プロローグ
やっと投稿できました。もうひとつ別の話を書く予定だけど、出来るのか自分・・・。
鋭く尖った牙を剥き、襲いかかってくる狼の姿をした魔物。もし咬みつかれればその強靭な顎で咬み千切られるだろうそんな光景を前に、私は怯みもせず握っていた大剣を横なぎに一閃した。魔物は身体を切り裂かれつつ吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた時には絶命していた。
「ハンネスは相変わらず馬鹿力だな」
そう言って狼の魔物の喉笛を長剣で切り裂くサイファー。大柄な身体をしている彼の方が力がある様に見えるが、実際は私の方が怪力なのだ。・・・大変不本意だが。
黒髪黒目、短髪の上に顎に無精髭をはやす渋い男、サイファーは私の相棒だ。私がギルドに登録した時、女性と見紛う容姿を持っていた為に不安になったのかギルドマスターがパーティーを組むよう命令したのが出会いだ。魔物の群れを蹴散らす際に私達の連携が合い、戦いやすかった為ずっとコンビを組んでいる。
そして彼と同じ黒髪黒目、だが母に似た為に女性に間違われる事が多い私、ハンネス・イル・マクワイア。名前を見れば分かるだろうが一応貴族の血を引いた男。だが貴族の娘だった母が平民の父と駆け落ちした為に平民となんら変わらない生活を送って来た。だから自分は平民だと思っている。
そう、今の私はハンネスという平民の男。だが他の人とは明らかに違う点がある。それは。
(前世の記憶がはっきりバッチシ残ってる、って事よね~)
私は心の中で呟きつつ、深い深い溜息を吐いた。
最初に見たのは見知らぬ天井だった。木でできたちょっと古めかしい天井で、
(あれ? 私の部屋じゃない)
と首を傾げ・・・ようとして出来なかった。すわ、金縛りか!? と驚いていると、視界の端に動く物を見つけてそちらに視線を向ける。それは人だった。背中の中ほどまである長い黒髪と綺麗な碧眼のとてつもない美貌を持った女性。彼女は毛糸で編み物をしていた。完成しつつあるそれは小さな靴下。
(か、可愛い~)
「あ、うあう~」
思わず叫んだ言葉はなぜかまともに発せず。私の口から出たのはまるで赤ちゃんのような拙い声で・・・。
(何これ!?)
「あうああ!?」
自分の声に困惑して更に叫ぼうとすればやはり赤ちゃん言葉。
呆然と固まる事しばし。するとふわりと身体が持ち上げられた。
「あらあら、起きちゃったのね。もう少しで坊やの靴下が完成するから、楽しみにしててね~」
優しい表情、優しい声で私をあやしている美女。背中をポンポンと叩く手が気持ちよくて、ついうとうとしてしまう。
「元気に育ってね、私の可愛い坊や」
見慣れない天井とか、見た事がない女性とか、なぜ私を軽々と持ち上げているのかとか、色々な疑問が頭の中を駆け巡るが、眠気の前にそんな事は吹き飛んでしまった。
そして次に目が覚めた時女性はおらず、私が寝かされている部屋には誰もいなかった。だから私はやっと自分を振り返る事が出来た。
(私は仲川聖美、十六歳の日本人。高校に通う普通の女子高生・・・よね)
そう。私は女なのだ。なのにあの美女は私を坊や、と呼んでいた。
(女を坊やなんて呼ぶ? いえ、それよりなぜ私の身体は動かないの?)
いまだに動かない身体。これでは何もできないではないか。
(そう言えば私、事故に遭ったんだっけ。だから神経でもやられて身体が不随に? やだ、折角告白してOK貰ったのに!)
家が隣同士で幼馴染だったエイちゃん---友長永祐という名前だ---にずっと好きだったと告白し、向こうも私を好きだったと知り付き合う事になった矢先に事故に遭う。なんて不幸!?
(手を繋いだりハグしたりキスしたりデートしたりしたかったのに!!)
これでは何もできないどころか、彼に迷惑がかかってしまう。
(そんなの嫌!!)
心は悲しみに塗り潰され、いつしか私は泣きだしていた。
「おぎゃああああああっ」
叫びたくないのになぜか声を上げてしまう。まるで赤ちゃんのように。
(って、赤ちゃん? さっきも赤ちゃんみたいな声を出してたっけ?)
不思議に思いながらも泣き叫ぶ事をやめられない私は、そのまま泣き続けた。すると。
「はいはい、お腹が空いたのかな~? ちょっと待ってね~」
パタパタと軽い足音がして、次に先ほどの美女の声がした。ふわりと抱き上げられた先には綺麗な形をした胸が・・・。
(ちょっと待てい! 何々? この展開はもしかして・・・!)
「たくさん飲んで大きくなってね」
焦って焦って、焦りまくって拒否しようとした私だが、なぜかそれまで動かせなかった身体が勝手に動いて彼女の胸に吸いつく。
(やっぱり母乳ですか~!?)
心の叫びは誰にも届かず、ただ私の脳内を響き渡るだけでした・・・。
前世で仲川聖美という女子高生だった私は、現世ではハンネス・イル・マクワイアという男の子に転生した。しかも異世界に。
月が二つもあればここが地球だなんて誰も思わないだろう。しかも魔法まで存在するのだから。
私に母乳をやっていた美女は私の母でした。レリシア・ロル・マクワイアという、元貴族の女性。元、とつくのは前にも述べたように平民の父と駆け落ちしたから。背中の中ほどまである長い黒髪はサラサラのビューティフルヘアー、綺麗な碧眼は宝石のよう。十人が十人振り返って見惚れるだろう彼女は、今年5歳になった私が呆れるほど父にベタ惚れだ。
そして私の父、アルテロ。黒にも見える深い紺色の髪と黒目を持つ整った顔立ちの優しい父親。剣の腕が優れていて、昔はある国の騎士団団長にまで上り詰めたほどらしい。平民がその地位につく事がどれほど難しいか、母に耳にたこができるほど教えられた。
その父はとても子煩悩な人で、今も私を膝の上にのせて嬉しそうに頭を撫でている。その隣に母が座り、三人でのんびりするのが今一番の幸せなのだ。
だが時折悲しくなる事もある。前世の記憶がある私にとって、日本での両親や友人達がどうなったのか、そして私が事故で死んだ事でどれだけ悲しませたのかがとても気になるのだ。特にエイちゃん。彼を悲しませたのではないか、と思うと、いまだ小さい私の心臓はキシリと嫌な音を立てる。転生してしまった今、それを知る事は叶わないと知りながら・・・。
内心は悲しみに押し潰されそうでも表面上は何でもない風を装うのだが、今の両親はとても敏感に察して私を心配してくれる。本当に素晴らしい両親だ。
(ありがとう、父上、母上)
優しく、そして暖かく見守ってくれる二人にずっと感謝しています。