ狂おしいヒョドッ~

ここで神イントロ

1魔王軍とかよく知らないから全員腹パン


 そこは荒野だった。

 荒野、荒れた野。雑草や低木が生い茂る不利用地、一般に水害や旱魃の被害を受けやすい、風が強く風害にさらされる地すべり地帯である。土壌が極端に痩せているなどの理由で一般的な土地利用に適さない場所に多く見られるほか、開発計画が頓挫した結果放置されている土地も荒地である。以上ウィキペディアより。

 まあとにかく、そんな荒野に私と一体の「何か」が対峙していた。

 人間の姿を遠く離れ、本で読んだような悪魔のそれに近い姿をした魔王と名乗るそれは、人間でいうなら右腕に当たる部位を上げ、私に向けて言葉を発する。

『勇敢なる者よ、我の配下に着け。さらば世界の半ポピッ!』

「うるさい、私は遊ぶぜエ○ターク!」

 どこかで聞いたことのあるような誘いを無視し、私は魔王の腹部っぽいところに全力のパンチを撃ちこむ。人間でいう腹パン。英語で言うとストマッパン、多分。知ってる人いたら作者に言ってよ、次回があったら修正させるから。

『ゆ、勇敢なる者……』

「ふん、ふん、ふん」

『ゆ、勇者様?』

「へい! へい! へい! へい!」

『あの、聞いてます?』

「アッフゥフン! アッフゥフン!」

『お願いします、無視しないでください……』

 自称魔王(cv:津田健次郎)が震え声で乞うてきたので、私はしぶしぶ魔王様(笑)への腹パンをやめてやった。腹筋の運動が終わった魔王(メンタル弱め)は涙を流しながら私に土下座をする。うわ、この魔王涙緑色だよ、気持ち悪っ。

 私は腕を組んで魔王ハゲの前に仁王立ちをする。

「で、世界の半分?」

『は、はい。……世界の半分を貴方様に』

「それさ、どの辺半分って定義ないじゃん」

『そ、それは……』

「当初さ、絶対なんか辺境とか適当な場所半分分ける予定だったでしょ。『場所の規定まではないんで』とか中学生クソリプみたいなこと言って」

『ク、クソリプ?』

 漫画のように頭上にクエスチョンマークを

浮かべる魔王(無駄にタフ)、そのはげ頭を靴底でゴリゴリしながら私はソレにゲス顔で笑みを浮かべ……てから外面を考えて満面の笑みで言う。この辺ちゃんといい笑顔にしないと後でアンケートに書かれちゃうかもしれないからね。主人公主人公っと。

「魔王様、だっけ? 世界全部私に頂戴よ。こうどかんと」

『ゼ、全部ですか』

「全部」

『全部と言いますと』

「全部は全部だよ、アルファからオメガ。分かってんのかあぁん? お前の全部は百パーセント以外を差すのかこのボンクラァ! お前の涙意識高い系女子に売るぞ!」

 魔王(禿頭)の頭を踏みつけながら怒号を吹っ掛ける。ここの部分は……後で作者にカットしておいて貰おう。腐っても私は外見悪くないし日常系の主人公。可愛くゆるふわじゃないと。こう平○唯とかコ○アみたいに。

『イシキタカイケイ? 北の洞窟に配備したイシキタカイナイトやイシキタカイドラゴンのことで?』

「いるんだ……」

 やったら覚えにくそうなモンスターの生を上げる魔王(頭部は光属性)。

 その魔王の頭をスニーカーでふんずけながら私は指示を下した。

「まあいいや、とりあえず私TUEEEしたいしさ、世界征服の証に全武器と防具、強い奴私に頂戴。んで転職できる神殿とか封印ね。あ、現実の世界と夢の世界に分けてよ、んで封印。その辺の警備は魔王、お前らに任せる。城に炎の爪とか置くなよ」

『詳しいっすね』

「テメーみたいに禿げてないからな」

 魔王シャイニングヘッドに油性マジックで即興のポエムを書きながらソレに指示を出す。光る星、私の心、煌くあの人、明日は素敵なことがあるはず、さあ下北沢に繰り出そう。うーん、サブカル。

『……るかー』

「ん? 今魔王なんか言った?」

 まお……ツルッパゲの頭にポエムの締めとしてサインと「い○すとや」っぽい絵を書きながら言う。魔王は首を振らずに言葉で否定する。それでいい、頭振るとサインがずれるからな。

『ちょっと、は……、寝てる?』

「魔王やっぱなんか言ってるじゃん」

『いえ、私は何も』

「じゃあ誰が……」

  ○

「ええい、寝てないで起きろ!」

 私がハゲに聞こうとしたところで、私の頭を何者かが引っ叩く。真の勇者か!? と後ろを向くと、そこに立っていたのは一人の少年。蒼い鎧を纏っていなければ攻撃の度にHPを回復する素敵な剣も装備していない。金ボタンの映える真っ黒な学ランに身を包んだ、メガネをかけた中性的な一人の男子だ。名前は北見葉。齢は十六、進士に及第し……これは山月記。葉はいたって普通のアニメが好きで家事が得意な男子高校生で、母さんの股から出てきたあたりから公園、幼稚園、小学校中学高校とすべてが一緒の超がつくほどの腐れ縁である。改めてみるとすげーな。

 葉は目を細めながら私のことを見る。

「……何時間寝てたの?」

「体感十時間」

 いやあすごい夢だった。竹竿と布の服で旅に出てからの一大スペクタクル。最後まさか魔王を腹パンしてハゲ頭にポエムを書くとはね。アレ本にすれば売れそうね。その前にツ○ッターかなんかでちょっと跳ねればもっと売れるでしょ、知らないけど。

「十時間って……実際はもっと短いだろうけど、また夜寝られなくなるよ?」

 私が今の今までグースカと寝ていた大机の対面に座る葉。彼は飲むヨーグルトの蓋をペロッと開け、傍らに置いてからカバーが巻かれた文庫本を開いた。葉がカバーをかけてるってことはフラ○ス書院だな。

 読者諸君は多分置いてけぼりだと思うので説明しよう。現在私たちがのんべんたらりとしているのは栃木県は宇都宮市にある県立高校滝原高校地理部の部室。私たちの所属もそこ。といっても活動なんてまともにしてないんだけど。私たちの先代は麻雀部にしていたみたい。故に部室に全自動雀卓。

 はい、読者の皆他に聞きたいことある? 競馬の予想以外なら教えてあげるよ……え、「君の名は。」? あれは東京に住む高校生瀧君と……ああ、映画じゃなくて私の名前の方。よかった名前の方で、あの映画まだ見てないんだわ。

 私の名前は姫宮はるか。見ての通りのそれなりに可愛いちょっとおたくな女子高生である。「自慢かよ」って? いいでしょ別に謙遜とか嫌いなんだもの。実際可愛い。

 え、画像がない? 作者も無能だな……なんかあれ、少女漫画の主人公っぽい娘連想して、貧乳にして、背は高く。ちょっと顔下衆っぽく……はい完成。それが私! 覚えておいてね、前期姫宮はるか学概論の試験で出すよ。可愛く描けた学生には点数ちょっと加算しておくから。

「はるか、また妄想?」

「生きがいなんで」

「どや顔で言われましても」

 そう、私の趣味は妄想である。起きてても寝ててもだいたい妄想にふけっている。この趣味大変コスパがよろしく、特に道具もいらないから試験の時や授業中スマホの充電が切れた時なんかよく使わせてもらってる。はいこれも姫宮はるか学概論の試験に出ます。

「で、まあその妄想の話なんだけど」

「はいはい」

 私が妄想して適当に話し、葉が適当に突っ込む。この適当な会話で十六年ちょい持たせてきた。これであと二十年は余裕。平成より長いじゃないか、コンテンツとして有能。

「まあその妄想で、愉快痛快な夢を見ていたわけなんだけど」

「三行で」

「魔王フルボッコ」

「一行で終わったか」

「テンポ重視しました」

 ちょっとここまで説明多かったしね、説明部分多いと十話で打ち切りになりそうなんだもん。

「そういや魔王ってさ、あれなんで世界の半分なんだろうね」

「いや、そりゃ自分と相対してる勇者が自分の次か、下手すりゃ自分並に強いからじゃない? それで釣って偽のパスワードを」

「……魔王軍弱すぎない?」

「それ言うか」

「世界支配する割にはその辺の元全裸の勇者一人に負けるんだよ?」

「あー、まあ確かに」

「なんというか世界支配する気概が足りない。あとROMの容量も足りない」

「それ言うなし」

 葉が苦笑しながら本を閉じてその辺に転がってた西の麻雀牌を片手で弄る。彼の意識がこっちに向いたところで話を変えた。

「葉ってさ、ゲームやるとき主人公の名前何にしてたっけ」

「んー、どの作品」

「どれでも。アクションでもクエストでもシューティングでもバイクでもハンターでも」

「どれでもって……大体デフォネームだけど、それがない奴は自分のあだ名」

「キティちゃん?」

「一時期あったね、その名前。それはアレ、クエストの7の主人公の名前」

 北見葉→キタミ→キティでキティ。外見も中性的で割と可愛い系だし小六のころに呼ばれ始めて以後二年くらい定着してた。主犯は私。

「その理論で行くとはるかは主人公の名前『アーツ○ジョン』になるね」

「ホントだよ」

 机に転がっていた白牌をデコピンで吹っ飛ばしながら、私は低音で愚痴を漏らした。

 アレはキティが定着するちょっと前、小五の頃。学年全体であだ名をつけるのが妙にはやったりした。田舎の小学校ということもあって学年全体が妙に仲が良かったのもあってこういうブームになったんだけど……まあ初めはよかったのよ。よしひこだからヨッシーとか、家が農家だから大作とかさ。そのうちなんか皆、暴走してきたの。ベタな奴だと段々マンネリ化してきたのか、変にひねり出してね。当時クラスで二番目に可愛かったさくらちゃんはサ○ラ大戦から流れに流れて最終的にワンダース○ンになったし、一一歳にして既に熟女好きの片鱗を見せ更年期障害に悩んでいた学年主任の後藤先生ガチ恋を名乗っていた原田君は芸人の名前をすごい勢いで巡って「原田左之助」に落ち着いた。結果新選組かよ。

 そんな中私の番は学年でも最後の方に回ってきた。いやあ、あの時の暴走っぷりはすごかったよ。私の名前が「はるか」だからまず「就職予備校」「ス○ブラ」「エア○イド」に始まりいろんなあだ名を経由し小学校時代を過ごし、修学旅行の頃にはオタク男子発祥で「アーツビ○ョン」「青○プロ」「ダンデライオ○」「○イムエンタープライズ」「ミュ○ジックレイン」とか声優事務所の名前で呼ばれてた。当時はなんでや! って突っ込んだけど今思い返すと全部の所属声優に「ハルカ」がいるのね。びっくり。

 その流行は中学に行っても続き、私はアーツビ○ョンと呼ばれ続けた。キティとアーツ○ジョン、どこで差がついた。

「で、ア○ツビジョンはさ」

「誰が山○はるかだ」

「ごめんごめん、ミュージックレイ○は」

「戸○遥じゃねーか!」

 ただでさえ「ネタがわかりにくい」とか言われんだからもっとわかりやすいネタ使おうよ! ここまで絶対読者おいてけぼりだからな! 

「はるかはさ」

「やっと戻った」

「結局主人公の名前何にしてるの?」

「ん? ア○ツ」

「気に入ってんじゃん」

 だって好きだし、中村○里子。



2 ノーアナーキーノーライフ


「ヘイ授業終わった、今日は部活なしで遊び行こう!」

 七限目終了を告げるチャイムが鳴るや否や、椅子を蹴り飛ばして隣の席の葉の肩を叩く。よっしゃ放課後だ楽しむぜ!

「んー」

 葉が鞄に荷物を詰めながら答える。基本学校に財布とスマホだけポケットに入れて手ぶらで行く私と対照的に葉はそれなりに荷物を持っていく。筆記用具、ラノベとゲームとお弁当。……教科書? ノート? 置き勉してる。どうせ帰っても勉強しないし。

 身軽な二人でスタコラサッサと教室を後に。今日は掃除当番もないはずだから本当に気楽。遊びに行くぜ! 

「んで、どこ行く?」

「まあ、とりあえず宇都宮行くべ」

 校門を出て、何もない道路を目の前に葉が言い、私が即で応えた。

 この滝原高校、一応栃木県の県庁所在地宇都宮市に位置する。人口も多いし新幹線だって通ってる、超都会、パル○もある。……中心部は。

 ウチの高校はそれから一駅離れたところになるんだけど。まー遊ぶ場所が何もない。学校周辺にあるものはファミレスと餃子屋と焼肉屋と餃子屋とコンビニと餃子屋とハンバーガー屋と餃子屋とTSU○AYA。餃子屋が無駄にあるのは栃木クオリティ。無人精米所より餃子屋が多い、それが栃木。ソースは地域情報誌のもん○や。あれ超便利。毎月欠かさず読んでます、定期的にラーメン特集来るのがまたよし。

 故にウチの生徒がどっかに遊びに行くとなると、一駅二駅行った先にある正真正銘の「宇都宮」に遊びに行くことになる。そこまで行けばゲーセンもあるしスタバもある。ヤダ天国! なんでもある! 多分愛も買える。実際風俗多いから愛も買える。この間お父さんが愛を買って怒られてた。

 六月のちょっとじめっとした空の下葉と二人のったらのったら駅まで歩き、三〇分に一本来ればいい方の電車で一駅。我々は路線で二駅しかない自動改札のある超都会の駅、東○宇都宮に到着した。ココこそ高校生の遊び場よ、家でモ○ハンやるしか能のない中学時代とはおさらばだ!

「やって来たぜ宇都宮! ヒャッホウ!」

「テンション高くない?」

 隣で葉が若干引き気味に言う。

「いや、今日授業中全部寝てたからさ、体力有り余ってて」

 古典とか昼寝にはちょうどいいよね。次点が生物基礎、担当教諭の声がいい感じ。

「学生さん?」

「ガクセイ、アソビ、ホンブン、ブラジルノセンシュ、スウガク、ヤラナイ。シンジ、モットミギ」

 喉の入り口辺りから太めの声を出しながら、関西っぽいイントネーションで手をちょいちょい、と動かす。私のモノマネ十八番の『ミラ○の十番』である。覚えておくと割と役に立つよ、……多分。私は役に立ったためしないけど。

「ミ○ンの十番さんはいいから。とりあえずメロン行こうか。こないだの即売会の新刊入ったらしいし」

 そう言いながら私の手を握り、ちょっと古めのアーケード街を歩き出す葉。こう栃木ってハンパな場所にあるから学生が毎週東京に行くのはなかなかキツいのよね。地味に時間かかるし往復にお金取られちゃうし。とてもじゃないけど中規模の同人誌即売会だけのために上京してられない。

「故に侘助」

「急に何!?」

 なんとなーく口から飛び出した言葉に葉が律儀に反応する。ツッコミ、そこは仕事しなくていいよ。

「つい反射的に。いやでも本当メロンさんありがたいよね」

「県内でまともに同人誌買えるのここしかないしね」

 栃木県は無駄に大きいくせにいわゆるオタクショップの数が異様に少ない。「君ら大宮とか東京行きやすいしええやろ」って思われてるんだろうけどこっちはそこに行くのも結構面倒なの! ○武線舐めるな! 改札設置する金すらないんだ……おっと失礼。

 まあ、そんな半端にオタクに冷たい栃木最後の希望が私たちが向かっている商業ビルである。地下から順にメロン○ックス、ま○だらけ、らしんば○にアニ○イトと無数のオタクショップが入ってる。ここに来ればだいたい何とかなる。とらとゲマはない。テナント空いてるし来てくれないかな……。

 ビルに入って目の前のエスカレーターを下るとみんな大好き同人誌を売ってるお店メロンブッ○ス。そういやそろそろコミケのカタログ出るよななんて思いながら店内に入ると、むあっとした、空調では出せない特殊なオタッキー=アトモスフィアが私たちを包む。そうそう、これよこれ。この空気感じるとメロン来たって気分になる。

 葉がウキウキと新刊を物色するのを横目に、私も台に平積みされた新刊をもよんと見つつ店内を歩く。

脚注:もよん もよんとした様。例文「彼女の胸はDカップで―としている」「私は―としたパンが好きだ」

 本を取っちゃサンプルを物色して台に戻し、別の本を取っちゃサンプルを物色して……ほうこのBLいいな、買おう。

 適当に同人誌を小脇に抱え顔を上げると、目の前に見慣れた学ラン姿が映る。もっさりした黒髪、小脇の週刊少年○ャンピオン、後姿からしてわかるやさぐれた雰囲気。この店に順応したオタッキー=アトモスフィア動き出す孤独なシルエット。あれはまぎれもなく、ヤツだ。(ここでタイトル)

「八雲! 八雲! 八雲!」

 あいさつ代わりにソレの背中に飛び蹴りをかましながら名前を三度呼ぶ。や○やですら二回なのに!

 八雲、と私が呼んだ男子は背中を抑えながらこっちを見る。

「いてえ……って姫宮か、会うたびに飛び蹴りすんなよ」

 自身の辞書に「光」が載ってなさそうな死んだ目でこっちを見てくる佐倉八雲。彼も私と葉の同級生で、同じ部活の男子である。つまるところはオトモダチ。うぃーあーざふれんず。好きなものはお金、嫌いなものは社畜。いつかなりたい自由業。儲け話を模索した結果中学時代にマルチ商法を運営しかけた愉快なヤローである。

「姫宮がいるってことは、葉もいるのか」

「セット販売なもので」

「さいですか。てかお前らも今日部活行ってないってことは今日部室にアレ一人?」

「リタ一人ってことはないんじゃないの? いつも部室行くとき私を誘いに来るし」

 地理部員はこの店内にいる私たち三人のほかに留学生のリタの計四人で構成されている。ウチの応援団の団員が三人だから三割多い。リタについては、まあ次回出ると思われる。一話で出る人数多くてもわかりづらいでしょ? 今の時点で主人公の私、幼馴染のオタク葉、将来の夢は自由業、仮面ライダーヤクモムこと佐倉八雲。メガシンデル! 潤ってねえ! っつーわけで、これ以上増えてもアレだし、リタは次回ね。

「ん、八雲だ、今日部室行ってないんだ」

「まあ、今日チャンピ○ン出るし。メロンのポイント欲しかったから」

 私と八雲がやいのやいのしてると話が聞こえたのか葉もこっちにやってくる。改装したとはいえそんなに店舗大きくないからね。

「二人もは……ああ、日曜の即売会」

「ご名答」

「葉が買い物したいって。私は遊べればなんでもよかった」

「で、俺で遊んだと」

「背中があったから跳んだ。否定はしない」

「ちょっとでいい、否定してほしかった」

 またか、と言いたげな目をこっちに向ける葉にプリティフェイスで返す。てへぺろ。

 蹴り飛ばした八雲の背中をわりいわりいとさすりながら二人が買う物の清算を済ませると、特にここに用事もなくなったので外へ、シャッターまみれのアーケード街へ出る。栃木みたいな車社会だと駅前より郊外のショッピングモールの方が最近は栄えてたりしてる。その結果駅前の商店街とかアーケードはすっかり廃れてシャッターだらけに。右も左も前も後ろもシャッター……いやそれだと出られない。まさかスタンド攻撃か!? ……地の文だからツッコミはないか。ないならないでちょっと寂しい。

「シャッターに片っ端から落書きする?」

「なんでいつもそうはるかはアナーキーなの、ヤンキー志向なの?」

「ヤンキー怖え……」

 スプレー缶をシャカシャカするジェスチャーを取る私を葉が止める。いや、ほらなんというかさ、綺麗なシャッターみると私の何かが疼くのよ。本能が覚醒するというか。……まあ、母親元ヤンだし。元ヤンの王者、ジュウオウヒメミヤ!

 シャッターに囲まれていてもどうしようもないし、お腹も空いてきたしということで、私たちはちょいと移動して近くの個人経営のカレー屋に突入した。ラーメンでもいいけど今日はカレーな気分。

 三人で席に座り、よっしゃカレーだカレーだ! とメニューを開き貪るように見る。……けど、私は大体メニュー決まってるのよね。三分ほど二人を待ってから、馴染のおばちゃんに注文。スマホちゃんをぺろぺろぬぱぁしながらカレーを待つ。

 ……今SEが気持ち悪い、主人公のキャラが痛い、男子陣のキャラが薄いとクレームが来ましたが、どれも六月の湿度とMOONNIGHTのせい。月夜に文句言え。あと私は痛いじゃなくて可愛いだろうが!

 脳内クレーム処理をしているうちに十数分ほど経っていたのか、私の目の前にカレーがやってくる。鼻をくすぐる芳醇なスパイスの香り、いつみてもテンションの上がる二色のコントラスト、そしてその間に鎮座するハンバァァァァグ! 師匠。みんな大好きハンバーグカレー(大盛甘口)、ここに降臨!

 皿から溢れんばかりのカレーライスに、水につけておいたスプーンをグサッと差し込む。この瞬間が好きすぎてどーにか保存したいまである。だれか『カレーの一口目』とかいう写真とか映像作品作ってくれないかな、千円までなら出す。VRカレーなら万出す。

 こんもりとスプーンに盛られたカレーを、大口を開けて迎え入れる。下品? 女の子はもっとおしとやかに?

 クソリプは後にしてくれませんか、今カレー食べてるんです!

 出来立てが出てきたせいかまずとにかく熱い、口の中が火傷しそう。水を入れたいけど、そうしたら折角のカレー様が薄れてしまう。一口目は火傷覚悟でじっくり、しっかり味わうのだ……。

 某ベ○ダー卿のようなあの息を吐きながら口から熱気を出し、吸う息で口内を冷ます。口の中のカレーがいい感じの熱さになったところで、ゆっくりとカレーを味わう。

 甘口ゆえに辛さ自体はとびぬけて感じない。むしろバスケットのジャンプシュートよろしく「辛さは添えるだけ」って感じ。何種類使ったんだろうか、香ばしいスパイスの香りが鼻を抜けて、じっくり煮込まれた野菜のじんわりと来る濃い味とハンバーグの肉の殴りつけるようなそれが舌から脳に届く。

 あー、やっぱカレーだわ! 日本人の心だわ! カレー嫌いな人は人生の八割損してる。今だけはカレー過激派になる! 甘口の方が好きだけど。

 もっきゅもっきゅとカレーを口に運び続け暫し、皿からカレーが三割ほど消えたあたりで、二人の皿を見ながら八雲が口を開く。

「……お前ら二人、ずっと一緒にいる割には好みは別なのな」

 私は甘口カレー、葉は激辛のチキンカレー。確かに、辛さからして対極にある。

 カレーの箸休め(スプーン休め?)としてサラダに手を伸ばしながら葉が言う。

「確かに、付き合い長いけどこういったとこの好みは違うよね、僕たち」

「お寿司行っても一皿目別の頼むもんね、私ラーメン」

「僕スズキ……寿司食べに行ってラーメンってどうなの、八雲」

「前食ったけどそれなりに美味かったぞ」

「本当に? すごいね、最近の回転寿司」

 話しながら食べていたせいか、フォークの先でサラダがなくなったことに気付く葉。私は無言で自分のを差し出し、ついでに葉の真隣にあった福神漬けのビンを拝借する。

 昔懐かし、真っ赤な福神漬けをもそっと瓶からスプーンで山盛り三杯頂き、カレーの脇に乗せる。大体葉もカレーが中盤になると福神漬けを乗せるのでこのタイミングで一緒に乗せてあげる。こっちはちょっぴりっと。

 八雲はラッキョウ派らしく、シーフードカレーの脇に鎮座する小皿にとったラッキョウをシャクシャク齧ってた。ラッキョウ派初めて見た……姫宮家北見家どころか小中と同級生全員福神漬け派だったもんなぁ……福神漬けのキュウリだけ食べてた芽衣ちゃん元気かなぁ。先月子供生まれたらしいけど。

 福神漬けをボリボリ奥歯で咀嚼し、その酸味を糧にカレーに再び挑む。うん、酸味が加わってより一層いいよ、福神漬けってどう考えても日本の文化だけどこのカレーも日本風だからよく合う。イギリス風? 欧風って言うの? あの系列のカレーも日本カレーの元祖だから多分合うけどね。ただ個人的に蕎麦屋のカレーと福神漬けはそこまで合わない不思議。あれには浅漬けだ。

 大盛りカレーを難なく平らげた私と二人は、すっかり暗くなった町へ再び繰り出す。

「どうする、カラオケでも行く?」

「いいな、久しぶりにCOMPL○X縛りで行くか」

「えー、帰って寝たい、腰痛いし」

 私は唇を尖らせる葉の手を握り、カラオケ屋に向かって走り出した。

「木曜の夜だ、連れ出してあげる!」

「部屋にこもって夢見てたい……」


3 打てないボールがあるものか


※この話は沢山の野球ネタで構成されていますが登場する選手とその所属チームは全て架空のものであり。実在の人物・団体とは一切関係がありません。本当です。信じて。


 ウチの学校、滝原高校は無駄に長い歴史を誇っている。私たちの代でちょうど百三十四代目。旧制中学の時代から滝原中学としてこの地に鎮座しているドンである。

 故にか知らないけど、敷地がめっちゃデカい。学校というかほぼほぼ森だもん、ウチ。何なら東京にある成……なんとか? とにかくそんな名前の大学のキャンパスより大きい。さらに言うと学校の後に元国鉄が通ったから、高校の敷地をぶった切るように電車の線路が通ってる。

 そんなウチの高校、県立のくせにグラウンドもデカい。球技大会レベルなら野球二試合サッカー三試合バレーボール四試合テニス二試合を並行して余裕でできる。

 そんな無駄に大きなグラウンドを活かすべく、体育の授業はほぼほぼ放牧である。球技に必要な機材はコンテナに積んであるから『俺たちは好きにする、お前らも好きにしろ』とテキトーにやっていいことになってる。実際この間体育館の教官室覗きに行ったらウチの委員長と体育教師がしゃぶしゃぶやってた。主人公補正もないのにバカなのかあいつらは。

 で、長い解説を経て第三話が始まるわけである。場所は夏が近づき暑い日差しの降り注ぐグラウンドの一角。四つのベースが置かれ、野球場よろしくな状態になっている。実際私所属一年一組と隣のクラス二組の女子二十人以上で野球をやっている。ソフトボールじゃないのかって? 野球好きがメインだから野球なんだよ。やっぱり日本人、野球大好き。野球は国技。(個人差があります)

「デカラビッツさん、今年もまたドラフト失敗してたよね、いいの? 世代交代できてないよ?」

「そっちのブルースターズこそ、ダイコクバシラと勝ち頭消えちゃったけどそれで勝ち数稼げるんです? あ、ヤ○グチはFAでウチにきたんでしたね。ごめんなさいwww」

 バッターボックスに立つ私がマウンドに立つ隣のクラスのピッチャーを煽ると、あっちも負けじと煽り返してくる。地元に愛される球団神奈川ブルースターズファンの私と、だいたい常勝、大正義大兎軍こと東京デカラビッツファンのあの子、ちょっとした伝統芸だ。二か月そこらだけど。

「……でもヤマ○チ、そっちにいって今三軍で調整中だよね。人的保障で貰ったタ○ラ、今ブルースターズですごい頑張ってるよ。なんともう三勝。これなら二桁は無理でも八勝はしてくれそうだし? 現時点で二位だし、このまま四位のデカラビッツさん抑えてリーグ優勝も夢じゃないかな~なんてwww」

「……あぁん?」

「おぉん?」

「……煽りあいはいいから、早くボール投げてよ、リッたん」

「へい」

 キャッチャーを務める二組の古田ちゃん(山手サニーブラザーズファン)がマウンドに立つ大正義()推しの留学生、リタ・リヴォルタと私をなだめる。

 はい、お気づきの方も多いとは思いますが彼女が最後の地理部員。なぜかこんな片田舎に来たリッたんことリタです。金髪が風になびく、おめめパッチリ、巨乳なナイスガール。(注:ナイスガイの女性名詞) 妙に趣味が古くてしゃべりは謎敬語、典型的? なイタリアからやってきた留学生。留学生のテンプレはググれば出てくると思うよ、多分。普段は私と話も合うしめっちゃ仲がいいんだけど、こと野球となると好きなチームが違ってリーグが同じだから……煽りあいの殴り合いになるわけで。しかしこの子なんで今年の春から日本に来たのにドカ○ン読破してるほど野球大好きでデカラビッツV9時代から知ってるんだ……イタリアでも野球大人気なの?

「それじゃあ行きますか、ハルカ」

 リタがグラブの中でボールを握り、こっちを見てくる。体操着の代わりにしてる鷹Tシャツの鷹もこっちを見てくる。ちなみにウチの高校は指定の体操着がないから服装は各自自由。私もブルースターズのレプリカユニフォーム(めっちゃ可愛い)を着ている。背番号は皆大好き「カワの総長」○ウラが背負っていた一八。今まで本当お疲れさまでした。

 リタの煽りに、バットを立てて応える。

「よっしゃこいやぁ! 打てないボールがあるものか!」

「構えたバットで打ち返す!」

「ああ青春のホームラン」

「カキーンといかした あいつだぜ」

「気は優しくてふんふふふふん」

「明るいエガオでふんふふふん」

「がんばれがんばれドカ○ン」

「がんばれがんばれドカベ○」

『やーまだたーろ』

「いいから早く始めろ!」

 掛け合いで歌う私たち二人に、キャッチャーマスクを取って半ギレで叫ぶ古田ちゃん。うん、確かにこの流れはやりすぎたわ。

「リタ、歌詞かえたしぼかしたとはいえあの団体が怖いからそろそろコントは終わろう」

「ウィッス。じゃあ今度こそ行きますよ」

「いや、『ああ青春の』のあたりであの団体来ると思うよ?」

 高津ちゃんの無慈悲なツッコミは無視してもう一度バットを構える。金属バットは存外重いからちょっと短めに構えてっと。

「よーし行くぜホームラヘブゥッ!」

「あー、すいません」

 ここまで尺を使っておいて、リタ・リヴォルタ大暴投。彼女の投げた硬球はそこそこのスピードで投擲され、私の頬に突き刺さった。山○、このボールは打てないし取れないと思うよ。

 ワンアウトからデッドボールで無事(無事じゃない)一塁に出た私。数分後続く打者二人が三振でアウトになってスリーアウトチェンジ。一点も入らずこっちチームの攻撃は終了した。あれ、私無駄死に?

「痛い……」

「いやー、マジごめんです。ほら、なんていうんでしたっけ。カツ注入?」

「次の打席覚えてろよ。ウチのピッチャーに報復死球やらせるぞ」

「あっこれ意味間違えたやつだ」

 ボールがぶつかった頬をさすりながらリタに悪態をつきつつベンチに戻る。こんなやり取りをしていますが普通に仲いいですよ、我々。一緒にリムジン貸し切ろうかとか本気で考えるくらいには仲がいい。

「何やってんだヘボバッター」

「ハルカーゴーホーム」

「あの回ニ十点取れやー」

「ファームで素振りしてろー」

「……なんでいる、男子は○子よろしくバスケやってたはずでは」

 野球場とかにあるがっつりした奴じゃなくて、半分壊れたプラスチック製のベンチ。底になぜか座っている八雲と葉がヤジを飛ばしてくる。何、この二人甲子園の住人なの?

 葉の隣に座り、頬にパンクロッカーよろしく中指をめりめり突きたてながら問い詰めると、葉は体操着代わりのクソダサTシャツ(今日はたこやきを焼く地下アイドルの柄。どこで買ったの、本当)の胸元をぱたぱたさせながら釈明する。

「スポーツ嫌いだしサボり、気配消した」

「葉に同じく、チームプレイ苦手だし、自分気配消す天才なんで」

 このニートどもが、どや顔で言っても全く説得力ないからな。

「はるかこそ、守備行かなくていいの?」

 私が葉にFuc○ing(比喩)している間に、我らが一組チームの面々はグローブ片手にグラウンドに散り、守備に就いていた。

「私はいいの、DHだから」

「無駄に凝ってるな、所詮授業なのに」

 顎に手を当てて感心する八雲。いや、そういうわけじゃなくて……。

「うんにゃ、単に人数多いだけ」

 今回野球やってる女子は二五人そこそこ。守備を増やすわけにもいかないので、守備に就く九人以外を控えではなくDHという扱いにしてる。厳密にはそれDHとは違うけど、まあご愛嬌。だから十二番キャッチャーとか普通に出る。実際古田ちゃんは十二番キャッチャーだしリタは十番ピッチャー。

「ハルカー」

「ん、どしたい留学生」

「どっち勝つと思います? 賭けません?」

「どーして君はそういう際どいラインぶっちぎってくるかなぁ!!」

 ただでさえちょっと前そういうネタで荒れたんだから! 特に君の球団! 

「面白い、乗った。俺姫宮に賭けるから負けたほう昼奢りな」

「よっしゃ、タダメシ!」

「そこのビーバーズとデカラビッツ!」

 リタの提案に八雲がニヤリと便乗、コイントスのジェスチャーをする。クソ、あれの推し球団神戸ビーバーズがそこまで賭博に絡んでなかったからって……。

「まあまあ、こんくらいなら連盟も甘く見てくれるよ」

「そういう話じゃないんだよなぁ」

 葉(埼玉ヴァンキャットファン)が私の肩を叩く。……霧の事件忘れないからな。当時私生まれてないけど。

 ていうか! このネタただでさえデリケートな話なんだからもう終わらないと。弱小媒体とはいえ何かと大変でしょ!

 ガメッツ佐倉とナチュラル畜生リヴォルタが○○(諸事情によりぼかします)に興じている間も試合は進む。……打者が十二人いてDHだと私暇だな。

「リター、暇」

「じゃあ今年の日本シリーズの話します?」

「四か月後なのに」

 出て行っては速攻で打者の仕事を終えて戻って来たリタに声をかける。野球やってるし健全な野球の話をしよう。こう、畜生な煽りあいになってもちゃんと危険な話題に移らずに終わりそうなやつ。

「まあ、リーグ優勝も日本シリーズもブルースターズなんだけど」

「一昨年のブルースターズさん覚えてます?

一位から六位のテンラクゲーキ」

「史上初、あれ史上初だから。なかなか見られないよ。一年間で一位から六位の景色みられるの」

 私たちがトム○ェリよろしくケンカをしていると、海の方のリーグ推しの二人がずずいと割り込んできた。

「ヴァンキャットが行けるかは別として、今年も日本シリーズはこっちのリーグでしょ。福岡シャープスか北海道フィフス」

「交流戦もウチが圧勝だったし。ビーバーズですら勝率六割で勝ち越せたぞ。貯金ありがとうございます」

 あー、うん。強いよね、そっちのリーグ。

「……リタ、後半戦は頑張ろうね」

「はい。……そうだ、ウチあのリーグのBクラスに全部負け越したんだ」

「ウチ、ビーバーズに全敗」

 私とリタの推し球団が所属する中央部のリーグと葉たち男子組の推し球団が所属する海側のリーグ、普段は対戦しない両リーグのチームの対戦カードが組ませる交流戦で、ウチのリーグはまあ負けに負けていた。いや、ここ数年毎年なんだけどね。一昨年はこっちのリーグ全球団勝率五割切ったし。日本シリーズもなかなか勝てないし……いやあ、アチラさんはどこも強い。

「……デカラビッツいいよね、お金あるしスター多いし。何より名誉監督のカリスマ性は憧れるわ」

「……ブルースターズこそ。ジモトに愛されるっていいじゃないですか。最近ウチヒールのイメージ強くて。ほら、ミ○ラとか、日本の四番ツツ○ウとか」

 二人でベンチの隅に移動し傷を舐めあう。強く、生きような。強く……。

「いや、日本の四番は北海道フィフスのナカ○だろ。去年日本一の球団だし」

 八雲、うるさい。

「しかし今年も格差がホッホオオオオウ!?」

 交流戦から話を広げつつ、ふとスコアボードを見た私の口から変な声が漏れる。なんじゃこりゃあ!

「どうしたの、生理でも来た?」

「いいいいやああああれあれ」

 私(可愛い)じゃなかったら一発セクハラな発言をした葉を無視して、ボードを指さす。たーしーか、私が打者やってた時は一組が三-〇で三点リードしてたんですよ。そのはずなんですよ。

「何でいつの間にノーアウト二塁で三-八になってんの!」

 数ページにわたりぼけっと空を眺めながら会話をしているうちに、気が付いたら、大逆転くらってました(はぁと)。

 私がカワ好きでリタが大兎ファンだからか! 三年前に起きた兎対青星の大逆転劇の再現か! リタもホームラン打ってるし。

(注 青星がめっちゃ負けた)

「はるきゃんちょっとヤバい、登板して! 六番手!」

「う、うん……」

 ピッチャーマウンドにいた瀬戸内コンプレックスファン、通称コンプ女子の山本ちゃんに呼ばれ、マウンドに向かう。肩とか出来てないんだけど……え、素人に期待してない? そうですか。

 山本ちゃんから借りたピッチャー用のグローブをはめ、ボールを手に取る。一応小さいころから父親相手にピッチングの真似事はしてたけど、対人戦は初めてだな(父親はこの時的として扱う)。

 何度かキャッチャー相手にキャッチボールをしてから、バッターボックスに打者を迎え入れる。相手は……テニス部の一年エース? おっこれは詰んだかな?

「はるか頑張れー」

「円陣組むか?」

「おっと暴投」

「へぶらっ!」

 暴投のフリにより八雲の目をつぶすボール。だからその手のネタは何かとヤバいとあれほど! あれか、コラボキャラのビーバーズポン○が人気だから調子に乗ったか?

 ボール(八雲付属品じゃない方)を回収し、マウンドへ。キャッチャーがミットを構えた場所を確認する。ドシロートの野球だし、サインとかはなし。変化球投げられるには投げられるけど、お察しレベルのへっぽこボールだから今回は封印。多分この後公式戦に出る展開になればそれに向けて特訓する。連載誌はチャン○オンがいいな。

 キャッチャーの出すど真ん中の指示に従い、ボールをオーバースローから投げ込む。大好きな神奈川の総長と同じフォーム。

 決して速くはなく、山なりに弧を描いたボールはゆるりと放られてキャッチャーミットへ。指示通りの場所に納まり無事ストライク。やったぜ。

「ピッチャー肩できてないんじゃないの?」

「ここホームですよねwwww」

 あのヤジ連中にもう一回ビーンボールぶつけてやろうかな。よく見るとあの二人サボりついでに女子のブラ線観察に来てるし。

 ヤジは無視無視、埼玉ドームでよく見るのは虫っと。

 キャッチャーからボールを受け取っての二球目。今度も指示通りの場所にゆるりと投げて……げ、打たれた。

「私がへぶぅ!」

 ピッチャーの真正面に飛んだライナー性のボールは見事私に直撃。今度は腹部を抉り、咄嗟に構えていたグラブに落ちた。めっちゃ痛いけど、ワンアウト二塁。

 二人目もどん詰まりのサードゴロでアウト。これでツーアウトっと。いいよいいよ、このまま防御率上げないようにしていこう。

「へーいピッチャービビってんですか? そんな球ジョガーイですよフウウウウ!」

 ……次、こいつか。

 あの猛攻の間に打者一巡したらしく、打席に立ち(多分)イタリアンに挑発をしてくるリタ。いい度胸だねぇ、イタリアさんよぉ。

「ええやん、カワの総長の魂継いだファンの本気見せたるわぁ!」

「葉、なんであいついきなり関西弁に?」

「○ウラ、球団は神奈川一筋だったけど元は西の出身だから」

 振りかぶって投げたボールは、直線軌道を描いて今までより遥かに速いスピードで……リタの頬に突き刺さった。

「……ホーフクシッキュですか」

 顔に青筋を刻みながら、ボールを強く握りしめるリタ。

「……そっちが煽ってくるから、後避けないほうが悪い」

「んなの理由にならねーですよ! こりゃあアレですねぇ!」

「お、やる? やる?」

 私とリタ、激昂した私たちは互いに半袖をまくりノースリーブにする。

「やったろうやないかい大乱闘じゃあああ!!!」

「こっちこそやってやりますよ骨折れても知りませんよ!!!」

 売り言葉に買い言葉、目を血走らせたリタがホームベースを引っこ抜きこっちに投げてくる。お前は瀬戸内の監督かってのよ。

「○ね○○○○!」

「そっちこそリーグの○なんですよ万年○○○!」

「今年は三位だったでしょうが○○球団!」

「あぁん?」

「おぉん?」

 ※およそ美少女二人にふさわしくない発言が続いたため修正を入れさせていただきます。

 二人のガチ乱闘は五分にわたって続き……飽きて終わった。ここまで茶番。

 その後、顔に青あざを作りながら普通に昼ご飯を一緒に食べた。あれよあれ、昨日の敵は今日の友? 入れ替わり激しいけど。


4 夏ですが栃木は内陸なので水着回カット


 一応、一応だけど滝原高校は進学校である。……え、前回の様子からしてそうは見えないって? まあまあ、進学校って言ってるんだから進学校なんだよ。

 とにかく、進学校なウチは試験が終わって成績が返ってくるたびに担任と生徒がタイマン張って個人面談を行う。気が早い人はもう進路の話をしてるけど、基本的には次の試験に向けての意思表示だったり、二年時にある文理選択の希望調査で終わる。昼休みと放課後に行われて、学校終わってもニコニ○動画見るくらいしかやることない私なんかは放課後組。

 で、主人公の姫宮はるかさんはと言いますと。

「姫宮……中間の時も言ったけど、何この成績」

 冷房の効いてない面談室代わりのクソ熱い……おっと、可愛くない発言だ。ウサギ熱い工芸室で、試験の点数及び順位表を見ながら、担任の朝目さん(二十八歳独身。彼女募集中)が嘆息する。

「すごいでしょ」

「お前実はとんでもない馬鹿だろ」

「生徒にそれ言います?」

「普通なら言わねえよ」

 そう言いながら机の上に期末試験の成績表を置く朝目さん。三話と四話の間に試験期間が過ぎて結果まで返ってきたんだよ。覚えておこう、作中で今は七月だ!

「んで、姫宮。お前得意科目は?」

「現代文と社会全般」

「苦手科目は?」

「算数」

「うん、よく知ってる」

 数学零点、現代文と現代社会はほぼ満点。それ以外も文系は七割越え、理系は一桁。んで期末にだけペーパーのある家庭科は五十点。以上が私の成績。極端だよね、知ってる。理系科目は追試も補習もなく通知表の数字がディスカウントされるだけでよかったわ、補習とか面倒なだけだし。

「極端だよな……ちょっとは理系も勉強しろよ」

「……ええ」

「ちゃんとやれば伸びるだろうに」

「嫌いなことはやりたくないタイプなんで」

「お、おう……だからって、解答欄全部大喜利するってのも」

 担当教諭から貰ったらしい答案コピーをどこからか出し苦笑する朝目さん。いやだって全部わからないし、三科目目ともなると寝飽きてるし。

「まず一問目からダメなんだよ。証明問題なんだけど」


問 次の命題が真であることを証明せよ

 問題中略

答 私姫宮はるかは、上の命題が真であることをここに証明します。


「びっくりだわ、証明書書くなんて」

「証明問題なもんで」

「だからって日付と印鑑まで入れるバカ見たことねえわ」

 証明書の下にはキッチリ試験当日の日付と印鑑も。このために百均で買ってきた! それだけじゃない。

「ほら、ちゃんと青マジックでクソコラに使いやすいBBも用意しましたよ。フォトショでクロマキー使えば透過画像になるんです」

「誰も使わねえから」

「えー」

 ……本当に?

「問題はこれだけじゃねえんだよ」

 そう言いながら別の答案を出す朝目さん。律儀だねぇ。


問 生物の分類において以下の一覧の穴を埋めよ(生物基礎)

() 両生類 爬虫類 () ()

答 (イーグル)(シャーク) 両生類 爬虫類 (ライオン・エレファント・タイガー) (本能 覚醒)


「書き足すな! ボケるな! お前これ絶対確信犯だろ!」

「どうせ一桁ならボケられるとこでボケたほうがコンテンツ力高いじゃないすか」

「コンテンツ力が変に突き出てんだよ。化学基礎も……」


問 以下の器具の名称を述べよ

答 全部エロ同人で○○○につっこんでカチ割る奴

問 元素周期表における一~十二までの元素を全て答えよ。

答 ム○、アルデ○ラン、○ガ、デスマ○ク、アイオリ○、シ○カ、童○、ミ○、アイオ○ス、シ○ラ、○ミュ、アフロデ○ーテ


「これもか! これも確信犯か!」

お、後の大ボケのおかげで最初のボケの印象が薄れてる。ラッキー。

「試験前夜に聖○士星矢久しぶりに読破したんです、五周目」

「……頼むからそれと文系に当ててる時間をちょっとでいいから理系の勉強にだな」

「???」

「え、何その顔」

「〇はどうあがいても他に移せないでしょ」

「……え?」

「いや、私文系も一切勉強してないんですって」

 そもそも試験期間も家に教科書持ち帰らないから勉強しようにもできないし。だいたい宇都宮(何でもあるほう)まで行って格ゲーやってた。

「……天才?」

「一般常識じゃないですか」

「……漢文、ウチ白文で出るから対策勉強しないと何もできなくない?」

「大陸言語だから高一レベルなら英語の要領で文法解釈はできるし、漢字の意味もこの程度なら大体日本語の漢字の意味と同じなんで、基本は経験と勘」

「……文系だけなら早大行けると思うけど、どうする?」

「えー、嫌ですよ、面倒くさい」

「面倒ってお前」

「私勉強に命かけてるわけじゃないですし、好きなことだけちょいちょいかいつまんで終わり。あ、大学は葉と同じとこに行きますよ。んじゃ、終わりでいいです?」

「お、おう。……北見と一緒って、お前はそれでいいのか?」

 私が椅子から立ち上がって出口に向かうと、朝目さんが私の背中に声をかける。

「私の決断だからこれでいいんですよ。ずっとアレと一緒にいたし、これからも一緒にいるんです」

 人間七十億人もいるんだし、こんな生き方する奴がいてもいいじゃないか。 はるか。

 ……カラ←フル→ハンバァァァァァグ!

 よし、一回ギャグ挟んで中和。

 にょろんと工芸室を後にすると、出口にはリタが立っていた。待ってたのね。

「お疲れ様です、ハルカ」

「別に先に部室行っててもいいのに」

「……あそこブシツに行くまで迷いそうで」

「ほへー。窓から行けばいいのに」

 長い廊下を通り、文化部室棟に向かう。無駄に年季の入った木造建築、そこが地理部室が存在する部室棟。何度かの増築と勝手な改造、無数のものが無造作に置かれたことによりダンジョンのようになっている。定期的に通路とかの構造が変わるから多分チュンソ○ト製部室棟。

 地理部、入り口からだと一番遠いのが面倒なんだよね……。なんなら二階だけど壁よじ登って窓から入るのが一番楽。うん、今日は窓から行くか。

 周囲に誰もいないことを確認してから、若干ガタが来てる木の壁に取り付けられた鉄の取っ手に手をかける。こういう取っ手が何個もついているからボルダリングの要領で登れるのだ。女子の場合スカートの中が無防備になるからその辺注意。

 ひょいひょいと壁の取っ手に手と足をかけ、壁をよじ登る。数メートルほど登り、地理部室の窓をちょっと力を入れてガタガタ揺らす。こうすると鍵が外れて……っと、よし、外れた。

「ちーっす」

 ちょっとワイルドに窓に足をかけ部室に潜入。確か今日は二人ともいたはず……。

「スー○ースター シシレ○ド!」

「ポイズ○スター サソ○オレンジ」

「……好きだね、二人とも」

「はるか、面談終わったんだ」

「うん、ちゃちゃっと漫才終わらせてきた」

 某宇宙戦隊のポーズをとったまま話しかけてくる葉。この二人の茶番(宇宙刑事ではない)はいつものことだから突っ込まない。ホットケーキ作ってたこともあればこの間は堂々と部室でエロゲやってたし。入手経路は秘密。

「ボンジョっす……センターイ?」

 なけなしのイタリア要素を振り絞ったオリジナルあいさつでリタも壁を登り切り部室に。定期的にイタリア要素入れないとキャラが弱くなるからね。

「で、戦隊ねぇ……葉昔から赤好きだよね」

「ヨウがロッソは意外ですね。てっきりアッズーロかと」

 ここぞとばかりにイタリア要素をぶち込んで話に混ざってくるリタ、そういう貪欲なところ嫌いじゃないぞ。

「僕、昔から主人公格というか、赤が好きで……○オの時もレッドだったし」

「○クレンジャーは?」

「リーダーじゃないけどレッド」

 八雲の問いに即答する葉。そう、リーダーではなくあくまで主人公、そして名乗りとかで中心に立つ役が好きなんだよ、葉は。だからライダーとかだとオレンジやピンクを選ぶことも。今年とか特に。アイムアヒメミヤハルカァ。

 ちなみにこの子は服も赤系が多くて、今も学ランの下には赤地にでかでかと「目覚め行く真実の革命」と書かれたなかなかにコミュニズム溢れるシャツを。私? 私は「セックス ドラッグ ロックンロール」と書かれたTシャツ。アナーキーだぜ、イェイ。

「リタは何色がいいの? 戦隊だと」

 私とリタ二人分のお茶を冷蔵庫から出してコップに入れつつ葉が聞く。いやあしかし何でもあるなこの部室。書かれてないだけで他にもセガサ○ーンにメガド○イブ、ドリーム○ャスト、マスター○ステム、ゲーム○アや、八雲と葉が持ち込んだアイドルに声優のCDといろいろそろってる。ん? ゲームはSE○Aのしかない?

「色ですか……」

 葉に問われ、少し考えてから、リタは人差指をちょこんと立てて答える。

「それじゃネラ……黒で。明るい二色がいるってことで。デカラビッツのヘルメットの色ですし」

「私は伝統芸で青」

 葉がレッドをやりたがるからこの手の遊びでは私はいつも青。今年は広島弁の狼か……まあ、嫌いじゃないけぇ、悪い気分はしない。ブルースターズの色でもあるし。

「そういえば葉赤好きなのにヴァンキャットなのか。普通赤ヘル軍団コンプレックスでは」

「それはそれ、これはこれ」

「お、おう。そういえば葉は試験どうだった」

「ん? まあぼちぼち」

 真顔の葉に少し引きながら八雲は自分の試験の成績表を開く。見ちゃえ見ちゃえ……ってなんやて○藤!

「佐倉八雲……学年一位?」

 全教科九割越得点、堂々の一位。ほへー、いるもんだ。

「漫画じゃないんですから」

 成績表をのぞき込んだ私とリタが目を丸くする。まあこの作品は小説だもんね……じゃなくて。

「すごい、学年一位なんて存在するんだ。はるかさん初めて見たよ」

「順位があるんだから一位もあるだろ」

「いやそれでも、一位って一人しかいないじゃん? じゃんじゃん?」

「それでもいるんだからいるだろ」

「八雲は毎回成績いいよね、全教科上位でしょ?」

「儲けるためには知識も学歴もいるからな」

「よっ、銭ゲバ!」

「メガシンデル!」

「Vergine!」

「おうリヴォルタ、イタリア語だからって意味わかんないと思ったら大間違いだからな」

 うん、今の罵倒は私でもわかった。

「ったく……姫宮は、そうだバカだった」

「失礼な、バカなのは算数とかだけだって」

「算数の段階から?」

「分数の割り算で軽く躓いてた」

「ヘッ」

「誇れねえぞ」

「ハルカもヤクモも得意科目あるんですね……ヨウは?」

「ない」

「へ?」

「ない、得意科目」

 目をそらしながら自分の成績表を懺悔するように見せる葉。そう、この子、教科書コピーと問題集で予習復習してるし週末と試験前になるとちゃんと教科書持ち帰るし対策もばっちりやってる努力家なんだけど……。

「現代文から順に五十点五十点五十点五十点六十点四十五点四十八点ビーマイベイベー五十点……程よくポンコツですね、ヨウ」

「頑張ってはいるんだけどね……」

 スポーツといい勉強と言い、主人公格に憧れる割には変にポンコツなんだよね、イマイチキャラも弱いし。アレだ、最近のラノベとか日常系なら主人公になれそうだけど……残念、この作品の視点キャラは私だ! ウン代目デッド○ールこと姫宮はるかちゃん(メッチャキュート)だ!

 ほどよくへっぽこ、極端、一位。ここまで要素が揃ってるとあと一つ。

「リタはバカだよね?」

 まあ発言からして若干アホな子っぽいし、巨乳は胸に栄養行くからちょっとアホの子が多いって言うし。

( *°ω°⊂彡☆))Д´) パーン

「引っ叩きますよ」

「引っ叩いた後に言うか」

 リタの手によって私の頬に紅葉が刻まれた。いてえ。

「全く……私、シケン受けてないんですよ」

「へ?」

「ニホンゴ喋れてもあんな難しい文章読めないですし、エーゴは逆に点数取れすぎるでしょ? シケンはどっちもベッシツジシューでしたよ」

「ん、教室にいなかった」

「なら早く言ってくれませんかね佐倉君」

 こいつリタと同じクラスじゃん、知ってるじゃん。

「いやあ、ご褒美かと」

 あー、マゾだったかー。そりゃ私が毎回跳び蹴りしても平気なわけだ。

 ……ん? 私は赤点あっても補習・追試教科は避けた、マゾは一位、葉は四十点の赤点ラインは回避。リタは論外……

「全員夏休みの補習なしか」

 私の心を代弁するように八雲が言う。貴様、地の文を見ているなッ!

 しかし、英語で言うとハウエヴァ、八雲の言う通り、夏休みは補習なし、つまり。

「一か月半ずっと寝て遊んで過ごせる!? 天国かよ!」

「八月頭に一年生は校外実習で山の中へキャンプだよ」

「カダイがめっちゃ出ますね」

「コミケの直後には夏期講習が始まるから実質一か月無いぞ」

「Fu○kingschool! 学校○ね!」

 ただでさえ平日朝がきついってのに夏休みまで奪うってのか!

「でもキャンプ毎年楽しいらしいですよ。センセが言ってました。川で遊んで山登ってコテージで寝るんですって」

 知ってるよ、私も(寝ながら)聞いた。でも山は高いし川は急だし虫が出るし電気と電波が通ってないんだよ。行き先が現代日本とは思えない僻地オブ僻地なんだよ。

 現代っオタク舐めんな! こちとまアウトドアはコミケと野球で十分なんじゃ!

 まずい、ここまで予定を削られると夏休みを楽しむ気分になれない。あー夏休み爆発しないかな……。いやそれも困る。僅かとはいえ休みなんだし、有意義にだらだらしないと。有意義に十六時まで寝て有意義に朝十時まで起きるんだ。普段は見られないリアルタイムZ○pやリアルタイムキュ○レンジャーを見るんだ。

 いやあ、そう思うとやっぱり夏休み楽しみだな。よし、その寝坊調節でキャンプと夏期講習もサボろう! 早くこいこい夏休み!

「あ、キャンプに寝坊しないよう前の日からはるかの家泊るね」

 ……マジかー。


 飛んで約一か月後、八月頭。私たち滝原高校一年生御一行は本当に栃木の山奥にあるキャンプ場に来ていた。コテージ見たら本当に電気通ってないしスマホも圏外。

Q:Wi-Fiすら通ってないってどういうことなんですか!

A:当たり前です

「うう、スマホちゃん……ログインボーナスが途切れる……」

「諦めなよ、リタ」

 山の中で崩れ落ちる私の背中を葉がポンポンと叩く。これが同じベッドで寝たから寝坊できなかったんや。くそう。

「葉はいいの? ログボ途切れるよ? またカウントするの面倒だよ?」

「その辺は大丈夫、タブレットの方姉さんに預けてきた」

 ンモー、また本文で紹介してない設定さらっと出すー。って北見家に姉がいたか、あの人に任せりゃよかったのか。チクショウ。

「ハルカー、川行きましょうよ川。泳げますよ、イッカーダ作れますよ、イッカーダ」

「そんなT○KIOみたいなことしたくない。あと巨乳と一緒に水着になりたくない」

 声をかけてきたリタを三角座りの背中で追い返す。私にこのキャンプを楽しむ資格は……ない。

「はるか」

「……何、葉」

「ウチの男子貧乳派の方が多い」

 ……マジで?

 その言葉を聞いてゼロフレームで、私は夏に合わない芋ジャージを脱ぎ捨てて、愛用のシド・ヴィ○ャスTシャツとハーフパンツ姿になった。

「っしょうがねえな水着はないけどちょっと川で遊んじゃおうかなあああああああ!」

 現金だって? 臨機応変と言いなさい。あと鬱パートが短い。最近は主人公がちょっと落ち込むとすぐ鬱だ鬱だ言うからね、早めに復活大事よ。

「……川、じゃのう」

「川ですね」

 リタと二人、シドTとデカラビッツTシャツをはためかせて河原に立つ。めっちゃ木、めっちゃ晴れ、めっちゃ岩、むっちゃ川、ワッチャネーム、アイムアヒンニュウガール。全部合わせて大自然。私の住んでる町なんだか廃墟なんだかわからない寂れた田舎と違って大自然。

うむ、そして男子の視線がこっちに来る、やっぱり可愛いって便利。

 ……はい、ここで読者の皆様からお便りが届きました。算文市のサモパンマンさんから。『なんで水着回はカットってタイトルに書いてあるのに川にいるの?』って? いい質問だね。まあよく見ろ、私とリタは水着を着てない。つまりメインキャラは誰も水着を着てないんだ。……(作中の視点における)モブが水着着てても描写はないだろ? そういうこと。まあ今後野郎の水着回はあるかも。腐女子の皆さん、正座待機したほうがいいですよ。

 割と流れの速い川に足を踏み入れ、仁王立ち。

「さて、何しましょう」

「え、プラン無し?」

 普段ボケの私が思わずリタにツッコミを入れてしまう。この子何も考えてねえの? バカなの?

「いやだって何やるとも言われてないで放り出されたら」

「これだから現代のローマっ子は」

「ミラノっ子ですよ、私」

 私なら絵描き歌に声に出して読みたい日本語、努力だけは認めてほしい物まね、素人カラオケと楽しめるのに。……全部インドア。

 てか本当に山に放り出されただけでフリーなのよね、このイベント。一応二泊三日の中日だけ朝からハイキングと称したガチ登山するらしいけど。ここに来る途中教諭陣普通に肉片手にビール飲んでたし。夏場に全裸で廊下を闊歩するセンパイがいたあたりからうすうす思ってたけど、この学校、無法地帯だな? こりゃ私のシドも笑ってるわ。

 ひとまずその辺を適当に見渡した私は、近くに落ちていた棒切れを手に取る。

「リタ、これ聖剣ね」

「まさか……聖剣デカ○ン」

「普通のエクスカリバーだから、隠語の方じゃなくて」

「チューニビョの方ですね。じゃあ私も」

 リタも近くを見渡し、いい感じの木の棒を持つ。

「ほい、魔剣グミ」

「駄菓子じゃねーか」

「注文が多いなぁ。ダーク○パルサーとかエリュシデー○とか言っておきます?」

「初めからそれ言お」

「喰らえガシャコン○ード!」

「おっほおおう!」

 私のセリフの途中で魔剣グミ改め(またかいな)ガシャコンソー○を振ってくるリタ。ええい、人のセリフ中に言うな!

 避ける私にリタがガシャ○ンソードで追撃を加えてくる。ブ○イブといいリタといいガシ○コンソードを使う人間はどーしてこう人の話を聞かないんだか。

「ええいこうなったら。私も行くぞ、ガシャコンキー○ラッシャー!」

「そっちも名前変えてんじゃねーですかw」

 いやさ、ほら、統一感? 大事。

 川に踏み込み、水をバシャバシャ言わせながら互いに得物(木の棒です)を振るう。両手で長い○シャコンキースラッシャーを勢いよく振るう私に対抗し、リタは短めのガシャコンソードを素早く片手で振り、私の攻撃をいなす。

「へへっ、やるじゃん、リタ」

「そっちこそ。ミヤモトムサシの血でも継いでるんですか?」

問 彼女たちは小学生ですか? (六点)

答 華のJKです   

虎井大学文学部個別入試問題(二〇〇四年)

「ハッハッハ来なよ巨乳、イタ飯にしてやんよ! それともその無駄な巨乳が邪魔で動けないかなw」

「手加減してあげてるんですよ。これだからヒンニュは心まで貧しくて嫌ですねーw」

「おぉん?」

「あぁん?」

 互いの胸いじりにより戦闘が一気に加速、本気の遊びからマジの殺りとりに発展する。

 リタ、さらに剣撃が加速。ガシャ○ンソードをレイピアのように用い刺突を繰り返す。

 私はそれを受けられるものはガシャコンキースラッ○ャーで弾き、残りを上半身だけで避けていく。

 剣撃、回避、剣撃、ガード、剣撃、回避、コーラグミ、三ツ○サイダー、剣撃、ガード。ターン制に見えてリタが一方的に攻め立てている。途中のティータイムもリタがとった。くっ、野球の時からうすうす思ってたけどやっぱり運動神経はリタのが上か……。あとこういう時つくづく速攻型のほうが有利だなあって思う。スマ○ラ(私のあだ名じゃない方)も重戦車型より速攻型のほうが強いもんね。強すぎてよく弱体化されるけど。

「ホラホラホラホラァ!」

「くっ、ちょ、まっ」

 この巨乳無駄に強いぞ! あの乳ブースターかなんかなの?

「ええいこうなったらドラァ!」

 リタの攻撃に合わせ、振りかぶったガシャコン……棒を袈裟懸けに振り、リタのガシャコン棒(短い)の先端に思いっきりあてに行く。軽い棒と重い棒、ぶつかり合ったら結果は見えてるわけで。

「なぁぁ!」

 リタのガシャコン棒はついに折れ、勢いのまま彼女の手を離れてしまう。

「よっしゃ貰った。その乳削いでやらあああああああああああ!」

 手首を返し、燕返しよろしくリタの脇腹めがけてガシャコン棒をぶん回す。

 二話以降およそ主人公とは思えない発言が続くけどもういい、最近はこんな感じの主人公もいるでしょ! 左○とかしまむ○さんとか! 後者は二次創作だけど。

「へっ」

 私がガシャコン棒をぶち当てる寸前、リタがにやりと笑う、まさか……私、主人公なのに『負けパターン』に入りやがった?

「勝利を確信した時点で、ハルカは負けたんですよ!」

 ガシャコン……ああもうこれもめんどくさい。棒を振るう腕に集中していた私の足を、リタはパッと足払いですくう。両手が棒でふさがってる私はその体制のまま素っ転び、右半身から川にダイブする。

「ぼご、ぼごごご(ちくせう)」

「はっはっは、正義は勝つ!」

 あー、主人公なのに畜生発言したのがいけなかったか。今度から戦闘中の発言は気を付けよっと。

 ……あれ。

「リタ、なんかおかしくない?」

「私たちのテンションとノリですか?」

「うん、それも十分おかしかったけど……周りに人、いなくない?」

 頭が冷えて我に返った私はずいっと周りを見渡す。確か私たちがガシャコン○ード言いながら遊んでいた時は普通にキャッキャウフフと水着のJKとDKが胸キュンではにかむ青春の道していたはず。まさか私たちの覇気にやられて消滅……いやそんなわけないか。

「ハルカ、あっちあっち」

「ん、ヘルヘ○ム?」

「いい加減帰って来いよヒンニュ=チュウニッビョ」

「あぁん?」

「いいから、あっちですよあっち!」

「ったく……ん、なんか騒がしくない?」

「そうなんですよ」

 リタが指差す方向は炊事場やらコテージがある方、葉は、もとい要は私たちがさっきまでいて今もなお葉がいる方。分りづらい文面だなぁ。

 もしかしてどっかのバカップルが青○○○○○でもしてるのかな? とか下世話なことを考えながら水を滴らせつつコテージの方へ。戻ったら着替えるか。

 じゃっぽじゃっぽサンダルから水音を立てながら目的地にたどり着くと、何やら人垣が。やっぱり青○○○撮り? 青○○メ○りなのか?

 人垣をかき分けていくと、少しずつざわめきの中から人と人との会話が聞こえるようになる。

「オーッホッホッホ、北見君、今日こそ私と女子力最強の座をかけて勝負なさい!」

「今日こそってか、今まで勝負挑まれた覚えないんだけど」

「あら、そうだったかしら……」

 人垣の中心、空白地帯で対峙している片方は葉。もう片方は……やたら髪と声のボリュームのある誰だかよくわかんねー女子。誰だアレ。近くにいた古田ちゃんに聞いてみる。

「古田ちゃん古田ちゃん、あれ誰? 能登麻○子みたいな声の方」

「あれ、はるかちゃん知らないの?」

「他のクラスで野球やってない女子はちょっと覚えが悪くて」

「野球やってると?」

「スリーサイズから年俸まで」

「年俸関係ないじゃん……あの人は二階堂凛、ウチのクラスの女子の中でも中心にいる子で、家がめっちゃお金持ち。開業医なんだって」

「へー、あんま可愛くないけどね」

 古田ちゃんの解説に生返事を返す。しかし二階堂に凛って、ラノベとかアニメにありがちな名前満貫だね、こりゃ。

「中学の頃から同じクラスだったけどなんでも一番が好きでね、成績も一位だったし生徒会長もやってて、高校も県内で一番だからここを選んだって」

「……え、ウチってそんな頭よかったの?」

「知らない方が驚きなんだけど」

 葉がここにしたってのと、家から通うのが楽だから選んだもんで、ヘヘ。

「とにかく! ここであなたの究極の料理と私の至高の料理、どちらがより素晴らしいものになるか勝負よ!」

「……至高? 料理?」

 二階堂さんの無駄に大きな声での挑発を聞き、葉の耳がぴくんと動いた。あーあー、料理対決始まっちゃったよ。美味○んぼじゃないんだから。

 読者諸氏は忘れてると思うけど、この北見葉、家事が得意なのである。はい忘れてたと申し出た正直なアナタ、第一話に戻って見直してきて……おかえり。

 そんな家事の中で葉が特に得意かつ凝っているがお料理。姫宮家三名、北見家四名、計七名の人間の中で一番料理が上手い。まあ普通にやれば葉の圧勝だと思う。けーどー、今日の葉は一味違う。

 ゆらりと立ち上がった葉は、二階堂さんに人差し指をズバァァン! とジョジ○立ちよろしく突きつける。

「僕が見せてあげよう。九日かけて作り上げた究極の冷麺を!」

 はい、北見君負けましたね。

「え、レーメン? なんですそれ」

 私の後方にいたリタが聞いてくる。あ、知らんのね冷麺。水島○司の漫画は全部読んでるのに。

「元は韓国? とかあの辺の冷たい麺料理で、日本では盛岡が有名で……まあ詳しくは葉に聞けば六時間くらい語ってくれると思う。冷麺大好きだから」

「そんなに好きなんです?」

「北見家では葉が週四で台所に立つんだけど、うち半分は冷麺が出てくる」

「? 普通じゃないですか、夏場に冷たいパスタが出てくるって日本ではよくある話って聞きましたよ」

 そうそう冷製パスタばっか出てこねえよ……ってそうだ、あっちじゃ麺全般がパスタか。たまーにイタリア要素出してくるなこの巨乳。

「夏場だけでしょ? 葉は……年中」

「ヒエッ」

 私の言葉にリタと周囲にいた生徒がドン引きする。そりゃ真冬に鍋以上のペースで冷麺出されちゃね。食べる私サイドとしても。

「初めは通販サイトで冷麺を箱買いしてたんだけど、中学に入ったくらいからあのオタク凝りだして」

 私のセリフの途中で、葉はどこからか取り出した麺を二階堂さんに見せつける。

「この究極の冷麺で勝負してやる!」

「手打ち麺を作り出した」

『冷麺で手打ち!?』

 はい、オーディエンスの皆さん、いい反応ありがとうございます。アレ実は盛岡式なら片栗粉ジャガイモでんぷんと強力粉があれば楽に作れるんだよね。週末になるといつも北見家が製麺所になる、私も手伝う。キャンプ中全部の食事を自前で準備するからって持ってきてたのか、この幼馴染は。やったらデカい荷物持ってるとは思ったけど。

「麺を持ち込んでるってことは、具材にスープももう仕込んで持ってきてるんじゃないの? あとは茹でて冷水で締めるだけ」

「めっちゃ凝りますね」

 キムチと酢まで自家製だからね。激辛だし酢をめっちゃ入れるから葉の冷麺は終盤はすごい酸っぱい。美味しいには美味しいけど、何と言いますか、人を選ぶ。甘党の私には無理。キムチと酢を抜けば超美味しいけど。

 葉の手打ち麺、ソレを見て二階堂さんは軽く嘲笑う。

「あら、その冷麺で私に勝とうとでも?」

 まあ、勝てないよ(幼馴染談)。これで葉がザル豆腐とか蕪の山ブドウ漬けオニグルミのソースなんかを出せば勝ってた。ソースは美味○んぼ。

 いやー負け試合負け試合と一人傍観してると、葉の脇から一人の水着がにょいと出てくる。って八雲だ。

 女子の皆さん! 野郎の水着ですよ!

「何やってんのマゾ」

「マゾ言うなし。……二階堂、この勝負俺が預かった。俺と勝負だ」

「はぁ? いきなり何を言っていますの」

「この勝負お前が勝ったら女子力一位は好きにすればいい。そして……学年が終わるまでの間、俺は試験を全て無勉強で受けてやる」

 ? 何の意味が?

「二階堂さん、この前の中間も期末も佐倉君に負けて二位だったから」

 なるほど、古田ちゃんサンクス。

 八雲の申し出に一瞬動揺する二階堂さん。まあそうだろうね。(八百長臭いけど)自分の頭上にいる人間が転落してくれるんだもん……八雲が無勉強でも点数取れる人間だったら意味ないけどな! ナハハ。

「し、しかしそれではあなたに旨味が」

「俺には……病気の妹がいる。治療費がいるんだ。二十万」

「なっ」

「あと……P○4とニンテンドース○ッチとビーバーズ○ネコモデルのグローブ、四月五日にリリースされた夏川○菜デビューシングル『グレー○フルーツムーン』を百枚を欲しがってた。百回聞くって」

「……いいでしょう、それを賭けましょう!」

 あ、これただカモにするだけだ。病気の妹(画面の中)だし。てかちょろいなお嬢様。少なくともCD一枚で百回聞けることくらい気づこうよ。

 かくして、目に$を刻んだ銭ゲバマゾ対サミットお嬢様の料理対決が始まったのであった!

 準備過程は地味だから、皆で描こうえかきうた~てってれってれってれっててー。

 おっきな地球

 コーンセーント

 地球にお山がふーたーつ

 それでもニコニコあいたたた

 こーうーだー○ーみ

 それでは、○○、出来上がり。チャタタタタン!

「ハルカ、何変な独り言言ってるんです?」

「ん? 絵描き歌」

「え、さっきの?」

「うん。豚ができる」

「うっそだー」

「こーうーだーくー○ーのとこカットすると」

「え、えっと……おっきなチーキュ、コンセント、オヤマ、ニコニコ……うわホントだ!

「ね?」

 リタと地べたに棒(ガシ○コンうんちゃらにあらず)で絵を描き終わって料理対決を見るけど、なんか八雲はいないし二階堂さんは堂々と講釈始めちゃったからまだ無視でいいや。

「こえにだしてよみたいにほんご!」

「イエア!」

 料理対決ガン無視で、リタと二人でフィーバーする。

「一緒や! 打っても!」

「一緒や! 打っても!」

「客の頭をへごちーん!」

「客の頭をへごちーん!」

「肉団子は君や」

「肉団子は君や」

「お待たせしました、七六五円です!」

「お待たせしました、七六五円です!」

「……そこの二人何してんの?」

 ここから努力だけは認めてほしい物まねシリーズ『恋を止め○いでを歌う桑○佳祐』に移ろうとしたところで、葉が私たちに声をかけてくる。

「葉、勝負はどしたの?」

「八雲に取られた……」

 うん、知ってた。分ってて言ったなの。

「レーメン作らないんですか? 食べてみたいです」

「……よし、作ってくる。そもそも冷麺は」

 あー、二人とも行っちゃった。もう一回絵描き歌やろうかなとか思ったけど、やまお……二階堂さんのご講釈()が終わったらしく、材料を持って調理に移ろうとしていた。

「さあ、行きますわよ、小鳥遊さん、初音さん!」

『了解!』

 ご友人、ってかどう考えても愉快な取り巻き二人を従え、指パッチンをする二階堂さん。ってかお供もラノベっぽい苗字か。すげー。

 彼女が指を鳴らすと同時に、このコテージ群の入り口から音を立てて一台のトラックが入ってくる。え、何。暴徒? 革命? ついに民衆がアナーキズムに傾倒した?

「調理場を備えたトラックを持ってきましたの」

「バカじゃねーの!」

 これ私がツッコミに回らないとやってらんねータイプのバカだ! 漫画じゃないんだよこれ! ラノベだけれども! 『法的にアウトじゃなければ持ち込み自由』とは言われてたけどまーさーかこんなバカするバカが出るとは。

 しゃなりしゃなりと調理場へ移動し、材料をごとりと置く二階堂さん。あ、流石にシェフはデリバリーしないのね。

「まずは牛ヒレ肉をステーキにしますわ、続いて隣のフライパンでフォアグラをソテーにして」

 こいつキャンプ料理やってんだよな。バカじゃねーの。愉快なお供もなんか前菜とかサラダとか作ってるし、まさかフルコース?

「八雲ー、大丈夫なの? あっちのセレブフレンチ作ってるよー、フルコースだよ……ってまだいねーし」

 ちょぴり不安になったので八雲に割り当てられた炊事場を見ると、そこには火にかけられてグラグラ音を立てる飯盒。オイオイオイ負けたわアイツ。流石にVSゲストキャラで負けるメインってどーよ。

 カロリーメイトをボリボリかじりながらフレンチフルコースのできる過程を見ていると、デザートの「日向夏のセミフレッド ノルマンディ風 季節のジェラートを添えて」(名前長いな)の調理が始まった頃、やっと八雲が戻ってくる。私同様水着姿で水浸しだ。手にはモリ、その先には魚。え、こいつなにしてんの?

「獲ってきた」

「TOKI○だー!」

 こいつまさかこのキャンプ、主菜現地調達の予定だったな!

 魚を引き連れて炊事場に戻った八雲は、ごはんが炊けたことを確認し火から上げる。それと入れ替わりに火の近くに刺すのはワタを取って塩を振り、串に刺した川魚。

「ほう、アユの塩焼きですか、大したものですね」

「え、アンタ誰」

 突如私の隣に眼鏡をかけた坊主の男子が現れ、解説を始める。もしかしてアレ? なんか漫画とかでよくある解説役?

「栃木県は内陸ですが豊富な川魚を獲ることができます。中でも鮎はその代表格。栃木の天然アユは屋台で食べれば千円するところもあるくらいです」

「お、おう」

 詳しいなメガネ。

「なんでもいいけど、相手はあのフレンチフルコースだよ? なんかヒレステーキにフォアグラとキャビアにトリュフ乗せてたよ?」

 幾らかかってるんだろう。

 私の指摘に答えつつ、周りにいい感じに聞こえる声量でメガネが解説を続ける。

「それに飯盒のご飯とタクワン。これも野外調理の醍醐味です。しかもウメボシも入れて栄養バランスもいい」

「いや塩分多すぎない?」

「それにしても大事な対決だというのにあれだけ現地調達できるのは、超人的な運気というほかはない」

「よし……と―」

 ああこれ刃○だ。八雲もメガネもグルになって○牙ネタやってらぁ。はーん、コレ作者かなんかが仕込んでるな?

 魚の火の具合を見ながら、うめぼしとご飯でおにぎりを作る八雲。ほう、あれで勝負ですか……(便乗)。

 十分後、二階堂家がこのキャンプ場の広場にしつらえたステージに二階堂さんと八雲が相対して立っていた。いざ、実食!

「なんか酒盛りしてたら呼ばれたんだけど」

 机に座りナイフとフォークを持つのは顔を赤くしたウチの担任朝目さん。まあどっちも二組の対決だから一組の教師が出れば公平になるか。てかあの人まだ片手にビール持ってるし。

 そういえば、朝目も現実じゃあまり聞かないけどラノベとか漫画でよく見る名前だわ。佐倉だけ圧倒的に名前負けしてらぁ。

「ぶー、戻ってお酒飲みたい。豚バラ焼いてビールにライム絞って飲みたい」

「食前酒のワインとアヴァン・アミューズ、オリーブのヴィネガー漬けでございますわ」

「いやぁ、いーですねこういうのも! うまくて死ぬ!」

 ぶーぶーたれる朝目さん、しかし酒を出された瞬間顔色を変えて嬉しそうにコメントを出す。うわ、あのワイン一本一万くらいするやーつ。いいやーつ。ソースは北見家のパパン(ムッシュ酒好き)

 三日かけてブイヨンを取ったコンソメスープですの、ウニのムースですわ、スズキのポワレですわ、ヒレステーキのフォアグラですわ、と次々とすげー料理が出てくる会場。周りからはため息と朝目さんへの怨嗟が聞こえてくる。わかるわ、美味しそうだもんね。

「いやあ、美味かった美味かった。いいもんを食べさせてもらったよ」

 フレンチのフルコースを堪能し、食後のワインをおむ、いや、飲む朝目さん。あーあーもう絶対満腹だよ。

「んで、次は佐倉の料理? 流石にこれで勝つのは……」

「三分でいいです」

 朝目さんの前に立った八雲が、センセに三本指を立てる。

「三分で、勝ってみせますよ、俺は」

 そう言ってまず八雲が出したのは、小さなお椀。中に入っているのは、ネギと昆布?

「朧昆布の吸物です。ネギと昆布、顆粒だし、醤油で作りました」

「えー、これでコンソメスープに勝とうって……うめえ」

 八雲の料理を少し口にした朝目さんが、ふっと感想を漏らす。お、八雲のターンかな? 処刑用BGM流れる奴かな?

「うん、これ美味い。バーベキューの後全部量が少なかったとはいえフレンチのフルコースを食べたのは少し重かったが、これはすっと体に染み渡る優しい味わいだ」

 おー、急にこの人語彙力出てきたぞー? 美味○んぼ化してきたぞー?

 それを見てにぃっと笑った八雲。次の料理を出す。

「次、梅干しのおにぎりです。近くに湧き水があったのでそれで炊きました。同じ水を合わせてどうぞ」

「さっきの吸物も」

「はい、同じ水を」

「そういうのいいな。同じ土地のものを使うことで統一感が出る」

 はい、そうですかとしか言えねえ。

「おにぎりも、シンプルだがこれがいいんだ。梅干しとご飯。そしてよく冷えた水。この暑い日には、うん。いいぞ。塩味の加減が絶妙だ。少し多ければアレになる。少し少なければアレになる。この量だから絶妙にアレなんだ。」

 この人語彙力が高いんだか低いんだかわからないんだけど。

 二つのおにぎりを食べた朝目さん。最後に目の前に出てきたのは、さっきまで八雲が焼いていた鮎。

「鮎の塩焼きとタクワンです」

「おおっ、これ絶対美味い奴だ!」

 串を手に取るなり鮎にかぶりつく朝目さん。嬉しそうな吐息とともにしゃべりだす。

「懐かしい! 昔実家で食べた味だ! この味、よくぞ日本人に生まれけり!」

 はい出ました通っぽいこと! ほぼほぼ勝利宣言。美味し○ぼの名言! これの後二階堂さんの料理はカスや! とか罵倒は……出ないのね。そこは優しい世界。

 八雲の料理を完食し、判定に移る朝目さん。まあわかりきってますが

「……佐倉の勝ち」

 ですよねー。

「二階堂の料理は確かに美味かった。最高の素材うまく料理してくれた……でもな?」

「でも、なんですの?」

 けげんな顔で聞く二階堂さん。朝目さんは至極当たり前のことを口にする。

「ここ、キャンプなんだわ。フルコースは正直アレ。なんかおにぎりと焼魚位がちょうどいいなって。美味しかったし」

「あっ」

 あー、なら冷麺でも……いやそれなら負けてたわ。

 料理対決が終わるころには日もとっぷりと沈み、朝目さんはいそいそ宴会へ戻っていった。しれっとワインを持って。

 ※このあと二十万円以外しっかり掻っ攫った

 この後二日間は……私が登山中崖から落ちたこと以外大したこともなかったし、カットカットカット。次回、伏線回収!(嘘予告)


5 ここで視点が変わるから合作です


「もーおーはーららららーきみぃーがーららららーらーらーらららーらーらーらららーデデステテ」

「アッフゥフン!」

 八月の半ば、地理部四人での合宿(別名コミケ遠征)を終えた私たちはその直後からふっつーに学校が始まっていた。おのれ進学校。とはいえ八月中は夏期講習という扱いなので半ドン。午後は暇になるので私とリタは二人でカラオケに来ていた。リタも私も趣味がミョーに古いから選曲が基本二十世紀。

「ハルカ、次何歌います? 何歌います?」

 リタがデンモクの画面をガッガッ叩きながら言う。壊れるからやめなさいっての。

「そうだなー。じゃあ次は哀beli○veでも……ん」

 リタと一緒にデンモク画面をのぞき込んでいると、下腹部の辺りに覚えのあるいやーな感覚。やっべ、これ「来た」?

「リタ、ちょっとトイレ。来たわ」

「? あー、あの日です?」

「うん。ちょっと主役交代してくる」

 やったら重いカラオケ屋のドアを押し開け、トイレの個室へ。そろそろ来るとは思ってから準備しておいてよかったわ、汚れてないぜセーフ。

 それを確認してからナプキンを交換し、個室の中である人に電話を掛ける。

 さあ、ここからは主役交代劇だ!

    ○

「……ん?」

 文化祭準備でにわかに盛り上がる滝原高校、その地理部の隣は漫画研究同好会が入っている。今僕、北見葉とオトモダチの佐倉八雲も理由あって二人でそこにいて、ある男子生徒の描いた漫画を読んでいる。……んだけど、その最中にスマホ君がプルプルと鳴り出す。どうしたの、会いたいの? 西○カナなの?

 画面を見ると通知欄には見慣れた名前。秒で出る。

『葉?』

「そうだけど」

 姫宮はるか、かれこれ一六年以上の付き合いになる幼馴染だ。生まれた日が一日違い、同じ病院で産声を上げ、それぞれの家の間の距離はなんと三〇メートル。いやあもう行き来しやすいのなんのって。

『あの、葉聞こえてる?』

「あーうん、ごめんごめん。どったの?」

『いやさ、あの日来たから視点交代して、主人公は任せた!』

 ……いつものか。

「はいはい、了解ですよっと」

 適当に返事を返し、通話を終わらせる。

「何の話してたんだ?」

 八雲が原稿を片手に聞いてくる。最近髪を切ってないからかだいぶモッサリしてるなぁ……切りたい。

「いやね、はるかが主役交代って」

「何言ってんの? あのアホ」

「うん、多分いつもの妄想癖」

「へ?」

「はるか、自分がラノベかなんかの主人公だって思考で毎日過ごしてるから……多分そのノリ」

「バカなの?」

「中二病を拗らせてまだ直ってないだけです」

 この世界は実は一本のラノベで、作者がいるって思いこんだままあの子は二年を既に過ごしています。お願いだからアレを直せる医者を……。

「よくそんなのと一六年も一緒にいるな」

「うん、まあなれた……あと、あれはあれで妄想癖がシチュエーション系やるときに役に立つ。ナースだったりイメプレは得意だよ? あの子。キスも上手だし」

「え、何言ってんの? 二人そんなただれてるの?」

 椅子ごと後ずさりながら顔を青くする八雲。あー、言って無かったね、そういえば。

「まあ付き合ってれば当たり前と言いますか、他のカップルは知らないけど」

「……へ?」

「だから、僕とはるか、付き合ってる」

「いつから」

「いつだろ、中学あがったあたりからぼちぼちそんな雰囲気になって、中二の頃『付き合う?』『うん』って」

「軽っ」

「セックスは高校入ってから。まだ十回もしてないけど」

「十分多いわ淫乱」

「はるかがよく誘ってきて、事後は腰が痛いのなんの。この間のキャンプの後も一緒にお風呂入った時やたら誘ってきて」

「たまにお前が言ってる腰が痛いってそういうことだったの!? うわー、なんかアレだ、これから姫宮どんな目で見れば」

「エロゲのヒロイン?」

「確かに部室にある奴やってるけど俺らまだ一応一六だからな? 法的にはお前らのソレもアウトのはずだぞ?」

「……八雲」

「なんだよ」

「ばれなきゃ犯罪じゃあ」

「ないけども! ないけども! あー、なんだよこの伏線回収祭りみたいなの」

「はるか風に言うなら『まあそろそろこの話も終わるしね』」

「無駄に似てるのがむかつく」

 八雲が息をはぁっと吐いたところで部室のドアをガチャリコスと開けて漫画の作者、藤田君が入ってくる。

「……どうだった?」

 この藤田君と僕らの出会いはこの前のコミケ。八雲と二人で回ってた某アイドルコンテンツの島で、なぜかその作品の聖闘士星○パロ作品を描いていた。んで同じ高校ってことが分かり、僕らに今描いてる漫画を見て欲しいと来たんだけど。この藤田君、ミョーに自信がない。

「やっぱりダメだよね……このマンガ」

「どしたい、後ろ向きになっちまって」

 八雲こそどしたい、江戸っ子口調になって。

「いやね、このマンガ、一度ネットに上げたんだよ。面白いって言ってくれるかなって。そしたらさ、結構酷評されちゃってさぁ。自信なくしちゃって」

 ほう、そんな事情が。まあ、なら言うことは一つかな。

「面白かったけど」

「ん、俺は好きだ、この主人公の卑屈っぷりが自分と重なってな」

「……本当?」

 原稿を藤田君に渡しながら、八雲が言う。

「面白い、その言葉が欲しかったからと言われた以上によ……俺はなんか描いたこともねーし、評論家サマじゃねーからな。基本漫画はおもしれーもんとして読んでいる。自分の面白いを大事にした方が、いいもんできるぞ。お前はきっとそういうフレンズだ」

 わー、すごーい! 八雲は名言を言えるけものなんだね!

 それはさておいて、まあ、そういうこと気にしたら人間なんもできないからね。開き直って好きなことやった方がいいよ、多分。

 藤田君はそれを聞くと、原稿の端をぐっと握りしめ、嬉しそうに口を開く。

「嬉しいなァ……始めて描いた漫画をおもしれえって言われたときと同じだ。そうだよ、これを大事にしないとな」

 何やってもなんか言ってくる人はいるもんね。はるかもよくツイッ○ーやっててクソリプ飛んでくるらしいし。それは発言の問題だとも思うけど。

「雑音なんてなんだい! 俺は俺にいいとこを見せてやるさ! ありがとう二人とも!」

 俯いていた顔を上げ、僕らにお礼を言う藤田君。

「良いってことよ」

「うんうん、元気を出してくれたならそれでいい」

 地理部に戻るため立ち上がる八雲。そのついでに藤田君にある紙、というかチケットを渡す。

「これ、今度の土曜に品川でやるアイドルのライブなんだが……なんかの参考に何だろ、来てみろ。俺らの隣だけど」

「いいの?」

「一回来れば人生変わるかもしれないぞ」

 うん、まあ実際そのチケット余りものだし。当初は僕と八雲、そしてネットで知り合ったキドー? とかいうやったら美味いご飯屋さんに詳しいオッサン三人で行く予定だったんだけど、キドーさんがなんか急に仕事でアメリカまで飛ばなきゃいけなくなって、一枚チケットが宙ぶらりんになってた。同じ日にはるかとリタはハマスタに野球見に行っちゃうし、誰も行く人いなかったから丁度いいや。

「ありがとう。じゃあ行くよ……あの、チケット代はいくらで」

「ん? 別にいい、こういう時に気前よく使うために金ためてんだ」

 嘘だ、麻雀で負けてキドーのおっさんが今回は全額持ちだったんだ。さらっとこういうことするよな、八雲。

 藤田君からの株を上げまくりつつその場を後にした僕ら。キドーのおっさんから物販お使いリストを預かり数日後、藤田君と一緒にJRの電車を乗り継ぎ品川に来ていた。はるかとリタは途中で分かれて横浜。僕とはるかの住んでる壬生からだとすごいJRの駅に行くの面倒だったけど、最近はるかが「主人公力高めたい」とバイクの免許を取ってくれてウチの姉さんのバイクに二人乗りすれば十分でJRの駅に行けるようになった。便利便利。……本来二人乗りは免許取得から一年たたないとダメなんだけど、まあその辺はご愛嬌。……そう、ばれなきゃなんとやら。

 物販でキドーさんのお使いを含むグッズを買って、その辺のファミレスで三人でのんべんだらり、開場時間までドリンクバーと卓上の唐辛子チップで粘ってから会場に突入した。

「来たな」

「うん、来たね」

『仁科プロワンマンライブツアー《ASN》!』

 新進気鋭の西のアイドル事務所仁科プロ、あの伝説の1stライブから一年弱、三人でのユニット活動も始め、さらに進化を遂げたアイドルたちがついに全曲オリジナルで挑むライブツアー。いやーめっちゃ楽しみだ。なんてったって最前席! 花道とセンターステージがあるから常時最前ではないけど、それでもめっちゃいい席だよ、ここ。

「ASN?」

 席に着いた、藤田君が不思議そうに聞く。そうか、曲の予習もタイトルの意味も知らないのか。

「赤坂、栄、難波の略だな。今回は東名阪のツアーだ」

「思い切ったよねー、1stライブはキャパ四百かそこらのライブハウスだったのに、品川公演がまず六百くらい人入るホールだよ」

 その時はまだCD聞いて「いいね」くらいだったしライブ会場が遠くて行けなかったけど、春に東京でやったファンミーティングに参加して八雲と二人でのめり込んだ次第。そして今回がライブ初参戦! 本当超楽しみ、早く始まらないかな。

『あーあー、マイテスマイテス』

「お、来た」

「はじまた」

「!?」

 客入りで流れてた洋楽を切り裂き、高めの声がスピーカーから聞こえてくる。僕と八雲は二度目だからわかってるけど、はじめましての藤田君は驚き気味。

『ファンの皆、体力は大丈夫か!』

『Yeah!』

『よーし、じゃあ注意事項、行くでー』

「これが特攻隊長の枚方裕」

「へ、へー」

 今回はオールスタンディングじゃあなくて椅子席があるからモッシュとかは禁止、当たり前ながら撮影・録音もダメ等々、時折モノマネや小ネタを交えながらゆーちゃんこと枚方裕が注意事項を述べていく。

 一分強かけてすべての注意事項を言い終わり、ゆーちゃんが『んじゃ、そろそろやから待っとってな』と言ってから数分、午後五時ジャスト、客席の照明が落ち、ステージの壁に据えられたモニターに映像が流れ始める。それの間に僕と八雲は電気棒ことペンライトを準備。八雲は名前の通り(?)片手に四本ずつ、八本装備。あれファンミの時にやったことあるけど、めっちゃ痛くなるんだよね。

 事務所の三人のアイドルがそれぞれ別の場所からここの会場を目指すコンセプトのムービーが流れ、最後にカメラが下からグイッとパンしてツアータイトルロゴがドーン。歓声に包まれながら一人の女性がステージに焚かれたスモークを裂いて前へ歩いてくる。

「ウソ、いきなりこれ?」

「いきなりって何!?」

「普通こういったライブって一曲目は全員で顔見せを兼ねた曲をやるんだが……いきなりソロできた」

 ピアノとウッドベースのイントロに合わせステージのアイドルは真っ赤なドレスを纏い、優美なステップでダンスを踊る。

 アイドル歴十年超、どんぞこのリスタートアイドル、アッキーこと月島章子。長年の努力とそれに裏打ちされた確かな力。歌、スタイル、ダンス、すべてから溢れる色気とクールな雰囲気、それと普段のほわほわした雰囲気とのギャップがウリの超大器晩成アイドル。

『私のまん中に あなたがいるなのに どうしてぼんやり 外を見ているの』

 クール&セクシーなミドルテンポの失恋曲『Night Harp』、どう考えても中盤か後半に来るはずの曲を、前半に持ってきた……いきなり攻めるなぁ、このセトリ。

『嘘でもいい なんでもいい ただあなただけ 私の中に置いていたい どんな罪でも 背負うから』

「ナニコレ……」

 予想通り、一曲目から最前列で色気の暴力を魅せられた藤田君は棒立ちでアッキーの雰囲気にのまれている。アッチの方も立ってる。気持ちはわかる。胸大きいし、揺れるもんね。

『あなたがいない世界に 生きている意味なんてない 何もない 救いもない 明日を恨んで ただ踊るわ』

 四分ちょっとの曲を終え、拍手の中一礼をするアッキー。あ、今目え合った。

「八雲、今アッキー僕のこと見てくれたよ」

「バカ、俺だよ」

「二人とも好きなんだ……」

『よっしゃ次、アガって行くでー!』

『うおおおおー! ゆーちゃん!』

「え?」

 アッキーと入れ替わりにステージに上がる、特攻服を模した金色の衣装のゆーちゃんに歓声を上げる僕と八雲。そしてそれに驚く藤田君。

 いや、僕らこの子たちに関してはDD(誰でも大好き)なもんで。

『退屈なmoment 過ごしてんじゃないの? 一歩踏み出せよ funky guy 欲しいもんは 残さずにGet in my hand! 迷う暇はないぜDoing Doing Doing now!』

 二曲目は元芸人志望の『バラエティ姉さん』枚方裕のソロ曲『Yabaize Girl!』。本人曰く「クール系パリピソング」。

 さっきの雰囲気を受け継ぎつつ、重低音響くフロアを舞台に所狭しと暴れまわるゆーちゃん。もともと芸人志望ということもあってラジオとかで「歌が苦手」って言ってたけど、CD音源よりレベルが上がって、かなりうまくなってる。アッキーとは別ベクトルで難易度の高いダンスをこなしつつの歌だから時折声が飛んだり息切れもするけど、そこは勢いと全身のダンスでカバー。ライブ会場をダンスフロアに変えて踊りまくる。

『Shyで本音 隠してんじゃないの? 一歩踏み出せよ Go there go!』

 曲の終わり際に人差し指を立て、腕を高く掲げるゆーちゃん。歓声の中その高く上げた指をゆっくりおろし、びしっと前に突き出す。その先、センターステージに立つのは一人のアイドル。

『昴ぅ!』

『任された!』

 昴、と呼ばれた最後のアイドル、レザージャケットとグローブでシンプル、かつパンキッシュにまとめ上げた黒髪を含め黒ずくめのアイドル、仁科の歌狂いこと味園昴。初めの二曲がクール系で来たってことは。昴の曲はこれだ。

『……『Chocker Noise Breaker』』

 静かに曲名を告げる昴。無音の中、有線のマイクを握りしめ、ゆっくり歌い始める。

『誰もが空気読んじゃって そつない日々に首ったけ 弾丸punch撃ち込んで そんなノイズはぶち壊せ 行くぞ東京!』

 その叫びに呼応するように会場が沸騰し、激しいロックチューンのイントロが流れる。

 さっきまでのノリがタテのノリなら、これは前へノる、歌唱力でぶん殴ってくる曲。サイリウムを思いっきり振り回しながら、『味園昴』を歌で感じる。

『今日も今日とて整列乗車 綺麗な世界はイイカンジですか

どっかで無理したしわ寄せが溢れて くどいノイズが溢れてやがる

許可なく道を出て 路地裏入れば 気ままな猫が ジャズをかましてる

ちょっといい感じ 猫に身を任せ 世界のノイズ 無視して踊れ!』

 歌に生まれ、歌に生き、歌に死ぬ。それが味園昴の生きざまである。僕が初めて聞いた三人のラジオで昴が語っていた言葉だ。ネットなんかじゃ歌に傾倒し自分のスタイルに曲を合わせていく彼女のやり方を時代遅れ、アイドル失格なんて言ってたりするけど、僕は味園昴のそこにほれ込んだ。八雲のあの時の藤田君への言葉も、この人から来たところがあるみたいだし。

『甘さ控えめこの声で裏道を行けヘソマガリ

大人になっても あの頃のまま 右手振りかざして 「キライ」にサヨナラする

誰もが空気読んじゃってそつない日々に首ったけ 弾丸punch撃ち込んでそんなノイズをぶち壊せ

「Help」と叫ぶ声を聴き颯爽ヒラリやって来た チョコっと甘い猫パンチ世界を照らす切り札だ

誰もが空気読んじゃって味気ない日々に浸ってる チョコっと甘い猫パンチくどいノイズをぶち壊せ

アカリなら ここにある!』

 手を太陽のようにまぶしい照明にかざし、最後の歌詞を叫ぶように歌いきった昴。息を切らしながら口を開き、MCに移った。

『……はい、味園昴です』

 歓声、怒号に近い昴コールが会場に響く。

『いや、皆元気やね。あたしはほんと歌以外はだいぶ体力があれで……なんで二人呼びます。章子、裕』

『はぁい』

『遊びに来たで』

『いやあんたも演者やろ』

 手を振りながら入ってくるアッキーとゆーちゃん。三人が交代で挨拶をして、会場を温めてから三人での全員曲、二人組を三種類で回してのデュエット、計五曲近くをMCを交えながらこなす。

 途中休憩と衣装替えを兼ねた映像企画が流れ、三人がボルダリングとバンジージャンプをする謎企画ののち、少しの静寂が訪れる。

「藤田君、どう?」

 ゆーちゃんのソロ以来やっと隣に気が向くようになり、ふとそっちを向く。

「……すごいね、あの人たち」

「……でしょ?」

 ぽかんと口を開ける藤田君。それににぃっと笑ってから、終盤戦に備え再びペンライトを持つ。

『じゃあ終盤戦、張り切っていきますよぉ! まずはこの曲ぅ!』

 少し間延びする声ののち、ピンクを基調にした『ザ・アイドル』な衣装でステージに上がってくるアッキー。長身にヒールを合わせ、さらに高くなった目で会場全体を見渡す。

『……お客さん、沢山いますね』

 その言葉で会場のファンが一斉にペンライトを振る。

 アッキーはそれを見て涙をにじませながら、MCを続ける。

『あの、私。覚えてる人いるかな……ここが最後のライブ会場だったんです、前の事務所で』

 え? と疑問符を浮かべる藤田君。アッキーが声を詰まらせているうちに八雲がさっと説明をした。

 月島章子は、一度アイドルとしてデビューをしている。しかしうまくいかず、二年で事務所の倒産と共に無所属に。半ば引退の状態のままレッスンを続け、十年たった今、西に渡り再びこのステージに舞い戻る。アイドルとして輝くために、新しい翼を得て。それが初めのクール系の姿。そして、今立っているアッキーはあの頃の姿……のはず。

『あの時の私はダメになっちゃったけど……また、戻ってこられました。やったよぉ』

 涙をぽろぽろこぼして声を漏らすアッキー。ファンはそれに声援でなく、静寂で応える。静かに、見守ることで背中を押す。

『……皆、ありがとう。私、これからも月島章子であり続けます。いろんな私がいるけど、そのどれもが月島章子であることに変わりはないから。私に誇れる私で、頑張っていきます。聞いてください。『Starting Fantasy』

 星を目指して』

 明るいメロディと軽快なペンライトの動きに合わせ、楽しそうに横にステップを踏み、歌詞を紡ぐアッキー。一件明るいだけの曲に見えて、実はこれ、凄く重い曲だったりする。

『輝く舞台に 憧れた日から どれだけ立っただろう 人生をかける夢だから 努力は無駄にしない 輝く星 掴んでみせる』

 アイドルに青春をかけ、そして人生をかけようとしているアッキー。だからこそ歌詞に重みが出てくる。あ、マズい、ちょっと泣けてきた。CDで聞いた時点でかなり泣けて、慣れてきたけどやっぱ現地だと余計泣ける。

『終わらない道の先 何があるかはわからない でも進める 輝く星が導くから ちっぽけな私の 始まったばかりのファンタジー』

 アッキーが自分自身のことを歌い、自分のために自分で書いた曲。三人が一曲ずつ自分で記した曲の内ひとつだけど、自分自身が書いたからこそ歌う姿にも重みが増すのかもしれない。

『覚悟はできてる 暗闇の中でも歩いていこう たった一つの星を目指して』

 最後の歌詞、それをワントーン落として決意表明のように強く歌い上げたアッキー。あーやっぱダメだ。涙止まらないわ。二個隣の八雲ももうボロボロで……。

「……かっこいい」

 藤田君も、だ。涙を流してることにすら気づかないのかもしれない。頬に涙を伝わせながら、言葉を漏らす。

 アッキーは最後に一礼をし、舞台袖に下がる……その時、一瞬こっちに目が合った。

 僕ら三人に一人ずつしっかり目を合わせたアッキーはマイクを通さず、心底嬉しそうに

「ありがとう」

 と言い、袖へ下がっていった。

「だがらぞういうのばんぞぐだっで……」

 ごめんゆーちゃん、曲よく覚えてない。この前ソロ曲が『Smiling Hero』ってことはわかってる。

 ゆーちゃんがステージから捌けた頃、やっと涙が止んだ僕は、わかりきってる最後の爆弾に備え、ハンカチ(四枚目)を取り出す。たくさん持ってきてよかった。藤田君は濡れたハンドタオルを携え、八雲はマフラータオルを濡らしながら最後の一人に備える。

 椅子が置かれたメインステージ、そこへ有線のマイクを持ちゆっくり歩いてくる昴。衣装はレザー系ではなく、昴愛用の、少し汚れた黒のパーカーとカーゴパンツ。

 椅子に座ると、昴は静かに曲名を告げる。

『うた』

 ゆっくり息を吸い、歌いだす昴。

『迫る昨日に追いかけられて 怖くて 弱くて どうしようもない自分は 何にもなれずに 何もない明日へと 逃げて 逃げて ゆっくり死んでいくのか』

 旋律はゆったりとしたギターの音。それに寄りそう、いや、もたれかかるように昴は「静かに強く」歌い上げていく。

『弱くてもかまわない 何度負けても 負け犬でも 最後の一回で 勝てればそれで』

 昴が魂を絞り出すように叫び、サビでドラムとベースが合流する。

『ただちっぽけな“うた”だけに縋り続けて 今日も叫び続ける 弱いアタシは 何にもなれないまま ゆっくりと 闇に向かって 落ち続ける』

 1stライブの後、昴は一度スランプに陥ったらしい。オーディションの落選やバッシングが続き、ちょっと後ろ向きになりながら、無理やり前を向いて、歌に縋りながら生きていた時期があった。最近のブログでそれを本人が語ってた、「うた」はそれを込めた曲だと。

 自分を弱い、臆病と称する昴。歌に縋り続けた彼女は……。

 Cメロに入り、昴はゆっくりマイクに口を近づけ、噛み付くように声を絞り出す。

『もっと弱い ムカシのアタシが叫ぶ 夢を抱いて ハダカでオロカに 何かに噛み付きながら 強くなれることを信じて』

 昴が叫ぶ、ライブでは初披露になるこのうたを、本人も涙を流しながら叫ぶ。

『何もない強くない アタシだとしても 寄り添える見てくれる 仲間がいるだからまだ 歌える きっと前へ! 強くなれる何かに なれるはず オロカに 信じられる』

 マイクを置き、立ち上がった昴はゆっくりと一礼をする。くそう、ハンカチが二枚水浸しになったぞ。

 最後に、三人で新曲を披露しいったん終了。のあとアンコールが行われ、その新曲の発売情報や次の公演への意気込みが語られ、仁科プロのライブは幕を閉じた。

「いやあ、泣いた泣いた」

「泣かせに来たな。後半」

 CDの時から思ってたけど、三人ともソロ曲には自分の信念や過去、そういったものに対する返答が込められている気がする。だから歌にも気持ちが入るし、聞く側も感情移入が出来て泣けるんだ。

 初めて聞いた藤田君でさえ、ボロボロ泣きながら聞いていたほどだ。

「……ありがと、二人とも」

「まあ、チケット余ってたし」

「あっちにファンクラブ受け付けあるから、よかったら、それと打ち上げあるけど」

 八雲が狡猾に営業をするけど、それをお辞儀で断る藤田君。

「ごめん、ファンクラブは入るけど今はちょっと。漫画、描きたいんだ」

「藤田」

「弱いし臆病だけど、とりあえず噛み付いてみるよ。何か変わるかもしれないし」

 その言葉を聞いた僕と八雲は、笑顔で駅に向かう藤田君を見送り、二人で打ち上げを兼ねて焼肉屋に向かった。やっぱり打ち上げは肉っすよ、肉。

 終電までガッツリ肉を食べ、半分眠りながら電車に揺られ、東武線を使い壬生へ帰宅。帰りもJR使いたかったけどはるかが一人で先に帰っちゃったし、ちょっと面倒だけどこっちを使った。

 帰宅し荷物を適当にリビングに置いて、服を脱ぎながらお風呂に向かう。父親が風呂好きな影響で北見家の浴場は結構広い。二メートル四方はあるんじゃない? ってくらい。おかげでお湯を使うし温泉の元が一回分じゃ全然足りない。ソコだけ不便。

 皆寝たのか、静かな廊下をぱたぱた歩いてなぜか明るい浴室に入ると、お風呂の中で今日は横浜で野球観戦をしていたはるかが三角座りをしていた。

「……負けたのね」

「めっちゃサ○モトに打たれた」

 なるほど。こういう日のはるかって「激しい」んだよなぁ……まあ、ライブで疲れてるけど、いいか、たまには。

 軽くシャワーで体を流してから、浴槽のはるかの隣にじゃぶんと音を立てて入る。あぁ~、疲れた体にお湯が、夏とは言えやっぱりお風呂は日本人のココロ。

「ライブどうだった?」

「めっちゃ泣けた」

「円盤になるかな」

「どーだろ。次あったら現地行く?」

「青星のホームゲームなかったら」

「うい。てかCDあるからそれ聴く?」

「うん」

 ゆったりとお湯につかりながら、体を伸ばしていると、はるかが僕の肩を触ってくる。

「はいはい」

 いつもの合図に応えるようにはるかの顔に自分のそれを近づけ、キスをする。お互いなんとなくで付き合うようになって、こういった関係にゆっくりなっていった。幼馴染だからとかそんな理由は建前で、本音はずっと一緒にいられるほど互いが惹かれあってるってことなのかもしれない。趣味は合うけど微妙に正反対。結構ロースぺな僕と変なとこが抜けてるハイスペックなはるか。……なんか似てない二人の方が惹かれあうって聞いたことあるよーな。

「まあ、いっか」

「? どしたの」

「なんでもない。どーする この後」

 僕の言葉に、はるかはわかってるくせにとでも言いたげな感じで唇を差し出す。浪漫の欠片もないけど。まあ僕らだし、いいか。

 この後の話は……はるか風に言うなら

 十八禁なんで、カット。残念でしたw



終 姫宮はるか合作


「うぐ……おはよ」

 若干痛む腰とアソコをさすり、目をつぶりながら葉に声をかける。読者諸氏には言い忘れてたけど、彼氏です。そういう関係です。

 いやでも、野球観戦とかで体動かした日にヤるのはまずいね。キャンプの後した時もだけど、なかなかキッツイものがある。四日であの日も終わるからって今日やったのがまずかった。次からはもうちょっといろいろ考えて誘おう。

「痛い……」

 目を開けてマイダーリンを見ると、葉も腰を抑えて呻いている。こっちはライブだったから余計か。声まで枯れてらぁ。

 私のスマホは充電を忘れてて電池が切れてるから、葉のを借りて時刻を見る。十三時半、ヤダ早起き。ちなみに彼のスマホの暗証番号は11039、近くのはるかちゃん今がチャンスです。伊藤美○って覚えよう!

「てか、モロバレじゃん」

 スマホ片手に、天井を見上げて呟く。多分葉の両親はアレの最中寝てただろうけど、葉のお姉ちゃん起きてたらモロバレ……いっか。付き合ってることは言ってるわけだし、半ばそういうことも公認な雰囲気だったし。

 タオルケットにくるまり、なんとなく葉の内腿を撫でる。

「何してんの」

「スベスベ」

「お、おう」

「葉、今日何する?」

「明日ガッコだからなぁ……予習」

「頑張るねえ」

「頑張らないといけないタイプなんで」

「じゃあ私は隣で杉浦解析入門でも」

「はるかが理系本を!? やめてよ雪が降る」

「ひでえ。じゃあ何しよっかな……体痛いし何ができるって感じなんだけど。あ、お昼は?」

「今午後一時なんだけど……冷麺食べる?」

「うん」

「ほいほい」

 ひょいとベッドから降り、Tシャツと七分丈パンツを着て台所に向かう葉。

 いやあ、最終回にしては日常すぎるけど、これが姫宮はるかさんって感じだわ。登場人物が第一話と同じ数(魔王及び回想の人物は含まないものとする)ってのもなんかそれっぽい。これであれだよ、EDのスペシャルサンクスに「And You!」とか書いてあるんだ私は知ってる。

 そんなことを妄想しながら、タオルケット一枚を羽織って台所に向かった。

 ……向かった台所に北見家が勢ぞろいしていて私の姿で行為が露呈。そのまま北見葉の息子の名前を考えようの会に発展した。


 えー、これもまた日常ってことで、ちゃんちゃん。





(旬すぎたネタ使いすぎたけど)許してよぉ~


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