自由への一歩 -3
「助かったよ、ありがとう」
「いいのいいの、困ってるときはお互い様ってね。でも始めてすぐならちゃんと最初の平原で狩りをしなさいな」
マップ中に点在する安全地帯で3人は話をしていた。安全地帯の広さはそこそこ広く、周りを見回せば同じように休憩し談笑している人たちがいる。
「反省してます」
「いや、トールはまじで反省しろよ」
「勿論、反省はしたが後悔はしていない」
シロウは自分たちを救ってくれた人物を軽く見やる。女、というよりは少女といった感じだろうか。腰まで伸ばした銀髪を編みこんでひとつにまとめている。背丈は高くなく男性の標準身長程度のシロウの肩に届くか届かないかといったところだ。
「しかし、魔法剣士か。序盤につらい職業で上から数えたほうが早いと言われているそれを選ぶとは」
「ロマンって大事よね……。ま、私は友達と一緒にやってるからそれほどつらくはないんだけど」
少女はふっと笑いながら虚空を見る。どうやら彼女は夢を追いかける類の人物のようだ。
リーベルタース・オンラインの魔法剣士はその名の通りの魔法剣という専用スキルを扱える。が、これも精霊術師と同じようにMP消費が激しく、またレベルが上がっても戦闘中に条件を満たさないと火力が上がらないなどの理由で好んで扱うプレイヤーは少ない。
「あっ、ようやく追いついたー。もう、1人で先に行かないでよー」
「ああ、ごめんごめん」
パタパタと、しかしその動作とは裏腹にのんびりした口調の少女が3人に近寄ってきた。こちらは肩の下まで伸ばした金髪を先のほうでふたつにわけて結んでいる。服装は白いローブで腰に杖を下げていることから魔法使い系の職業であることがシロウとトールにも見て取れた。
「さっき言ってたお友達か」
「初めましてー。リィちゃんがご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いや、迷惑どころか随分と助けられてしまって……。えっと、俺がトール、こっちがシロウです」
「え、なに、その反応。私のときと違うじゃん。胸か、胸の差か」
「いや、トールのあれはただ相手が敬語で話しかけてきたから自分もそう返さなきゃってだけの反射だ」
リィと呼ばれた少女がジト目でトールを見て、その後自分の胸に手を当てていた。
シロウが横目で少女2人の胸を盗み見て、確かに随分と対照的ではあるが、と思ったことは胸に秘めておくことにした。何故ならリィと呼ばれた少女に思いっきり睨み付けられているからだ。恐らく女の勘というやつだろうとシロウはそ知らぬ顔をした。それが出来ているかはまた別の話であるが。
「えっと、私はアザレア。そっちが……」
「そういえば名乗ってなかったわね。リリィよ、よろしく」
「おう、2人ともよろしくな」
「ん、ぐ、よし。もう大丈夫だ。よろしくアザレアさん、リリィさん」
「さんづけとかちょっと気持ち悪いんで私のことは呼び捨てで……」
「お、おう。わかった……。よろしく、リリィ」
それから一通り自己紹介を終えて、一息吐いた4人は今後の予定を話し合う。
「2人はこれからどうするんだ?」
「今日はもう落ちる予定だったのよ。そろそろ3時間だからね」
VRなどの意識をネットに落とすアプリ、サービスは法律により強制ログアウトする時間制限をつけなければいけない。リーベルタース・オンラインでは法律での限度いっぱい、3時間で強制ログアウトされるようになっている。
「俺らはまだ余裕あるからな。街を回ったり、もしくは最初のフィールドに戻ってレベル上げってのもいいな」
「なんにせよこれでお別れか」
「そうね。これっきりじゃなくてフレンド登録しておく?」
「いいのか? 女の子だし、その、いろいろと」
「ネカマかもしれないのにそれ聞いてくる時点でもう半分くらい警戒度下げられたからオーケーかな」
このゲーム内では姿形、果ては性別まで変えられるとはいえ基本的には現実と同じ性別にしているプレイヤーの方が多い。なのでナンパや、法規制のおかげで滅多にありえないがストーカー騒ぎまでありえるものだった。
「最初の半分は?」
「あーちゃん、アザレアが普通に会話が出来たこと。そういう事に関しては相当敏感だから私の勘とかよりよっぽど信頼できるわ」
「あー……、そりゃよかった、のか? いや、よかったんだろうな」
トールが首を捻りながら無理やり自分を納得させるために呟いた。
「ん、じゃあ暇なときにでもパーティ誘うようにするわ」
「そうして。私たちもフレンド欄で見かけたら声をかけるから」
首を捻っているトールを放っておいてシロウとリリィが別れを告げる。リリィが手をひらひらと振るい、アザレアが綺麗にお辞儀をして、そのまま足元から立ち上る青い光と共にその姿は消えていった。
「おら、いつまでも首を捻ってないで戻るぞ」
「ん? ああ、了解だ。レベルが上がったとはいえこのエリアは俺たちにはまだ早いだろうからな」
「おい。……おい」
「おーっと怖い怖い。魔術師殿の怒りを食らわないうちに逃げるとしますか」
「あっ、てめえ! 待ちやがれ!」
シロウが杖を握り締めるのを見てトールは街へと続く道へ走り出し、それをシロウが追いかける。
フィールドには木々の葉が風に揺られる音が時折聞こえるだけである。
「……ふむ、行ったでござるな」
否、何もない空間が揺らめきそこから全身黒尽くめ、頭巾とマスクをして目元だけを出している、この姿を見た人に聞けばおおよそ大半が忍者ではないかと答えるであろう風貌の人物が現れた。
「うーむ、掲示板にはなんと書き込めばよいものやら。……『【悲報】拙者は忍者ではなくキューピッドかもしれぬ』っと。これでよいか」
ゲーム内掲示板に自身の呟きが書き込まれ、それほど間もなくそれに対して顔も知らぬプレイヤーたちから反応が来る。それらに一通り目を通し、短めに返信をして掲示板を閉じる。
(ピンチな男2人の方に女2人を誘導したとはいえ、あそこまで仲良くなられるとは思ってもみなかったでござるからな……)
自分たちの暇つぶし対象でもある初心者同士で付き合いが起きれば御の字と思っていたところが、フレンド登録までして次の約束まで取り付けるとは。いやはや、最近の若者は進んでいるでござるな、と忍者は一人納得した。
「自分にもそんなことができる相手が見つかればもっと良いのでござるが」
最後に付け加えた呟きは誰に聞かれることもなく宙へと消えた。
「今日はこんなもんか」
町のすぐ傍の安全地帯で戦利品を確認し終えたシロウが、隣でハンマーの手入れをしているトールに言う。リリィとアザレアと別れた後は最初のフィールドで狩りを続け、順当にひとつふたつレベルを上げた2人である。
「そうだな、強制ログアウトまであと15分弱。現実世界じゃ日付も変わってるしな」
「おお、本当だ。いやー、時間を忘れてゲームするとか久々だな」
シロウがシステムウィンドウを開き、ゲーム内での経過時間と現実世界での現在時刻を確認する。システムウィンドウには3つの時計があり、もう1つはゲームでの現在時刻である。
「明日、っつーかもう今日だが、やま……、っと、シロウも講義はないんだったか?」
「ああ、明日は暇な日だな。昼くらいからやろうと思ってるんだが」
「おーけーおーけー。昼飯食ったら連絡するわ」
アイテムを仮想収納鞄に収納して、ログアウトしようと視界に仮想メニューを開く。
「おっと、忘れてた。ログアウトしたらでもいいし、明日の朝にでもいいからこれ見てくれ」
別れの挨拶に片手を上げてログアウトをしようとしたとき、トールがひとつのデータをシロウに投げ渡した。シロウがデータを確認してみるとそれは30分ほどの長さの動画データのようだ。
「なんだこりゃ」
「見てのお楽しみってやつだ」
「ふーん、まあ見てみるさ」
そうして今度こそシロウたちの姿がリーベルタースオンラインの中から消え去った。
――そこは戦場だった。
見晴らしの良い平原に、20人の冒険者たちがそれぞれの獲物を握り、2つの陣営に分かれて睨み合う。彼らは己の我を通すために、己の武を示すために、己の義を果たすためにそこに立つ。
ギルドバトル。所謂PvP、プレイヤーバーサスプレイヤーを大人数で開催するために作られたシステムだ。
そして、今回のバトルはこのゲームの中でも上位に位置する2つのギルドが争うものだ。
輝くような純白の全身鎧を装備した男を先頭としたギルド『聖十字騎士団』。光を反射しない夜の暗闇のような鎧と身の丈ほどの刃渡りがある大きな剣を2振り装備している大男を先頭にしたギルド『黒鉄』。どちらもある程度の期間ゲームをしていれば必ずと言っていいほどに耳にするであろうゲーム最大手のギルドである。
「よう、聖騎士様。こうやって相対するのは何度目だったか」
散歩途中に出会った人に話しかけるように、黒鎧の男は気負いもせずに声をかける。
「7度目だ、狂戦士。貴様とは肩を並べて戦っていても勝負のようになるからそれらを含めないのであれば、だが」
純白の騎士は剣と盾を構えて答える。
「ふん、相も変わらず衝突ばかりだな」
「それを楽しんでいるのも事実だろう?」
「違いない」
2人の男がのどを鳴らして小さく笑う。さながら肉食獣のような印象を覚える笑みだ。そうして睨み合いを続けて数秒。ギルド戦専用フィールド全域に大きく鳴り響くギルド戦始まりの鐘と共に弾かれた様に互いに前方へと飛び出した。
――『双剣術』『狂戦士』『背水の刃』
「千切れ飛べ」
――『盾術』『聖騎士の誇り』『魔術防壁』
「そう簡単にはやられはしない!」
黒鎧の大男は身の丈ほどある大剣を両手に1本ずつ、左右から間断なく攻め続けるその姿はまるで嵐のようである。剣を振るう風圧で周囲の地面は削れ、抉られていく。だが白銀の騎士は盾と剣で1歩も退かずに、それどころか間合いを詰めるために足を前へと動かしながら暴風を捌いている。
――『受け流し』『ハイカウンター』
防戦一方のように見える白銀の騎士だが、スキルによるカウンターで黒鎧の隙を狙う。しかし黒鎧は2振りの剣を巧みに振るい、受け止め、致命的なダメージを防ぐ。
黒鎧の男が剣で大きく聖騎士を弾き飛ばし、構えを取る。
――『大剣術』『双剣術【千華万雷】』
「ギアをあげるぜ?」
鎧を身に着けた巨体がスキルによって加速され、強化された筋力で双大剣を振り回し、白銀の騎士のHPを防御の上から削っていく。
「おおおおおおっ!」
――『盾術【シールドスマイト】』『聖騎士の誇り【最前線の盾】』
だがそれでも1歩も退かず、盾で弾き、剣で押さえ、時には体を刃にさらして黒鎧の男のスキルによる攻撃を凌ぎ切り、そして、わずかな隙を見つける。
――『ハイカウンター』『聖剣技【地裂爆砕斬】』
光を纏った剣が振り下ろされ、しかし間一髪剣に阻まれる。――聖騎士の狙い通りに。
地裂爆砕斬。剣を地面へ振り下ろしエネルギーを放出、大地を伝わり遠距離の相手に攻撃が出来るスキルである。しかしこのスキルにはそれとは別の効果がある。
「砕けろっ!」
ひとつは体が岩や鋼で構成されたモンスターの防御をある程度無視できるというもの。そしてもうひとつが武器、防具の破壊だ。大地に伝わらせるエネルギーを直接対象に放出し、対象の内部から砕く。
黒鎧が持つ大剣に聖騎士の剣と打ち合った点から蜘蛛の巣状に罅が入り、終にはガシャン、とガラスが割れるような音と共に砕け散った。
武器をひとつ破壊された黒鎧の男は大きく飛び退き、刃が無くなった剣を一度見てから放り捨てた。
「武器破壊スキルか。確かに、相手を無力化するってことなら申し分ねえな」
「貴様も知っていることだが、聖騎士は守ることが得意な職の中でもやや攻めに傾倒している職だからな。こういったものもある、ということだ。もっとも、この効果を知ったのはつい先日だがね」
「隠し効果か。オレが使っているスキルもまだまだ調べる余地がありそうだ」
スキルひとつひとつの効果はゲーム内でも閲覧できるようになっているが、記載されているものとは別の効果を発揮するものがある。そういったやり込み、検証要素がこのゲームの人気の理由のひとつだ。
「だがまあ、今はてめえを叩き伏せることができるのであればなんでもいい」
「はっ、貴様のそのもう一振りも砕いて見せようか?」
「どーせクールタイム長ぇんだろ。ならそれが終わる前に叩き斬れば済むっ、話だっ!」
そう言いながら踏み込み、地面を粉砕しながらの跳躍。スキルも使用していないSTR値だけで行われた大上段からの大剣の叩き付けを聖騎士は盾で受け止める。受け止めた力は聖騎士の体を伝わり地面へと流れ、地面には蜘蛛の巣状に罅が入り聖騎士を中心に陥没した。
「このっ、馬鹿力め……!」
「まだまだ行くぜぇ!」
胴薙ぎ、逆袈裟、斬り上げ、唐竹。一振りの大剣で間断なく行われるそれは双剣で行われた時のものよりも鋭く、重い斬撃だった。もともと両手用の大剣を片手で扱っていたのだ。ならばそれを正しく扱えばどうなるかなどわかりきったことだ。
そうして更なる暴力を叩き付けられている聖騎士はただひたすらに盾で防ぎ剣で捌き、逆転の機会を待つ。
(彼女は上手くやれただろうか……?)
両ギルドのリーダーが何十と打ち合っている攻防の裏でもそれぞれのギルド団員たちが一進一退の攻防を行っている。
「ふふふ、はぁーはっはっは!」
そんな戦場の真っ只中で、全くもって似つかわしくない高笑いが戦場を一時止めた。その声を上げたのは黒鉄ギルドの陣営の中央、白衣の、武器など持ったことなさそうな、現実にいる大学生か、はたまたどこぞの研究者がそのままゲームの世界に入ってきたような風貌の男だった。
「苦戦しているようだなぁ諸君? だが、この俺! 完全なる黒が来たのだ! 感謝して咽び泣き崇め奉るがいい!」
「うるせー! ひっこめー!」
「口上が長ぇんだよ、馬鹿がー!」
「というか厨2病患ってんじゃねえよ、こっちが恥ずかしいんだぞボケがー!」
仲間から散々な言われようであるが白衣の男は何事もないかのように高笑いをしている。どうやら言われ慣れているようだ。
「はっ、だが貴様らには荷が重いのも事実であろう? だからこそ! 今! 俺の力を解放するのだぁ!」
――『高速詠唱』『複合魔法【超重力弾】』
両手を突き出しスキル名を叫ぶ白衣の男。男の手の先から小さな黒い球体が現れ、それは壊れたラジオのような不快な音を立てながら徐々に大きさを増していった。
「させるな! 止めろ!」
聖十字騎士団のメンバーの1人――魔女のような格好をした女性――が叫ぶ。それに反応して隣にいた弓を持った女性がスキルを発動させて一直線に矢を飛ばす。
「遅いわぁ!」
打ち出された黒球はスキルによって放たれた矢を飲み込み聖十字騎士団の陣地で炸裂した。瞬間、周囲に圧力が掛かり、轟音とともに地面に亀裂が入る。
――『アラウンドカバー』『守護者の信念』
「ぐあっ……!」
バケツをひっくり返したような兜を被った大盾持ちの戦士が広範囲防御スキルによって仲間の分のダメージを引き受けるが重圧で鎧が軋み膝を着いた。魔法使いが障壁を重ねて張り重圧を和らげるが、その障壁もゆっくりと削り潰されていく。
「なるほど、流石は聖十字騎士団。防御型が多いと言われるギルドなだけはある。だがいつまでも耐えられまっ、ぁが……?」
白衣の男は呆然と自分の胸から突き出る物を見る。ダメージエフェクトの赤い光と共に突き出たそれは短刀というには長く、太刀というには短い刃だった。
――『気配遮断』『暗殺術』
白衣の男の背後に影が浮かび上がる。フードを目深に被った背の低い人物だ。聖騎士の指示通りに黒鉄の誰にも気付かれることなく脅威となる男の暗殺をやってのけた。否、できてしまった。
「くっ、くくくく。ふははははははは! まさかここまで上手く行くとは」
――『呪術:生命汚染』
生命汚染は術者のHPが0になった際に使用できる高等呪術であり、その戦闘中に蘇生することができなくなる代わりに全敵対者にゲーム内でプレイヤーが扱える全ての状態異常をランダム個数付与するものである。
聖十字騎士団の団員たちの体から黒い光が湧き上がる。毒と麻痺を受けて膝を着く騎士、呪いで治療が受けられない魔術師、石化する治癒術師。阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられている。
「っあんた、呪術師か……!」
HPが無くなり足元から光の粒子へ変わっていく白衣の男に、幻惑――幻覚が見えるようになる状態異常――を受けた暗殺者が声を荒げる。
「その通りだ美麗なる暗殺者よ。こういった戦法は団長殿は好まんが、なに、俺が勝手にやったことだからな。一足先に場外からこの戦いの終わりを待っているさ」
「くそっ、くそぉ……!」
白衣の男が完全に光となって消えたのを合図に黒鉄の団員が攻勢に出る。矢で射抜かれ、炎に巻かれ、槍に貫かれて一人、また一人と光の粒子になって姿を消していく。
「チッ。あんまり良い終わり方じゃねえな。だが、待ってやるつもりもねえ」
黒鎧の男は楽しみを横取りされたようであからさまにやる気がなくなっているが、それでも目の前で膝を着く白銀の騎士に剣を突きつけた。
――鈍色が、閃いた。
――結局、黒鉄の呪術師による大規模呪術によって聖十字騎士団の戦線は崩壊、立て直すことができずに敗北。黒鉄の勝利で終わった。
このギルド戦は観戦していたプレイヤーによって動画として保存され、プレイヤー間に広がった。初心者の手にも渡るほどに。
呪術師。
自分にステータス異常をかけて敵対者に同じデバフ、ステータス異常をかける。
生命汚染は術者が敵対者の直接的なダメージによってHPが0になったときのみ発動できる。
「人を呪わば穴二つ。あんまり人気がないのもわかる気がするがね」