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呪術師とチョコレート。  作者: 雪麻呂
四人坊主は祈らない
9/46

先輩は雇用主

仇志乃世音あだしのぜおん

 仇志乃家三男。モラトリアムに揺れる、少年以上青年未満。

 ちょい悪ヤンチャな言動とは裏腹に、頭の回転が速く、物事の本質を見抜く鑑識眼を持つ。気が短く、結果を急ぐあまりデリカシーに欠けるのが難点。口は悪いが根は照れ屋な熱血漢で、意外と真面目。情に脆い部分もある。

 高校生として普通の生活を送りながら、家業の《呪詛返し》を請け負う。

 18歳。高校二年生(諸事情により留年中)。183㎝。66㎏。

 基本、他人には興味がないが、親しい仲間内では悪ノリ全開。特技は料理。

1.






 頬杖を突いて、ぼんやり黒板を眺めていたら、膝に置いたスマホが、震えた。

 確認すると、先輩からのラインだ。

 ぶっきらぼうな文面で一言だけ、こう書いてある。


 今すぐ出てこい。昇降口で待ってる。


 わたしは、はぁと溜息を吐いた。

 嬉しさが半分、困ったのが半分。少なからぬ呆れも、オマケに足しておこう。

 というのも、現在の時刻、午前十一時五分。四時間目の真っ最中である。

 思いっ切り授業中である。因みに英語である。

 先輩に呼ばれたから行ってきます、なんて理由で離席が通るはずもない。しばし頭を絞ってみたけれど、説得力のある言い訳も思い付かない。わたしは要領が悪いのだ。

 すこぶる気は進まなかった。

 でも、この際だ。仕方ないか。


「あぁあああ痛い! おなかが! 急に! 痛い痛い!」


 わたしは大仰な仕草で、お腹を押さえて、声を張り上げた。

 静かな教室で起こった突然の出来事に、クラスメイト達の視線が一斉集中する。あ、痛い。これマジに痛いわ。みんなの視線がね。どう見てもドン引きです本当にありがとうございました。


「か、カノウさん!? だいじょぶデスカ?」


 教壇に立つ外国人講師が、ギョッとして青い眼を見開いた。

 うぅん、英語では、なんて言うんだっけ。アイ、ハブ、ペイン、インマイ、ストマック……ん、ワンズか? なんか抜けてるかな?

 あーもういいや。


「痛い痛いー! あーーー死ぬーーー! 死んじゃうーーー」

「死ヌ!? あなた死ヌ!? ホンマデッカ!?」

「そーなんですー死にそうですーだから早退します! グッバイ!」


 苦悶の表情を作りながら、手早く荷物を纏めて、鞄を持つ。後が面倒だろうな、と思うと、割と本気で胃が痛くなった。

 教室を飛び出したところで、上階から、別の先生の怒鳴り声が聞こえた。


「こら待て仇志乃! 授業中だぞ! 何処行くんだ!」

「すんませーん、婆ちゃんが死んだもんで」

「九人目だぞ!?」


 ドッと笑い声が上がる。一つ上の階、二年生のクラスだ。あっけらかんと不謹慎な事情を述べる声には、まるで緊迫感がない。考えることは同じか。

 でも九回目ってあんた。ちと殺しすぎじゃないかね。


「お前ん家には、婆さんが何人いるんだ!?」

「悪ぃけど、家庭の事情ってやつだぜ、センセ。とりま早退すんわ!」

「ちょっ、話はまだ終わってない! 仇志乃!」


 内申に響くぞ……という脅しを背に受け流して、仇志乃と呼ばれた男子生徒が、階段を二段飛ばして降りてきた。


「お、早かったな」


 わたしと目が合い、ニカッと笑う。









 くっきりした二重の垂れ目は、母性本能をキュンとくすぐる甘さを放つ、完璧な反則ギミック。対して、キリッとした眉は男性的で、確固たる意志の強さと、若い情熱を秘めた王道路線。そこに、スポーツマン風の爽やかさをブレンドして。

 仕上げに、ややニヒルなスパイスを加えれば、世音先輩の完成だ。


 校則違反の茶髪のウルフは、毛先が無造作に跳ねて、セットなんだか寝癖なんだか、イマイチわからん。しかも襟足だけ、ひょこっと尻尾みたいに長い。ボタンを二つ外したシャツに、ゆるゆるのネクタイが辛うじて、ぶら下がっている。

 柄が悪いったらないのだが、そこはイケメン補正。如何に着崩れても、不思議と下品には見えない。絵にすらなってしまうのが、なんとも癪である。


 うちの学校には、なんとまぁ、とんでもない美少年がいる。

 思えば初めて逢ったとき、わたしはそう嘆息し、仰天したものだった。

 なにせわたしは、地味で眼鏡で、クラスでも目立たない日陰女子だ。普通の男子にさえ縁がない。それが、フツメンを飛び越えて、一気に最上級のイケメンと知り合いになるなんて。

 夢じゃないかしらって、浮かれてたっけ。

 実は今でも、ちょっとね。









「う、うん。どうしたの?」


 ヤンチャ坊主みたいな笑顔に、思わず胸がときめいた。

 これがスイートランデブーなら、どんなに青春ドラマだろうか。

 でも知ってる。

 先輩は、つと真面目な表情になって、事務的な口調で、こう言うのだ。


「行くぜ瑠衣。仕事だ」





                  †





 中古のゼファー400が、国道を北へ飛ばす。

 暖冬とはいえ、三月の中旬だ。単車のリアシートで浴びる風は、ヒリヒリと乾燥して冷たい。先輩の運転は、相変わらず荒かった。眼を瞑り、その腰に腕を回してしがみつくわたしは、寒さと速度に、硬く縮こまっていた。

 大きすぎるヘルメットが、コンコン鬱陶しく眼鏡を叩く。


「もう、授業中に呼び出したりして! 絶対、生活指導とか食らうよ!」

「うるせー減給すっぞ」

「放課後じゃ駄目だったの?」

「駄目。緊急だから、すぐ来いって。兄貴の判断」


 直接《仕事》を請けたのは長男の紫音さんらしいが、彼は、施術を弟の世音先輩に代行させることも多い。今回もそのクチなのか。


「緊急って《呪詛返し》にそんなのあるの?」

「たまーにな。けど、今回はたぶん《調伏》だ」

「九回目ってどういうこと? 聞いてないけど?」

「いや、あれ、ほとんどは普通にサボリ」


 風の音に掻き消されないよう、わたし達の会話は半ば絶叫になっていた。









 世音先輩に出逢ったのは、去年の七月のこと。

 とある呪詛関係の事件に巻き込まれ、わけもわからず命を狙われた、わたし。

 もう死ぬんじゃないかってときに、颯爽と目の前に現れて、ピンチを救ってくれたのが、世音先輩だった。

 先輩は、仇志乃流という特殊な流派を受け継ぐ血筋で、自身も呪術師。故あって先述の呪詛事件を追っている途中で、わたしを助けるハメになったらしい。


 呪詛なんて非科学的で物騒なものが、そう巷にポンポン溢れてて堪るか。

 諸君は、そう考えるだろうか。

 わたしが、かつてそうだったように。


 実は、人を呪うのに、なにも本格的な儀式を行う必要はない。

 アイツが憎い。ソイツが目障りだ。

 彼が羨ましい。彼女が妬ましい。

 いっそ、どいつもこいつも。死んだらいいのに。

 誰にでも身に覚えがあるだろう、漠然とした悪意。そういった負の感情が、そもそも呪詛の種なのだ。

 そういった悪意が凝固まり、長く胸にわだかまっていると、本人も知らないうちに邪念を帯び、呪詛として、不特定多数に発信されてしまう。

 大抵の症状は、極めて軽い。たとえば持ち物をなくすとか、机に足の小指をぶつけるとか、テストに遅刻するとか、その程度の影響だ。別に呪われるまでもなく、まま起こりうることだから、単に不運として片付けられるのが普通だろう。

 わたしだって、想像もしていなかった。

 己の不運が、まさか、呪詛のせいだったなんてね。


 なんの因果か、この叶瑠衣。

 それら周囲の呪詛を引き寄せ、取り込んで、己が被るという形で《昇華》する、特異体質なのだそうだ。

 先輩に指摘されるまで、まったく知らなかった。おそらく血筋との話だが、迷惑極まりない御先祖様である。だってこれは、わたしの意思では、どうすることもできない。完全に生まれつきの体質。拒否権も、選択権すら、ないのだから。

 先輩や紫音さんも、初めて会った、と珍しがっていたっけ。


 まぁ、現在は、先輩の都合してくれた御守りのおかげで、だいぶマシになった。呪詛られるまでもなくデフォで鈍臭いのは、仕方がないとして。


 話を戻そう。

 忌まわしき呪いの事件に遭遇したわたしが、どうなったかというと、だ。

 端的に言えば、先輩のおかげで、無事に元の日常へ戻ることができた。

 悲しい思いをした人も多かったが、あの呪いは、もう終わったのだ。ガチで死にかけた本人でさえ、こうして今は、たまに回想するくらい。元気に学校に通って、女子高生をやっている。解決と述べて差し支えないだろう。

 ただその日常は、以前の平凡とは、ほんのちょっとだけ、違っていたけれど。


 事件の際、わたしに解呪料として請求されたのは(本人、あくまでお布施と言い張ってますが)、なななんと、キッチリ百万円。それも即金が原則だと、キッパリ申し渡された。

 後でわかったことだが、これは先輩の主義で、金持ちにも貧乏人にも、同じ条件で仕事を請け負っているようだ。意地悪をされたわけではない。たぶんね。

 当然、後者のわたしは、さて困った。百万円なんて、高校生の身分では、逆立ちしたって用意できっこない。ハッキリ言って無理だ。

 とはいえ、こちとら命が懸かっている。

 なんとかならないか、と交渉した結果、ひとまず貯金を叩いて七万円を支払い、残りはローンで返済、ということで手を打ってくれた。

 ところで、どうやって金策するつもりだ?

 その場で問われ、わたしは、アルバイトを探してコツコツと、と答えた。

 すると、どういうわけか。先輩は、こんな提案を持ち出したのだった。


 なら助手として、俺の仕事を手伝え。


 なんのことはない。要は、百万円分の無料奉仕を要求してきたのである。

 わたしは、呪術なんて、やったこともない。ずぶの素人だった。時給千円というのも、高いのか安いのか。まるで相場の判別が付かない。オマケに大の怖がりで、勤務中は絶叫マシーンと化すこと受け合いである。どう考えても向いてない。

 何故なのか。それでも先輩は、わたしを指名した。

 そして、わたしは、その話を飲んだ。


 斯くして、わたし達の間に雇用契約が成立。

 同じ高校の一年と二年で、従業員と雇用主。という奇妙なコンビが生まれた。


 先輩は、思っていたより、ドライな上司ではなかった。

 プロの呪術師として、それなりに業界では名が通っているらしが、彼は同時に、一人の男子高校生でもある。仕事がないときは、勉強や部活、ゲーム、漫画、話題の動画など、歳相応な話題で盛り上がることもあった。

 何度か家を訪れるうち、彼の兄弟達とも仲良くなった。今では、特に用事がなくても遊びに行く。もちろんプライベートだから、時給は発生しないけれど、かといって邪険に扱われるでもない。夕方には、みんなで食卓を囲んだりもする。

 少し変だが、何処にでもいる、普通の先輩後輩である。

 わたし達の関係は、結局そういうことで、それ以上でも、以下でもない。

 ……と、思っていた。

 つい最近まで。









 排気音と共に、景色がグングン後ろに流れてゆく。

 わたしの三つ編みを弄んで、身体に叩き付ける風は、ひどく冷たい。

 その中で、先輩の背中だけが、広くて、硬くて、暖かかった。









 先日、先輩のお兄さんに、告白された。

 このお兄さん――華音さんがまた、先輩に負けず劣らずのイケメンで、優しくて気が利いて、ちょっと格好付けで繊細だけど、とっても素敵な男性だ。意地汚い話をすれば、結構お金も持っている。

 そんな華音さんが、わたしみたいな地味子を選んでくれたという奇跡。

 本当にビックリした。乙女ゲームさながらの展開に、腰が抜けるかと思った。

 不満なんてない。あるはずがない。

 だけど、バカなわたしは。

 彼の気持ちに応えることが、できなかった。

 だって、わたし……他に好きな人がいる。

 あのとき、そう理解してしまったから。


 あの日から、先輩のことが気になって、仕方がなかった。

 彼のことが知りたい。

 ある程度なら、今までの付き合いで把握している。たとえば、好きな食べ物や、音楽。集めている漫画。クリアしたゲーム。ファッションの系統。成績。女の子のタイプ。意外に料理が上手かったり、字が綺麗だったりすること。

 ……足りない。

 全然、足りない。

 もっと知りたい。

 わたしが傍にいないときは、なにをしているのか。

 こうして二人きりでいるとき、なにを考えているのか。

 わたしのことを、どう……思っているのか。










 信号待ちで、不意に先輩が小首を傾げた。


「てゆーか、思ったんだけど」

「なに?」

「なんか、こーしてるとさ」


 先輩の襟足が、パタパタと風に遊ばれて、徒にわたしの頬を掠める。


「デートみたいじゃね?」


 子供みたいな笑顔で振り向いて、先輩は、くくっと笑った。

 無神経な単語に、わたしの胸はキュンと鳴く。

 まったくもう。人の気も知らないで。

 ……バカ。

 口の中で呟いて、わたしは、先輩の腰に回した腕へと、力を込めた。


 時速七十キロの恋人ごっこは、市街地を抜け、やがて去年出来たばかりの自動車専用路道を、山の方へと分け入っていった。






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