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「ん? 何、どうかしました?」
佑香の様子に気付いて、彼が声を掛けてきた。
「い、いえ別に! 何でもないですよ?」
「そうですか? 具合が悪いなら無理しないで言って下さい」
「は、はい、ありがとうございます。でも、大丈夫なので」
いつもの金曜日、いつものファミレスでの昼食中、佑香はそわそわと挙動不審になっていた。
そんな佑香の鞄の中には、何日もかかって書き上げた一通のラブレターが入っていた。
結局、杏子に急かされるまま書く羽目になってしまった物だ。
しかし、渡すタイミングが掴めない……挙動不審の原因はそれだった。
「あの……すごい冷や汗かいてるみたいですけど、本当に大丈夫?」
彼は本気で心配してくれている。
これ以上平静を装う事は、佑香には無理だった。
「……すみません、やっぱりちょっと具合が悪いみたい。このまま職場に戻ります」
「うん、その方がいいですよ。僕、送って行きますから」
どこまでも優しい彼の態度に、佑香は胸が締め付けられる思いだった。
(やっぱり嫌われたくない……)
この手紙を渡す勇気を出す事など、今は到底出来そうになかった。
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「え、アンタどうしたの?」
彼に付き添われながら休憩室へ入って来た佑香を見て、杏子が駆け寄って来た。
「何だか具合が悪いみたいなんです。少し様子をみてあげて頂けますか」
「あ、はい。すみません、どうもありがとうございました」
杏子は彼にぺこりと頭を下げた。
そんな二人の姿を見て、佑香は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「中山さん、すみません御迷惑をお掛けして」
「いいんですよ、お大事になさって下さい。じゃあ、僕はこれで」
そう言って彼は一礼すると、踵を返して去って行った。
「いやー、ホント好青年って感じだわねー」
感心したようにそう言うと、杏子はくるりと佑香の方へ体を向けた。
「で、何? 今日一日中緊張しまくって、その糸が切れちゃったって感じかな?」
「先輩……鋭すぎます……」
佑香はソファに座り込んで、がっくりと肩を落としている。
「結局渡せなかった訳だ。こんなんじゃ一生掛かっても渡せそうにないじゃないのよ」
「ホントその通りですよね。どうしよう……」
そんな佑香を見かねた杏子は、ずい、とその手を佑香の目の前に差し出して来た。
「ったくぅ! もう私が渡してくるから、その手紙よこしなさい!」
「えっ! いや、いいですよ! じ、自分で渡しますから」
「はっきり言ってアンタじゃムリ! 今ならまだ間に合うから、ほら!」
「で、でも……」
佑香は戸惑いながら鞄の中に手を入れた。
「え……あれ?」
慌てて中を引っ掻き回した挙句、佑香は鞄の中身をテーブルの上にぶちまけた。
その顔面は蒼白になっている。
「嘘! ない!」
「え?」
「どうしよう、先輩! 手紙がない! どこかで落としたのかも!」
あんなもの、誰かに拾われて中を見られでもしたら……
そう思うと、佑香はパニックになった。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 何か心当たりはないの? いつどこで鞄を開けたのか、覚えてる?」
「た、確か……ファミレスで席に座っていた時と、そこの廊下で……ハンカチを出そうとした時……」
がちゃり――
突然ドアの開く音がした。
見るとそこに、彼が申し訳なさそうな顔をして立っていた。
「あの、そこで落し物を拾ったんですけど……もしかしたらこれ、天羽さんのかな?」
「え……あ!」
今まさに探していた物がそこにはあった。
しかもまさか彼に拾われていたとは……佑香は何とも恥ずかしい気持ちになった。
「すみません。手紙がどうとかって、外まで聞こえてたから」
「ご、ごめんなさい、ありがとうございます」
そう言って佑香は手紙を彼から受け取ろうと手を伸ばした。
「こらっ!」
その手をぺしっと唐突にはたかれて、佑香は驚いた。
「え? 先輩?」
「ちょっと……馬鹿かアンタは! 一体何しようとしてんのよ? せっかく相手の手に渡った物を取り返してどうすんの!」
「……あ……」
本当だ、知らない間に手紙は彼の元へと届いている。
杏子は彼の方へと向き直ると、彼に対しても啖呵を切った。
「アンタもアンタよ! 宛名のとこ見てないの? 思いっきりアンタの名前書いてあるでしょーが!」
「え……これ? 僕宛だったんですか?」
杏子にそう言われ、初めて気付いたとばかりに、彼はその宛名をじっと見つめた。
「でも、天羽さん。毎週会ってるんだし、何かあるのなら直接話してくれた方が……」
「もお、アンタねえ! この子はそれが出来ないからこうやって手紙にしたためたんでしょうが! 何日もかけて書いた手紙なんだから、ちゃんと読んでやってよ!」
(う……先輩、その言葉は重過ぎる……)
けれど、自分の為に必死になってくれている杏子に対して、そんな台詞は口が裂けても言えない。
「何日も……? そうだったんですね。じゃあ、僕も何日かかってでも頑張って読んでみます」
「は? いや、ちょっと! それはいくらなんでも大袈裟でしょーが!」
そんな杏子の突っ込みに対して、何故か彼は寂しそうに微笑んだ。
「とにかくこの手紙は頂いていきます。それでいいんですよね、天羽さん」
「あ、は、はい……」
「それじゃあ」と言って、彼は静かにドアを閉めて出て行った。
そんな彼の姿を見送った後、ぽつり、と杏子が言った。
「何か……今のって不思議なやりとりだったよね」
最後に見せた彼の寂しそうな笑顔が、佑香の脳裏に焼き付いて離れない。
彼が時々見せる、あの寂しそうな表情が何なのか、佑香は無性に気になり始めていた。




