世渡り上手は罰当たり 1
★仇志乃流音
仇志乃家四男。世渡り上手なスイートジャニメン男子。
人懐こい愛嬌者。要領が良く、他者の感情に敏感で、損得勘定に聡い。甘え方を熟知しており、特に歳上から可愛がられるが、平気で他者を出し抜くために、同じ数の反感を買う。処世術に長け、敵味方を判別する勘は超一級。
手先が器用で、呪具の制作に於いては非凡な才能を発揮する。高いポテンシャルを持つものの、己の力量を過大評価する意味でも、まだまだ未熟。先走って兄達に灸を据えられることも、しばしば。
中学二年生。14歳。密かに兄達の好感度ランキングを設けている(断トツ一位は紫音で固定)。152㎝:42㎏。
1.
二月十四日。午後八時を過ぎた頃。
華音さんが帰宅した。
わたしのラインを見て、予定を切り上げてくれたらしい。
しかも夕飯に、とピザのテイクアウトまで御馳走になってしまった。これがまた旨い。本来の目的であるチョコレートは渡せたのだが、なんだか逆に気を遣わせてしまったようで、却って申し訳なかった。
問題のチョコが、また酷い出来だっていうのに、華音さんってば、
「カタチよりキモチさ。嬉しいよ。ありがとう」
なんて、余裕のウインクで受け取ってくれるのだ。
後述することになるけれど、実は彼、超モテる職業に就いている。プレゼントなんて、鬱陶しいほど貰うんだろうに。面倒な素振り一つ見せることなく、わたしの顔を立ててくれる、この気配りよ。どうですか奥さん。
ヴィジュアル系の外見とは裏腹に、たいへん親切な設計となっております。
しばらくして、今度は、世音先輩が帰宅した。
こっちは、愛想もなにもない。
「あれ、なんでいるんだ、お前?」
から始まって、手渡したチョコレートを、お礼も言わずにソッコー開封。
「うわっ、なんだよこれ。ヤギのうんこ?」
などと抜かしつつ、口にパクパク放り込んで悪態を吐く。
いやね。確かに、言われてみれば、そう見えなくもないけどね。決して芸術品のような美しさはないけれどもね。一生懸命、作ったんですよ。頑張ったんですよ。うんこはないだろ、うんこは!
「無理に食べなくて結構ですけど!?」
「腹減ってんだ、食ってやんよ。へぇ、味は意外とチョコだな」
「世音、瑠衣ちゃんに失礼だってば」
「つーかさ、うんこ味のチョコとチョコ味のうんこ、食うならどっちが……」
「私は食事中なのだがね?」
おっと、ここで合気道有段者の紫音さんが、手首をキメた。
「あ、痛ッ! いででで!」
「それから、人様に物を頂いたら、なんと言うのだね?」
「兄貴マジ無理それ痛ェからマジで!」
「おや、私が教えた言葉とは違うね。お前がそのつもりならば」
「あああありがとうございますぅ!」
うん、よろしい。
わたしと華音さんは、顔を見合わせて、クスクスと笑う。解放された先輩は、手首を押さえながらテーブルに突っ伏し、悶絶していた。いい気味である。
さて、先輩も加わり、改めて四人で食卓を囲んだ。
先輩は、テイクアウトの夕飯にブチブチ文句を垂れていたけれど、私には充分、これで御馳走だ。なんせ普段は、一人でコンビニ弁当だもんね。こうして、数人で賑やかに食べるだけで立派なイベント。だんぜん美味しい。
わたしは一人っ子で、放任主義とやらの両親は、ほとんど家にいない。
だから、仇志乃家に来ると、なんか、ほっこりするんだよね。
いいなぁ、兄弟って。羨ましい。
それも仇志乃家の、この四人兄弟。そろいそろって、全員イケメンとくる。こんなお兄ちゃん達がいたら、毎日が福眼で、楽しいだろうなぁ。
長い黒髪がセクシー、和服美人の長男、紫音さん。
金髪カラコン、派手なメイクに、繊細な気遣い。次男、華音さん。
わたしと同じ高校、デリカシーゼロで意地悪。三男の世音先輩。
そして、もう一人……。
「そーいや、アイツ遅ぇな」
紫音さんが二本、華音さんが一本の缶ビールを空けた頃だ。
ふと先輩が、時計を見て呟いた。
針は、午後九時半を指している。
「昼間に一度だけ連絡があったのだけれどね」
「まだ学校……ってことはないか。電話してみようか?」
「どーせ遊んでんだろ」
いつの間にか、結構な時間になっていたらしい。
中学生が出歩くにしては、ちょっと遅い。いくら男の子とはいえ、今のうちから夜遊びなんぞ憶えたら、将来ロクな大人にならんぞ。ご両親もいらっしゃらないのだから、お兄さん達にまで心配を掛けたら、駄目じゃないか。
などと、密かに胸中で説教を垂れていて、はたと気付いた。
そういえば、わたしも女子高生の身分だった。
別に誰も待ってなんかいやしないけど、男所帯に滞在するには、常識的な刻限を過ぎている。補導されたら敵わないし、もう暇乞いすべきか。末っ子の話が出たのも潮、あまり長居するのも迷惑だろう。
「えっと、じゃあわたし、そろそろ……」
と、席を立ちかけた、そのときだった。
ガチャン! バン! ガラガラ!
玄関の方から、なにやら、やかましい音が聞こえた。
かと思えば、今度はよく知った、声変わり前のショタボが響く。
「遅くなっちゃった~!」
続いて、軽い足音が、バタバタと慌ただしく廊下を駆けてくる。
脱ぎ捨てられた靴達の無残な姿が、目に浮かぶようだ。あの子は、何度言ってもそう。他人が見ていないと知れば、決まって行儀作法をサボる。困ったものだと、紫音さんが、前に零していたっけ。
そして次の瞬間。話題の人物――件の末っ子が、ひょっこりと、リビングのドアを開けて、顔を出したのだった。
「たっだいま~!」
†
微笑みの形で弾んだ息を吐くのは、ふっくらした小さな唇。
寒さの中を走ってきたんだろう。ゆるふわアンニュイな癖毛が、汗で額に貼り付いている。キラキラと、僅かに潤んだ吊り眼は、さながら血統書付きの猫。仄かに火照った桃色の頬が、また天使のように愛らしい。
なんの拍子で派生したのか、この末っ子。四兄弟で唯一、方向性の違う顔立ちの持ち主で、尚且つ、兄達を遥かに上回る糖度の、特優激甘品種なのだ。
作りとしては紫音さんに似ているけれど、もっと親しみやすいというか、愛玩種向きというか。所謂アイドル系の童顔で、歳上ウケする甘さがあった。あと二年も経てば、立派なジャニメンに成長すること受け合いである。
ただし、ここだけの話、身長に関する話はタブーとなっている。
小さい、低い、足りない。彼の前で、この言葉を口にしてはならない。
いいね?
「おかえり、流音君。お邪魔してます」
「あれ、瑠衣ねえちゃん! 来てたの?」
こんばんわ。はにかんで、流音君は、茶目っ気たっぷりにポーズを取った。
うん、可愛い。思わず頭をナデナデしたくなるような、小動物的な可愛さだ。
しかし、騙されてはいけない。
というのも、この子。自分が可愛いことを、重々理解しているのだ。
尚且つ、己を飾る服装や仕草、表情、言葉遣いまで。よーく知っていて、更なる研究も怠らない。言うまでもなく、それらは捕食用の撒き餌であり、うっかり引っ掛かってしまった日には、付け込まれて、エライ目に遭う。
……遭ったんだよなぁ、わたしも。
「流音。こんな遅くまで、なにをしていたのだね」
「駄目じゃないか、兄さん一人にして」
「中坊が調子こいてんじゃねぇぞコラ」
その手には引っ掛からない兄達が、次々と、思い思いの苦言を飛ばした。
男性三人の一斉放射、結構な迫力だ。
けれど流音君は、えへへと笑って、軽く頭を小突いただけだ。
「ファミレスで友達と狩りしてたら、長引いちゃった。サーセン」
ペロッと舌を出してみせる末っ子に、兄三人は、はぁと溜息を吐いた。
そして、それ以上の追求には及ばない。さすが四人兄弟。する方もされる方も、説教慣れしてる。
「連絡ぐらい寄越したまえよ。心配するのだから」
「はーい。ごめんなさい、紫音兄さん」
悪びれもせずに応じて、流音君は、手にしていた紙袋を床に放った。
それから、ダッフルコートと学ランを脱いで、ソファに放る。中に着込んでいたのは、脳味噌が爆発したドクロという、素敵デザインのパーカーだった。華音さんのお下がりらしい。
「あっ、ピザ!? ずるいずるい! 僕の分は!?」
「心配しなくても、残してあるよ。先に手洗ってきなよ」
「きちんと靴をそろえるのだよ」
「はーい」
リビングは、すっかりいつもの仇志乃家。
議題はテーブルの空箱へと移り、これについて流音君が極めて遺憾の意を示し、華音議長が応じ、紫音さんは食後のお茶を啜り始める。
ただ一人、先輩だけは、別の事案に興味を持ったようだった。
即ち、流音君の持ち帰った紙袋に、だ。
「つか、お前も旨そうなもん持ってんじゃん」
「あ、これ? えへへ~」
流音君は、紙袋を顔の高さにまで掲げ、自慢げに振ってみせる。
「今日はなんの日?」
「フンドシの日」
「マジ!? 知らなかったんだけど!」
わたしも知らなかったんだけど!
「……じゃなくて、バレンタインだよね?」
はい、そうです。
無駄な知識が一つ増えてしまったが、華音さんのフォローのおかげで、脱線事故は免れた。見れば、紙袋からは五つ六つ、カラフルな包みが覗いている。ははぁ。それで流音君、上機嫌なわけだな。
わたしは、少なからぬ冷やかしを込め、流音君の肩を突いてやった。
「やったね流音君! いっぱい貰っちゃって、モテるじゃん!」
「あ、これ雑魚。食べる? いいよ、欲しかったら持ってって」
「!?」
「ブスばっかで、数あっても意味ないんだよね。メンドいだけで」
「……!?」
「つかさ、張ってもない網に掛かりに来るって! ウケるんだけど~!」
「…………」
愉快げな嘲笑に、わたしは、言葉もない。
前言撤回。
そうだった。この子、そうなんだよ。
世渡りが上手いというか、要領が良いというか。とにかく、損得勘定に聡い。
なかんずく、それは人間関係に於いて顕著で、自分にとって有益な人物と、そうでない人物を見分ける嗅覚は、超一級。言ってしまえば、利用価値の有無こそが、交友の判断基準なのだ。
そのくせ、八方美人で、上辺は問題なく取り繕う。特に権威者が傍にいる場合、周囲がビックリするくらい、完璧な優等生を演じてのける。もちろん、演じているだけだ。家に帰れば、このとおり。真っ黒い素顔を晒け出すのだから。
不要な者は容赦なく切り捨て、逆に、これだと決めた相手は、放さない。
それすらも、手に入れてしまえば、すぐに飽きて、捨ててしまう。
大丈夫、代わりなんて、いくらでも。そう考えているのか。
実際、今の世の中、そうなのかもしれない。流音君の方法は、ある意味、確かに勝者の法則である。理に適っている。鈍臭くて損ばかりするわたしには、羨ましいほどの器用さだ。おそらく将来、この子は成功するだろう。
だけど、こんなとき、ちょっと寂しくなるんだ。
まるで小さな子供が、好きな玩具に執着するような、その遣り方で。
いったい彼が、いつか、本当に満たされる日は来るのだろうか、と。
「じゃあ、なにがそんなにゴキゲンなのさ?」
呆れ顔の華音さんが、やれやれといった体で、金髪を掻き上げた。
紫音さんと先輩は、目下ドン引き中。末っ子の往く末を案じてだろう、苦い顔で眉を顰めていた。これも、いつものことといえば、そうなのだけれど。
「部活の後、教室で狩ってたんだけどー」
兄達の不安を知ってか知らずか。
流音君が語るには、どうも、こういう次第らしい。
部活を終えて教室に戻った後、しばらく友人達と携帯ゲーム機で遊んでいた彼は(狩りってあれか。ゲームか。そりゃそうだ)、忘れ物を思い出して、それを部室まで取りに行くことにした。
その途中、廊下で、二人の女子と擦れ違ったのだという。
彼女達は、流音君の姿を認めると、恥ずかしげに俯いて、走り去っていった。
そうして流音君が部室のロッカーを開けてみると、なななんと。
チョコレートが二箱、入っていたというのである。
「その二人組が入れたってことかい? 一つずつ?」
「だって、女子が男子剣道部の部室に、なんの用があるの。決まってんじゃん」
「だから、なんでソイツらだと嬉しいわけよ? 他との違いは?」
「そうそうそれ!」
兄達の質問は、まさに狙ったポイントへのクリーンヒットだったのだろう。
いや、流音君が布石を打って、上手く誘導したと述べた方が正しいか。
待ってましたとばかりに、パチンと手を打つ。
「どっちも超カワイイの! 学年のアイドル! 人気者でさ~」
「へーえ」
「付き合ったら、僕も注目されるでしょ? 優越感パネェってやつ?」
「ちょっと、聞き捨てならないよ。お前にとって女の子はアクセサリーかい?」
「いいじゃん。中学生の本命なんて、そんなもんでしょ」
「ってことは告ったのか?」
「ううん。僕からはヤだ。申し込まれて仕方なく~って流れがベスト」
「マジにサイテーだな、お前……」
「どういたしまして!」
「しかし、よく今日までフリーだったな、そのアイドル」
「ん~、いい雰囲気の男子がいたことはいたけど。割り込み式アピールで」
「それ邪魔って言わないかい!? ていうか横恋慕!?」
「僕って、自分以外の人間がチヤホヤされてんの、面白くないんだよね~」
爽やかな顔で闇を吐き、流音君は、和室の方へと移動した。
これは紫音さんとタイマンを張った先の和室ではなく、リビングと間続きになった小さな団欒スペース、つまり居間だ。仇志乃家には和室が多いので、今後、此処は居間という呼称で統一することにする。
「はーい、みんな注目~! 今から見せびらかしま~す!」
居間の中央にあったコタツを端まで移動させ、どんと跡地に陣取る末っ子。
いくらか物申したい様子の兄達ではあったけれど、そこは男兄弟。まずは興味が先行したんだろう。各々、その周りに座り込む。
うーん、いろいろ釈然としない。いいのかそれで。仇志乃兄弟。
……とはいえ、わたしだって、気になるものは気になる。
だって面白そうなんだもん。
この際、道徳的な話は横に置いといて、場の空気ってやつを楽しむか。
苦笑して、わたしも、輪に加わった。