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34、 「見ておきたいの」

『改めて、団長の【ハム】です。よろしく』

 【グリッド・エンブレム】のいつもの空き家。

 赤の物々しい鎧が小さくお辞儀をすると、何だか誰か知らない人のように見える。

 言いたかないが妙にかわいらしく、その向こうにいるクルクルパーマを思い出して一瞬苦笑も浮かべたくなる。

『それ、もう知ってます』

『副団長の【イチダイ】です。よろしく』

 さらに【ハム】の隣にいた人物までチョコンとお辞儀をする。

『それももう知ってます』

 何してんだこの人たちは……。でも今日2人は、わざわざ俺たちのためにここに来てくれた。

『崇之君には大変お世話になりました』

 メグさんはじっと動かず、2人を見ている。

 ……【ハム】が兄貴の同僚だったという事は、ここに来る前に話しておいた。

 メグさんはとても驚いたけれども、「そうだったんだ……」と2回ほど呟いた。

『私も崇之さんにはお世話になりました』

 正直、【イチダイ】の立ち位置はよくわからなかったけれども、【ハム】とリアルで関わりがある様子だし、同じ会社のメンバーなのではないかと思っている。

『もっと早くにご挨拶したかったのですが、コレに、内緒にと言われていましたので』

 【イチダイ】はそうしてアクションコマンド【アゴで相手を指す】をした。……こんなコマンド、この1年で初めて見た……。

 【ハム】は【肩をすくめて首を振】り、

『まぁ、内緒にしといた方が面白いかなぁーと思って』

 【ペロっと舌を出す】をした。

『乱用しすぎでしょ……』

 思わず俺は突っ込みを入れる。特殊なアクションコマンドは課金して購入しないと追加できないもんだと思ってたけど……絶対にこいつら、製作者の特権使ってる……。

 俺が内心で【ジト目をする】をしていたら。

『ちゃんとお金払ってるに決まってるだろ』

 と【ハム】が言った。

『まぁいい。……とにかく今日集まってもらったのは他でもない。【テネシーブルー】潜入作戦について話し合いたいと思う』

 【テネシーブルー】潜入作戦――知らず眉間にしわが寄る。

『今回の目的は1つ。瞬介とメグちゃんを無事に【テネシーブルー】に送り届ける事。そして無事に【聖域】クエストに挑戦させる事』

『そこなんだが【ハム】、どうにかできないのか?』

 【イチダイ】が【ハム】に向き直る。

『お前の特権で、2人を【聖域】までワープさせるとか。目的はそこだろう? 麒麟も魔都も2人には関係ないはず』

『……その話はさっきも今朝も昨日もしただろ? できん』

『いつも『俺はこの世界の神だ』と豪語している奴が聞いて呆れる。それくらいしてあげろ』

『だから、ロックがかかってるって言ってるだろうが。あの馬鹿の嫌がらせだ』

『それくらい何とかなるだろう』

『できたらとっくに見せてやってるわ!』

『……えーと、団長、副団長、喧嘩しないでください(汗)』

 こういう時に使えそうなアクションコマンドを持ち合わせてない俺は、とりあえずお辞儀をしといた。

 そしたら。

『やめてください』

 【Megu】が動いた。

 そして彼女は……【魅力的なウインク】をした。

 メグさん、それ買ったの!? いつの間に課金してたのっ!?

『大丈夫です。何とか行きます』

『……すまん。全力でサポートをする』

 珍しく【ハム】がノーマルにお辞儀をした。

『本議案は我がギルド【よい子の騎士団】最大にして目下最優先事項とする。意義はないか』

『うちのギルド連中にも一応話しとくか?』

 【イチダイ】が隊長をやっているというもう一つのギルド【月の閃光】の事か。

『【お月さん】の方々がサポート入ってくれたら、そりゃありがたい』

 PK取り締まりを目的として活動しているギルドだ。確かに心強い。

 問題となるのはやはり【テネシーブルー】に入った後……。

『だができれば、俺たちだけで何とかしたい』

『どうやって【テネシー】に入る? ワープは自殺に等しい』

『地道に行くしかない……【カサム・エンブレム】から【ゴッド・エンブレム】、そこから【テネシー】の裏側から入ろう』

『そうなると……湖を抜ける事になるが』

『やむをえんだろう。ワープで入るよりはマシだ』

 【テネシーブルー】での光景が蘇る。……俺がメグさんに行こうと言えなかった一端がそこにはある。

 ワープで入った途端に繰り出された、同じプレイヤーたちの猛襲。そして恐ろしいモンスター……。

 女神が守っているはずの町、本当はそこは美しい町。だけどあの時俺が見た光景は……恐ろしい世界だった。

 ある程度のゲームはやってきた。だから付いている免疫もある。世界を救った事もあるし魔王の城にも乗り込んでぶちのめしてきた。魔王クラスはもちろん、気色悪いモンスターとも戦ってきた。

 でも……メグさんは違う。

 あんな世界、あんな景色……見せたくなかった。彼女の脳裏に焼き付いてしまいそうで。

 もうこれ以上苦しい思いをさせたくなかったんだ。

 でも彼女は言った。

『【テネシーブルー】の光景を、私にも見せてもらえませんか?』

 え、と俺は思わず画面のこっちで呟いて。

『ダメだメグさん』

『私も見ておきたいです』

 【Megu】がクルっと俺の方を向いた。リアルの画面の、俺の方に。

『見ておきたいの』

 何に挑もうしているのか。どこに向かおうとしているのか。

『いい度胸だ』

 【イチダイ】が言った。

『補佐は私が行こう』

『ダメだ。俺が行く。PK撲滅委員会のボスが行ったら、お前、目立ちすぎるわ!』

『俺も行きます』

『アホ! これ以上死人を増やすなッ!』

 ……結局。

 メグさんと【ハム】は2人で【テネシーブルー】に向かう事になった。

『【天使の鐘】ちゃんと持った? 大丈夫?』

『大丈夫よ』

 俺はたまらずスマホを取り出して、

「本当に大丈夫?」

「……ちょっと、心配しすぎよ瞬君」

「だってさ、」

 きっと、メグさんの想像超えるから。

 電話の向こうでメグさんはクスクス笑った。

「大丈夫。任せて」

「……」

「待ってて」

「……ん」

 【グリッド・エンブレム】のワープ屋から、2人の姿が消える。

 音もない、画面上では一瞬の事。

 でも俺はそれを祈るように見つめて。

『大丈夫』

 その心境を察したのか、【イチダイ】が直接チャットで話しかけてきた。

『【ハム】がついてる』

『……はい』

『この世界にはたくさんの人がいるけどね、』

 【グリッド・エンブレム】の中央広場、今日も人がたくさん集っている。灰色の囚人服のような身なりのプレイヤー……ああ、俺たちもあそこから始まった。

 ゼロから何かを求めて。この世界にみんな、何かを探して。

『君たちと同じ意思を持った人は、いない』

 1人1人が刻む物語。

『崇之さんに代わって言う、来てくれて、ありがとう』

『【イチダイ】さん……』

『わざわざ弟君と彼女が、自分が作ったゲームに遊びに来てくれるなんてね。私だったら少し恥ずかしいけど、彼はどうだろ? きっと一見無関心を装いながら、裏で照れてるような気がする』

『【イチダイ】さんは……兄貴と同じ会社の?』

 彼はまったく動かなかったのに、なぜかクスリと笑ったような気がした。

『まぁ、そんな所かな』

『兄貴はどんな人でしたか? 【イチダイ】さんにとって』

『大馬鹿だね』

 即答だった。

 そして、

『裏返せば、愚かなほど純粋で弱い少年』




 10分弱。

 メグさんが戻ってくる。大慌てでそちらに駆け寄ると、スマホの着信が鳴った。

「もしもし瞬君?」

「メグさん!! 大丈夫だった!?」

「あはは」

 ……え?

 続けざまに【ハム】の姿も現れる。

 なぜか電話口のメグさんは大笑いしている。俺は当惑して、肩にスマホを挟んでキーボードを叩いた。

『どうでした』

『……スゲェ』

「ちょっとメグさん、どうしたの?」

「んふふ、私やったわよ、瞬君」

「???」

 答えは笑い転げるメグさんではなく、画面の向こうから。

『メグちゃん……奴らを、叩き落した……』

『は?』

『向こうで待ち構えてた連中を、穴掘りで……』

 え。

「クククク……瞬君、借りは返してきたからね」

「……」

『……凄すぎる……閃光飛び交うその最中で、まさか反撃かますとは……。あれって叩き落されると効力どれくらい?』

『【影縫い】と一緒だね。1日は効力維持』

「………………」




 メグさんは強いや。

 負けてらんないね。

 凹んでても始まらない。

 うん……俺も頑張るわ。

 メグさんを守りたいっていう、自分のためにも。



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