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35、 最後の町へ -1-

 炭坑の町、【ゴッド・エンブレム】。

 別名、【静寂の古代魔術都市】。

 その町は、四方を森に囲まれた真ん中にある。

 4つある出入り口のすべてが、それぞれ名の付く森に出て。フィールド画面はどこも鬱蒼とした樹々で満たされる。

『【テネシーブルー】への正規ルートは南の出入り口。ここから森を幾つか抜けて行くと、【テネシー】の正面へ出る』

 ――1月最後の土曜日。

『だが前にも行った通り、その道は使わない。〝5番目の道〟を使う』

 【ゴッド・エンブレム】に存在する隠しルート。

『各町には実は、それぞれ隠しルートが存在する。クエストに関係する物がほとんどだが、特殊なフィールドに続く道になっている』

 先日、メグさんが【テネシー】から戻った後に話し合ったルートだ。

『今回はそれを使って【テネシーブルー】へ向かう。【ゴッド】の北方、炭鉱に向かう途中に遺跡があるんだが、その一角が洞窟に通じている。そこから湖を経由して、【テネシー】の裏側から入ろう』

 【グリッド・エンブレム】からワープで【ゴッド・エンブレム】へ。

 そこから俺たちはまっすぐに遺跡に向かった。

 先頭は【ハム】、俺とメグさん、そして【イチダイ】。

 馴染がない町を4人、抜けて行く。

 印象は、緑色の町。

 森に囲まれている町という設定からか、町の中も樹々が生い茂っていた。立ち並ぶ建物も木をそのままくりぬいたような物やら、木々にぶら下げられたハンモックやオーナメント、読めない文字飾りが印象的に、平面だけでなく上に向かって伸びた物が多かった。

 目に焼き付いたのは、町中に差し込む光。樹々の間を抜けて、その光は七色を薄く灯している。

 2次元の世界、色と輪郭で張り付けられただけのこの世界の住民も、なぜだか、他の町とは違って見える。表情なんてざっくりとしか描かれていないのに、なぜだか、穏やかな顔に見えるのは気のせいだろうか。

 それとも、それこそがこの町にかけられている魔法そのものなのか。

 遺跡まで来て、不意にメグさんが『ちょっと待っててください』と言った。

 メグさんの動きが止まったのを見て、【イチダイ】も席を外す。

 その場に、俺と【ハム】が2人残された。

 画面の向こうには4人いるのに、現実に今この場所に向き合っているのは2人。

 気まずいとは思わないものの、少し躊躇うような気持ちが生まれたのは確か。

『ついに来たかこの日が』

 【ハム】が言った。チャットではない会話で。

『一緒なのか?』

 ふと問われ、一瞬意味がわからなかったが、

『いいえ、別々です』

『そうか……まぁ、そうか』

 今日は家に誰もいない。父さんは仕事だし、母さんもパートに行ってる。

 俺は一人、家のパソコンに向き合って。

 ……メグさんも、きっと一人で。

 一緒に……なんて、言えなかった。

 欠片くらいは思ったかもしれない。でも……、言わなかった。

『お前、装備変えたのか』

 俺は苦笑する。

『団長は相変わらず真っ赤の装備で』

『いいだろこの鎧。レア中のレアだぞ』

『職権乱用してますよね、絶対』

『アホ、自分で作った物を自分で着て何が悪い』

『あはは、まぁ、そうっすね』

『お前は……その剣どうした? 随分いい剣持ってんな』

『この前、【グリッド】の市場で売ってたんですよ。たまたま見つけて』

『高かっただろ、それ、中々手に入らないレアもんだぞ』

『そうなんですか? よくわからんけど、そんなには』

『ああ……使用回数残り2回か……だからか』

『人のステータスをのぞき見しないでください』

『メインを【鋼の長剣】、サブで【白刃の剣】……』

 少しの沈黙の後、

『お前……その剣装備するために……』

『……』

『いや、何でもない』

 【ハム】が何を言いたいかはわかった。

 【白刃の剣】……偶然市場で見つけたその剣を装備するには、レベルが足りなかった。

 必要レベル18――。

 俺はこの剣を装備するために、懸命にレベル上げをした。

 少しでも、強くなりたいと。

 何だかそれは、夏休み最後の日のような焦燥感。

 その中で、俺は……。

『お待たせ』

 【Megu】がピョコンと動いた。

 続けざまに【イチダイ】も戻ってきた。

『行くか』

 と【ハム】が歩き出す。

 ……それ以上何も言われなくて良かったと、そう思った。




『すごい遺跡……』

 【ゴッド・エンブレム】の遺跡は思ったより深かった。

 町から続く遺跡には、他に人もいなく。ただ物々しい岩肌と太古を思わせる人口的な建築物が奥へ奥へと続いていた。

 この遺跡を描いたのもやはり兄貴なんだろうか?

 どこかで見た事があるようで、きっと見た事はない。覚えているという錯覚は、もしかしたら、魂レベルの事なのかもしれない。

『あいつ、この遺跡描くのに何日かけたやら。もういいって言ってもやめない、岩の質感がどうのこうのと、とにかく凝り性。ここ色が多少違ったって、そう変わらんっちゅーに』

『かけた時間の分だけ、やはり重みはある』

『でもさー、だから開発の方が遅れたじゃん。あと、海とか』

『【グリッド】の海か』

『あれなんかとにかくひどかっただろ。光の点滅がどうのこうのって、何日徹夜した事やら。俺、巻き込まれたし』

『まぁ、あれは確かに』

『お前だって、困ってただろう』

『まぁ、……確かに』

 歩きながら流れる文字。【ハム】と【イチダイ】の会話。

 俺なんかは歩くのと会話を読むので必死で、簡単な相槌すら打てないけど。

 2人が語る、兄貴の事。

 ……メグさんも何も言わない。

『ここから入るよ』

 と、最後に立ったのは遺跡の北西。彫像の前だった。

『皮肉だな』

 【ハム】が打った。どういう意味か最初わからなかった。

 だが直に。

 その彫像物が――麒麟である事に、気づいた。

 【ハム】が石像の神獣の背面に回る。

『こっちに通路がある』

 俺も【ハム】と同じように麒麟の裏側へ。

 PCの画面には映り込まない、死角になった場所から。

 画面が黒に一転する。

 あっと思う間もなく。

 遺跡だった画面は、暗い洞窟の中へ。

『あれ?』

 俺の後に続いて現れた【Megu】が呟く。

『修練所みたい』

 確かに。あの雰囲気に似ている。

 薄暗い空間。

 でもあの時より、人の手が入っている感じが薄い。

 城下町にも関わらずモンスターを野放しにした空間は、それなりに手入れがされていた。壁はきれいに区切られていたし、松明も掛かっていた。

 でもここは、そんな至れり尽くせりな場所ではなく。

『松明つけるよー』

 【ハム】が点けた照明で、ようやくはっきりと道が見える。

 【イチダイ】も点けて見える範囲は広がったけれど、画面全体を照らすような光ではない。

『迷路になってるから、はぐれるなよ』

 実際、その先の道は随分と入り組んでいた。

 右に左に、仕掛け扉に。

 何度も曲がって、同じような道を行ったり来たり。

 先頭を行く【ハム】さえも、途中『あー……右だっけ? 左だっけ?』と迷っているくらいだった。

 もしもはぐれたら、戻るのは大変だなと思っていたけれども。

 大変だったのは、さらに加えて出てくる敵。

『ガイコツ!!!!』

 【Megu】が叫んだ。

 岩陰から飛び出してきた【骸骨戦士】に、【Megu】が飛び上がった。

 同時に、後ろからは【明日にはきっと腐っている死体】が。

『ゾンビ!!!!!!!!!』

 【Megu】がまた飛び上がった。

 俺はメグさんを庇うように立つ。

 【ハム】と【イチダイ】が両側から、骸骨と死体を切り倒していく。

 だが数が多い。

 わらわらと、奥からどんどん湧いてくる。

『無限湧きだっけ!? ここって!?』

『開発っ!! 何やってる!!』

『知らん、平田っちの担当だっ』

 明らかに一般ユーザーではない会話が飛び交う。

 俺は買ったばかりの【鋼の長剣】で、2人の間をすり抜けてきた【明日には(略)死体】を斬った。

『ダッシュで抜ける! 行くぞ!! 【イチ】、フォロー頼む』

 言うなり、【ハム】が走り出した。俺たちは追いかける。

 【骸骨】にぶん殴られながら、必死に斬り倒す。

 メグさんも杖を振り上げポコッと降ろす。

 ひたすら走り、脇道に抜けて。

『平田……絞める』

 骸骨のパレードを抜けた後も。

 なぜか、メグさんは杖を振り上げポコッとやった。

『行こう』

 ポコッと。

『急いで抜けよう。確かここには他にもアンデット系がいるかもしれない』

『洞窟にアンデットって、セオリー過ぎてつまらんちゅーに』

 ポコポコと。

『メグさん、行こう』

『……』

 俺の、アバター目がけて。

『……』

『……』

 メグさんは何も言わなかった。

 言いたい事はわかった。

 でも……。

 降り降ろすメグさんの杖……キラキラ光ってるよ……?

 歩き出す直前にもう一回ぽこっと振り下ろした杖から、強い光が飛び出した。

 あ、回復魔法。

『お化け屋敷、イヤ』

 そう呟いて、メグさんは2人の後を追いかける。

 俺も、迷子になって骸骨の仲間入りをするのは嫌だから、慌てて後を追いかけた。

 


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