その69 円環の理ですか!?
マミさん好きです。
意外と真面目回。
――○●月◆×日。
今日から、お城で新しい護衛が雇われたそうですわ。十三歳ですって。わたくしと同い年なのに兵士? とても興味があったので、こっそり見に行ってみましたの。
フランセールでは珍しい黒髪の男の子でしたわ。少し暗そうな印象でしょうか。特に変わった様子はなかったけれど、他の方々と手合わせしているのを見たの。そうしたら、まあ……! まるで、時代劇の将軍様みたいに、バッタバタと大人を打ち負かしていくのですわ。セザールといい勝負が出来そうですわ。
でもね。そのとき、わたくし気づいてしまったの。だから、今度、確かめてみようと思いますわ。これはもしかすると、期待してもいいのかも?
――●○月×□日。
なかなか、男の子とお話する機会がありませんわ。なにせ、近づこうとすると、使用人やお父様に止められてしまうのだもの。失礼ね。わたくし、もう十三歳のレディーなのに。それに、わたくしの場合、みんなが考えるよりも、ずっとずっと大人なのですから!
でも、ようやく、お話する機会が出来ました。クロードという名前らしいわ。覚えやすくていいわね。こちらの名前って、たまにとても覚え難い人がいるんですもの。
まあ、いいとして。少しカマをかけてみたの。そうしたら、ビンゴでしたわ。
どうやら、彼も日本から来たみたい! 向こうは気がついていないでしょうけれど。
そんな人と出会うのは初めて! わたくし以外にも、異世界からの転生者がいましたのね。
決めました。わたくし、あの子をお婿さんにしようと思うわ。絶対に気が合うもの。ネタばらしは、結婚してからするとして……ふふ、今から驚く顔が楽しみですわ。
きっと、あの子となら恋が出来る気がします。現世では、恋がしてみたかったの。燃えるような恋、憧れますわ。あとはワイナリーの経営も!
まずは第一歩。あの子に、恋をしてみますわ。今度こそ、楽しい人生にしてみせようと思うのです。
ページを閉じる。
え、なんですか? これ?
ルイーゼは目をパチクリと見開いた。文字通り、ポカーンである。
彼も、日本から、来た?
「こ、こんな話、聞いたことございませんけどっ!?」
思わず叫んで、ルイーゼは日記を何度も確認する。そういえば、他のページに「時代劇」とか「フラグ」とか、ルイーゼにとっては馴染みがあるが、この世界では通じない言葉がチラホラと使われていた。
セシリア王妃は転生者。しかも、ルイーゼと同じく異世界転生したという。それがきっかけで、前世の自分は目をつけられて、アタックされていた……鈍感へたれのダメ男には、通じていなかったようだが。
結婚してから転生者であると明かそうとしていたようなので、前世の自分は知る機会を失っていたわけか。しかし、一方的に気づかれていたとは、なんとも間抜けな話だ。
自分の前世とはいえ、情けない……非常に情けない。なにが泣く子も引き籠る首狩り騎士だ。
「いくらなんでも、わたくしはこんなに鈍感ではございませんし!」
エミールからの好意に最初は気がつかなかったが、あれは事故のようなものだ。と、自分に言い聞かせて、ルイーゼは拳をグッと握った。
日記は毎日書かれているわけではない。同じことばかり書いているので、恐らく、恋愛日記……紛うことなき黒歴史日記だ。
まさか、こんなところで、対象の来世に読まれるとは、セシリア本人も思っていなかっただろう。あー恥ずかしい。
しかも、「恋がしてみたい」とは……セシリアの計算高く、感情の読めないしたたかな笑みを思い出してしまう。
どんな想いで、前世の自分と接していたのだろうか。複雑な気がした。
ルイーゼは気になって、最後のページをめくった。
結婚が決まり、ロレリアを出発する日の朝で、日記は終わっている。
――◎◎月□□日。
今日でロレリアともお別れですわ。ずっと日記をつけてきたけれど、王都ではやめようと思います。もう、他の方の妻になりますからね。また新しい日記をつけるかは、あちらで陛下にお会いしてから決めましょう。
もう十二回も転生していますけれど、恋というものがわからなかったのですわ。
同じ世界から転生した殿方とだったら、上手くいくと思って目をつけたのがきっかけでしたが……それでも、きっと好きになりましたわ。とっても淡くて、幼稚な気もしますけれど、たぶん、これが恋なのだと思います。
でも、諦めなくてはね。
結局、ワイナリーの経営も計画倒れになりましたし。残念ですわ。現世での目標が、あまり達成されていない気がします。
いいわ。王都でもがんばってみることにしましょう。王妃になるからには、しっかりと役目を果たすべきでしょうし。内政も悪くありませんわ。
こうやって割り切ることが出来るわたくしは、やはり、薄情なのかしら。
でも、所詮、わたくしはロレリアの巫女。感情なんて、要らないのかもしれませんわ。どうせ、死んでもまた似たような人生が待っているのですもの。それが不満というわけではないのよ。ただ、ちょっと前世の自分を恨むだけで。
今回、王都に「貸し出される」のは、良い機会ですわ。外も満喫しましょう。
「読んだのか」
低くなく、高くもない声。背後から言葉をかけられて、ルイーゼは急いで振り返った。
人の気配を全く感じなかった。それほど、日記に集中してしまっていたのか。
扉を開けて立っていたセザールを見て、ルイーゼは冷や汗が流れるのを感じた。
セザールはラフなシャツとスラックス姿で、物置と化したセシリアの部屋へと踏み込んだ。慣れた様子である。
「……セザール様は、この日記を知っていたのですか?」
「知っているもなにも、セシル様から読むように強要されていた」
「えっ」
セザールはルイーゼの傍まで近寄ると、何気ない動作で日記を持ち上げる。
「よく助言を求められたものだよ。男とは、どのような行為に弱いのか、根掘り葉掘り。まあ、我が助言は当てにならんと、たいてい採用されなかったが」
「え、ちょ……ということは」
前世のへたれが、全てセザールにも筒抜けだった!
ルイーゼは両手で頭を抱えて、顔を真っ赤にしてしまう。そんなことも知らずに、平然と接していた自分が恥ずかしい。なんということでしょう! オワタですわ!
いやいやいやいや、もっと重要なことがある。ルイーゼは些細なこと(いや、重要ですが!)は気にしないことにして、セザールを見上げた。
「王妃様たちが転生者だと、知っていらっしゃったのですか」
「セシル様はともかく、クロードの方は驚いたが」
セザールは大して表情を変えず、日記のページをめくる。
「あなたも?」
「まさか。我は一般人だ。あんな非常識人たちと一緒にするな」
「……あなたが一般人を名乗ると腹が立つのは、何故でしょう」
セザールは気にせぬ素振りで、サラサラのシルバーブロンドをクルクルと指で回しはじめる。男っぽいのか、女っぽいのか、よくわからない。
呆れるルイーゼを横に、セザールは自分のペースで語りはじめる。
「人魚の宝珠は、元々、ロレリアにあった宝だ」
宝珠は古から、ロレリアで秘匿されてきた宝であり、この地方の崇拝の対象だった。――それが海賊に知られ、無残に奪い取られるまでは。
当時のロレリア侯爵は国王をけしかけて、宝珠を取り戻すことを進言した。そして、取り戻された宝珠は、ロレリアよりも守りが堅く安全な王都で保管されることになる。代わりに、ロレリア侯爵家の人間は常に王宮で高位の官職に就くことが約束された。
今代はロレリアの分家であるサングリア公爵が侍従長の地位に就いている。役職に無頓着なセザールが未だに近衛騎士に籍を置かされているのも、それに起因するようだ。
「現国王アンリ三世が即位する際、継承戦争が起きた。国の危機を前に、当時のロレリア侯爵が若い国王に、なにを進言したか、わかるか?」
ルイーゼは首を横に振った。
セザールは脱力したような、呆れたような笑みを浮かべて、壁に寄りかかる。その表情から、なにかに対する強い嫌悪が読み取れた。
咥えた葉巻の紫煙が独特の匂いを漂わせる。
「ロレリアから巫女を娶ることだ」
「巫女?」
その言い回しは、セシリアの日記でも見た。
「宝珠の能力を引き出すには、転生者の血が関係する」
曰く、転生者の血を引く子は、宝珠の能力を引き出しやすいらしい。
ギルバートが良い例だろう。転生者であるリチャードの血を引いているため、ある程度使いこなすことが出来ている。
ということは、カゾーランの息子ユーグにも素質があるのだろうか。と、ルイーゼは推察する。
「ロレリア侯爵家にも、宝珠の力を借りて確実に転生し続ける者がいる。アルヴィオス王家と同じように、な」
「それが、巫女ですか?」
セシリアのことだろうか。そういえば、日記には十二回も転生したと書いてあった。地味にルイーゼよりもベテラン、いや、超ベテランである。
「……ロレリアから確実な転生者を娶って、王家でも宝珠を扱えるようにしようとした、ということですか?」
「そうだ。国際問題も絡んでいて、気がつく者などいなかったし、自然な婚姻のように見えた。ロレリア侯爵も、巫女を一代貸し与えて、王家に恩を売ったくらいのつもりだったのだろうよ。死ねば、また侯爵家に転生して戻ってくる仕組みだったからな」
セザールは奥歯を噛み、あからさまに嫌悪を表情に示した。彼がこんな顔をすることなど、滅多にない。ルイーゼは固唾を飲んだ。
「だが、セシル様はロレリアへ還らないことを選んだ。消えた宝珠を使って、他の誰かに転生してしまった――これが、ロレリア侯爵家の人間が、セシル様を嫌う理由だ」
嫌悪、怒り。それらの感情の矛先が、ロレリアの人々だと、はっきりわかった。普段は隠しているが、彼がロレリア侯爵家の人間を心底嫌悪していることが伝わってくる。
セシリア王妃は本来、ロレリア侯爵家の中で転生し続ける存在だった。だが、なんらかの理由で、そうしなかったということだ。恐らく、自分の意思で。
それは、彼女が死んだ理由に関係することだろうか。
それとも、
――大丈夫ですわ。きっと、またすぐに還ってくるから。
夢の中で、セシリア王妃はそう言っていた。
エミールのため?
残してしまう我が子のために、ロレリアではなく、もっと身近な存在に――例えば、確実に王都で生活する貴族の令嬢に転生したとしたら。
「我は、お前がそうではないかと思っているが」
セザールは視線を合わせるように、ルイーゼの前に膝をついた。その視線は射抜くようにルイーゼを縫いつけて、逃げることが出来ない。
一方で、縋るような想いが込められている気がした。そうであって欲しいと、願う眼だ。
「よく……わからないのですわ」
しかし、状況的には、そうだと思う。
ルイーゼは素直に、わかっている現状を伝えることにした。自分が持っている記憶はクロード・オーバンのものだけで、宝珠については一切忘れている。セシリア王妃の夢は時々見るが、記憶そのものはない。
「だから、その。セザール様の疑問に答えることは……出来ません」
素直に話したところで、ルイーゼはセザールの反応をうかがった。セザールは先ほどまでの感情を表に出さず、ただ相槌を打っていた。
「そうか」
失望、いや、寂しそうな表情をしていると思った。セザールは意味深な視線をルイーゼに向けると、おもむろに髪に触れる。
「セシル様からの遺書を受け取っていた」
「遺書……?」
セザールは頷き、なぞるようにルイーゼの髪を指ですくった。蜂蜜色の巻き毛が指先ではねる。
「短いがな。エミール殿下を頼む、と。そんな内容だったよ」
セザールは自嘲するように唇の端を吊り上げた。
「遺書のようにも読めたが、そうではないとも読めた。我は取り合わず、直接、セシル様に会いに行こうとはしなかった――そのすぐあとだ。セシル様が死んだのは」
「それは……」
「同じ内容の手紙を受け取っていたクロードは王都へ行き、彼女と共に死んだ。なにがあったのかわからないが……我も、王都へ行くべきだったのではないかと、今でも考えてしまう」
覚えていない。そんな遺書を受け取った記憶も、書いた記憶もなかった。だが、セザールの話は嘘ではないのだろう。
結局、詳しいことはなにもわからないままだ。
わからないが……。
何故だか、今のセザールを見ていると、前世の自分が悪党であってほしくないと願ってしまう。
バッドエンドフラグなのに。理不尽に刺されて死んだなど、認めたくないのに。
自分の死とその行動で、後悔を抱えている人間がいる。
遺書を受け取りながら王都へ行かなかったセザールも。
刺し殺す役回りになってしまったカゾーランも。
元主人が悪党だと信じられないミーディアも。
最愛の人を失ってしまったアンリも。
母親を亡くしたエミールも。
これだけの人間に後悔させて、痛みを与えて、前世の自分はなにをしようとしたのだろう。本当に悪党だったのだろうか。
ルイーゼは純粋に、初めて真実が知りたいと思った。
次回更新は10/6の朝か夕方を予定。
その69.5が入ります。
量的に物足りないので、人気投票の上位キャラ小話を活動報告にて、同時公開の予定です。ルイーゼ、エミール、クロードまで用意しています。
なお、人気投票の結果は10/1の活動報告にて発表しました!
作品下部にもリンク張ってあります。ありがとうございました!




