23、 とんでもないもの
「おう、弟。お前入院してるんじゃなかったか」
玄関先で。
明後日から飛んできたその素っ頓狂な声に。まず母が動いた。
「あらあらこんにちは、佐伯さん。……瞬介、荷物、先に入れておくからね」
さっさと俺の荷物を奪い取り、家の中に逃げ込んで行く。
凄い、拒否反応だ……そこまで苦手か、母よ……。
「入院してたんじゃなかったか?」
その男は再度、その言葉を繰り返した。
振り返りたくなかったけれども、仕方がない。
「今戻った所です……」
「何だ。今から見舞いに行こうと思ってたのに」
と、花束と紙袋を掲げて見せた。
入院、と言っても一晩だけだ。
脳の検査は、異常なし。俺もホッとしたけれども、車の運転手も心底ホッとしていた。わざわざ会社休んで立ち会ってくれたんだ。
結局、俺が負ったのはすり傷と捻挫。松葉杖は借りてきたけれども、何とか歩けなくもない。
「どこで聞いたんですか? 俺が病院にいるって」
佐伯さんはニンマリと笑って、「極秘」と言った。怖いほどの笑顔だった。俺は嫌な顔をした。
「俺の情報源を舐めてもらっちゃ困るな」
……どうせ母さんだろ。根掘り葉掘り聞かれて話したって所か……。
「とりあえず俺は元気なんで。それじゃ」
手短に済まそうと思った。
「せっかく来たんだから、お茶でもどぉ?」
「いや、俺、今から出るんで」
「デート?」
「……仕事です」
足、ブレーキ踏めるか確かめにゃ……。車、出せるかな。
昨晩課長に急ぎで連絡した件。今日、堺が俺の代わりに行ってくれたらしんだけど……どうも、良くないらしい。
『退院するなら、すぐに向かってくれっ』
課長から、半泣きのような電話が掛かってきたのはついさっきだ。……何をしでかした、堺……。
「大変だね、会社員は」
この人は仕事はないんだろうか?
「どっち方面向かうの?」
「……中川方面です」
「車? じゃ、中川の駅でいいよ。そこまで乗せて」
「えっ」
「はい、タクシー代」
そう言って、佐伯さんは花と紙袋を掲げた。
紙袋の中身は菓子折りだった。
……うちの母さんは、この菓子屋のお得意様だった……。
◇
「で、どこまで進んだ?」
よし、ブレーキ・アクセル、共に良好。何とか行ける。
「どこもここも」
平日の昼間、道路はそれほど混んでない。
あ……でも駅前の交差点はさすがに混んでるか。歩道橋と高架下をすり抜け、開けた右折のために車線変更をする。
「車通勤?」
「いえ。普段は電車で」
「そのわりに運転、慣れてるねー」
茶化したように行ってくる。
「佐伯さんは乗らないんですか?」
「俺は、MS-06C以外は無理だから」
「……??」
信号に引っかかったので、仕方なく俺は、
「そっち系、わかりませんから」
と返事しておいた。
……うちの地元は田舎だ。
駅前の開発具合はただのフェイクだ。一歩奥へ走らせれば、田園風景も顔を出す。
少しその風景に、〝クロスリンク〟の景色が重なった。
そういや兄貴は、車、好きだったな。
……俺がそう思ったのを読んだかのように、佐伯さんは、「お前の兄さんは、」と語り出した。
「走るの好きだったな」
「……そうっすね」
「あいつ、学生時代友達と本州横断したんだって? 知ってる?」
「……聞きました。卒業旅行」
「青春だねー。俺があいつと会ったのは、前の会社なんだけど」
「……」
「すんげぇ奴が来たと思ったよ。人事の同期に聞いたら、あいつ、四次まである面接を二次で通過したんだってさ」
「……そうなんですか」
中川の駅までは車で30分も走らない。総合駅だ。
「彼女と会ってるの?」
不意に。佐伯さんはそう言った。
「え?」
「名前何だっけ。崇之の嫁さん」
「……」
俺は一瞬言葉を呑んだ。
「たまに」
「そか」
「……ええ」
声は普通だっただろうか。
「恵さん、だっけか」
「……ええ」
ウインカー、左へ。
「あれからもうすぐ1年か……」
「……」
「一周忌、いつやるの?」
「来月の頭です」
「そうか。わかった。空けておく」
「……なぜ、ですか?」
「なぜ? もちろん呼んでくれるんだろ?」
「いや、身内だけで行いますので……」
「水臭いな。俺達、もう、身内みたいなもんだろう? 弟」
「……」
「でも……早いな。もう1年か」
「……ええ」
どこかで救急車の音がした。慌てて辺りを確認したが、佐伯さんが「遠いよ」と言った。
「崇之には感謝してる」
横目だけで、チラと佐伯さんを確認した。その声色が少し変わったから。
「そうですか」
「……支援してもらえる事になったんだ」
「?」
この道は久しぶりに通る。空き地だった場所にコンビニが出来ていた。
「〝クロスリンク〟だよ」
「……」
「あれさ、お前にはこう言っただろ? 大手ゲーム会社から独立した奴が数人でやってて、お金をそっちから援助してもらってるって。……あれ、嘘だよ」
「……」
「本当は、支援なんかもらってなかったんだ」
建設中のマンションが、軒を連ねてて。
「……はみ出し者の勘違い連中が、肩を揃えて飛び出して、勢いこんで独立したはいいけれども。現実はそんなに甘いもんじゃない」
子供達が走ってる。
「正論か理想論だけじゃうまく行かない……わかってるつもりだったけれども、まぁ、実際に見てみるまではね」
ドラックストア、焼肉屋、ネットカフェを横切って。
「最後にしようと思ってたんだ、あの世界は」
「……〝クロスリンク・ワールド〟ですか」
「ああ。あれで、俺達は全員ゲームの世界から足を洗おうと」
「……」
「それが……まさか、前の会社が支援してくれるとは」
「……」
「崇之のおかげだよ」
「……」
木漏れ日に、夕焼けが混ざる。
「あいつね……ほぼボランティアで参加してくれてたのよ」
「……」
「あいつはさ、向こうの会社の仕事しながら、こっちの仕事、無償で手伝ってくれてたんだ。金いらないからって。俺とか他のメンバーに世話になったからって。必ず成功させてくれって」
「……」
「あいつが描いてくれたあの世界……それが、認められた。あいつのあの映像のおかげだ。あれがなかったら、」
俺達は、と佐伯さんは口ごもった。
「崇之は、とんでもないものを残してってくれた」
「……」
「ありがとうな」
「……俺は何もしてませんよ」
「言わせてくれ。もう、そう言いたい奴がいない」
「……」
「ありがとな。本当に、」
――ありがとうと言われても。
俺には何も実感がなかったけれども。
墓石は、返事をしないから。
「……きっと、」
喜びます、と代わりに言った。
「何かがうまくいったなら、兄貴は、喜びます……」
「……うん」
もう一度、佐伯さんはうんと言った。
「眩しいな」
逆光に、佐伯さんはハハハと笑いながら。
「そうですね」
手で目を隠すついでに、涙を拭ってた。
俺はそれを、見ない振りした。
「【聖域】は、目指してるのか?」
中川の駅はまばらに人がいた。
タクシー乗り場の隅に駐車する。
「ええ、まぁ」
「【テネシーブルー】は見たな。なら、聖域の開放条件は?」
「クエスト達成、と聞きました」
「そうだ。門番は神獣・麒麟」
それを倒さなければ、【聖域】への扉は開かない。
「麒麟に関しては、何か情報仕入れたか?」
「いや、まだ特には」
「麒麟は、実は、レベルは関係ない」
「……?」
「簡単に言えば、レベル1だろうと挑戦できる。まぁ、1じゃ【グリッド】から出れないから、無理だけど」
「どういう意味ですか……?」
「挑戦者のレベルに自動で合わせる仕組みになってる。挑戦者がレベル10ならば、麒麟はレベル15。パーティ参加ならば一番大きいレベルの者+5レベル。無論、基準は麒麟の基本ステータスからだから。プレイヤーと同じ体力ではない」
だから、いつ挑戦したって条件は同じなんだと、佐伯さんは言った。
「ただ問題なのは、麒麟ではない。麒麟が見せる技だ」
「技……」
「幻影。……それにより、多くのプレイヤーが苦戦する。麒麟本体にたどり着く前に」
「前に?」
「……特にパーティーでの参加の場合、その多くは……PKになって帰って来る」
え……?
「何にせよ、まずは【テネシーブルー】抜ける方法を考えろ。あそこは俺達にはどうする事もできない」
そう言って佐伯さんは笑った。
「崇之が、待ってる」
「……」
「じゃ、何かあったら連絡して」
「……俺、佐伯さんの連絡先知りません」
「ん? あ、今、俺と連絡先交換したいかもって思ったろ?」
「…………思ってません」
「素直じゃないなぁ。思っただろ?」
「いいえ」
「はっきり言え」
「思ってません」
「チ、兄さんを困らせるな」
「弟じゃないですから」
ハハハと笑って、佐伯さんは車を降りて行った。
「じゃ、またな」
手を振ってる。満面の笑顔。俺は仕方なく手を振り替えした。
面倒な人だけど。
兄貴、よかったなと。俺は呟いた。
メールが鳴った。
見ると、堺からだった。
内容は不明。ただ1文字。泣き顔の絵文字が送られてきた。
「堺……」
待ってろ、今行くから。
――俺は生涯残せるだろうか? 誰かにとって、とんでもないもの残してってくれたなんて感謝されるような何かを。
「無理かも」
ハハハと笑う。
窓全開にして。
風を感じたい。




