表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師とチョコレート。  作者: 雪麻呂
四人坊主は祈らない
44/46

三男の戦いはこれからだ

36.






「流音は一緒ではなかったのかね?」

「ナースステーションで看護師さんと喋ってるよ。えっと……」


 兄さんに羽織を着せながら、俺は病室を見渡す。

 狭いクローゼット。小さな冷蔵庫。ちょっとしたワゴン。うん、忘れ物はなさそうだ。こんなとき個室は有り難い。扉という扉、誰に気兼ねなく開けっ放しにしておけるからね。確認が楽でいいや。

 あとは窓を閉めてテレビを消せばオーライ。いつでも退院できる。


「なにか交換したと喜んでいたけれど」

「連絡先。社会人が中学生と合コンするはずないのにね」

「おおかた友人にでもチラつかせて、紹介料を取る気なのだよ」

「なにその闇ブローカー!? まだ中学生だよね!?」

「あれは大成する」

「どっちの方向に!? 矯正してやってよね、兄さん!」


 くっくと喉を鳴らす兄さんに、俺は呆れて肩を竦めた。

 テレビでは、昼のワイドショーが始まっていた。なんでも今日の特集は、一夜にしてバーコードがフサフサになったという、不思議な男性の体験談だ。再現映像に混ざる本人インタビューを見て、俺は、ふと首を傾げる。

 なんか何処かで見たような人だなぁ。


『そうなんです。あれは忘れもしません。地盤沈下の日でした。会社帰りに、あの災害に出会しまして。ええ、ワタシ、運良く無傷で済んだのですが。すぐ傍で目の不自由な方が困っていらしたので、声を掛けたんです。そしたら急に意識が……』









 あれから、三週間が経った。

 俺が気を失ってる間に、全部終わってたんだってね。目が覚めたらベッドの上。搬送先の病院で、事の顛末を聞いた。

 瑠衣ちゃんは泣いて謝ってくれたけど、今回のMVPは間違いなく彼女だ。肉壁しか能のない俺が役に立ったなら、むしろ本望。ナイト気取りのウインク一つで、内心ちょっとだけ誇らしかったのさ。ヒロインを守れたんだから。

 とかなんとか、格好付けてはみたけれど、俺を含め野郎四人は、満身創痍。怪我と体力が回復するまで、兄弟仲良く入院するハメになった。

 特に長引いたのが兄さんで、呪力の消耗が激しかったためか、一時は食事も喉を通らないほどだった。ただの疲労だって言うのに、檀家さんやら看護師さんやら、ひっきりなしに女性が訪れて心配しまくるもんだから、もう姦しいこと。

 結局、最後まで居残るって決定したとき、速やかに個室へ移動してもらった。

 やれ腫れ物扱いだの歳は取りたくないだの、本人はブチブチ零してたけど、同室の俺達からすれば、当然の防衛措置だ。せっかく死線を潜り抜けて、兄のストレスで呪い殺されたらシャレにならないでしょ?


 一方、真っ先に退院した俺は、いつの間にか、事情聴取窓口に任命されていた。

 無駄に呪詛耐性が高いおかげで、回復も早い。社会人やってる。あと決着シーン見逃した。等々、罪状は多岐に渡る。公正なる兄弟裁判の判決だそうだ。いつものこととはいえ、俺って本当に次男なんだろうか。

 何度も同じ事を訊きに来る警察に、ウンザリしたったらない。


 後で知ったんだけど、俺達が戦っている間に、街は甚大な被害に見舞われていたらしい。至る所で陥没と地割れが発生、水道管は破裂するわ電柱は倒れるわ、終いには自衛隊まで出動しての、国民的災害に発展した。

 原因究明は、遅々として進まない。学者も政治家も、みんな首を傾げるばかり。まぁ、呪詛の仕業だなんて、誰も夢にも思わないだろうから。真相が判明したところで、発表するわけにもいかないし。

 これだけの事態で、一人の死人も出なかったことだけは、不幸中の幸いだ。

 もしかしたら、瑠衣ちゃんの能力ちからが守ってくれたのかもね。

 最近は、めっきり報道される回数も減った。

 復旧作業は大変で、まだ街中で工事が続いてるけれど、それでもほとんどの人達は、平穏な日常を取り戻していた。

 世音も流音も瑠衣ちゃんも無事に進級したし、学校も普通に始まっている。

 解決ってことで、いいんだろう。


 マネージャーが奔走してくれたおかげで、俺の周囲も比較的平和だ。入院も被災も伏せられてるし、ファン達が騒ぐこともない。丸く収まったんだと思うよ。愛車はお釈迦になったけどね!

 悔しいから、上位モデルを即金で買ってやった。

 昨日納車して、初仕事が兄さんのお迎えってわけさ。









葛葉くずはが連絡してきたよ。例の件、引き受けるそうだ」

「わざわざ京都から通ってくれるの?」

「あれは此方にも弟子がいる。顔の広い男だよ」

「だったら、もっと早く助けてくれれば良かったのに……」

「まったくだ。それはそれで、高額の報酬を毟り取られたろうけれどね」


 兄さんの顰めっ面。射し込んだ光が明るくて、いまいち迫力不足かな。

 吹き込んだ風はカーテンを揺らし、すっかり春めいた緑の匂いと、遠い工事の音を運んでくる。


 工事と言えば、事件の発端になった工事現場。

 あれ、パーキングエリアの計画は続行するんだけど、吉村氏に頼んで、ちょっと別にスペースを設けてもらったんだ。

 奥まった、誰も立ち入らないような場所。井戸を埋めた跡地だ。其処に、小さな社を建てた。俺達だけで、既に簡易的な法要は済ませてある。神主の手配は済んだみたいだから、今月中にでも祀れるだろう。

 眠り蛇――いや。

 もう二度と目醒めない。とある蛇神の御霊・・・・・・・・をね。

 もちろん、生贄達の鎮魂も忘れてないよ。こっちは俺達の領分だ。きっちり永代供養させてもらう。石田の人達に事情を説明したら、是非お地蔵さんを寄進させてほしいって。お金を出し合って慰霊碑を作る話も出てるみたい。

 犠牲になった少女達は、誰一人として戻っては来ないけど。

 これで少しは浮かばれるかもしれない。


「……眠り蛇を焚付けたのって、誰だったのかな」

「さてね。葛葉は、雨乞いの祈祷師が黒幕だと言っていたが」


 葛葉さんというのは、兄さんが懇意にしている陰陽師だ。今回の騒動、そっち系が絡んでると踏んで、いち早く助言を頼んでたらしいんだけど……返事が来たのが解決した後っていうね。あの人、兄さん以上にマイペースで困る。

 祈祷師の正体は、おそらく同業者。つまり陰陽師で、己に都合の良い式神を作るべく外法を試み、失敗したのではないか。とは、葛葉さんの談だ。成功していれば眠り蛇を完全に制御できたはずで、当初はその予定だったに違いない、と。

 眠り蛇とは、なんだったのか。

 一言で表すなら、業だ。分不相応な欲望と生命への執着が、蛇の姿を取って具現化した存在。少なくとも俺達は、そう解釈する。

 けど、そんなものは、人間なら誰もが背負う荷物じゃないか。

 なんか……俺はさ。お人好しかもしれないけど。

 アイツだけが悪いようには、どうしても思えないんだ。


「彼奴も哀れだね。ただの蛇として天寿を全うしていれば」


 兄さんの横顔が、ふと翳る。


「もっと楽に生きて、死ねたものを」


 感慨深げな呟きに、俺は、どう答えていいのかわからなかった。

 微かに歪んだ唇は、笑っているようでもあり、怒っているようでもある。皮肉で憐憫で、哀愁で、侮蔑で、途方もなく優しい。いつもそうだった。こんな顔をするとき、どうしてか兄さんは、凄く寂しそうなんだ。

 射し込む陽射しは、底抜けに明るくて。眩しいくらい。

 眼を閉じれば、キラキラと瞼の裏、狂おしいほどの生命力に溢れた残光が、不憫な呪詛の面影を抱いて飛び回る。これじゃ黙祷にもならないな。苦笑して、軽く頭を振った。




「ごっめ~ん! もう片付いてる?」


 シリアスな空気を吹き飛ばす勢いで、病室の扉が開いた。

 猫みたいな笑顔が、悪びれもせず此方を覗く。流音だ。よく言うよ。タイミング見計らってんだ。最初っから手伝う気なんてなかったくせに。

 合流したのか、後ろには世音も立っていた。


「あれ、瑠衣ちゃんは? 一緒じゃなかったのかい?」

「便所」

「そこは化粧直しとか言ってあげなよ……」

「あいつスッピンじゃん」


 開けっ放しの棚や引き出しを閉めながら、世音は室内を一巡して、ベッドに腰を下ろした。学校から直で来たんだろう。まだ制服だ。今日が始業式だったっけ。


「紫音兄さん、これなーんだ?」


 言いながら流音が、手にした植物で、兄さんの頬を突く。

 兄さんはそれを指先で軽く抓み、撫で、少し考えて、ふわっと破顔した。


「あぁ。もうそんな季節なのだね」


 当たり。悪戯っぽく笑って、流音は、兄さんの黒髪にネコヤナギを挿す。これがやたらと似合うもんだから、俺達弟組は爆笑。スマホでの撮影会が始まった。

 フフ、なんか一気に騒がしくなっちゃった。


「どっから持ってきたのさ?」

「ナースステーションに飾ってあったの。一本もらった。でもさー、今はやっぱ桜でしょ? 僕、調べたんだけど、隣町に絶景ポイントがあるんだって」


 ちゃちゃっとスマホを操作して、流音が画面を見せてくる。

 表示されていたのは、口コミや花見特集のサイトではなく、地図だった。知らない場所だけど、此処から三十分程度の距離だ。本当に穴場らしい。これ、見付けるの結構大変だったんじゃないだろうか。


「そんなに遠くないんだね」

「うん。だからさ、行こうよ。紫音兄さんの快気祝い兼ねて!」

「おいおい今からか? 俺、ガソリンねーぞ。出直さね?」

「なに言ってんの。半分は世音兄ちゃんのためだよ?」

「あ?」


 予想外の返答にキョトンとして、世音が眼を見開いた。

 流音は、鞄から小さな缶を取り出し、そんな世音の鼻先で振ってみせる。カシャカシャ軽い音がした。煙草ぐらいのサイズで、可愛らしいデザイン。女の子向けの小物ケースみたいだけど、なにが入ってるんだろうか。


「はい、紫音兄さん。あーーーん」


 流音は缶を開けて、中からこれまた可愛らしい包装を摘まみ出した。

 そうして、隣で開いた口にポンと放り込んだのは、茶色い……玉?


「……うん。甘い」


 もう一つ。満足げに頷いて、兄さんは、再び口を開ける。ツバメか。

 って、そうだ。思い出したぞ。あれって確か某製菓会社の新商品。コンビニ限定の春スイーツ企画がどうとかって、SNSで見た気がする。パッケージがウケて、女子高生にバカ売れだとかなんとか。


「初めての味が蓬莱丹じゃあねぇ~? あんまりでしょ?」


 俺が気付いたことに気付いたんだろう。ニンマリと意味深な小悪魔スマイルで、流音は世音に流し目を送った。


「お・口・直・し」


 サッと世音の頬が紅くなる。

 流音の考えてることがわかったんだ。

 だよね。鈍い俺ですら、合点がいった。要するにアレだ。

 そういうこと、なんだ。


「あ、あ、あれは救命行為だろ! 別にそういうんじゃねーし!」

「はいはい言い訳乙。もう誰が見てもバレバレだってば」

「違えし! 余計なお世話だエロガキ!」

「せっかくの手作りスイーツもご近所に配っちゃったしね。いいかも」

「てめぇ華音うるせえ出てくんな!」

「舞い散る桜、抱き合う二人は幸せなキスをして……うーん青春ですな~」

「黙れ厨二!」

「青姦はいけないよ、世音」

「なんで兄貴の発想は棒高跳びでブッ飛ぶんだよ!?」

「どうしてもと言うのなら、お月様で致しなさい」

「致さねーから!」


 もう世音は耳まで真っ赤。傍目にも焦りまくってるのがよーくわかる。それが既に答えだってことは、俺達も重々承知だ。どれだけ嘘を吐いてもムキになっても、自分の心は騙せないんだ。本当は世音も自覚してるはず。

 昔っから、素直じゃないんだ。この子ってば。

 好きな子に意地悪するタイプの典型で、本当は照れ屋なだけ。俺は知ってるよ。ずっと前から、瑠衣ちゃんのこと特別扱いだったよね。わかるさ。俺だって兄貴なんだから。

 だから――……


「お前も瑠衣君の想いには気付いているのではないかね?」


 兄さんの秘伝、魔球を経ての直球が、ずばり的中だったのか。

 喚いていた世音は、ぐっと押し黙った。


「そ、れは……」

「言っておくが、彼女に好意を持つ男が他にいないとは限らないのだよ?」


 ギクッと肩が跳ねる。

 え、なに? もしかして兄さん、知ってんの?

 いやでも俺フラれたし。うん。終わったことだし。

 これっぽっちも気にしてないからいいんだけどねハハハハハハ……。

 ……はぁ……。


「いいかい、世音。女性を待たせるのは重罪だよ。彼女達にとって、時間は非常に残酷なものだ。男子たる者、女性に恥を掻かせてはいけない。いつまで中途半端でいるつもりなのだね。なによりも、このままではお前自身が苦しかろうに」

「や、だから……」

「男なら男らしくケジメを付けなさい」

「…………」


 十秒ぐらい、沈黙が過ぎた。

 俯いて視線を遊ばせていた世音は、眉間を絞ってチッと舌打ち。

 流音の頭を叩きざま、乱暴に缶を引ったくる。

 なにすんの、と不服を申し立てる流音に、世音は、もう反論しない。

 ただ出陣前の武士よろしく、仏頂面で空を睨むだけだった。


「観念したまえ」


 兄さんがクツクツと笑う。

 思いっきり肩を落とし、世音は茶髪を掻き毟った。






 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=211225551&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ