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その28 前世前世と、うるさくてよ!

 亀甲縛りって、楽しいの?

 

 

 

「僕、もっと頑張るよ!」

 そう意気込んだものの。


「まったく……限度というものがございましょう」

「う、うぅ……」

 ルイーゼはベッドに横たわるエミールを見下ろして息をついた。


 昨夜、ルイーゼを連れ去ったあと、エミールは無事に自室へ帰った。

 そのはずだったのだが、なにを思ったのか、夜通しで筋トレをしたらしい。体力もないくせに無茶なトレーニングをしたせいで、筋肉痛と発熱に襲われ、今に至る。


「僕がんばるもん……がんばるんだから……」

「わかりましたから、今は寝ててください」

 エミールは目をグルグル回しながらノックダウンしている。筋肉痛で寝込むとは情けない。この際、自分のことは思いっきり棚上げする。

 やる気に火がついてくれたのは嬉しいことだが、焦りすぎだ。いつもほどほどにと言っているのに、無茶をする王子である。

「なにか作ってもらいますので、少々お待ちください」

 ルイーゼはそう言い残して、エミールの部屋を出る。

 カゾーランがバリケードごと破壊したせいで、部屋の扉は大破してしまっている。後日、職人が来て直すらしい。今度は外開きの鍵がつかない扉を注文しておいた。


「お嬢さま、ご用ならジャンが承りますよ」

 ジャンが久しぶりに執事らしいことを言う。だが、ルイーゼは軽くその申し出を断った。

「いいのですわ。少し、野暮用がありますから。あなたは、エミール様の介抱でもしていてください」

「そうでございますか。でも、今の殿下はジャンを甚振る気力などございません」

「放置プレイだと思っておきなさい」

「よろしゅうございます!」

 そう言って、ルイーゼはジャンを縛り上げておく。希望があったので、亀甲縛りにしてみた。これで問題はない。

「きっこーしばりって、なに?」

「とても楽しゅうございますよ、殿下!」

 という会話が聞こえたのは、無視だ。


 ルイーゼは安心して、王宮の回廊を進む。

 念のために、ジャンから木刀も預かっておいた。ドレスに木刀を提げて歩くことになったが、護身用なので問題ない。少々、奇異の目で見られることにはなるが、エミールのおかげで慣れていた。


 やがて、辿りついたのは、いつかの薔薇園だった。

 以前はカゾーランが美しい筋肉を晒して鍛錬に励んでいたのだが、今日は静かなものだった。噴水の水音が清らかに響き、薔薇の美しさを引き立てている。


「ここにいらしたのですね、シエル様」

 薔薇園に佇む少年の姿を確認して、ルイーゼは明朗な声で告げた。その声に、少年――シエルはゆっくりと振り返る。一つに結った長い黒髪が揺れ、青空色の瞳に優しい微笑が浮かんだ。

「こんにちは、ルイーゼ嬢」

 シエルは丁寧に一礼すると、すぐにルイーゼの元へと歩み寄った。

 彼は騎士の礼儀に則って片膝をつき、ルイーゼの指に軽く唇を落とす。ルイーゼはその一連の動作を、少し冷めた目で見据えた。


「どうしましたか? そんな顔をして」

 シエルは不思議そうに首を傾げつつ立ち上がる。

「不可解なのですわ。わたくしには、シエル様の目的がわかりませんので」

「目的ですか。なんのお話でしょう?」

 シエルが近づくので、ルイーゼは反射的に後すさった。だが、すぐに背後の柱に追い詰められてしまう。

 シエルは柱に片手をつき、ルイーゼの退路を断った。いわゆる、壁ドンである。

 逃げられない。ルイーゼはそう悟って、気丈にシエルを睨んだ。多少、殺気も出ているかもしれない。

「わたくしに求婚した意図も、エミール様を真珠の間へお連れした意図も、わかりませんわ」

「意図ですか。そうですね。前世で叶わなかった恋の成就を現世で望んでいるから、というのは、いかがでしょうか? 陛下とあなたが結婚されるのも、困りますから」

「それで筋を通しているおつもりですか?」

「通っていませんか?」

 シエルは、セシリア王妃の生まれ変わりであると告白した。確かに、前世でルイーゼはセシリアと結ばれ損ねた。アホの前世がグズグズしているうちに、横から政略結婚でセシリアを掠め取られてしまったのだ。情けない黒歴史である。


 ルイーゼの結婚を阻止するために、シエルがエミールを利用したのも、筋が通っていると言えば、通っている。

 あの場では、シエルが割って入ることは処罰の対象となる可能性もあった。王子であるエミールならば、処分を免れる確率は大幅に上がる。実際、あの件に関してアンリは、まだなにも発言していなかった。


 だが、それには、ある前提が必要なのだ。

 加えて、違和感がある。


「本当に、わたくしの結婚を阻止するためだったのでしょうか?」

 ルイーゼはまっすぐシエルを睨む。同じくらいの目線の少年は、怪訝そうに眉を寄せる。

 ルイーゼは素早く腰に提げた木刀に手をかける。その気配を察知して、シエルは距離をとろうと地を蹴った。

「甘い、遅い、ヌルイですわ!」

 木刀が風を裂いて唸る。

 シエルは剣を鞘におさめたままガードしようとする。が、ルイーゼの方が速い。そのまま剣に木刀を叩きつけ、シエルの手から剣を落としてしまった。

 次いで、深く構えて刺突を繰り出す。

 シエルは間一髪で顔を逸らして攻撃を避けた。

 木刀の先が長い黒髪をかすめる。鋭い一撃にリボンが切れ、結われていた黒髪が背に広がった。


「あなたがわたくしに求婚など、あり得ないのですわ。シエル様。だって、あなたは女性にございましょう?」


 初めてダンスを踊ったときから、ルイーゼは気がついていた。

 多少鍛えているが、シエルの身体は男のものとは思えなかったのだ。引き籠りのエミールでさえ、骨格や肉のつき方は男のそれだとわかる。だが、シエルは全体的に丸くて華奢だ。触れるまでは気がつかなかったが、ダンスで密着すれば一目瞭然だった。

 詐欺師の頃に男装は充分に研究した。男装の女性を見抜くなど、ルイーゼには容易い。


「それに、どうしても違和感があるのですわ。あなた、王妃様の生まれ変わりなどと言っておりますが、本当にそうなのでしょうか?」

「疑い深いのですね……確かに、僕――いいえ、わたしは女です。でも、前世の記憶を持っていることは確かですよ?」

「そうでしょうか。例えば、前世のわたくしがダンスを苦手としていた件ですが、確かに王妃様しか知らなかったことでしょう。しかし、引っ掛かるのですわ」

「……どういうことですか?」

 シエルは怪訝そうに表情を顰めた。一方、ルイーゼはニヤリと強かな笑みで返す。

 シエルは、あのとき、明らかに流れていたワルツを示して「ダンスが苦手だった」と言った。


 しかし、それはあり得ないのだ。


「わたくしが苦手だったダンスは一曲だけ。ロレリアに伝わる民謡舞踏ですわ。決して、社交界で踊るダンスではなかったのです。王妃様によく誘われましたが、あれを完璧に踊りこなす人間は、ほとんどいらっしゃいませんでした。根暗だったので、壁際でぼっちを満喫していることが多く、勝手に勘違いしている人はいたかもしれませんが。王妃様は、恐らくわたくしのことを下手だとは思っていなかったはずです」

 つまり、シエルは何らかの手段で、前世のルイーゼが「ダンスを苦手としていた」「いつもセシリアの足を踏んでいた」という断片的な情報のみを知っていたのだ。だが、セシリアの目線ではない。

 他におかしいと思ったのは、シエルがアンリのことを常に「陛下」と呼んでいたことだ。

 セシリアは彼のことを「アンリ様」と呼んでいた。現世のシエルは臣下である立場上、敢えて「陛下」と呼んでいる可能性も考えられたため、決め手には欠けていたのだが、違和感だけはあった。


「はあ……やっぱり、少々無理がありましたか。まあ、ちょっとした悪戯のつもりでしたから、いいんですけど」

 シエルは自らの失言に気づき、観念したように視線を落とした。

「あなたの言う通り。わたしは、セシリア様の生まれ変わりではありません」

 やはり。ルイーゼの憶測は当たっていたようだ。

「わたしの名は、ミーディア。双子の兄シエルと入れ替わって、ここにいます。そして、わたしの前世はドロテと申します」

 その名を聞いて、ルイーゼは目を見開いた。


 ………………誰のことだったか、全く思い出せないのですけど。


 ドロテ……ドロテ……誰の名前だったかしら。前世で付き合いのあった女性は限られるはずだ。覚えていないということは、ない。と、思うのだが、思い出せない。

 ルイーゼが思い出そうと必死に視線を泳がせていると、シエル、いや、ミーディアが嘆かわしい溜息をついて項垂れた。


「そうですよね。でしょうね。やっぱりね! 思い出せるはず、ありませんよね。わたしの前世は……馬なのですから」

「え? う、うま?」


 馬の生まれ変わりですか!?


 ルイーゼは叫び出しそうになるのを必死で抑えた。目の前で病んだように薄暗い笑みを浮かべるミーディアを見ていると、叫んで確認するのが申し訳なくなったのだ。


「馬ですよ、馬。あなたの愛馬! でも、あなたは前世でわたしの名を一度も呼んでくれなかった。セシリア様がドロテと名付けてくださったのに、忘れていたのね」

「わ、わたくしの!? と、言いますと……えーっと、どのような馬だったかしら。王妃様が名付けたということは、最初の馬ですわよね? 黒くて気性が荒かったことくらいしか、覚えてな……」

「やっぱり。やっぱりですか。全然覚えていてくれてない! わたしが毛並みの美しい最高の牝馬(ひんば)だったことも、気に留めなかったのでしょう! 他の騎士様たちは、みんな愛馬に名を与えて大事にしていたわ。わたしは、馬界では最高の美牝(びじょ)だと思っていたのに……主人に愛されない馬など、馬界の面汚し。わたしは馬仲間から馬鹿にされていました。あなたのせいで! わたしはご主人様のために、せっせとがんばっていたのに!」

 ミーディアは泣きそうになりながら、ルイーゼをキツイ視線で睨んだ。まるで、親の仇かなにかのようだ。ルイーゼにとって前世のことは他人事だが、彼女は大いに引きずるタイプなのだろう。


「だから、王妃様の振りをして、わたくしを困らせようと?」

「そうよ。それで、食い付いたところで、種明かししようと思っていました。ちょっとした悪戯をしたって、いいじゃありませんかっ! 馬目線から見たって、あなた王妃様にデレデレでしたからね! そのくせ、グズグズしてるから、セシリア様を陛下に盗られちゃうのよ!」

「ああああ、もうその黒歴史の話はやめてくださいッ。恋愛脳の腑抜けた前世なんて、恥ずかしすぎます」

 今度はルイーゼが頭を抱えてしまう。まさか、馬に自分の黒歴史を暴露される展開など、考えてもいなかった。


「カゾーラン伯爵と一緒に、賊からあなたを救出したとき、ピンと来ました。それで、折りにつけて伯爵との会話を盗み聞きし続けていたら、大当たり。早速、悪戯を思いつきました」

 前世いじめっ子だったこともあるが、いじめられたことはない。今更になってブーメランされた気分になり、ルイーゼは頭が痛かった。


「……あら? 待ってください。その言い草ですと、わたくしの存在に気づく前から、男の振りをして近衛騎士に紛れていたということになりますわよね」

 言われて、ミーディアは視線を泳がせた。

 ルイーゼに悪戯する意図はわかった。だが、ミーディアがシエルとなって、王宮に出入りする理由がわからないのだ。

「そ、それは……」

 ふと、もう一つの疑問を思い起こす。

 彼女が、どうしてルイーゼとアンリの晩餐に介入したのか、だ。単にルイーゼを自分の方へ振り向かせたいだけだったのだろうか。本人いわく、ちょっとした悪戯だったというのに? それは考えにくい。


「まさか、あなた……わたくしではなく、国王様の結婚を阻止しようとしていたのでは?」


 問われて、ミーディアは盛大に視線を逸らした。そして、恥ずかしそうに頬を赤らめてしまった。

 まさか、ねぇ?

 ルイーゼがやや冷めた視線を向けると、ミーディアはうっとりとした顔で頬に手を当てた。

「だって、陛下って馬目線で見ても素敵でしょう?」

 まさしく、恋する牝馬。ではなく、恋する乙女。そんな表情で笑うミーディア。

 一方のルイーゼは、昨日の惨状を彼女に伝えるか否かで、思考を硬直させてしまったのだった。

 

 

 

 女子同士で恋バナとか、ガールズトークですね!


 ドロテは地味に「或る騎士の追想」で登場しておりますが、数行で流されております。絶対に誰も覚えていないと思うw

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[一言] 前世がドロテ の瞬間に「馬かよっ!」と突っ込みをいれたくなる程度にはおぼえてました。
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