~7~
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あれ以来、彼からの連絡は一切無いままに、次の金曜日がやってきた。
今日はお昼の約束もしていない。
昼を過ぎても、彼が現れる気配は無く、そのまま図書館は閉館の時間を迎えた。
「彼、来なかったね……」
「はい……嫌われちゃったのかな私。やっぱり重過ぎたのかもしれません、あの手紙」
佑香は今日何度目かも分からない溜息をついた。
「確かに結構分厚かったみたいだけど、便箋何枚分書いたのよ一体」
「十枚分です……て、そういう意味の重いじゃないですよ、先輩」
「いやアンタねえ、それはいろんな意味で重いわ! ラブレターに十枚って」
「やっぱり……そうですよねー……」
失敗した……自分は小説を書くような気分で書いてしまっていたかもしれない。
実際に言いたい事は、せいぜい二行程でしかないのに。
「でも、何日かかっても読むって言ってたよね、あの人」
「え、いくらなんでも一週間も掛かるほどの量は書いてないですよ」
「うーん。にしても、気になったんだよねえ、あの一言が」
確かに佑香も気にはなっていた。あの彼がそんな冗談を言うようには思えない。
「あれ?」
何気に見た携帯に、着信通知がある事に初めて気が付いた。
「あ……中山さん? 電話くれてたんだ!」
佑香が慌てて折り返しの電話をかけると、彼はすぐ出てくれた。
『もしもし、天羽さん? 今日はそちらへ顔を出せずにすみません』
「いえ、そんな! あの……えーと、その……」
勢いで電話をしたはいいが、何をどう話せばいいのか分からない。
佑香は頭が真っ白になってしまっていた。
『天羽さん、お仕事はもう終わったんですか?』
「あ、はい。もう、今から帰る所です」
『あの、突然で申し訳ないんですが、もし良ければ今からお会い出来ませんか』
「え? 今から……ですか? は、はい、大丈夫ですよ」
『良かった……ありがとうございます』
心底ほっとしたような声が、電話の向こうから聞こえて来る。
ほっとしたのは佑香も同じだった。
『じゃあ今からそちらへ迎えに行きますから、そこで待っていてもらえますか』
「はい、分かりました。それじゃあ……待ってます」
携帯を切ると同時に緊張の糸も切れたのか、佑香はへなへなと床に座り込んでしまった。
「ちょっとちょっと、大丈夫なのアンタ? なんだったらアタシが一緒に居てあげようか?」
「い、いいです。それはさすがに中山さんに悪いし、私もちょっと……」
「まあ、普通はそうだよねえ。じゃあ彼が来るまで付いててあげるよ」
「うう、先輩ありがとうございますぅ~!」
杏子の存在は本当に心強かった。
佑香たちは帰り支度を整えると、図書館の勝手口から外へ出た。
「あ、こんばんは、天羽さん、安積さん」
突然、予測していなかった声が聞こえた。
そこにはすでに彼が立っていた。
「えっ、中山さん? もう来てたんですか?」
「びっくりした! ええっ、来るの早くない?」
「あ、いや、すぐそこのコンビニに居たもので」
全員が一通り台詞を言い終えると、辺りに静寂の糸がぴんと張り詰めた。
その空気に居たたまれなくなった杏子が「んん!」と、咳払いをした。
「じゃあ、アタシは帰るわ」
「は、はい、お疲れ様でした」
杏子は佑香の肩をぽんと叩きながら、耳元で「事後報告よろしく」と言い置いて、そそくさと去って行った。
(あ~、先輩、行っちゃった……)
どうしよう、二人きりになると何となく気まずい。
そんな中、彼の方が先に口を開いた。
「ちょっと冷えますね。どこかに入りましょうか」
「あ、はい。じゃあ、いつものファミレスとか」
「いや……できれば、あんまり人のいない所の方がいいかな」
彼の声には覇気が感じられなかった。
(ああ、やっぱり……)
もう答えは出ているようなものだ。
佑香は、このまま何も聞かずに帰ってしまいたいような気分だった。