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その後、二人は時々電話で連絡を取り合って、昼食を一緒にする事が増えていった。
毎週金曜日、ただ軽い挨拶を交わすだけの関係から、これは大躍進だと言えた。
佑香はその日も彼とファミレスで他愛のない会話を楽しんでいた。
「そうかあ、天羽さんは本当に本がお好きなんですね。じゃあ、今の仕事は天職って訳だ」
「はい、本に囲まれて過ごせるのは幸せです。高校時代は文芸部で、自分でも小説なんかを書いたりしていたんですけど」
「小説をですか? すごいな……」
彼は心底感心したような言い方をした。
「いえ、そんなすごい事じゃないですよ。誰でも書けるような稚拙なものばかりでしたし」
「うらやましいですよ。そんな風に文章で人に思いを伝えられるなんて」
「中山さんだって、すごく素敵なイラストをお描きになるじゃないですか。しかもそれをお仕事にしているし」
「僕の場合、字で伝えられない事を絵で伝えようとしているだけです。僕にはそれしか出来ないから……」
うつむき加減に言う彼のその顔が、佑香の目にはとてもつらそうに映った。
何故だろう。彼は時々そんな顔をする。
気にはなったが追求する気にもなれなかった。
そんな事をしたら嫌われるのではないか? そういった思いの方が強かった。
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「で、彼とはどこまでいってるの?」
唐突に、先輩である安積杏子からそんな突っ込みをされた。
彼女は面倒見のいい姉御肌で、いつも親身になって佑香の相談に乗ってくれる。
佑香も彼女の事を心底慕っていた。
ただ少々口の悪い所と、余計なお世話が玉に瑕、ではあるけれど。
「えっ? どこまでって?」
「あああ、とぼけちゃってもう、イライラするなあ! だって付き合ってるんでしょ?」
「いえ、あの……」
毎週のように彼と会ってはいるが、一緒に昼食をとりながら世間話が出来ているというだけの関係。
今はそれだけで充分だった為に、高望みはしないようにしていた。
「付き合っては……いないんですけど」
「はあ? 何やってんのアンタ!? あの人の事好きなんじゃなかったっけ?」
「それは、好き……ですけど。でも……」
もごもごとはっきりしない佑香に、杏子は額を押さえて大きく溜息を付いた。
「今の関係を壊したくないって訳? 彼に彼女が出来ても、アンタこのまま彼とお友達でいられんの?」
「う……そ、それは……」
無理だと思う。そんな状況に耐えられるほど自分は強くない。
「だったらもう告白しちゃいなよ。直接言えないならメールでも何でもいいじゃん」
「でも彼、携帯は持ってるんですけど、メールはしないらしくて」
「ええっ、そうなの? 携帯あるのにメール使わないなんて変わってるね」
杏子の言うように、メールは現代の必須アイテムになっている。
彼の方もそれは重々承知していたようだし、やはり何か事情があっての事なのだろう。
「うーん、じゃあ古典的にラブレターでも書けば? アンタ小説家志望なんでしょ」
「ち、違いますよ、小説家だなんて……文芸部でちょっと書いてたってだけで、ただの趣味ですよ」
本当は一時期本気で小説家を目指した事もあったが、現実はそう甘くはない。
執筆はあくまで趣味の範囲にとどめておいて、職場では大好きな本に囲まれているというこの現状に、佑香は充分に満足している。
(でも、ラブレターか……)
確かに自分に出来る事と言ったら、それくらいしか思い浮かばない。
けれど当たって砕けたら、多分自分は砕けたまま立ち直れないと思う。
それが怖くて、今もこの恋に身動き出来ずにいる。
「まあ、とりあえず手紙だけでも書いてみれば? 渡す渡さないはその後考えればいいじゃん、ね!」
「先輩……何か私をダシにして楽しんでません?」
「何言ってんのよ! 可愛い後輩を応援してるだけじゃない」
杏子のわくわくしている様子を見ると、書かずには済まされないような気がする。
しかも、これは絶対に渡すよう促してくるに違いない……
「……分かりました。とりあえず、書くだけは……書いてみます」
どうせ強制的に告白させられるのだろうと、佑香は半分あきらめたようにそう言った。
友情では片付けられない想いを抱いている事に変わりはない。
いつかは踏み入れなければならない道なのだと、自分に言い聞かせた。