5話
更新遅れ気味、そして短め
もうしわけございません
何故、俺は気が付かなかったのだろう。この時も、俺はその光景のエロさに惑わされ、その本質を見失っていた。
椅子から崩れ落ちた婦警は、呆けた表情で虚空を見上げ、腕も足も力なく、そして失禁していた。彼女を介抱しなければという意識よりもまず携帯で撮らねばという意識が先に立ち、妹が即座に駆け寄ってバスタオルを下半身にかけたことによって、やっと我に帰った。そのタオル、クレイドルにつかる予定の、俺のです。
「誰か!医者を呼んで、救急車!」
え、うそ。悪ふざけじゃなくて、マジなの?さっきまでゲーム内で元気だった人がいきなり?俺は、ログアウト被害を初めて目の当たりにしたのだった。最も安全性の高い偽MAKURAでの被害など発生すると思わずに、それを認識するのが遅れに遅れた。
隣室から、救護班が跳んできた。彼らは、あらかじめ予測していたように、迅速に栗原婦警を担架に乗せると、血圧、脈拍を取るや、警察病院に搬送しますと言って搬送して行った。俺が長時間の訓練に付きあわせたばかりに・・・。
「ったく、肝心な時に役に立たん!」
声の主を見ると、人に隠れるようにして、課長がいた。睨むと、目を逸らした。が、逸らした先でまた、課長を睨んでいる白衣の老人がいた。
「彼女に負荷が集中し過ぎていると申し上げたはずですが。体調は悪化を続け、精神も変調をきたしている。ゲーム内世界に繋がっていた精神の一部が、強制切断によってショートサーキット化し、倫理や理性や機能が隔離されていく症候群については、すでに2百の症例を報告済みだ。これ以上警官だから、自衛官だからと被害を無視するなら、お前の名前を病名に冠してやるからな!」
老医師は、真剣だった。知らないところで、そんな沢山の被害が。今のところ俺にも妹にも何の症状も無い。だがいつ、心の一部がゲームに繋がったまま戻らなくなるかはわからないということか。
「私はゲーム内で殺されたが、なんともないぞ!栗原は自己鍛錬が足りないのだ!」
課長は、逆切れした。どうしてこう、管理職に向いてない奴が出世するのだろう。日本の組織の宿痾である。だが、ゲーム内では瞬殺でも、現実世界で課長に俺が手を下す手段は無い。妹も課長をにらんでいたが、ガマンしなさいとアイコンタクト。警察は、人格とか現実対処能力とか無関係に「出世能力」で決まる社会です。
「先生、栗原さんは、回復するんですか」
「しばらく安静にするしかない。君たちの手伝いはできまい」
「俺たちが、気をつけるべきことは何ですか」
「脳が相当に酷使されていることを自覚したまえ」
図星を刺されて痛かった。休息は少なく、ゲーム中は8倍以上で脳を回している。そんな状況に慣れきった俺が、自分を過信していることも事実だ。俺の脳は、進化したのか、それとも一部分が傷ついた結果が加速麻薬の生成につながっているのか。脳に痛覚は無い。自覚できるとしたら、頭骸骨が痛いとか、気持ち悪いとか、そんな風になるか。または脳梗塞、脳内出血によっていきなり倒れるか。
8倍以上を目指すのは、正直怖い。単純なクロックアップ以外で、クズヤを出し抜ける方法があるのだろうか。元々同倍速でも、俺はクズヤに「後の先」を譲ったことが無い。相手がどう行動するか、アクションを起こす瞬間まで、俺は見続け、考え続けることができるからだ。クズヤは加速プログラムと自らの適性UPその他で「先の先」を取りに来る。俺の限界をデモンクレイドルの4.3倍×脳内麻薬2倍=8.6倍と見据えているなら、10倍くらいは出さないと俺を圧倒することはできない。また、それができる目算があるからデスゲーム化を断行したのだろう。モニターでは8.6倍くらいまでしか出していないようだが、それは対戦相手が4倍程度だから、それ以上出す必要が無いからだ。
俺と妹の脳の状態を知るには、CTとかMRIとかにかかる必要がある。信頼できる医者も。この老医師は、どうだろう。今は患者のことを第一に考えているように見えるが、飛びつくのは早計だ。彼は国、警察、軍、いずれも個人の生命を軽く考える存在と繋がっているからだ。
「先生は、患者について行かなくていいんですか。それとも、僕らの担当なのかな」
「安原だ。君たちが、脳の負担の大きい戦いをするらしいので、付くことになった」
何で俺ら兄妹が早いのか。はたからは理不尽に思えるはずだが、自衛官らは質問すらしてこない。最初からマークされているのではと思ってはいたが、とうとう専属医師までついた。クズヤとの決戦なんかより、その後の事の方が心配になってきた。後があればね。
安原先生は、俺の不安を見透かしたように付け加えた。
「くれぐれも、無理をするな。ゲーム内で敵を倒したとて、このデスゲームが終わる保証が無い。太平洋戦争のように、他の手段が無いから出撃するにすぎない。無事に帰ることが、親に対する君たちの義務だ。犯罪捜査は警察がやればいいことだ」
いいひとだ。この人なら俺たちをモルモットにはしないだろう。
「ありがとうございます。しかし、俺に出撃を強要しているのは妹なんですよ。ははは。警察にも政府にも強制はされていませんので、やれるとこまでしかやりません」
「お兄ちゃんが負けるわけありません!絶対勝ちます!」
まるで軍国少女だな。おまい。
「内海さんは11時まで仮眠でしたっけ?」
俺は話題を変えた。妹がログインする以上、サーバーの電源停止操作は、内海にやってもらわねばならない。打ち合わせがしたい。何が起こるかは教えずに、合図したら発信しろと言うつもりだ。胡散臭い奴とはいえ、奴も連座は困るだろう。
「議員とか、秘書とかは、中身はともかく働き過ぎだ。儂が無理矢理寝かせた。」
安原医師がニヤッと笑って注射のジェスチャーをした。経口薬じゃなくて?乱暴だなあ。
「もちろん冗談。そんなことで麻酔なんかできん」
内海が起きるまで、俺たちは偵察班が撮ったフィールドの映像確認に入った。12時にログインしてから自分で偵察では、遅い。予備知識が欲しい。
映像は、無味乾燥な世界を映し出していた。壮大なフィールドが広がっているはずの世界の殆どは、中空にメッセージが浮いている。
―フィールドデータにアクセスできません―
「このように、クラック済みのサーバーが管理するフィールドは画像もなければ侵入することもできません。最奥フィールドへ向かう街道だけは通行可能です」
解説役の技術者が説明してくれた。
ああ、これが俺たちがβで駆け巡った大地なのか。森も砂漠も海も空も無い。全部のテナントが撤退したショッピングモールみたいに、白い板にアクセスできませんが続く。
「え?村は?町は?NPCの人たちは?」
妹が悲しげに俺に答えを求めた。トップはクズヤだから邪悪な意図がそこかしこにあるゲームだが、下請けゲーム会社が製作したNPCたちの会話データは、人情味にあふれ、素朴生活が好きなPC達には定評があったのに。
「まるでコンクリ製の墓場だ。ADVRMMOの最後はこうなるってのかクズヤ!」
ゲーム名:アクセレイティング・ディテリオレイト・VRMMO・・・一見解らなかったが「加速度的に悪化する」という意味を知っても、やっぱりよくわからなかった。無限マップにしたり魔法解禁したり、やりたい放題にやる意思表示のことかと思っていたが、作りあげた世界を自分だけ楽しんだ後は、ぺんぺん草も残さないとは。
「うちの庭に、いきなりミキサー車でコンクリ何百トンも流し込まれたような気分だぜ!」
「何が悪いんだ。順調に制圧できとるじゃないか。君の出番は無いかも知れんな」
怒りを露わにした俺に、余裕げの課長が挑発してきた。別のモニター画面に支配率表示されているのが目に入ったので、言ってやった。
「クズヤは、失ってもいい部分を委ねているだけだ。あんたの部下は、ポイント稼ぎで攻めやすいとこ攻めてるだけだ」
「何を言ってる。画面を良く見ろ。順調に敵の城に迫っている」
その画面では、フィールド全体を示すMAPが細かく区画分けされ、色分けされていた。赤い地域が、奥地に迫っていき、支配領域を広げつつあった。どっかでみたなこんな画面。そんでもって、寸前で全部奪い返されるドミノ倒しみたいな状態になるんだぜ。考えても見ろよ、敵は4倍以上の速度でクラック返しができるんだ。現実世界の速度でちまちまクラックしてるのなんて、相手から見れば滑稽だろうよ。
「いやあ、寝坊しちゃったかな~。あれ、どうも剣呑だね。困るよオーガ君。課長と仲良くやってくれなくちゃ~」
もう11時か。内海が起きて、仲裁に入って来た。課長はほっとこう。どうせ青くなってオタオタすんだろ。
俺の携帯を渡した。ゲーム内で俺が警察のログイン者にメール打つ。そいつをモニターしている内海が、発信する。何かが起こる。そういう寸法だ。
「何が起こるかは聞かないよ」
さすが悪巧みの内海だ。そういう機微はわかっている。
さて、飯食って便所で全部出しておこう。その後はマッパでおむつをつけて、朱い液体につからねばならない。
準備中、また課長が騒いでいた。誰も警察関係者がログインしないのは良くないとかなんだとか。だからってお前は来るな。足引っ張るなら単なるゴミ以下だ。
11時50分。悪魔のゆりかごに半身をひたした。不具合を確認。スタンバイOK。
「ななな。そんな馬鹿な、いったいどうなっている!」
11時55分。課長のうめき声が聞こえた。案の定、警察の支配率が覆った。赤い領域が、軒並み裏返って行く。―WELL COME ORGE STAR―という表示が多数現れた。
歓迎してくれるようだな。クズヤ・ロウのくせに粋だ。だのになぜお前はこの世界を放棄するのだ。何万人ものユーザーがこの世界を愛し、楽しみにしていたのに。
許せない。小一時間問い詰めたい。
そして、12時になった。
「ガーデルマン、出撃だ!」
「誰?あたしのこと?」
妹が聞き返してきた。別にわかんなくていいよ。気分だから。




