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もしもあなたがここに訪れるのはただの暇つぶしではないのだとしたら






「失礼します」




声とともに、扉が開く。 振り向けば、女の子が口元を抑えて入ってきた。



「あら、どうしたの?」

「あの…… く、唇を切ってしまって。 絆創膏とか、無いですか?」



そう言って、抑えていた手を下げた。 見れば、うっすらと下唇に血が付いている。



「ちょっと待ってね。 消毒するから」



私はそれを見て、棚から消毒液と脱脂綿を取り出す。 女の子は空いていた椅子に座り、どこか恥ずかしそうに俯いている。



「少し染みるわよ?」

「はい……」



軽く返事をして、女の子は目をぎゅっと閉じ、プルプル震えながらこちらに顔を向けた。 なんだか可愛らしくて、少し笑ってしまった。








「……よし、大丈夫。 深くは切れてないから、安心して」

「はい。 ありがとうございました」




それにしても、女の子が口元を怪我するなんて。 珍しいというか、奇妙というか。 なんとなく気になって、聞いてみる。



「どこかにぶつけたの?」

「へ⁉︎」



私の問いかけに、大げさなくらい驚く。 自然と顔は赤くなり、また俯いてしまった。 もしかして……



「言えない位、ドジな事したとか?」



少しからかうように言ってみた。すると、まるで湯気でも出るのではないかと言うくらい女の子は真っ赤になる。



「……ドジ、と言うか。 そ、その。 さ、さじ加減が分からなかったと言うか。 は、初めてのことなのでどれくらいの勢いが必要かとか、その……」




……運動部なのかな? それでも顔を怪我する競技なんてうちの学校にあったかしら? それも女の子もできる競技だと言うならなおさら思い当たらないけど。



「あまり無理はしないでね? 今の君たちは心も身体もまだ未完成なんだから。 ゆっくり、少しずつ成長していけばいいの」



なんて、新米教師が言うには早かったかな?でも、私もこの子達にとっては先輩だし。 これくらい言っても、おかしくはないでしょ。




「た、橘先生は! お、大人ですよね!」

「え? ……んー、まぁね。 君たちから見れば大人だね。 でも先生方の中ではまだまだ若造よ?」

「い、色々経験とか、ありますよね!」

「そんな豊富ではないかもしれないけど。 アドバイス出来ることは多いかもしれないね」




この子は何が言いたいんだろう? あ、早く大人になりたい! なんて考えてるのかな? だったら止めなきゃ。 そういう子は自暴自棄になりやすいなんて何かの本で読んだ気がする。




「あの! 先生ーー」



なんて言えばいいかな? 現実を見なさい、はちょっと酷いか。 今はまず来月の中間テストのことを、なんて言ったってどうしようもないよね。 うーん……


返答を考える私を気にせずに。 女の子はこう告げた。





「き、キスはどうやったら上手くなりますか⁉︎」




……え? キス? キスってあれだよね、まさか鱚のこととかそんなおふざけではないんだよね? えっと…… ど、どう答えたらいいのかな。 わ、私だって上手いか下手かも分からないし。 実際お付き合いも数える程しかしたことないし……









「えっとーー」



ガラッ‼︎



「しっつれいしまーす。 ……あれ? お取り込み中?」



「……中野くん」



なんてタイミングで来るのよ、君は。





「てか、野村。 お前、何してんの?」



今までの空気なんて知らないと言った顔で、中野くんは保健室へと入ってくる。



「怪我しちゃって」

「マジか、気をつけろよー?」

「……うん」



そこで中野くんは野村さん? をじーっと見つめ始め。 よく見る悪い顔になった。



「あ。 そーいえばさ、さっき田所にーー」

「た、田所くんと会ったの⁉︎」

「……すれ違ってさぁ。 なーんか顔赤くしてフラフラしてたぜぇ?風邪……かなぁ?」

「うぅ…… やっぱり嫌だったかなぁ。 嫌われたかなぁ…… 流石にやりすぎたかなぁ」




野村さんはブツブツと何か言い始めた。 えっと、つまりどういうこと?




「そーいえば。 田所にお前の名前聞かれたぞ」

「え⁉︎ お、教えたの⁉︎」

「うん。 それくらい教えてもいいだろ。 てか逆に知らないとか失礼だしな」

「……なんか、言ってた?」




そこで中野くんはニヤリと笑った。 ……ほんと、性格の悪さが出てるなぁ。



「あの女、まじ礼儀知らずだよな、みたいなこと言ってたかな?」




その言葉に野村さんは勢い良く立ち上がる。



「先生! わ、私はこの辺で! ありがとうございました!」

「う、うん。 また怪我しないようにね?」

「はい、それでは!」




そう言って、勢い良く扉の方に歩いて行く。




「のむらぁ」

「何! 急ぐんだけどーー」

「今度はぁ、やさーしくな? まーたお互い口切らないように、な?」




からかう中野くんに、野村さんはまた真っ赤になりながら「バカ‼︎」と言って走り去って行った。







「さて」



そう言って、中野くんはこちらを見る。 思わず私は身構えた。



「……ふはっ。 だーいじょぶだって。 俺は野村みたいにいきなりチューとかしないから」

「……君は本当に、性格悪いね。 人をからかうのも程々にね?」

「だいじょーぶ、橘ちゃんのことはからかうつもりないからさ」



橘ちゃん、って。 私、歳上なんだけどな。 そんなこと中野くんに言っても意味はないか。




「んじゃ。 いつもの特等席、借りるねぇ」



そう言って、中野くんは窓側のベッドに飛び込んだ。 まったく…… 良くも悪くもマイペースだな。



「誰か具合の悪い人が来たらどきなさいよ?」

「だいじょぶ、放課後に横になりたいくらい具合悪くなったら普通帰るから。 少なくとも俺ならそうするね」



てことは。 今あなたがここで横になってるのはなんでなの? と聞きたいけど、どうせマトモな返事は期待出来ないだろう。



ふぅ。 どこか諦めたようなため息をついて、私は椅子に腰掛けた。 少し聞こえる、部活動の声。 夕日に照らされた樹々を、風が優しく揺らしてる。



中野くんは、放課後よくここへ来る。 怪我とか、具合悪いとか。 そんなまともな理由ではないみたい。 なんだか落ち着く、 そう言ってた。 そんな彼を、私もキツく注意することも出来ず。とりあえず半分放置気味にしてる。 まぁ放課後にやることなんて少ないし。一人でいるよりは、孤独感も薄れるかなぁなんて思ったんだ。




「にしても…… 野村は田所かぁ。 しばらく暇つぶしには困らないなぁ」



独り言、にしては大きな声。 私に話しかけてる、んだよね?



「同じクラスなの?」

「ん。 片方はクラス委員、片方は…… 根暗?」

「……それはすごい組み合わせね。 どこで接点があったのかな?」

「分かんね。 まぁ多分野村の一方的なもんでしょ。 田所は周りなんて気にしてないみたいだし」

「そうなんだ。…… 君たちも、大変なのね」

「……先生も大変じゃん。 色恋沙汰の相談なんてされて」

「……聞いてたの? ほんと性格悪い」

「もちろん。 聞いてたプラス見てたしね」






そう言って笑っている。 分かっててあえて知らないふりして入って来たんだ。本当に、ひねくれてると言うか。 掴み所がないと言うか。 どれが本当でどれが嘘か、混ざり過ぎてよく分からないよ。




「……さて。 私、もう職員室行くけど」

「えー! 橘ちゃん、暇じゃないの?」




私をなんだと思ってるのよ…… そんな言葉を飲み込んで立ち上がる。



「テスト近いんだよ? こっちも色々準備があるの。 君も、ダラダラしてないでしっかり勉強しなよ?」

「へーい。 ……しゃーねぇ、今日は帰るかぁ」



そう言って、中野くんも身体を起こした。 ……ちょっと、残念。 なんて、感じる私は変なんだよね。





「んじゃ。 橘ちゃん、またねぇ」

「橘先生ね。 まったく……」




そう言って、中野くんを廊下へと押し出す。なのに、中野くんは廊下で立ち止まり、周りを見回し始める。



「……ここの通りって、この時間人いないよねぇ」

「そうね。 事務室に誰かはいるでしょうけど」

「……隠れてなんでもできるね」




そう言って、こちらを見つめる。 な、なに。 えっと、だ、駄目だよ? 中野くんは生徒だし、ね? そういうことはそう、若い人同士でね?



あれこれ考えてるうちに、私は中野くんから視線をそらした。



「……ぷっ。大丈夫、流石に立場と状況は考えますから」



……その言葉に、また残念なんて思ってる。ほんと、私は自分の気持ちをはっきり出来てないな。 でも、ダメでしょ。こんな風に生徒にときめいたりしちゃったらさ。



「でも。 あと一年で、立場と状況は変わるからね。 それからは…… 我慢するつもりないよ?」




そう言って、私の顔を覗き込んで来る。 近いな、目と鼻の先って言うのかな。 少し顔を前に出したら…… 届いちゃうなぁ。





「……からかわないの」


そう言って、中野くんを引き離す。



「だーからぁ。橘ちゃんのことをからかうつもりは無いって」

「信用出来ませんから、普段の行い見てる限りは」

「ちぇっ。 まぁいいや、また明日ね」

「はい、またあした」




そう言って、中野くんを見送る。





今はまだこれでいい。 今のこの気持ちは、私自身もよく分からない。 好きなのか、好意を抱かれてることに満足してるだけなのか。 だから、急ぐつもりも無い。 君が大人になって、立場とかそんなの気にならなくなって。 もしも、今と同じ気持ちで。







その時。君からの気持ちを聞けたら、私は多分、とても幸せ。




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