その126 こんな化け物と一緒にしてくれるなよ!
セザール目線。
オッサン回続きます。
まだ気分が悪い気がする。
一晩中、うなされていたせいか寝不足だし、胸やけもする。一日でいくらか痩せたのではないか。
「オッサン、本当に大丈夫か?」
「……大丈夫に見えているのなら、お前の目を抉り出すぞ。小僧」
ギルバートの声かけに対して、セザールは辛辣に返す。
朝食すら口にする気にもならなかった。それもこれも、ヴァネッサとルイーゼにこの世のものとは思えない料理を食べさせられたからだ。
あれは凶器である。戦時中に敵軍へ投げ込めば、間違いなく大隊が一個壊滅するだろう。
流石はクロードの生まれ変わり。戦闘力は衰えていないようだ。ある意味で。
「今日は王宮へ行く。くれぐれも、フラフラと出歩くなよ」
「わかってるよ……オッサンこそ、なにしに行くんだよ」
「大した用件ではない。旧知の連中に顔を見せるだけだ」
思わぬ奇襲に遭って滞在を伸ばしたが、明日には領地へ帰るつもりだ。顔くらい見せておいてもいいだろう。
「そうか。病み上がりなんだから、無理するなよ。オッサン」
「だから、我はオッサンではない」
結局、朝食を食べる気にならなかったので、水だけ飲んで席を立つ。
一方のギルバートはセザールに指摘されて、気まずそうに目を逸らしている。
「まあ、無理にとは言わん」
――あら、セザール様だって似たようなものではありませんか?
嫌味っぽく笑ったルイーゼの顔が蘇って、セザールは短く息をつく。
かつてロレリアでセザールをからかって笑っていたセシリア王妃のことを思い出してしまう。
まだ朝食中のギルバートの肩に手を置いた。
「領地へ帰ったら、領民に示しがつかない。今のうちに慣れておけ、ギルバート」
語尾を小さく誤魔化しながら言うと、ギルバートがこちらを振り返った。
「え、あ……わ、わかったよ…………お……オッサン」
ギルバートは戸惑って言い淀んだ末に、結局、いつも通り「オッサン」と言う。
まったく、非常識な小僧だ。そう思いながら、セザールは葉巻に火をつけた。
「では、我は行こう」
朝食の間を後にして、セザールは自室で正装に着替える。流石に王宮へ普段着で出向くほど、セザールは非常識ではない。
支度を済ませて、腰に無刃の剣を差す。そして、用意させておいた馬に跨って、王宮へと向かった。
とりあえずは、カゾーランにでも会うか。
使用人の話では、セザールが寝込んでいる間にカゾーランが来たらしい。それどころではなかったので追い返してしまったので、こちらから出向いてやろう。
息子も立派に育っていた。流石に歳はとっているだろうが、昔と同じで女好きのする優男のままだろう。今も現役で≪天馬の剣≫を務めているようだから、鍛錬癖はなおっていないだろうが。
「セザール」
王宮の正門を潜って厩舎の方へ進むと、見慣れない男が立っていた。
純白の制服に身を包む筋肉隆々の壮年だ。長槍を持っている。歳はセザールと同じくらいか、少し若いか。
そういえば、アルヴィオスへ発つ前に話しかけられたような……あのときは、急いでいたので無視してやった。
面倒臭い。
早くカゾーランや、その倅に顔を見せて、邸宅に帰りたいのに。せっかくだから新調しておいたドレスをまだ荷造りしていないのだ。忙しいときに話しかけられと、腹が立つ。
「セザール、待たぬか」
何事もなかったかのように通り過ぎようとすると、筋肉隆々男がセザールを呼び止めた。面倒臭い。
「我はお前など知らん。相手をするのも面倒だ」
正直なところを伝えて、厩舎に馬を繋いだ。
王都に来ると、これだから面倒なのだ。
セザールは控えめに言っても美しい。この美貌を一度見れば、誰だって忘れないだろう。
だが、セザールの方はそうではない。少しあいさつした程度の人間など、忘れてしまって当然だ。一方的にセザールのことを知っていると主張する人間は少なくない。なんと言っても、この美しさだからな。
「またそうやって……いったい、なにを隠しておるのだ?」
「は? なんの話――」
一瞬の判断を誤れば、セザールの身体は吹き飛んでいただろう。
男が操っていた長槍の石突がセザールに向けて突き出されていたのだ。
風圧でシルバーブロンドがサラリと舞う。刃側ではなかったとはいえ、あんな一撃をまともに受けていたら身体ごと飛ばされていた。いや、最悪貫通していたかもしれない。
「いきなり、なにをする! 非常識にも程があるぞ!」
セザール並みのまともな常識を備えた人間など少ないとはいえ、これは誰がどう見ても非常識だろう。
言いながら、セザールは男との距離をとる。そして、剣を抜いた。
「なにを隠しておる。聞けぬ限り、退くわけにはいかぬぞ!」
「だから、なんの話だ!?」
足元を払うように槍の一閃が薙ぐ。後退すると、鋭い突きが追ってきた。
動きが精錬されすぎていて、隙が見えない。おまけに、一撃一撃が重くて剣で受けることも憚られた。
あんなものをまともに正面から受けられるバケモノは、セザールが知る限りではクロードかカゾーラン程度だ。
「あんな非常識なバケモノどもと、我を一緒にしてくれるなよ」
セザールは相手を注意深く観察した。
力では完全に押されてしまう。素早さはやや分がありそうだが、相手の動きに隙がなさ過ぎて踏み込むのが難しい。槍が相手だと剣が得意な間合いでの攻撃も、なかなかさせてはもらえない。
懐に踏み込む隙があれば、なんとかなるか。
だが、生憎セザールの剣には刃がついていない。どうしても、打撃を与えるために攻撃は大振りになる。至近距離に詰め寄り、剣を充分に振る隙が出来るだろうか。
「…………」
それにしても、この男。何者だ。
緩く波打つ赤毛に、若草色の瞳……どこかで……セザールは視線を男が纏っている制服に移した。
そういえば、純白の制服を着てもいいのは、近衛騎士の中では一人だけのはずだが。
「まさか、お前」
相手が動くと同時に、胸に輝く天馬の刺繍が見えた。セザールは槍を正面から受けまいと、剣で突きの軌道を逸らす。
「お前、もしかして……カゾーランか?」
「なにを今更……! 無視した挙句にわかりやすい仮病まで使いおって。まさか、わざとではなかったと言うつもりか! 白々しい!」
セザールの問いで、カゾーランは完全に激怒したようだ。
昔から、怒ると猪のように突進する男だった。中身はあまり変わっていないらしい。
「お前の見た目が非常識なくらい変わりすぎているのだ! 昔から筋肉馬鹿だった気がするが、限度があるだろう、限度がッ! それで領地に籠っていた我に判別しろとは、無理な話だ非常識人! 我を見習って、美を保っていろ!」
「なにをごちゃごちゃと。このカゾーラン、おぬしに非常識呼ばわりされるほど、落ちぶれておらぬ!」
頭に血が昇って、話を聞かないつもりだ。なにを言っても無駄だろう。
セザールは長槍の攻撃を避けて身体を逸らす。新調したばかりの紅いドレスの裾を刃が貫通した。
「わけのわからん理由で我が美貌に傷をつけるつもりか」
セザールは刃が刺さったドレスの裾を手繰り寄せた。そして、そのまま長槍の柄を掴む。
動きを封じた。セザールは自分の剣を振り、カゾーランの脇に向けて叩き込んでやる。
普通であれば、肋骨を数本砕く攻撃だ。
「ふんぬっ」
だが、カゾーランはセザールの剣が叩き込まれると同時に、刀身を掴んでしまう。刃のある剣に対しては出来ない芸当だ。セザールは呆気なく剣を奪われ、両手が空いてしまう。
「この規格外の非常識バケモノが……!」
武器を失くしたセザールの前方に、カゾーランの蹴りが入る。両手で防御するが、ほとんど無意味だった。
「は……ぐぁっ」
セザールは成す術なく、吹き飛ぶように後方へと倒れてしまう。
胸部を強打する一撃だったせいで、呼吸が数秒止まる。鼓動も痙攣しているのがわかった。
少し前から、苦手な船旅をさせられるわ、令嬢たちの奇襲に遭うわ、散々過ぎる。不条理だ。非常識だ。
「…………ッ?」
衝撃で視界がかすむ。
だが、ぼんやりした視界の向こうで、はっきりと影が立っているのが見えた。
誰だ。よくわからない。
純白のカゾーランの制服に対して、黒い影のようにも見える。
「あーあ……短気な男だな。昔から」
地獄の底から響くような、それでいて、雲のように掴みどころがない声だ。
聞き覚えがある気がするが、記憶とは一致しない。
「貴様……! なんのつもりだ?」
「以前の続きさ」
会話が遠く聞こえる。セザールは意識を保てずに、そのまま視界が闇に塗り潰された。
セザールの受難\(^0^)/




