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11話

 気持ちが悪い。呼吸が苦しい。たぶんデモンクレイドルの水中マスク内で嘔吐した。加速で脳を酷使している弊害として、血液内酸素と体内酸素の保有量が少ないため、液体中でログインするクレイドル接続者は、溺死しやすいのだ。俺が意識を失うのが先か、みんなと共にログアウトするのが先か。


 王宮内のセーブ&ログアウトポイントに駆け込んだ俺に、パーティメンバーが後続してくる。一生懸命駆けてくるのはわかるが、適正Aのレスキューが遅い。リリスが戻って、後押してくる。パラライズの鎌では、刀のように一本背負いはできない。


 そこへメールが舞い込んだ。

 「俺は負けていない!真の決着前にログアウトするお前の負けだ!」

 なんだ、負け惜しみか。でも、勝ちかもな。つまんねーことに、酸素を使わされた。


 見えない。ログアウトボタンがわからない。脳内仮想画面でマウスポインタを動かして、クリックするだけでもう、ログアウトできるのに!








 ・・・知らない天井って奴ですな。


 意識を取り戻した俺は、病院のベッドに寝かされていた。集中治療室らしいが、真上しか見えない。頭すら動かせないとは。全身不随状態。逃げたくても、逃げられない、俺だけの世界。


 デスゲームに囚われログアウトできない状態の恐怖を、俺は味わわなかった。俺だけがログアウト可能な状態で、常に余裕をこいていられた。

 だからって、こんなデスリアルがあっていいのか!


 「植物状態だが、脳は生きている。加速麻薬プラントとしては好都合ですな」

 「できれば、妹の方も確保したかったですなあ」

 「安原が強引に連れ去ったからこそ、奴を更迭できたのだ。今はこいつの研究に専念しよう。脳内麻薬が生成され脳圧が高まると、鼻に通したカテーテルから余分な加速麻薬が採取できるようにした。感染症に気を付け、気持ちいい夢を見させれば、いくらでもプラントは加速麻薬を生成し続けるはずだ」


 何を勝手な事を!


 俺は激怒したが、瞼を閉じる事さえできなかった。恐れていたことが、現実になった。意識がある状態で、終に俺は旧人類のモルモットにされたのだ!

 姿の見えない医師たちの会話に恐怖した。日本にはまだ、731部隊の系譜が残されていたのだ。

 唯一の収穫は、安原老医師が、妹を守ってくれたことだけ。そのことには感謝する。だが、内海め!首相め!警察め!デスゲーム事件功労者の俺を、白い巨塔に引き渡すとは!


「脳が活性化していますね。しかし、麻薬生成には至っていない」

「しかし、脳組織は壊れたら直らないという定説は覆している。私としてはそちらの研究を優先していただき、できれば組織のサンプルをいただきたいのですが」

「まずは、誰でも服用できる加速麻薬の採取が最優先だ。組織サンプルの培養や移植も並行研究するべきと審議会にかけたが、保留となった。金の卵を産む鶏を殺すような真似だけはするなと厳命されている」


 おのれ~、ここがゲーム内なら、一瞬で3人なで斬りにしてやるものを!

 くそッ。俺は無力なのか!考えることしかできないのか!


 奴らの会話からは、俺の脳は一旦は壊れたことがわかる。俺の脳は再生中なのか。意識が戻ったのはそれゆえか。だが、この脳は身体コントロールを失っているぞ。


 「瞼を閉じておこう。眼球が乾いてしまう」


 医療用テープで留められてしまった。何も見えない。


 「聴覚は回復しているのか?戦闘中の録音を聞かせれば、当時を思い出して加速麻薬を生成するかと思ったが、少し安直だったかな」


 ヘッドホンをつけていたようだ。言われるまで皮膚感覚すらなかったが、急速に俺は回復しているようだ。鼻から管が出ているのも、口に呼吸器がつけられているのも自覚した。


 「脳波が活発になって来た。ゲーム音楽に合わせて反応している。聴覚は回復しているでしょう。我々の会話も聞こえているのでは?」

 「こんなにつねっても、感じないのに?いかに驚異的な脳と言えども、そこまで急速に回復などしませんよ」


 つねった?どこをだ。左手か。必ず報復してやるが、とりあえずは感謝してやる。お調子者の医師がつねった部分の感覚を、必死でたぐりよせる。


 「心拍数、上昇」


 そうか、俺の心臓は動いているか。少し、楽しくなってきた。身体部位を意識するにつれ、それらを取り戻した感覚が戻って来るのだ。まだ全然動かせもしないがな。


 「ドーパミン作動薬を投与してみよう」


 やめろ。何の薬か知らないが、今余計な事をするな!


 「カテーテルから、液体を採取しました」

 「ただちに試験薬で判定だ!すぐ分解してしまうぞ!」

 「単なる鼻水じゃなきゃいいけど」


 俺は、加速麻薬を奴らに与えた。


 「おお、反応しました!アクセル=エンドルフィンです!」

 「ぶ、分解する前になめさせろ!私も加速をしてみたいのだ!」

 「・・・反応終了。分解まで、わずか数秒ですか」

 「妹の方が分泌したアクセル=エンドルフィンは、相当もったようですが」

 「電極刺激だ!もっと分泌させろ!私も神の酒を味わってみたい!」

 「女の子の方が良かったなあ・・・男の鼻汁なんて、よく飲めますね~」


 許さんぞ、マッドサイエンティストども。


 「こんなゲームしか能の無いガキではなく、我々のような優秀な脳医学者が、加速麻薬を手に入れることこそが、人類の未来にとって有益なのだ。こいつは、最初に二足歩行した猿、最初に石器を握った類人猿に過ぎない!追い抜いて地上を制覇するのは、我々人類だ!サルに武器を独り占めさせてはならない!」


 お前のようなのを、専門馬鹿と言う。知識と知恵の問題だ。知恵のある者は、決してそんなことを公言したりはしないのだ。

 その後も何かわめいていたが、聞こえなかった。俺は加速していた。


 俺の脳よ、極限の加速を行え。脳圧の高まりは、感じなかった。余分な物は、カテーテルで出て行く。今なら、脳を破壊することなく、最大出力で分泌できる。


 加速された体内時間の中で、俺は、俺の脳の中を見つめた。脳の形をイメージし、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉、小脳、脳幹を把握した。延髄から橋、中脳、下垂体と伝う。間脳を取り囲むように脳梁を伝い、松果体、四丘体を経て小脳の内部に入って行く。完全な、元の状態を思い出す。だが、俺の脳下垂体は完全に肥大状態だ。肥大どころか、巨大と言える。まるで脳腫瘍のようだ。


 俺は、脳の中に手が届いた新人類だ。MRIも不要。俺は、通常人が自分の体を目視するかのごとく、脳を見つめ、修復できる。さあ、取り戻せ、身体のコントロールを。ニューロンもシナプスも異常無し。旧人類と違うと言えば、異常という扱いになるだろうが、新人類として、俺は正常だ。神経伝達物質を放出するのが圧倒的に早い状態こそが、標準状態なのだ。


 医療用テープを引きちぎって、瞼を開いた。植物状態と侮ったか、囚人拘束はされていない。簡単に手足の拘束から抜け出して、ヘッドホンとマスクをかなぐり捨て、心電図のコード、点滴の管を引っこ抜いた。


 俺から採取した加速麻薬で、有頂天に加速する3人の医師が、俺を驚愕の目で見た。だがお前らは加速世界の幼稚園児だ。小脳を把握し、全身の神経系を把握し、運動能力も加速状態に達した俺の行動を、動かない体の中の加速した脳から、良く見ているがいい。


 くらえ鼻汁マニアども、そんなに加速したいなら、俺を超えて行くがいい。俺は鼻カテーテルを奴らの口に突っ込んで、ドロッと濃縮した麻薬を口腔一杯舐めさせてやった。ハイパーな俺の脳内麻薬をくらえ。


 お前の速度は何倍だ?見せてくれ人類、サルから奪った武器を振り回す様を!


 3人は、いきなりF1カーに乗ったようなもんだった。逃げろと言う指令を発し、あちこちに突っ込んだ。窓に突っ込んで落ちる奴。ドアにぶつかる奴。殴りかかって来る奴。


 俺は慎重に体を操作した。脳速度約12倍、身体速度約4倍。この荒馬を繊細に操れるのは俺だけだ。殴りかかってきた医師はおそらく、殴れ殴れ殴れ殴れと思っている。一回のコマンドで体がすぐに行動しないから、回る頭で余計に指示を出す。体は次から次に来る指令を無視できない。そして、状況が変わった時に対応できない状態となる。


 俺は、12倍回る頭でも、1回しか指示を出さない。

 一本背負いの要領で腕を取った。そら、回れ、飛べ、窓の外には何があるのか確かめに行くがいい。


 医師は、車道にふっとんで行った。よし、命名しよう、シャドウスルーと。

 そこへ走って来たいかつい車が、直前でドリフト回避した。おしい。


 冷静に考えると、殺人未遂か。だが、後悔は無い。人の命を軽んじた人間の命もまた、軽んじられるべきだと、俺は思う。人権は、人権を守る者だけに与えられるべきだ。


 「信じられん!自力で回復したのか!」

 「お兄ちゃん!助けに来たよ!」


 その車からは、安原医師と、妹が降りてきた。運転していたのは陸自。へえ、あんただから避けられたのか。素早く空自が医師を捕縛していた。レスキューが先頭で、俺のいる施設に入り込んでくる。


 ゲーム内の決戦班。あれっきりじゃなくて、まるで冒険者パーティみたいになって、俺を救助に来てくれたのか!


 「すまん!自力でリザレクションしちまったぁ!」


 誰かと会話するときは、加速を下げないとならないが、ふむ、今や自由自在と言う感じだ。鼻のカテーテルが脳まで通じてるとか思うと、安易に引っこ抜けないが。


 展開してきた警備員を、俺は適宜加速してぶっとばして回った。体が動くってすごい。あまり鍛えてないから後で筋肉痛になると思うけど。

 俺は薄っぺらい病院の寝巻のまま、車に乗り込んだ。携帯とか財布とかどうなってんだろうといらぬ心配をしたくなるが、今は逃げることが先決だ。


 「お兄ちゃん、お兄ちゃん、ごめんなさい。本当に、お兄ちゃんの言ってた通りになっちゃった・・・」

 妹が、俺の膝に突っ伏して泣いている。まずい、勃ちそう。


 「いいんだ、こんな目に会うのが、お前じゃなくてホントに良かった」

 愛しいが、妹にばかりかまってもいられない。


 「安原先生、みんな、俺たち兄妹を助けてくれて、本当にありがとうございます」

 「最後まで助けられるかは、わからん。日本では、派手なカーチェイスで追いかけては来ない分、どんどん裏から手が回って来おる。この先、安心は、なかろう」

 警察が優秀だなんて幻想だ。オウムの逃亡犯もなかなか捕まらなかった。そういう奴らと一緒にされたくはないが。


 「近藤だ。陸自は辞めた。旧日本陸軍みたいな考えの老人がまだいる」

 ドライバーの近藤は、腕だけで握手を求めてきた。


 「高崎です。休暇中。まだ空自やめてません。うちは貴重な人的資源を浪費するようなことはしないと思うんだけど・・・わかんないね。俺も首かも」

 「磯山です。無断欠勤だけど、レスキューを辞める選択は無いね。君らを引き渡せと言うならば、俺以外の全員が、看板を下ろすべきだ」

 みんな、吹っ切れたのか、明るいなあ。尊敬する。


 「先生、あの、栗原さんはどうなりました・・・」

 「歩けんので、アジトにいる。」


 俺は、絶句して何も聞けなくなった。その後すぐ、車を乗り換えて、元陸自の近藤が囮になって元の車を走らせた。この後、合流は当分できない予定だ。


 俺たちは、磯山さんの運転で、先生の隠れ家に向かった。トンネルを抜け、どんどん山奥に行く。囮が効いているのか、検問は無かった。


 しかし、オービス、防犯カメラ、GPS。いずれかには必ず捕捉されている。すぐ捕まらないのは、分析や確認に時間がかかるからに過ぎない。コンビニで買い物すらできないつまらない旅。この先を思うと、気持ちが暗い。だが、今はともあれ栗原さんに会いたかった。歩けないって、どういう状態なんだ。


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