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死者の沼地―3

 火柱を左右に切り開き現れたシロウ。その後ろにはアザレアが座り込んでいる。

 シロウの歩みは炎に巻かれたとは思えぬほどにしっかりとしており、悠々と呆けているトールに近付きその背を気安く叩いた。

「よう、時間稼ぎ悪かったな。助かったよ」

「いやまず当てるつもりだったってのは俺かあいつか、どっちかはっきりしてからだ」

「ハハハモチロンアイツニタイシテダヨー」

 大根役者もびっくりの棒読みである。もちろんシロウはトールに当てるつもりはなかったが「当たって吹っ飛んでいったら絵的には面白いな」くらいに思っていた。

 ――それはさておき。ふわりふわりと漂いながら、しかしシロウからは付かず離れずの位置にいる新顔に意識を向けた。

「そっちの少年? 少女? はいったい何者だよ」

「あぁ、風の精霊様らしいので崇め奉り敬うように」

 トールは薄い胸を張っている精霊を胡散臭うさんくさそうな目で見つめるが、先ほどの腐竜の炎を防いだこともあるし、なによりも今、目の前で腐竜が放った炎を片手間で打ち返しているのを見てそういうものかと納得した。

「それじゃあよろしくお願いしますってね」

「うむ。とりあえず1回目はさぁびすだ」

 つまりのところ、シロウが扱っていた精霊術というのは"上位存在である精霊が扱う魔法"であり、それを無理やり扱おうとしていたということである。当然本来の使い方ではないので余計な負担がかかりMPを枯渇させ、HPを魔力に変換しなければいけないようなことがおきる。

大旋風おおつむじ

 風の精霊が手を振るうと風が渦を巻き天高く竜巻が現れる。

 シロウが詠唱し魔力をこめて、時には体力を削ってまで放つ魔法それと同等以上の現象を腕の一振りだけで行える。それが精霊というものだ。

 腐竜の姿が竜巻に飲まれた。しかし突如として竜巻の中から紫色の炎が噴出し、風の勢いを種として燃え上がる。

「うーむ、相性が悪い。というわけで我は霍乱かくらんに回るのでとどめは別のに任せるぞ」

 風の精霊はそう言って虚空から剣を作り出し、腐竜目掛けて飛び出していった。腐竜から付かず離れずひらひらと舞い踊るように斬りつけて注意を引く。

 別の、というのは詰まるところ風以外の精霊ということだろう。相手はアンデットだから火が有効そうではあるが、そもそも元は竜で火を吹いている。残るは水か土だが、さて。

「トール、聖水残ってるだろ? よこせ。アザレアさんは水関係の陣術をあれば使ってほしい」

「はいよ」

「は、はい」

「リリィはー、うん、応援しててくれ」

「することなし!?」

「剣を持っていない剣士になにを期待しろと言うのだ。いや、お前のステータスなら囮は出来るだろうがそれはトールの役目なんで」

「あっはい」

 それじゃあ頼んだ、とトールに投げ渡された聖水のふたを開けて中身を地面にぶちまける。アザレアが杖の先で地面に陣を描き淡く輝く粒子を噴出させた。

 そうしてシロウはスキルウィンドウから精霊術の項目を開いて新たに加わっている【契約】を選択する。

「水の精霊よ我が呼びかけに答えたまえ」

 ――契約・水精霊

 風の精霊とはまた違う、透明感のある女性が立ち上る光と水の中から現れる。水の精霊の腰から下は魚の尾びれになっており、いわゆる人魚のような姿をしていた。

 トールがハンマーを大きく振り回し、風の精霊が死角から斬りつる。一人と一体が腐竜の視界を遮るように動くがシロウの足元から立ち昇る光は隠し切れるはずもない。腐竜は体を大きく振り回してトールと風の精霊を打ち払い、シロウ目掛けて大きく口を開けて紫炎を吐き出した。

「水の精霊よ力を貸し給え 渦巻く大波 力の奔流 聖なる水を以て敵を討て――!」

【アクアカノン】

 砲身に見立てた杖の先から大質量の水の砲弾が泥を弾き、石畳をめくり、地面を抉り、紫炎を突き破り、腐竜に直撃する。水の砲弾と腐竜が拮抗するが、それも一瞬のこと。大質量の水が砲弾から爆発するように溢れ出し、腐竜の上半分を抉りとっていった。

 残った腐竜の肉体がぐずりぐずりと崩れ落ち、かろうじて残っている肉のその中心に紫色の炎をまとう黒い宝石のような球体が現れた。

「トーールッ!!」

「【剛烈重打!】」

 トールがぐるりと回転し、遠心力を加えた振り下ろしの一撃が炎を纏う球体に突き刺さる。球体はビシリと乾いた音を立ててひび割れ、崩れると同時に残っていた腐竜の体もチリのように消えていった。

 クエストクリアの文字と共にレベルアップのファンファーレが4人から鳴り響いた。


***************************************************


「……終わった、な?」

「フラグみたいだからやめろ馬鹿」

 ここから第二、第三の敵が登場など冗談じゃない、と呟きながらシロウは泥にまみれるのを気にせずに沼地に腰を下ろした。周りを軽く見回してみるが風の精霊も水の精霊も見当たらない。どうやら消えてしまったらしいが、また今度、実験がてら呼び出せばいいかとひとり決意した。

「いやあ、さっぱり役に立てなかったねえ」

 剣もおしゃかになっちゃったしなあ、とリリィはぽっきりと折れてしまった双剣をインベントリにしまいこむ。

「んなことないさ、ふたりともすごく助かった。剣はー、まあ、うん。どうにか考える」

「えっ、店売りの一番良いのを買ってくれるの! ありがとう!」

「捏造もそこまでやられればいっそ清々しいがそんな金はねえ」

 和気藹々わきあいあいとしている中で、ジリリリリリリ、とかん高い――知っている人が聞けば古い黒電話の音だとわかる――音が意識を引き戻した。

「シロウはデフォルトのコール音のままなんだ。それやかましくない?」

「設定の場所がわからないからそのまま使ってる。それはそれとしてゲーメル・メルマルトって誰だ」

 こんな名前のフレンド登録した覚えもないし、聞き覚えもないものだ。いったい誰が何の用だとコールを受け取ると眼鏡をかけたやつれたように見える男が拍手をしていた。

えある100人目のクエストクリア、おめでとう、新入り精霊術師くん。僕はゲームマスター、というよりかは開発者の一人だね」

「開発者? そんな人がなんで俺に……?」

「それは君がゲームを開始してからずっと精霊術師で進めてこのクエストをクリアしたから――」

 画面の向こうでかしいでいる開発者ゲーメルはマグカップを傾けてコーヒーをすすり、一息。無表情のままで。

「ネタばらしさ。精霊術師のバランスが悪いと感じるだろう? 当たり前だ。なぜなら精霊術師は本当なら複数の条件を満たしてようやくなれる上位職の予定だったのだから」

 ――爆弾を落とすのであった。

「…………は?」

「つまりはね、ゲーム開始時からそのスキルを、その職業を選択できるのはただのバグなんだよ」

「ま、待て待て。いや待ってください。じゃあなんで未だにそのバグを放置しているんですか。バランス修正なり本来の上位職として再実装するなりどうとでも出来るでしょう?」

「放置のほうが面白いんじゃないかって意見が出た。採用した。あと敬語なしでいいよ。僕は堅苦しいの嫌いだからね」

「えぇ……。それでいいんですかね……」

「いいのさ。なにせ謎が謎を呼んで君のようなプレイヤーが現れるのだから。何もしていないだなんておかしい、何かあるはずだ、とね。精霊術師自体には修正を入れてないけどこの特殊クエストはだいぶテコ入れしたがね。まあなんにせよ」

 ファンファーレが鳴り響く。レベルアップの時に鳴るものより少し豪華な感じである。

「改めて、おめでとう。クエスト報酬としてこの杖を渡そう」

「……ありがとうございます?」

 シロウは困惑した。それは杖というよりは木の枝そのもののような見た目であったが、性能を確認する限り町の店で売っている同レベル帯の武器よりもよほど強い。

「正式名称は精霊樹の若木杖。通称ドM杖。君のようにゲーム開始時から精霊術師以外にならずにこのクエストをクリアした人にだけ渡しているからこんな風に呼ばれているんだが、気に入って貰えたかな?」

「クーリングオフだこんなもん!」

「返品は受け付けておりません。処分方法は各自治体にご確認ください」

 口元にボイスチェンジャーを当ててまでして機械音声で定型文を口にする姿に少しイラッとするが、強いことは確かであると荷物に仕舞いこんだ。

「さてさてここから重要なことだが、精霊術師の情報を運営から公開する。そしてユーザーも精霊術師の情報を上げられるようにする。今までガチガチに情報規制してたからね」

「てことは精霊術師やる人が増える?」

 シロウからしてみれば精霊術師はマイナーだから選んだのであって、それが多くなってしまえば少しやる気は落ちる。

「うーんどうだろうね。一時的には爆発的に増えるだろうけどそのまま続けるのは……、増えたうちの2割か3割か、そんなもんだと思うよ。そもそも色々な職を経験してもらった方が製作側としては嬉しいから何も問題はないんだけれども」

「そんなもんなのかねえ」

「そんなものさ。さて僕からは以上だ。質問があればひとりにつきひとつだけ受け付けよう」

 質問、とはなんでもいいのだろうか。少しの間考えてリリィが手を上げる。

「魔法剣士の燃費の悪さも実はバグとか」

「仕様です君たちには頑張っていただきたい」

 その答えを聞いてリリィはガクリと首を落とし、自身の懐具合は将来も厳しいものになりそうだとうなだれた。とりあえずシロウとトールに剣1本でもたかってやろうと決心する。

「俺は特にないかな」

「俺も。精霊術師の話は聞けたし」

 男2人は満足した様子である。というか疲れたから早く帰りたいオーラが出ている。むしろちょっと口から漏れ出している。

 最後の一人。アザレアは手を口元に当てながら少し考えて周りには聞こえぬように小さく尋ねる。

「では、このゲームは『――』なんですか?」

「うん、いいね。でも僕からの答えはこうだ。その質問の答えを知るためにこのゲームを遊びつくしてもらいたい」

「――わかりました。ありがとうございます」

「なにを聞いたの?」

「ううん、大したことじゃないんだ」

「いいよねえ、普通の女の子って。周りには頭のねじが2、3本外れてるようなのしかいないからなあ」

 ゲーメルの言葉にバカ二人が頷く。いつの時代も、現実だろうが仮想現実だろうが美人がキャッキャウフフしていれば画面が映えるよな。こっそりとスクリーンショットを撮っておこう。おっと流出するのは下の下だからしっかりと厳重にパスワードもかけて保管しておくことだ。バカは3人だったようだ。

「うん、これで終わりかな。それでは諸君、この世界を大いに歩き、学び、遊びつくしてくれたまえ。それが僕の、僕らのただひとつの願いだ」

 ゲーメルの姿がホログラムのようにノイズが走り掻き消える。

「……終わったかあ」

「終わったなあ。それじゃ帰りますか。おうちに帰るまでが冒険、ってね」

 

***************************************************


 カタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。昼間なら何十人もいる大部屋だが、今は深夜勤務の人間しかいない。

 音の発生源のうちのひとつ。身に着けていたフルダイブ用の機器を外した男が椅子から腰を上げる。

「さて、これからプログラムの見直し作業かなあ。だいぶレベル下げた設定にしたはずなんだけれど、なーんであんなにトチ狂った性能していたんだろうか」

 徹夜は嫌だと言いながらコーヒーをれに行く。ゲームの中で飲むコーヒーの方が美味しいのだが、それはそれ。ないものねだりをしてもなにも変わらない。

 ふと、ゲーム内で出会った4人組みを思い出す。とくに気になったのは―ー

「あの。本当に良い勘をしている」

 はたして勘だけなのか。それはわからないがきっと自分たちの望む答えを出してくれる。

 くつくつと笑いながら歩く。同僚に生温かい目で見られた。解せぬ。


精霊術師。

精霊と主に歩み、その力を借りる者。

精霊の姿は術師によって様々である。シロウが契約するのは人型。


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