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呪術師とチョコレート。  作者: 雪麻呂
平成呪術師日常風景
2/46

世渡り上手は罰当たり 1

仇志乃流音あだしのるおん

 仇志乃家四男。世渡り上手なスイートジャニメン男子。

 人懐こい愛嬌者。要領が良く、他者の感情に敏感で、損得勘定に聡い。甘え方を熟知しており、特に歳上から可愛がられるが、平気で他者を出し抜くために、同じ数の反感を買う。処世術に長け、敵味方を判別する勘は超一級。

 手先が器用で、呪具の制作に於いては非凡な才能を発揮する。高いポテンシャルを持つものの、己の力量を過大評価する意味でも、まだまだ未熟。先走って兄達に灸を据えられることも、しばしば。

 中学二年生。14歳。密かに兄達の好感度ランキングを設けている(断トツ一位は紫音で固定)。152㎝:42㎏。


1.






 二月十四日。午後八時を過ぎた頃。

 華音さんが帰宅した。

 わたしのラインを見て、予定を切り上げてくれたらしい。

 しかも夕飯に、とピザのテイクアウトまで御馳走になってしまった。これがまた旨い。本来の目的であるチョコレートは渡せたのだが、なんだか逆に気を遣わせてしまったようで、却って申し訳なかった。

 問題のチョコが、また酷い出来だっていうのに、華音さんってば、


「カタチよりキモチさ。嬉しいよ。ありがとう」


 なんて、余裕のウインクで受け取ってくれるのだ。

 後述することになるけれど、実は彼、超モテる職業に就いている。プレゼントなんて、鬱陶しいほど貰うんだろうに。面倒な素振り一つ見せることなく、わたしの顔を立ててくれる、この気配りよ。どうですか奥さん。

 ヴィジュアル系の外見とは裏腹に、たいへん親切な設計となっております。


 しばらくして、今度は、世音先輩が帰宅した。

 こっちは、愛想もなにもない。


「あれ、なんでいるんだ、お前?」


 から始まって、手渡したチョコレートを、お礼も言わずにソッコー開封。


「うわっ、なんだよこれ。ヤギのうんこ?」


 などと抜かしつつ、口にパクパク放り込んで悪態を吐く。

 いやね。確かに、言われてみれば、そう見えなくもないけどね。決して芸術品のような美しさはないけれどもね。一生懸命、作ったんですよ。頑張ったんですよ。うんこはないだろ、うんこは!


「無理に食べなくて結構ですけど!?」

「腹減ってんだ、食ってやんよ。へぇ、味は意外とチョコだな」

「世音、瑠衣ちゃんに失礼だってば」

「つーかさ、うんこ味のチョコとチョコ味のうんこ、食うならどっちが……」

「私は食事中なのだがね?」


 おっと、ここで合気道有段者の紫音さんが、手首をキメた。


「あ、痛ッ! いででで!」

「それから、人様に物を頂いたら、なんと言うのだね?」

「兄貴マジ無理それ痛ェからマジで!」

「おや、私が教えた言葉とは違うね。お前がそのつもりならば」

「あああありがとうございますぅ!」


 うん、よろしい。

 わたしと華音さんは、顔を見合わせて、クスクスと笑う。解放された先輩は、手首を押さえながらテーブルに突っ伏し、悶絶していた。いい気味である。


 さて、先輩も加わり、改めて四人で食卓を囲んだ。

 先輩は、テイクアウトの夕飯にブチブチ文句を垂れていたけれど、私には充分、これで御馳走だ。なんせ普段は、一人でコンビニ弁当だもんね。こうして、数人で賑やかに食べるだけで立派なイベント。だんぜん美味しい。

 わたしは一人っ子で、放任主義とやらの両親は、ほとんど家にいない。

 だから、仇志乃家に来ると、なんか、ほっこりするんだよね。

 いいなぁ、兄弟って。羨ましい。

 それも仇志乃家の、この四人兄弟。そろいそろって、全員イケメンとくる。こんなお兄ちゃん達がいたら、毎日が福眼で、楽しいだろうなぁ。

 長い黒髪がセクシー、和服美人の長男、紫音さん。

 金髪カラコン、派手なメイクに、繊細な気遣い。次男、華音さん。

 わたしと同じ高校、デリカシーゼロで意地悪。三男の世音先輩。

 そして、もう一人……。


「そーいや、アイツ遅ぇな」


 紫音さんが二本、華音さんが一本の缶ビールを空けた頃だ。

 ふと先輩が、時計を見て呟いた。

 針は、午後九時半を指している。


「昼間に一度だけ連絡があったのだけれどね」

「まだ学校……ってことはないか。電話してみようか?」

「どーせ遊んでんだろ」


 いつの間にか、結構な時間になっていたらしい。

 中学生が出歩くにしては、ちょっと遅い。いくら男の子とはいえ、今のうちから夜遊びなんぞ憶えたら、将来ロクな大人にならんぞ。ご両親もいらっしゃらないのだから、お兄さん達にまで心配を掛けたら、駄目じゃないか。

 などと、密かに胸中で説教を垂れていて、はたと気付いた。

 そういえば、わたしも女子高生の身分だった。

 別に誰も待ってなんかいやしないけど、男所帯に滞在するには、常識的な刻限を過ぎている。補導されたら敵わないし、もう暇乞いすべきか。末っ子の話が出たのも潮、あまり長居するのも迷惑だろう。


「えっと、じゃあわたし、そろそろ……」


 と、席を立ちかけた、そのときだった。

 ガチャン! バン! ガラガラ!

 玄関の方から、なにやら、やかましい音が聞こえた。

 かと思えば、今度はよく知った、声変わり前のショタボが響く。


「遅くなっちゃった~!」


 続いて、軽い足音が、バタバタと慌ただしく廊下を駆けてくる。

 脱ぎ捨てられた靴達の無残な姿が、目に浮かぶようだ。あの子は、何度言ってもそう。他人が見ていないと知れば、決まって行儀作法をサボる。困ったものだと、紫音さんが、前に零していたっけ。

 そして次の瞬間。話題の人物――件の末っ子が、ひょっこりと、リビングのドアを開けて、顔を出したのだった。


「たっだいま~!」





                  †





 微笑みの形で弾んだ息を吐くのは、ふっくらした小さな唇。

 寒さの中を走ってきたんだろう。ゆるふわアンニュイな癖毛が、汗で額に貼り付いている。キラキラと、僅かに潤んだ吊り眼は、さながら血統書付きの猫。仄かに火照った桃色の頬が、また天使のように愛らしい。

 なんの拍子で派生したのか、この末っ子。四兄弟で唯一、方向性の違う顔立ちの持ち主で、尚且つ、兄達を遥かに上回る糖度の、特優激甘品種なのだ。

 作りとしては紫音さんに似ているけれど、もっと親しみやすいというか、愛玩種向きというか。所謂アイドル系の童顔で、歳上ウケする甘さがあった。あと二年も経てば、立派なジャニメンに成長すること受け合いである。

 ただし、ここだけの話、身長に関する話はタブーとなっている。

 小さい、低い、足りない。彼の前で、この言葉を口にしてはならない。

 いいね?


「おかえり、流音君。お邪魔してます」

「あれ、瑠衣ねえちゃん! 来てたの?」


 こんばんわ。はにかんで、流音君は、茶目っ気たっぷりにポーズを取った。

 うん、可愛い。思わず頭をナデナデしたくなるような、小動物的な可愛さだ。

 しかし、騙されてはいけない。

 というのも、この子。自分が可愛いことを、重々理解しているのだ。

 尚且つ、己を飾る服装や仕草、表情、言葉遣いまで。よーく知っていて、更なる研究も怠らない。言うまでもなく、それらは捕食用の撒き餌であり、うっかり引っ掛かってしまった日には、付け込まれて、エライ目に遭う。

 ……遭ったんだよなぁ、わたしも。


「流音。こんな遅くまで、なにをしていたのだね」

「駄目じゃないか、兄さん一人にして」

「中坊が調子こいてんじゃねぇぞコラ」


 その手には引っ掛からない兄達が、次々と、思い思いの苦言を飛ばした。

 男性三人の一斉放射、結構な迫力だ。

 けれど流音君は、えへへと笑って、軽く頭を小突いただけだ。


「ファミレスで友達と狩りしてたら、長引いちゃった。サーセン」


 ペロッと舌を出してみせる末っ子に、兄三人は、はぁと溜息を吐いた。

 そして、それ以上の追求には及ばない。さすが四人兄弟。する方もされる方も、説教慣れしてる。


「連絡ぐらい寄越したまえよ。心配するのだから」

「はーい。ごめんなさい、紫音兄さん」


 悪びれもせずに応じて、流音君は、手にしていた紙袋を床に放った。

 それから、ダッフルコートと学ランを脱いで、ソファに放る。中に着込んでいたのは、脳味噌が爆発したドクロという、素敵デザインのパーカーだった。華音さんのお下がりらしい。


「あっ、ピザ!? ずるいずるい! 僕の分は!?」

「心配しなくても、残してあるよ。先に手洗ってきなよ」

「きちんと靴をそろえるのだよ」

「はーい」


 リビングは、すっかりいつもの仇志乃家。

 議題はテーブルの空箱へと移り、これについて流音君が極めて遺憾の意を示し、華音議長が応じ、紫音さんは食後のお茶を啜り始める。

 ただ一人、先輩だけは、別の事案に興味を持ったようだった。

 即ち、流音君の持ち帰った紙袋に、だ。


「つか、お前も旨そうなもん持ってんじゃん」

「あ、これ? えへへ~」


 流音君は、紙袋を顔の高さにまで掲げ、自慢げに振ってみせる。


「今日はなんの日?」

「フンドシの日」

「マジ!? 知らなかったんだけど!」


 わたしも知らなかったんだけど!


「……じゃなくて、バレンタインだよね?」


 はい、そうです。

 無駄な知識が一つ増えてしまったが、華音さんのフォローのおかげで、脱線事故は免れた。見れば、紙袋からは五つ六つ、カラフルな包みが覗いている。ははぁ。それで流音君、上機嫌なわけだな。

 わたしは、少なからぬ冷やかしを込め、流音君の肩を突いてやった。


「やったね流音君! いっぱい貰っちゃって、モテるじゃん!」

「あ、これ雑魚。食べる? いいよ、欲しかったら持ってって」

「!?」

「ブスばっかで、数あっても意味ないんだよね。メンドいだけで」

「……!?」

「つかさ、張ってもない網に掛かりに来るって! ウケるんだけど~!」

「…………」


 愉快げな嘲笑に、わたしは、言葉もない。

 前言撤回。

 そうだった。この子、そうなんだよ。


 世渡りが上手いというか、要領が良いというか。とにかく、損得勘定に聡い。

 なかんずく、それは人間関係に於いて顕著で、自分にとって有益な人物と、そうでない人物を見分ける嗅覚は、超一級。言ってしまえば、利用価値の有無こそが、交友の判断基準なのだ。

 そのくせ、八方美人で、上辺は問題なく取り繕う。特に権威者が傍にいる場合、周囲がビックリするくらい、完璧な優等生を演じてのける。もちろん、演じているだけだ。家に帰れば、このとおり。真っ黒い素顔を晒け出すのだから。


 不要な者は容赦なく切り捨て、逆に、これだと決めた相手は、放さない。

 それすらも、手に入れてしまえば、すぐに飽きて、捨ててしまう。

 大丈夫、代わりなんて、いくらでも。そう考えているのか。


 実際、今の世の中、そうなのかもしれない。流音君の方法は、ある意味、確かに勝者の法則である。理に適っている。鈍臭くて損ばかりするわたしには、羨ましいほどの器用さだ。おそらく将来、この子は成功するだろう。

 だけど、こんなとき、ちょっと寂しくなるんだ。

 まるで小さな子供が、好きな玩具に執着するような、その遣り方で。

 いったい彼が、いつか、本当に満たされる日は来るのだろうか、と。


「じゃあ、なにがそんなにゴキゲンなのさ?」


 呆れ顔の華音さんが、やれやれといった体で、金髪を掻き上げた。

 紫音さんと先輩は、目下ドン引き中。末っ子の往く末を案じてだろう、苦い顔で眉を顰めていた。これも、いつものことといえば、そうなのだけれど。


「部活の後、教室で狩ってたんだけどー」


 兄達の不安を知ってか知らずか。

 流音君が語るには、どうも、こういう次第らしい。

 部活を終えて教室に戻った後、しばらく友人達と携帯ゲーム機で遊んでいた彼は(狩りってあれか。ゲームか。そりゃそうだ)、忘れ物を思い出して、それを部室まで取りに行くことにした。

 その途中、廊下で、二人の女子と擦れ違ったのだという。

 彼女達は、流音君の姿を認めると、恥ずかしげに俯いて、走り去っていった。

 そうして流音君が部室のロッカーを開けてみると、なななんと。

 チョコレートが二箱、入っていたというのである。


「その二人組が入れたってことかい? 一つずつ?」

「だって、女子が男子剣道部の部室に、なんの用があるの。決まってんじゃん」

「だから、なんでソイツらだと嬉しいわけよ? 他との違いは?」

「そうそうそれ!」


 兄達の質問は、まさに狙ったポイントへのクリーンヒットだったのだろう。

 いや、流音君が布石を打って、上手く誘導したと述べた方が正しいか。

 待ってましたとばかりに、パチンと手を打つ。


「どっちも超カワイイの! 学年のアイドル! 人気者でさ~」

「へーえ」

「付き合ったら、僕も注目されるでしょ? 優越感パネェってやつ?」

「ちょっと、聞き捨てならないよ。お前にとって女の子はアクセサリーかい?」

「いいじゃん。中学生の本命なんて、そんなもんでしょ」

「ってことは告ったのか?」

「ううん。僕からはヤだ。申し込まれて仕方なく~って流れがベスト」

「マジにサイテーだな、お前……」

「どういたしまして!」

「しかし、よく今日までフリーだったな、そのアイドル」

「ん~、いい雰囲気の男子がいたことはいたけど。割り込み式アピールで」

「それ邪魔って言わないかい!? ていうか横恋慕!?」

「僕って、自分以外の人間がチヤホヤされてんの、面白くないんだよね~」


 爽やかな顔で闇を吐き、流音君は、和室の方へと移動した。

 これは紫音さんとタイマンを張った先の和室ではなく、リビングと間続きになった小さな団欒スペース、つまり居間だ。仇志乃家には和室が多いので、今後、此処は居間という呼称で統一することにする。


「はーい、みんな注目~! 今から見せびらかしま~す!」


 居間の中央にあったコタツを端まで移動させ、どんと跡地に陣取る末っ子。

 いくらか物申したい様子の兄達ではあったけれど、そこは男兄弟。まずは興味が先行したんだろう。各々、その周りに座り込む。

 うーん、いろいろ釈然としない。いいのかそれで。仇志乃兄弟。

 ……とはいえ、わたしだって、気になるものは気になる。

 だって面白そうなんだもん。

 この際、道徳的な話は横に置いといて、場の空気ってやつを楽しむか。

 苦笑して、わたしも、輪に加わった。








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