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トビラのムコウ

作者: 緋龍

 ――ねえ、早く来て


 ――ねえ、早く来て


 ――私だけの……




「なあ、裏野ドリームランドって知ってるか?」


 都内の小綺麗な1LDKのリビングルーム。幼馴染のコウの部屋に遊びに来ていたカイリは、寝転がって読んでいた雑誌を閉じてむくりと起き上がった。

 ソファに座って同じく雑誌を読んでいたコウは、顔を上げて少し考える素振りを見せてから口を開いた。


「それって確か遊園地だよね。人気だったのに、急に変な噂が流れて潰れたっていう」


「そう、そこそこ! なんか今は心霊スポットとして密かに人気になってるらしいんだ。すげえ美人の幽霊が出るんだってさ。なあなあ、明日行ってみねえ?」


 オカルト好きのカイリは瞳をキラキラさせてコウを見上げる。彼の傍に落ちているのは、検証という言葉を知らない人たちが作った信憑性ゼロのオカルト雑誌。世間ではオカルト雑誌としてではなく、ネタ雑誌として認知されている。

 赤いコートの女性が公衆電話で受話器を手にしている雑誌の表紙を見て、コウは深々と溜息を吐いた。


「嫌だね。幽霊なんていないに決まってるだろ。っていうか、そういう場所ってカップルで行くもんだし」


「お前、今俺が彼女いないの知ってるだろ! なあ、頼むよー。コウの好きな物奢るからさー」


 カイリは膝歩きでコウの正面に移動し、両肩をがしっっと掴んでユッサユッサ揺さぶる。

 駄目だ。カイリがこうなったら絶対に引き下がらないことをよく知っているコウは、もう一度深々と溜息を吐いた。さようなら、俺の静かな休日。


「あーもー分かったよ! 行けばいいんだろ、行けば。その代わり、オムライス五人前奢ってもらうからね」


「さっすが親友! 愛してるぜー!」


 カイリはコウに抱き付く。それをコウは躊躇いなく引き剥がした。


「お前の愛なんかいらないからオムライスをよこせ」


「可愛くねえヤツ。でも好物は可愛いよな。二十歳超えた大人が大のオムライス好きなんて」


「やっぱ行くのやめようかな」


「ああっ、嘘嘘っ! 嘘ですコウ様ー! お願いだからついて来てーっ!」


 漫才じみたやり取りも昔からのこと。

 幽霊なんて本当に信じているわけじゃない。“いるかもしれない”とちょっとドキドキしたいだけ。

 ただ、それだけだったのに――。




 ――待っていたわ


 ――ずっと待っていた


 ――今度こそ、きっと……




「……うっわー」


 錆びてボロボロになった入園ゲートを見上げたカイリが呟く。

 時刻は夜の九時を少し過ぎたころ。

 冷房の効いた車から降りた途端に、昼の熱気が残るじめっとした空気が肌に纏わりつく。

 

「閉園した夜の遊園地……流石に雰囲気あるね」


 カイリの隣に立ったコウが懐中電灯をゲートに向ける。

 ゲートに書かれた裏野ドリームランドの文字は、剥げ落ちて半分も読めない。両端に描かれた、おそらくは兎を模したマスコットキャラクターも、かつては愛くるしいものだったのだろうが、今は不気味と表現するのが一番ぴったりくる。


「それじゃ、入るとしますか」


「仕方ないな」


 閉じられたゲートをよじ登り、反対側に飛び降りる。

 あっという間に侵入に成功したカイリとコウは、懐中電灯片手に園内を歩き始めた。

 メリーゴーラウンドにジェットコースター。観覧車にミラーハウス。遊園地におなじみのアトラクションは、どれも変わり果てた姿になっていた。ほんの数年前まで、来た人を楽しませていたとはとても思えない。


「ん、ここは……ああ、アクアツアーか」


 壁に書かれた文字を読んだコウが、奥を懐中電灯で照らす。巨大なプールにぐねぐねと曲がったスライダー。ボートのようなものに乗って一周するタイプのアトラクションらしいが、今は水の代わりに落ち葉とゴミが散乱している。

 

「サメが泳いでたりしてな。それでぐわーって襲いかかってきたりして」


 カイリが両手を振り上げて、コウに迫る。


「馬鹿やってないで早く行くよ。俺は早く冷房の効いたところに行きたいんだ」


「ノリ悪いなー。もっと楽しもうぜー」


 軽くあしらわれたカイリは、それでも楽しそうに先に歩き始めたコウを追いかけた。

 ゲートを越えて二十分ほど経った頃、カイリとコウは一番奥に辿り着いた。

 二人の目の前にあるのは、大きな城。案内板にはドリームキャッスルと書かれている。


「へえ、結構でけえなー。この遊園地のシンボル的アトラクションだったのかな」


「そうだろうね。今は見る影もないけど」


「おっ、なあなあ見ろよコウ、扉が開いてるぜ」


 城の前にある階段を上ったカイリは、正面の大きな両扉が少しだけ開いているのに気付いた。重厚な鉄の扉――もちろん本物ではないけれど――が、中へおいでと誘っているようにカイリには見えた。


 ――入って来て


「よし、入ってみよう!」


「俺は嫌だよ」


「追加でオムライス三皿」


「…………さっと見たら帰るからね」


「商談成立! 夢の城へレッツゴー!」


 カイリは意気揚々と、コウはしぶしぶ城の中に入った。


 ――こっちよ、こっちにいらっしゃい


「何か言ったか?」


 声が聞こえた気がして、隣を歩くコウを見る。ぼんやりと城内の装飾品を見ていたコウは、怪訝な顔でカイリを見返した。


「いいや? どうかしたか?」


「うーん、いや、気のせいだろ。何でもない……おっ、すげー」


 通路をしばらく歩くと大広間のような場所に出た。天井には大きなシャンデリア、床には真っ赤な絨毯。もちろんどちらも劣化していて、使用されていたころの面影をわずかに残すばかりだが。

 左の壁には大きな窓があって、そこから薄っすらと月明かりが差し込んでいる。

 正面には途中から左右に分かれる大きな階段。踊り場の壁には額縁が飾られている。何が描かれていたのかは、破れてしまっていて分からない。


「あの階段、途中の部分がなくなってるね。上には行けそうにない」


 コウが懐中電灯で階段を照らす。確かに彼の言うとおり、左右に分かれた階段のどちらもが、途中の数段が抜け落ちている。


「ほんとだ。ジャンプしても無理かな」


「怪我したいなら止めないけど」


「くっそー、ここまでかー」


 カイリは数段だけ上って、途切れた階段を名残惜しそうに見上げる。それからジャンプして剥げた絨毯の上に着地すると、階段の横手に移動した。


「おっ、扉があるぜ」


「倉庫かスタッフ用の通路だろう?」


「多分な、っとラッキー。鍵がかかってない」


 カイリが木製の丸いドアノブを回すと、何の抵抗もなく扉が開いた。

 

 ――さあ、もう少しよ


「っ!」  


 扉の奥から冷たい空気が流れてきて、身体がゾワリと震えた。額から出た汗が頬を伝っていく。

 今は夏で、おまけに今日は熱帯夜。園内を歩き回ったせいで、服には汗がにじんでいる。

 でも……これは暑くて流れた汗じゃない。額の汗を腕で拭いながらカイリは思った。

 ここに来てからドキドキしたけれど、それは楽しかったから。潰れた夜の遊園地を探検するということにスリルは感じたけれど、怖くはなかった。

 だけど、扉を開けた瞬間、全身を恐怖が包み込んだ。この先に行ってはいけないと、本能が警告してきた。


「階段だね。下りてみる?」


「おっ、おう。もちろんだぜ」


 背後からかけられた声にびくっとなりながら、カイリは大きく頷いた。

 大丈夫、恐怖なんて気のせいだろ。

 自分にそう言い聞かせ、カイリは扉の中に足を踏み入れた。

 ギシリ、ギシリ。

 一歩踏み出す度、階段が嫌な音を立てて軋む。懐中電灯の灯りだけが頼りの、完全な暗闇の世界。

 もしかすると、この階段には終わりがないのかもしれない。一度下りたら最後、もう二度と地上には戻れないかもしれない。カイリとコウは、そんなありもしないことを考えながら階段を下りていった。

 

「よしっ、到着っ」


 カイリが地面に足をつけると、じゃり、と音がした。地下は床板も張られておらず、地肌が剥き出しだった。


「壁もそのままのようだし、予算が足りなかったのかな?」


 コウは土の壁に指を滑らせる。パラパラと細かい砂が地面に落ちていった。


「舞台裏なんてそんなもんだろ。なんか洞窟探検みたいでいいじゃん。さっ、行こうぜ」


「やれやれ」


 懐中電灯を剣のように振り回して歩き出すカイリに、コウは肩を竦めてから彼の後を追った。

 迷うことのない一本道。地下だからか、地上よりも涼しくて快適だ。

 しかし、進むにつれてコウは引き返すべきだと感じた。具体的に何がとは言えないけれど、この先には良くないモノが待っている。そんな気がしてならなかった。

 感情に任せて行動しがちな幼馴染を制御するのは、いつだってコウの役目。昔も今もそれは変わらない。


「おい、カイリ――」


「コウ! 扉があるぜ」


 手を伸ばしたコウがカイリを掴む前に、彼は数十メートル先の扉に向かって走り出してしまった。

 地肌剥き出しの通路に不似合いな、かんぬきのかかった重厚な鉄の扉。

 倉庫か? いや、備品を置くだけならこんなに厳重である必要はない。

 というか、そもそもこの通路は何のためにあるのだろうと、コウは疑念を抱いた。

 スタッフ用なら、最低限の内装は施されているだろうし、通路に物が溢れていそうなものだ。電灯が一つもないのだっておかしい。雰囲気に流されて忘れかけていたが、ここは自然にできた洞窟なんかじゃなくて、ドリームキャッスルというアトラクション施設の地下なのだから。


 ――何をしているの、早くいらっしゃい


 ゴクリと唾を飲み、カイリが閂に手を伸ばす。が、冷たい鉄に指が触れた瞬間、バチッ、と電気が走ってカイリは手を引っ込めた。


「ってぇ! あー、びっくりしたぁ。静電気って冬だけかと思ってたけど、夏でもあるんだな」


「カイリ、上に戻るよ」


 コウは、手に光を当てて何ともないのを確かめているカイリの腕を掴む。


「なんでだよ。せっかくここまで来たんだ、行けるとこまで行こうぜ」


「却下だ。この扉は開けてはいけない、そんな気がする。カイリは嫌な空気を感じないの?」


「う……まあ、さっき階段下りる前の扉開けたときに、ヤバイと思ったけどさ。一瞬だけだったし」


「それを言ってくれてたら、俺は、下りてみる? なんて訊かなかったよ。さ、戻るよ。直感は大事にした方がいい」


「えーー、でもよ――」


 ドンドンドンドンドンッ!


「ひぃっ!?」

 

「なにっ!?」


 突然、内側から激しく扉を叩く音がして、カイリとコウの心臓が飛び跳ねた。


 ドンドンドンドンドンッ!


 もう一度扉を叩く音がする。いや、音だけではない。重厚で頑丈そうな鉄の扉が、音に合わせて小刻みに振動していて、天井から細かい砂がパラパラと落ちてくる。


 ――早く入って来るのよ!


「……なあ、今の……」


「聞こえたよ、はっきりとね」


 扉の奥から響いてきた声。透明感のある、綺麗な、怒りと苛立ちに満ちた女の声。

 一瞬、女性が監禁されているのかとコウは思った。しかし、すぐにその考えを捨てた。

 何故なら――


 ドンドンドンドンドンッ!


 大きな鉄の扉が揺れるほどの力を、女性が出せるとは到底思えなかった。

 自分が全力で体当たりしても、果たして天井の砂が落ちるほど揺れるかどうか。コウの足が自然と後ろに下がる。

 それを扉の向こうの存在が感じ取ったのか、叩く音が一段と大きくなった。


「カイリ」


「……おう」


 名を呼ばれたカイリは、コウの考えを正確に読み取った。反対する理由はない。これはもう遊びの次元を超えている。

 ごくりと唾を飲みこみ、呼吸を合わせて後ろに下がる。

 一歩……二歩……。

 三歩目を出した瞬間、二人は同時に身体の向きを変えて駆け出した。


 ――逃ぃがぁさぁなぁいいぃぃぃ!


 地を這うような恐ろしい声が、ゾッとするほど冷たい風とともに後ろから追いかけてくる。


「振り返ろうなんて絶対に思うなよ!」


「分かってるよ!」


 足がもつれて転びそうになっても、階段で躓いて転びそうになっても、二人は走って走って走り続けた。

 冷たい風がねっとりと身体に纏わりついているような感覚を覚える。手で振り払っても、風は二人を包み続けた。

 階段を上がりきり、扉をしっかりと閉めてまた走る。偽物の城から転がり出て、暗闇の園内を走り抜け、息も切れ切れに入園ゲートに飛びついた。


「っはぁっ、はぁっ、はぁっ……も、もう無理っ……これ以上、走れねえ」


「はぁっ、はぁっ、はぁ……体力、落ちてるん、じゃない……はぁっ、はぁっ」


 地面に着地するや否や、二人はアスファルトの地面に倒れ込んだ。胸を大きく上下させて酸素を身体に取り込む。

 冷たくて気持ちの悪い風は、どこかへ消えていた。


「……うっせ、お前だって、バテてんじゃねえか」 


 呼吸が落ち着いたカイリは、むくりと起き上がって入園ゲートの向こうに目を向けた。

 暗闇の中に佇む建物は、ひっそりと静かで、ここに来た時と何も変わらない。

 たった今自分たちが体験したことは、もしかしたら現実ではなかったのか。本当は、この入園ゲートの前でずっと夢を見ていただけなんじゃないか。

 そんなことを考えてしまうくらい、ゲートの向こうは静かだった。

 

「戻って来れて、良かった」


「……コウのおかげだな」


 立ち上がったカイリは、上体を起こしたコウに手を差し出す。

 自分たちが体験したことは、夢なんかではなく、紛れもない現実だった。

 あの地下の扉の先には、何かがいた。

 もし、あの扉を開けていたら、何かの正体を知った代わりに、二度と外へ出ることは出来なかっただろう。

 好奇心は大事だけれど、行き過ぎれば身を滅ぼす。

 “いるかもしれない”と想像してドキドキするだけでいいのだ。本当にいてほしいなんて、そんなこと望んでない。


「帰ろうか」


 カイリの手を掴んで、コウが立ち上がる。

 扉の先にいた、何か。

 これからも自分たちのように肝試し感覚でやってきた人を驚かすのだろうか。あの扉を開けたらどうなるのだろうか。

 その答えを知る必要はない。知らなくていい。

 あれはきっと、関わってはいけないモノだから。

 

「涼むつもりが汗だくになっちまったな」


「運転頼んだよ。俺は走り過ぎて疲れた」


「へいへい」


 放り投げられた車のキーを掴み、カイリはロックを解除して運転席に乗り込む。助手席に座ったコウは、シートを深く倒した。

 エンジンをかけてアクセルを踏み込む。

 バックミラー越しに見える遊園地が、どんどん遠ざかっていく……。

 完全に見えなくなったとき、密室の車の中に冷たい風が吹いた。


「コウ、冷房の温度下げた?」


「触ってないよ」




 ――うふふふ、絶対に逃がさない、私だけの…… 


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[一言] 一体何だったんでしょう? 怖いです。
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