表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師とチョコレート。  作者: 雪麻呂
四人坊主は祈らない
16/46

そういえば不運体質だった

8.






 見上げる空が、広すぎて辛い。

 バカみたいに口を開けたまま、わたしは、流れる雲を眺めている。

 だって動きたくない。動く気力ない。ショックすぎて放電しました。あれから、ずっと屋上で一人、座り込んでボーッとしている。なんにもしたくない。

 ひとしきり泣いて、気付けば校庭が賑やかだった。あぁさっきの、六時間目終了のチャイムだったのか。下校する生徒と、部活の生徒。やたらと楽しそうな声が、また癇に障る。お前等ハッピーでいいな。


 結局、授業サボっちゃったなぁ。

 いいやもう。知らない。

 はぁぁあああ。魂の抜けるような溜息は、もう何度目だろうか。


 ……寒いわ、此処。


 億劫で仕方がないけれど、死ぬまで屋上にいるわけにもいかない。

 フェンスに手を掛けて、どうにか身体を持ち上げる。かじかんだ手が、惨めだ。萎えて冷え切った脚はガクガクと笑って、自分のじゃないみたいだった。フラフラ歩き出せば、立ち眩みにイラッとして、思わず下品な舌打ちをかます。


 こういうの、やっぱりフラれたことになるんだろうか。

 なるんだろうなぁ。

 明日っから、どうしよう。どんな顔して先輩に会えばいいの?

 ……会えるの?

 避けられるかもなぁ。鬱陶しいと思われたかもなぁ。

 『俺は嫌だな』。

 冷静な先輩の声が、頭の中でリピートする。

 そっかぁ。

 迷惑だよね。

 考えてみりゃ、誰だってそうだ。好きでもない相手に、ジッと熱い視線を送られ続けるとか。普通にキモい。ないわ。イタいわ。思いっ切りストーカーじゃん。

 あーあ。バカだ。

 バカだバカだ大馬鹿だ、わたし。

 勝手に片思いして、勝手にドキドキして、勝手に期待して、勝手に玉砕した。

 全部、独り善がり。一人で舞い上がって踊ってただけ。

 わたしのくせに。

 先輩と釣り合うはず……ないじゃん。









 わたしは、此世このよの終わりみたいな顔で、教室に戻った。

 クラスメイト達は、みんな帰るか部活に行くかしたんだろう。五、六人が残って喋っているだけで、すっかり放課後の気怠さが始まっている。

 ほとんど自動的に席まで戻って、鞄を手に取ろうとした、そのとき。


「叶ちゃーん! ちょっといい?」


 窓際で談笑していた女子グループの一人が、声を掛けてきた。

 北野さんだ。

 茶髪にピアス、濃いメイク。短いスカート。とっても派手で目立つ子だった。常に取り巻きを四人従え、圧倒的な発言力でクラスの女子を支配する、ボス的存在。そのくせ何故か先生受けが良くて、明らかな校則違反を咎められることもない。

 無論、クラスカーストでは最上位に君臨する。

 一方、わたしは圏外。数合わせでクラスに含まれてるような地味子だ。彼女とは住む世界が違う。いわば真逆の立場である。

 それがいったい、なんの用があるっていうんだろう?


「え……な、なに?」


 反射的に振り向いたわたしに、北野さんは、笑顔で小首を傾げてみせる。


「一緒に帰んない?」


 ……ど、どうして?

 彼女とは特別、親しいわけではない。

 というか、まともに喋ったこともない。

 わたしは戸惑い、答えあぐねて、ただ胸の前で手を握った。


「アンタと寄りたいとこあんだけどー」


 でも、そんなのお構いなし。肩に腕を回して、北野さんが顔を覗き込んでくる。

 泣き腫らした跡が恥ずかしくて、わたしは、咄嗟に視線を逸らせた。

 そのとき、チラッと見えたんだ。

 あくまでフレンドリーな態度なのに、北野さん、眼が全然笑ってない。

 取り巻き達は、逆にニヤニヤしている。

 なにこれ。なんか嫌な予感。


「あ、あの、ごめんなさい。わたし急ぐから……」


 作り笑顔で、わたしは彼女から逃れようと脚を踏み出す。

 しかし回り込まれてしまった!

 いつの間にか、取り巻き達が輪を作り、わたしを包囲していたのだ。


「いいから来いよ」


 先程までとは打って変わって低い声で呟き、北野さんが、手首を掴んだ。





                  †





 全員で寄って集って、突いたり押したり引っ張ったり。

 わたしが連れて行かれたのは、やっぱり昇降口ではない。

 体育館の裏、ひっそりと人目に付かない用具倉庫だった。

 グラウンドからは、体育館が邪魔をして見えない。体育館からは、倉庫そのものが障害物となって、わたし達が見えない。唯一、人が通れそうな通路は、生い茂った植え込みと記念樹で、暗く翳っている。

 加えて、彼女の取り巻き達が、見張りとして配置されるという徹底ぶり。

 ココまで来れば、鈍いわたしでも合点がいった。

 「シメる」ってやつですね、これは。


「ぶっちゃけアンタ、どーいう関係なわけ?」


 北野さんが、迫力満点の壁ドンで、わたしを見下ろす。

 その眼は完全に据わって、半ば血走っている。冷ややかでありながら、ギラギラと燃えているよう。ドス黒い憎悪に充ち満ちて、鋭い光を放っていた。


「どういうって」

「とぼけんな! 二年の仇志乃君だよ!」


 バンバンと耳元で壁を叩かれて、わたしは思わず眼を瞑る。


「こないだ早退したでしょ? あれ、仇志乃君と一緒に帰ったの? ケイコが見たっつってんの。隠れてコソコソやって、どういうつもり?」


 ……あぁ。そうか。

 北野さん、さては先輩のことが好きなんだな。

 まぁモテるもんね、先輩。

 うぅん、どうしよう。本当のことなんて言えるはずないし……。


「別に、たまたま。方向が同じだっただけで……デートとか、そういうのじゃ」

「口答えすんな!」


 ガン! と一発。強く壁を蹴って、北野さんは、わたしの前髪を掴んだ。

 なによもう、訊かれたから誤魔化したのに。

 どっちにしてもキレるんじゃないかぁ。


「仇志乃君はね、あたしが狙ってんの」


 噛み付かんばかりの威圧感が、ずいと鼻先を塞いだ。

 北野さんは、唾を飛ばしながら矢継ぎ早に捲し立てる。


「だいたい学校一のイケメンなんだけど? アンタみたいなダサい子と釣り合うはずないっしょ? どーいう方法で近付いたのか知らないけど、マジ目障り。さっさと離れてって感じ。彼だって、ウザいと思うんだよねー」


 こんな状況にも関わらず、カッと頭に血が上った。


 図星を突かれたから、かもしれない。

 でも、それだけじゃなかった。

 なんで親しくもない奴に、そんな指図されなきゃならないの。

 わたしが人を好きになるには、赤の他人の許可が必要なわけ?

 つーか、わたし、さっきフラれてきたばっかりなんですけどね。

 なんかもう腹立ってきた。

 早く帰ってシャワー浴びて泣くだけ泣いて寝たいのよ、こっちは。


「そんなの、わたしじゃなくて、先輩に言ったら?」

「!」


 気付けば、わたしは北野さんを睨み付け、堂々と啖呵を切っていた。


「そっちこそ、なにモタモタしてるのよ。わたしに絡んでる暇があるなら、さっさと先輩に告白すればいいじゃない! 好きなら本人に言え、このヘタレ!」


 北野さんは、驚愕の表情で固まった。

 そりゃそうだろう。

 わたしだって……ビックリした。

 十六年間、小中高と、モブに専念してきた人生だった。キジも鳴かずば。それが信条だったのに。こんな状況で、こんなにキッパリと自己主張してみせるなんて。自分でも嘘みたいだ。失恋のせいで頭がやられたんだろうか。

 ……ちょっとスッキリしたけどね。


 けれどそんな気分の良さも、束の間のこと。

 目の前の顔は、みるみる歪んで鬼の形相となってゆく。


「生意気言ってんな、コラ!」

「きゃっ!」


 胸倉を掴まれて、その拍子に、ブラウスのボタンが一つ吹っ飛んだ。

 そのときに握り込まれたんだろう。首から提げていた鎖が衝撃で引き千切れて、あっさりと持っていかれた。


「ん、なにこれ」


 拳を開き、北野さんは、プッと吹き出す。


「やっだ、幸運のネックレス? ダッサ!」


 北野さんの掌に乗っているのは、小さな翡翠の勾玉。

 ――駄目、それは!


 それは、わたしの、御守りだ。

 もちろん、観光地で売ってるような、タダの御守りじゃない。実際に呪詛除けの効果がある。弱い呪詛ならば吸収、封印してしまえるほどに。正真正銘の呪具だ。だってこれは、流音君の特別製なんだもの。

 身に付ける物だから、と鎖を通せるよう加工したのは、華音さんのアイディアだったという。彫り込まれた梵字は、世音先輩が施したもの。仕上げの入魂を担当してくれたのは、紫音さんだ。

 みんなが、わたしのために作ってくれた。

 先輩が、わたしにくれた、大事な御守りだ。

 たったひとつの、プレゼントだ。


「返して! それは先輩が」


 咄嗟に口走って、しまったと言葉を飲み込む。

 だけど、もう遅かった。北野さんから表情が消えたのだ。


「仇志乃君が?」


 ふぅん、と呟き、北野さんは、しげしげと御守りを眺める。

 それから、しばらく千切れた鎖を抓んでプラプラ揺らしていたかと思うと、


「……仇志乃君て、案外、趣味悪い」


 忌々しげに口元を歪め、造作もなく、ポンと遠くへ投げ捨ててしまった。


「あぁッ!?」


 ちょっと、なんてことするのよ!?

 あれがないと、また不運な生活に逆戻りじゃないか。

 ううん、そんなの二の次だ。

 あの御守りは、先輩がわたしにくれた、たった一つのプレゼント。

 今となってはもう遠い。楽しかった日々の。

 大切な想い出なのに!


 慌てて後を追おうとするが、素直に行かせてくれるはずもない。

 待ってましたとばかりに足を引っ掛けられ、不格好に地面へ転がった。

 倒れ込んだ衝撃で、眼鏡が外れて、何処かに落ちる。


「ふん、ダッサい眼鏡」


 ぼやけた視界の先、数センチのところで、眼鏡は無残に踏み砕かれた。

 ギャハハハ、と取り巻きの女子達が爆笑する。

 ひしゃげたフレームと割れたレンズが、惨めさの象徴のようで。

 悔しくて情けなくて、じわじわ涙が浮かんでくる。

 なんでよ。

 どうしてわたし、こんな目に遭うの……?




「なにやってんだ、お前等」




 不意に誰かの声がして、顔を上げた。

 数人の男子生徒が、此方へ歩いて来るところだった。

 眼鏡がないからハッキリとはわからないが、体格からして、二年か三年だろう。五人、六人くらいはいる。

 泣きながらも、思わず笑みが零れた。

 ひ、人が来た!


「助けてください!」


 わたしは、倒れたまま腕を伸ばし、彼等に助けを求めた。

 必死の表情だったはずだ。

 ところが、どういうわけか。そんなわたしをガン無視して、北野さんは長い茶髪を掻き上げた。


「なにって、見てわかんない? コイツ生意気だからシメてんの」


 ふーん、と一人の男子が、ブレザーの内ポケットから煙草を出して咥える。

 立ち位置からして、彼が男子グループのリーダーなんだろう。

 いや、そんなことは、どうでもいい。

 続く暢気な会話に、わたしは愕然とするハメになったのだから。


「あんまうるさくすんなよ。ココ、俺等が先に見付けたんだぜ」

「別に誰が使ったっていいじゃん。便利なんだし」

「ま、いーけど。バレないように頼むぜ。騒ぎすぎなんだよお前等」


 ……え、それだけ?

 止めに入るとか、注意とか、一切なし?

 ましてや、わたしを助けてくれる気概なんか、微塵も感じられない。

 なんてことだ。

 仲良いんだ、北野さん。この男子達と。

 つまり両方とも、イジメ上等の屑人間ってこと……。


「そうだ!」


 年頃の女の子らしい、明るい北野さんの声が、頭上から降ってきた。

 とても良いことを思い付いた、といったふうに。


「あんたらさ、コイツやっちゃってよ。うちら撮影すっから」


 男子達は、一瞬キョトンとしたが、北野さんの言わんとすることを理解したのだろう。すぐに、ゾッとするほど満面の笑みを浮かべた。

 やる?

 なにを?

 ……決まってるじゃないか。

 頭から、サッと血の気が引いてゆくわかる。膝がガタガタと震え始めた。反射的に後退り、お約束の壁に突き当たって、絶望の二文字が頭を過ぎる。

 やだ、嘘でしょ。そんなの、漫画とか成人雑誌だけの展開だよね?

 嘘でしょ?


「もしかしたら、初モノかもよ」


 北野さんが、クククと喉を鳴らした。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=211225551&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ