29、 カウントダウン
仕事納めの30日。そして明くる31日。俺は父さんと母さんと3人で、朝一番に家を出た。
まずは、兄貴の墓に行って。
それからは……ひたすら、買い出し・買い込み。
「刺身、鯛、ハマグリ、かまぼこに伊達巻に……」
スーパーは大混雑。皆カゴを山盛り買って行く。2つも3つも買う客を見ると、冬眠でもするんだろうかと一瞬思った。
かくいう母のカゴも山盛りで。会計は軽く1万を飛び越えてった。
「それからあと、雑煮用の餅菜と……あれはあそこで買わなきゃならないし……」
「鏡餅とかは?」
「そういうのはもう揃えた」
昼過ぎに帰宅。その後は母さんは台所に籠もり始め。
俺は、洗車にまた車を走らせた。
んでもさすがに大晦日は混んでて。ガソリンスタンドの洗車所は、しばらく待たされる事になった。
待ってる間、俺はスタンドに併設されてるコーヒーショップで一服する。
携帯に特に着信はなかった。
今夜はあっちに約束がある……〝クロスリンク〟だ。
何時とかは決めてないけれども。
「1年か……」
12月31日。今年も今日で終わりだ。
今年1年振り返る……何だかアッと言う間だった。
兄貴がいなくなった1年。メグさんと過ごした1年。
「……」
空は、重い雲が広がりかけていた。また雪が降るかもしれない。だったら洗車の必要はないけれども、一応、区切りだ。
洗車を終え自宅に戻ると、そこからはあれよあれよと時間が過ぎて行った。
母に指示され、玄関の掃除をし、雑巾をかけ、荷物を運び。
鏡餅をセットしていく。
家は水場と各それぞれの部屋に小さいのを1個ずつ置く。小さい頃からずっとそうしてきた。
昔は自宅で突いたけれども、今はパック餅に葉みかんを乗せて、お酒とろうそくを添えて。
「お父さん! ろうそくに火を点けて」
ろうそくに火を点けるのは、家長の役目だ。
グズグズと動かない父さんを母さんがしびれを切らして何度もせっつく。これも毎年の光景だった。
……面倒な時には父さんは、兄貴に火付け役を任せていたけれども。
「……よっこいしょ」
今年は案外早めに重い腰を上げた。
俺は、母さんの手伝いで料理を並べる。
大晦日の料理。
いつも大体決まっている。家はすき焼き派だ。
「さあ、奮発したわよ」
この時は、普段絶対に買わないような高い肉が鍋に放り込まれる。年に一度の贅沢だ。
父さんはまずビール。母さんもチューハイから始まる。
俺は白滝から手を伸ばす。
すんげぇ肉だけど、ちょっと遠慮しちまう。
とりあえず母さんが最初に肉を引っ張り出し、満足そうに食べる様を見届けないと自分も食べられない。贅沢すぎて憤死しないか、母は毒見役だ。
「……美味しい」
それを見てから、父もサッと手を伸ばす。今年最後の晩餐だ。
テレビは、何だかんだ言っても紅白だ。
紅と白の採点が始まる頃には父さんは寝落ちしてて。
紅白が終わると同時に、母はテレビのチャンネルをパッと変える。
近年彼女の年末の決まり行事、ジャニーズのカウントダウンだ。年越しはそのまま、彼女はジャニーズと共に迎える。
……俺はもうその頃には部屋に戻って、回線を繋げていた。
〝クロスリンク・ワールド〟へ。
あっちの世界へ飛ぶ、今年最後の瞬間。
ログインには時間が掛かった。きっと混雑しているんだろうと思った。
思えば奇妙な1年だった。俺は2つの世界を行き来して過ごした。
あっちの世界とこっちの世界。現実と仮想と。
いや……違う。正しく言うなら、どっちも現実。
人がいる、意志がある、仮想の空間だけどそこにあったのは現実だ。
――今日は【グリッド・エンブレム】に来た。待ち合わせがここだったら来たけれども、物凄い人の数だった。
「凄いな」
思わず呟いてしまう。自分のアバターがどこにいるかもわからない。人・人・人。それらが全部動いていたり、会話してたりする。
とにかく一団から離れようと思って動いたけれども、パンクしそうなほどに動きは悪かった。
待ち合わせ場所はいつもの空き家。でも、ログイン場所から人は完全に溢れ返っていて、空き家のはずのそこにも人がいた。
メグさんはいない。
一応待ち合わせをした事になってる【ハム】の姿も見当たらない……というか、人が多すぎてわけがわからない。
ログインしているか見たくても、そっちの画面はまだ〝roading〟。ログインしているかもわからない。
どうしようかなと思っていた時、チャットが飛んできた。メグさんかなと思ったら、思いもかけず、【イチダイ】からだった。
【イチダイ】と絡むのは【カサム・エンブレム】まで付き添ってもらった時以来だ。
『港の方にいるから』
『遅くなってすいません』
『大丈夫。【ハム】も今抜けてるから』
メグさんはいないのかな? と思った時、携帯が鳴った。メグさんから着信だった。
「瞬君、今どこー?」
「家だよ」
「違う、そんな事聞いてない。ログインしてるんでしょ? どこ?」
「あー……もうちょっとで港。凄い人だね」
「港? どこどこ? 私もその辺だよ」
……周りに人が多すぎて、わからないな……メグさんに似たアバターもウヨウヨいるし、第一メグさんは特徴になるような装備をしていない。赤く光る悪趣味な鎧でもしてない限りは容姿で探すのは難しい。
かといってアバターの頭の上に表示されている名前も、多くの名前に埋もれて見つけ出せない。
「とりあえず群集を離れよう。一端外出ようか?」
「ん……じゃ、ヒヨコ側にしよ。出た所にいるから」
「了解」
今の会話を【イチダイ】に送る。俺たちは一端外に落ちますと。
するとそれと入れ違うように【イチダイ】からメールがきた。
『【ハム】から連絡があった。今日は入れないかもしれない。俺がいなくてもレベル上げ絶対しろ、との事』
え? あれだけ人には来ないとカスだとか言っておいて? 自分は来ないって?
『私も落ちる。後はよろしく』
『【イチダイ】さんもですか?』
『【ハム】だけでは心もとないから』
そう言って、【イチダイ】はログアウトした様子だった。
前から思ってたけど、【ハム】と【イチダイ】は、リアルで繋がりがあるみたいだ。
とりあえず俺は町の外に出た。町も夜の風景だったが、当然外も夜。外に出ると少し人の数も減り、動きやすくなった。間もなくやってきたメグさんも簡単に見つけられた。
『遅くなってごめんね』
『いや、俺も今きた所だから』
『どうしよ、もうすぐ0時なっちゃうよ』
人がいなくなってようやく、画面の右端にデジタルクロックが表示されているのに気付けた。気づけばもう10分切ってる。
『花火よね?』
とメグさんから画面上で言葉が打ちこまれたと同時に着信も鳴る。
「どうする? 花火、どこで見る?」
俺はちょっと苦笑した。
「どこでも見えるんかな?」
「【ハム】さんはね、海か山がオススメだって言ってた」
「海って、【グリッド・エンブレム】の?」
「うん。あと、何とかって丘がいいらしいよ? 〝クロスリンク〟の参拝名所の神社もあるっていう丘」
【ウジャジャの丘】の【ウジャ神社】だったか……ネーミング、適当すぎるだろ。
「丘は多分遠い気がする。そうなると海かな」
あの海か。思えばこの世界に入って、初めてたどり着いた場所だった。あの時の気持ちは忘れられない。
「ちょっと、ついてきて」
「ん?」
海に向かおうと思っていた時、メグさんの電話が途切れた。そして画面上のメグさんがトコトコと歩いて行く。
その後ろを追いかけて行く。
フィールドを抜けて行く。
所々で今日も、モンスターと戦う戦士たちの姿があったり。
談笑している風景があったり。
『どこ行くの?』
返事はない。
そのまま平原の先にある森に入った。
この森には確か、殺人クマやウサギがいたはずだ。レベルを上げたから、多少戦いになっても苦戦はしなくなったと思うけれども。
デジタルクロックが、あと3分を告げている。
メグさんは器用に、鬱蒼とした樹海を潜り抜けて行く。この辺りまで来ると、メグさんがどこへ行こうとしているかは分かった。森の向こうにある岩場だ。高台になってて、【グリッド・エンブレム】の町も見えていた。
確かにあそこから見えたら……リアルだったら、なかなかのビューポイントになりそうだけれども。
間に合うかな。
避けて避けて来たけれども、完全に敵に遭遇しないわけにもいかない。突発的に襲ってきたクマに絡まれる。
でも今は戦闘を長引かせていられない。必殺の【回転切り】を出し惜しみせずに使う。
あと2分。
……駆け足に、何とかかんとか俺とメグさんはその場所にたどり着いた。
お客は俺たちだけじゃなかった。崖の3分の1ほどが埋まっていた。
でも、間に合った。
俺はチャットチャンネルからメグさんに話しかけた。
『もうすぐだね』
『うん。どんなかな。ゲームで年越しするなんて、笑っちゃう』
『あはは、そうだね』
……。
花火を待つ。
画面の向こうの空を見上げる。
いつもは見えるはずの町も、今日は色をなくしている。実際には人で溢れているのに。今日だけは黒塗りにされてて。
空だけが、主役であるように。
……いいや。
花火と、それを見上げる者たちだけが刻むこの瞬間。
1年が終わる。
俺は、メグさんと花火を待つ。
……2人で息を潜めるこの瞬間は。
自分の部屋にいるのに。明るい部屋のパソコンの前で座っているはずなのに。
真っ暗な。
静寂の。
……あの日に、還る。
あと1分。
嫌でも思い出す。
…………………あの日の事。
――結婚してって言われたんだ。
カウントダウンが、刻まれて行く。




