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その13 ここ感激するところなの?

 エミール視点です。

 

 

 

 眩しい陽射しを受けて、その少女は笑っていた。

 エミールを守るために勇敢に戦ってくれた。それなのに、エミールはなにも出来ないまま蹲って、ただただ震えているだけだった。


 自分よりも幼い少女が、必死で守ってくれるのを、見ているだけ。


 ほらね、やっぱり。外は怖いところだった。

 ずっと、部屋の中にいれば、安心だし安全なのに。みんな、どうして外を平気で歩けるんだろう?

 エミールは自問しながら、ベッドの中に潜り込んだ。ここが一番温かくて心地良い。そのまま眠りに落ちれば、独りで過ごしていたって、少しも寂しくない。

 寂しくない。

 寂しい? 僕は、今まで、寂しいと思っていたことなんて、あったっけ?


「ルイーゼ」


 今になって、エミールは初めて、自分が「寂しい」ことを自覚した。これまでの人生で、独りを寂しいと思ったことはない。むしろ、誰かと一緒にいるのは怖くて堪らないと思っていた。

 それなのに、今の自分は「寂しい」のだと思う。

 毎日のように押し掛けて、強引に窓を開けたり、掃除をしたり、挙句の果てには前髪まで切って……そして、外の世界に連れ出した。

 エミールの生活をかき乱す少女がいないという事実が寂しくて堪らない。怖いし、煩わしい存在だというのに。


 あれから四日もルイーゼの顔を見ていなかった。聞けば、風邪をこじらせて療養中だという。先日、エミールを守ったときに怪我でもしてしまったのかもしれない。


 部屋の外に出るからだ。外は危険なのに。

 だから、自分は悪くない。

 そんな思考に至ろうとしていることに気づいて、エミールは首を横に振った。ああ、違う違う。そうじゃない。

 あんな女の子に守られて、僕はなにをしていたんだ?

 震えあがるばかりで、なにもしなかった。執事のように走って人を呼ぶことさえ出来なかった。ルイーゼが危なくても、指一本動かせなかった。


 ただ、じっと見ていただけ。


 ルイーゼは、あのとき笑っていた。

 目を閉じる直前の一瞬、エミールを見て微笑んでいたと思う。どうして、あんな表情をしていたのか、エミールにはわからなかった。あんなに怖い目に遭っていたのに、何故、彼女は笑ったのだろう?


 この際、ルイーゼが令嬢にはあるまじき動きをしていたことは措く。彼女が規格外なのは、今までにも証明されている。

 いや、もしかすると、外は危ないので、令嬢でもあのくらい戦えないと生きていけないのだろうか。そう言えば、以前に教育係をしていたアンティープ夫人は、ハンティングもたしなむと言っていた。

 貴婦人も武人のように鍛えるのが常識……だったりしないよね? そうだったら、やっぱり、外怖すぎる! 無理だ!

 引き籠り生活が長すぎて、なにが常識なのか、よくわからない。


「う……」

 エミールは落ち着かなくなり、むくりとベッドから起き上がる。そして、おもむろに書き物机へと向かった。

 なにを書けばいいのかわからないが、ルイーゼに手紙をしたためることにした。

 とにかく、なにかを伝えたかった。

 まじないグッズが片づけられてしまった部屋は広すぎて、なんだか落ち着かないこと。話し相手がいないと、寂しいと感じてしまっていること。あれから、一度だけ窓を開けてみたということ。

 外はやはり怖かったということ。けれども、――、


 けれども、また、ルイーゼと一緒に歩いてみたいということ。


 外は怖い。もう二度と、あんな危ない目にも遭いたくない。

 だが、ルイーゼの教えてくれた外の世界に、強く惹かれている自分がいる。いつか、もっと広い景色を見たいと望む自分がいた。


 ――そんな世界に生きていらっしゃるのに、ご自分の部屋にこもられてばかりでは、勿体ないとは思いませんか?


「よし」

 エミールは今の気持ちを書き散らかした手紙を折り畳み、勢いよく立ちあがった。なんだか、いつもより力が湧いてくる気がする。

 これを、外にいる者に預けよう。

 先日、謎の襲撃があって以来、近衛騎士がいつも部屋の外に立ってくれているのだ。実行犯は捕えたらしいが、主犯については口を割らないと、父の侍従が教えてくれた。


 話しかけやすい人なら、いいなぁ。そんなことを思いながら、エミールは、そっと、部屋の扉を開けた。


「む? 殿下、どうかしましたかな?」

 ほんの少しだけ扉を開けると、外に大柄の男が立っていた。

 純白の制服の胸に、飛び立つ天馬の刺繍が光っている。よく鍛えられた肉体は、服の上からでもよくわかった。短く刈った赤毛や、若草色の瞳は柔らかな色彩に見えるが、放つ空気は歴戦の勇士のそれだ。「豪傑」が人の形をして歩いている、そんな人物。

 王族の守護騎士≪天馬の剣≫の任を与えられた英雄騎士エリック・ド・カゾーランがそこに立っていた。


 思わぬ人物に出くわしてしまい、エミールは「ひぃっ」と喉を鳴らす。そして、そのままドアノブを引いて扉を閉める。

「む、殿下。何用ですかな? どうぞ、このカゾーランにお申し付けください」

 カゾーランは太い声で言いつつ、エミールが扉を閉めるのを阻止した。

「な、ななななんでもないですッ! ご、ごめんなさいっ!」

「左様にございますか? しかし……殿下、大きくなられましたな! 久々にお目にかかれて、カゾーランは感激致しておりますぞ!」

 なんでもないと言ったはずなのに、カゾーランは一人で盛り上がって、扉をこじ開けてしまった。若草色の瞳をキラキラと輝かせ、目尻には涙まで浮かんでいる。


「おや、殿下。なにをお持ちですかな?」

「え、え、ええべ、べ、別に!?」

 エミールは握っていた手紙を後ろへ隠す。

 だが、カゾーランは「むむむぅ」と唸ってエミールを凝視しはじめてしまう。

 ついにエミールは観念して、手紙をカゾーランに押し付けた。

「あ、あの……手紙を、書いたんだ……ルイーゼに、いや、その、シャリエ公爵の屋敷に、届けて、くれない?」

 手がガクガクと震えてしまう。緊張で力が入りすぎているせいか、先ほど書いたばかりの手紙はグシャリと折れ曲がり、手汗でインクも若干滲んでいる。

「ふむ、恋文ですかな?」

「こ、こいぶ、恋文!? ち、ちひ、ちちちぃがうよっ!」

「おおおお、殿下。内に秘めた想いを告白なさるのですね。さぞ、勇気のいることでしょう。カゾーラン、感激致しましたぞ!」

「だ、だから、ちが、ちがうっ!」

 よくわからないが、カゾーランの涙腺に訴えるものがあったらしい。エミールが否定する言葉も聞かず、カゾーランは滂沱の涙を流しはじめる。あまりに豪快な男泣きに、エミールは顔を引き攣らせた。


「と、とにかく、シャリエ公の令嬢に、渡し――きゃっ!?」

 話している途中に、身体がフワリと浮き上がる。エミールは思わず声を裏返して、婦人のような声を上げてしまう。

「結構ですぞ、殿下。しかし、男児たるもの、言いたいことは直接伝えるもの! すぐに、シャリエ公のお屋敷へ参りましょう。なに、ご安心ください。このカゾーランがお供致しますゆえ!」

「え、え、ええええ!?」

 鋼のように硬い筋肉に担がれて、エミールは甲高い悲鳴を上げた。必死に抵抗を試みるが、エミールを抱える筋肉は少しも揺るがない。


「行きますぞ、殿下。しっかり捕まってくだされ!」

「むしろ、逃がして!? ちょ、放してってば!?」

 エミールの言葉など聞かずに、カゾーランはそのまま王宮の回廊をひた走ってしまう。

「やっぱり、外なんて怖くてイヤだぁぁぁあああっ!!」


 こうして、引き籠り姫は初めて王宮の外に出るのであった。





 地味にサブタイトルは視点となるキャラっぽいセリフになってます。という、どうでもいい小話w

 次回から、ヌルヌルッと物語の謎へ。女子力もあがるよ!

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