1話
1話は比較的長めです。(普段はワード2~3ページで1話更新してます)
現在のところ、メイン小説「双盗技」の合間に気晴らしで書いているので、レイアウト直しとか細かい修正はしません。
超高速VRMMOのβテストが終了し、正規版に移行するその寸前、俺はログアウトを余儀なくされた。何のことはない、リアルのボディの生理現象が限界をむかえたのだ。下の世話までしてくれるハイスペックベッドは高嶺の花。スタートダッシュに失敗した俺は、当然トップランカーから脱落確定。憂鬱な気持ちで「考える人」となっていた。
1秒たつごとに、ゲーム内では4秒が経過する。ガマンしすぎていたせいか、なかなか終らない。5分=20分もあれば最初のチュートリアルクエストは終了し、限定武器スターダストセイバーはTR1~10だけのものとなり、クエスト1ボスを単独で倒せるのは彼らだけとなる。βから引き継げる装備は、初級クエストをクリアしなければ制限が解かれない。
その後は加速度的に差が開く。βで散々批判されたエントロピー増大志向はおそらく直ってはいまい。開発者いわく、そこが面白いんです!・・・お前だけがな。
4分たった。俺の脳内時間では、16分経過。ログアウト後も加速感覚はしばらく続く。現実世界がスローに感じる。なんとリアルボディはトロくさいのか。βのチュートリアルクエストの前にある加速体験の適正をクリアし、徐々に修練を積まないとこの境地には至れない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
テレビの音がゆっくりと聞える。緊急放送のようだが、よくわからないので気にしない。普段ログアウト直後につける習慣は無いのだが、何故ついているのか。
「○○ゲームからログアウトした皆さん、再度のログインを絶対行わないで下さい!」
突如、言っていることの意味が判明した。俺が通常に戻ったのではなく、加速放送が始まったのだ。
「この放送は政府許可に基づき、遠隔操作でテレビ電源をONにさせていただいた上で放送されています。お気づきになられた方は、至急○○○まで連絡を!」
家電の破壊的操作が可能になるということで、禁止されていたはずの機能がやはり一般家電に搭載されていた。その驚きは「やっぱりな」で済んだ。よくあるVRMMOデスゲームが目の前でノンフィクション化したという報道も「やっぱりな」という感覚で済んだ。
そんなことどうでもいいから、この低速世界から、俺にとっての「通常世界」に戻りたい。それが俺の正直な感覚だった。
低速世界にはスローフード、スローウンコの用しかないからだ。
PCの前に戻る。俺の出番だからだ。βテスト最終クエストの覇者たる俺がそこに戻らなくてどうするのか。ランカーの中で俺だけが反抗的だったが、TR1のクズヤロウをギタギタにできる装備をよこせと要望したら面白半分か、奴はそれを実装したのだ。開発者がTR1とかふざけている奴だから、その性能も嘘だろうとは思われるが、いわばエクスカリバーを抜いた感覚がこの手から消えないのだ。それに!
「お兄ちゃんだめぇぇ!」
突如部屋に侵入してきた妹に、接続ギアMAKURAがひったくられた。加速状態の俺から物をひったくる。なんだお前もログアウト直後か。良かった。妹は無事だった。
「ならいい、もうこんなのに関わりあうはやめだ」
だが、まわりで変な音が鳴り響いていた。すべてがゆっくりしている。遠ざかるような音が包み込んで接近してくる。何の音か。
妹を抱きしめたまま、加速を鎮める。だんだんわかってくる。パトカーの音か。ひょっとして容疑者扱いか。そんな手回しがいいなら、デスゲーム化を止めればよかったのに。
もどかしい。感覚は加速していても、身体は半分も動かない。俺は天井の隠しエロ倉庫を開いた。俺の大切な物が入っている所に、大切な妹を隠さねばならない。無理矢理尻をもちあげて押し込んだ。出てくるなよ、アンネフランク、今から警察をナチだと思え。
パトカーが家の前に止まった。警官が玄関を開ける。親に何かしゃべっている。俺は妹の部屋に侵入、昨日まで俺のPCだったのからハードディスクを取り出して解体し、記憶ディスクをシュレッダーに叩き込んだ。以前の妹PCを元に戻すと、親に対する指示書を書き、洗濯物に隠した。警察は冤罪をでっちあげる組織だ。俺がどう取り扱われるかを見るまで、妹を隠してくれ!
さあ、どうくる、警察。
この後の事を俺の感覚で書くとまどろっこしいので、かいつまんで言おう。俺はあくびをしながら階段を下りつつ、何があったかを聞いた。TVが加速放送と通常放送を交互に行っている。警察は、TV報道にあったゲームのユーザーに捜査協力を求めていると親に言った。他の被害者を助けるために、被害を寸前で回避した人で、4倍世界に慣れたゲームのうまい人の協力が必要だ。できればPCの提出もと。不気味なほど丁寧。裏は計り知れない。一介のゲーマーの家に速攻で押し寄せた理由にならない。
不安がる親を前に全面的に協力しますと俺は笑顔。繰り返すTV放送を前に俺って運がいいんだねーとほざいてみる。妹は友達のとこかと親に聞く。となりの部屋にいてわからないの?とあきれ返答。ずっといないみたいだぜ。彼氏のとこじゃねーのと芝居。こんなんでだませるかね。
階段をあがりつつ、妹にメールを打つ。これも小芝居だ。携帯は俺が持っている。
俺立会いの下、俺のPC一式が運び出された。妹のPCはログイン情報を確認するに留まった。昨晩までは妹が使っていたPCだから、今日全く使っていないことは、別におかしくあるまい。正確には、俺が新しくハイエンドを買い、昨日までの俺の型落ちPCを妹に譲ったのだが、家庭内融通まですぐに足はつかないはずだ。プロバイダへの照会も後日であってほしいところだ。
妹は天井裏でおとなしくしているようだ。今頃俺の偏愛にびっくりしているだろうが。
さりげなく便所に入った。妹の携帯で俺に返信する。友達のとこだってば、おかーさんにはそういって!さてこのマナーモード携帯、どう返す?
俺に続いてざーとらしく警察が便所に入った隙に、廊下の荷物の中に突っ込んだが見つかるかな。
家を出る。振り向かず、パトカーへ。近所の人が見に来ていたが、警察が逮捕ではなく、今TVでやってる事件の捜査協力をお願いしていますとか弁明している。じゃあ、鳴らして来るなよ。真意がわからん。現場は混乱しているのか。
妹が窓から顔出したりしないことを祈った。警察が油断している今しか、冤罪から逃げる暇は無い。そう、任意同行の後は冤罪コース一直線しかないかも知れないのだ。後はよろしく。妹と両親がうまくやれるとも思えないが、一気に一網打尽は気に食わないから精一杯抵抗してみた。
パトカーは警視庁に一直線のようだ。サイバー犯罪対策課がどこに設置されているかは知らないが、俺はリアルの地理など、どうせぐるぐる回っているうちにわからなくなるたちだ。気にしても始まらない。
「ずいぶん落ち着いているし、何も聞かないんだね」
静寂に耐えかねたか、刑事が話しかけてきた。
「すでに背信されていますからね。近くの警察に行くんだと思ってました」
「すまない。設備が無いんだ。警視庁の安全な設備を使って、君に頼みたいことがある」
「嫌ですよ、デスゲームに潜れなんて。そういう協力はできかねます」
「警視庁の設備なら、ログアウトはできる。しかし、加速世界に慣れている人間は、みんなゲームの中で、要人を迅速に助け出せるのは、今キミだけなんだ」
「俺、消防官じゃありません。一介のゲーマーです」
俺の拒絶によって、二の句が継げなくなった刑事は、一考した後脅しに切り替えた。
「君のPC、違法DLの損害額算定をしたらいくらになるかな」
「日本では司法取引はまだのはずでは?」
「幼児ポルノの単純所持罪は間も無く通過するよ。それが二次元美少女でも」
「お詳しいんですね~。警官、自衛官の中からも逮捕者続出ですな」
「君が首相を30分以内に救出してくれたら、法案は廃案になる」
はっ。よりによってログイン要人は首相か!救出作戦を指揮すべき人間が被害者!
「誤解しないでくれ。首相は遊びではなく、クールジャパン世界発信のために体験ログインされたんだ。」
「あんた刑事じゃないね」
そういえば、家に挨拶に来た刑事とは違う。車の中で待っていた男だ。みんな刑事かと思っていたが。
「僕は先生の秘書で内海だ。司法取引はできなくても、政治的取引はお手の物さ」
内海は、タイピンをちらっと見せた。フルブラックなシルエットだけなので一見そうは見えないが、エロゲーの付録の美少女ピンズだ。法案を廃案にしたいのはお前じゃないか。首相先生、あんた裏切り者を飼ってますよ。
「政治的取引は信用ならないが、家族に手を出さないなら、やりますよ」
「出すわけないじゃないか~。じゃあ、着いたらすぐダイブしてもらっていいかな。早くマスコミに顔を出さないと、首相生命があやういんだ」
内海は、俺との約束の重要性をわかってはいないようだった。公約はいつでも反故にできる物と思っている。だが、な・ら・ば・こ・そ・安心である。
俺は内海から可能な限りの情報を引き出した。接続ギアがMAKURAならば、殺人機能を持たせようが無いため、強制離脱してもゲーム内で死亡しても、生命に異常は無いこと。めまいや体調不良はありうるので、参加者には救出までできればゲーム内で大人しくしていて欲しいこと。海外サーバー攻略も開始されており、事件の長期化はあり得ないこと。ただし、ハイスペックベッドと、今回試験導入されたフルスペックダイブクレイドルの場合は、死亡ないし重大な障害が残る可能性があること。開発チームから離反したSEのクレイドルだけが、現在正常にログアウト可能なアカウントを持つたった一台の端末であるが、時間と共に増設できるであろうこと。
「TR1の犯行声明は?目的は?」
「彼は加速の果てに命を燃やし尽くして死ぬ気だ。レーサーが優勝を、クライマーが山頂を目指すかのように、その後のことは考えていないそうだ」
実に奴らしい。逮捕までの時間でクエストを全制覇でもする気か。自分の作った箱庭を超高速で走り抜けるのか。クズヤロウの好きそうなことだ。
「俺は、やっぱチュートリアルからスタート?」
「SEのアカウントで入れば、初級クエストは制覇状態だ。君のアカウントで我々のボットが入り、村で装備を受け渡す。ボットはログアウトできないが問題ない。首相は中級クエスト3ではまっているが、安地にいるので死亡は無い。彼女とパーティを組んで、キャンプまで戻ってログアウトしてくれ。君なら30分でできる。」
「女性アバターか。宣伝で入ったんじゃないだろ。日曜だし」
「僕と君なら、わかってあげられるよね~」
ああ、わかるさ。痛いほどに。
目的地についた。全然厳重そうじゃない普通の会議室にフルスペックダイブクレイドルとやらが置かれていた。ゆりかごっぽい形のでかい風呂桶に透明カバーがかかり、水中ではマスクとコード類がたゆたっていた。エロい設備だわー。この中に、俺ではなく裸の美女を浮かべて鑑賞したいね。
だが、野暮ったい専用おむつの装着を要求された。まあ、長時間ダイブのための物だしね。粗チンを露出しても誰も喜ぶまい。
ゲーム内世界は基本4倍速だが、MAKURAで同じ4倍速、ベッドで4.1倍速、クレイドルで4.2倍速の加速が売りとなっていた。MAKURA使い達はトップランキングに入れない差別と言い、ベッド使い達はあまり優越を感じない金返せと言い、ゲームの評判をかえって下げた格差だったが、クレイドルの4.2倍速は初体験だ。MAKURAで唯一ランキング入りした俺の奥の手がさらに効けば・・・。おっと言い過ぎた。
時間が無い。俺はクレイドルに沈んでマスクを装着し、ダイブした。リアルな身体感覚が全部なくなって行き、アバターとしての再構成されていく疑似感覚が気持ちいい。安物のMAKURAではこうはいかないな・・・と思っていたら、再構成は女性アバターで進行した。SEのアカウントでは、キャラ設定からやり直しではなく、キャラを借りて再開ということなのか。
うーん。SEの趣味全開アバターか。銀髪ロリつるぺた。ダイブしたクレイドルから起き上がると、全身が鏡に映った。うわ、ちんこの感覚がマジで無い。でも、当たり判定が無いとこはつかめない体だ。やわらかさは見た目テクスチャだけで、腕組むと緩衝部分がスカスカする。鏡の前でポーズ。キャプチャしたいな。
でも、女アバターは生命力低め設定なんだよな~。とステータスを確認すると、カンスト状態で安心した。さすがSEのインチキチートキャラだ。名前はくぷりん。
まあいい。私室で裸のまま椅子に逆腰かけて待っていると、俺のキャラが入室して来た。男アバターがリーチも含め実質全ての能力優遇なので、俺のキャラも当然男アバターだが、いきなり脱ぎ始め、いや装備を解除し出した。いやだ、レイプされそう。
「SEのチートキャラなら、室内の装備を拾うことができます」
言われなくても拾ってるさ。サイズがロリくぷりんにアジャストして行く。下半身装備はまあ、後回しで武器を取る。ポントウ型聖剣クズヤロウブッタギレイヤー、俺命名。
「さて、首相はほっといて、奴を殺しに行くか!」
ボットが俺の選択CVで叫んだ。妙に遅いが。
「く~ぷ~り~ん~た~ん、パ~ン~ツ~パ~ン~ツ~!!」
いやーん、わすれてたー。 まあ、お約束お約束と。
パンツじゃないズボン装備してギルド直行。ボットがついて来るが遅い。直接ログインでなく遠隔操作で、さらに加速世界に慣れてない奴なんか連れて行けないぞ。中級クエスト1選択。まずこれをクリアしないと2~5が解放されない。こんくらいのクエストなら、低速でもやっとけばいいのに。
ボスの出現場所へ急行してブッタギレイヤーで強引にザクザク。ゲーム内時間4分未満でクリア。ゲーム外時間であと29分か。早ければ早い程、首相の立場が守れるそうだが。
ギルドへ戻る。中級クエスト3選択。
「つ~れ~て~い~」
うるさい、トロいんだよ間抜け。セカンド装備をした俺のアバターが、可哀そうにも貧相に見えた。そこで俺は別の存在に捕まった。
「お願い、パーティを組んで!あなたならログアウトできるんでしょ!」
一見美女アバターだが、中の人はわからない。どこでその情報が漏れたのか。
「ボット、彼女に説明しておけ!戻って来たら一緒にログアウトしますから!」
「ダメだ!ワシは今すぐログアウトせねばならんのだ!」
やっぱ中身男ですか。しかも議員臭い。
しかし、奴の仲間がクエストの出発地点を埋めてしまった。アイコンが選択できない。国会じゃねぇんだぞ!救助活動の邪魔が許されるとでも思っているのか!
「・・・・・・・・・・・!!」
連中はなんのかの叫んでいたが、俺は速攻でクエストを放棄してギルドを出た。走って行って釣り堀に入る。出る。入る、出る。ギルドに戻ってクエストを受けて出発。奴らはいなくなっていたが、これは追加された釣り堀だけが中華サーバーであることを利用したバグ技だ。同期が遅れるので他のプレーヤーがギルドに出現するのも遅れる。意地悪された時の救済手段にもなっているが、めんどうくさいし、時間を浪費した。
ゲーム内時間ではあと109分くらい。4.2倍だとわけわからんが、2時間近くあるのか。
くぷりんたんのアバターを確認する時間が取れるな。いや、エロでなくマジで。
壁に隣接。武器をふるう。すこし離れる。武器をふるう。スカる位置を探る。これがロリアバターのリーチか。長身の男キャラよりだいぶ短いな。デスゲームじゃなきゃこの程度の差は気にしないが、走るのも遅かろう。
ダブルアクセルを使うか。いや、逐一モニターされている。親切心でモルモット一直線はごめんだ。
山を登る。ボスの徘徊するとこで安地はあそこしかない。ゲーマーには有名で初心者が大好きな所だ。でも単独で逃げ出すと追いかけられ、スタミナ切れでたいがい死ぬ。
残り約98分。8合目雪山。ボスが反対側に行っている隙に、楽に穴に侵入。奥に首相発見。さっさと連れ出そう。
近寄って話しかけたが、話が通じない。必死でしがみついてくるが、遅過ぎて意思の疎通ができない。あんた4.2倍のクレイドル使ってそれですか。適正Fですな。筆談しようにも地面に溝すら掘れない。紙アイテムも無いし。ゼスチャーか。
残り88分。この人全然俺のゼスチャーをわかってくれない。チャットもメールもゲームのアイコンと仕様なのでわからないらしいな。送ってるのに。
一人で穴を出た。ボスを倒せばいいって?ところがそうはいかない。この部分は先行ゲームをほぼパクっているくせに、ボスが倒せない仕様なのだ。できることは、ボスの部位破壊だけ。左足の固い部分を攻撃力関係なく100回切ると、ボスの速度が若干遅くなる。玄人さん、初心者を助け出したいなら、頑張ってねという仕様。どうせなら尻尾を切りたいが、モンスターはドラゴン系じゃなく雪男だ。
100回くらい楽勝だね。と思ってた。ところが、自分のリーチが短く、回避距離が短いのはまだしも、ブッタギレイヤーの攻撃力が高すぎて、雪男が悲鳴をあげてダッシュで逃げ、座り込む。座り込んでいる間、左足の当たり判定がなくなるのだ。まずい!
残り56分。一気に時間を失った気分だ。ダメージ覚悟でストンピングを呼び込み、踏みつぶされながら切りまくった。ストンピング攻撃モーション中は逃げ出さない。しかし、1分あたり3回しか当たってないぞ。もっと弱い武器なら!
首相のところに戻った。穴から引っ張り出す。嫌がって抵抗するが、攻撃してのけぞりモーションになった時引っ張るを繰り返して運び出した。
穴の外。怒れる雪男が突進してくる。容赦無くぶった切ってダッシュ逃げさせる。今度はこの時間が利用できる。穴にゆっくり戻ろうとする首相の女アバターに、ロープをかけた。雪男を時折撃退しながら、首相を梱包する。中身が首相と思わなければ、なかなか面白い作業だ。装備の当たり判定とアバターの当たり判定の角々を利用して緊縛。普通ならプレーヤーを拘束するアンチモラル行為でパッチがあたるだろうが、ここはもうデスゲームだ。細かいバランス調整などあり得ない。
雪男を後退させすぎて、遠距離攻撃を誘発した。雪玉が飛んでくる。首相を引きずりまわしながら回避するのがしんどい。予想よりうまく動いてくれないからだ。首相が雪玉をくらった。
おお、エリア外に向けて大分動いた。こりゃいい。穴の中で全回復してるから、3回はくらっても死なないはず。ヘイトは俺についているので、首相と雪男の間に立ってさそう。
投げモーションになったところで、首相に回復薬をぶっかける。俺が回避する。首相が雪玉食らって移動。俺は首相をぶった切る。雪玉割れる。柄打ち、峰打ちで押し込む。まだかよ。首相に向かって前転。前転終わりの判定で押し込む。蹴飛ばす、柄打ち、ああそうだ女キャラだからあれがある。
「ごめんね!」
首相がやっと隣のエリアに消えた。俺に背後から雪玉。ご愛嬌でくらって俺もエリア外へ。隣接エリアで回復薬を使う。パクリMMOだから所持制限も使用制限も無い。
ロープを解いてにっこり笑って手を引くと、ゆっくりながらも首相は素直について来た。ダメージは無いものの、相当痛めつけたから、恨みは買ったと思う。けど今は逃げ出すことが先決だ。こんなに大変だとは思わなかった。
残り15分。ふもとまで降りてきた。首相はだいぶ走るのがうまくなってきた。というか、スタミナ切れでへたり込むタイミングで俺が斬る。ダッシュボタンを離すゼスチャーがやっと通じた。と思う。一生懸命走るのと、普通に走るのとを交互にやるのをわかってもらえたように思う。ボタン操作の経験も無く、いきなりVRダイブしたおっさんに、本当に理解できたかは不明だが。
さあ、最後は勇気を持って走るだけ。ラストスパートファーストエリア。ゴール直前で雪男が降って来るんだよねー。びっくりしたよねー。一度は死ぬよねー。でも教えたらつまんないよねー。デスゲームだけどねー。
そもそも1年交代の首相なんて、死んでも代わりはたくさんいるじゃん。
普通に走る。半分こえた。首相をゼスチャーで岩陰に座らせた。後は俺が出現させて、ヘイトを取って反対側に引き寄せている間に逃げ込んでくれればいいのだが。
ゴール前に走る。案の定現れた。
余計な奴が。
中身おっさんの美少女達の仁王立ち。たいがいそうですが、この時ほど憎らしいと思ったことは無い。じゃまだどけ。
「我々は、今すぐログアウトを要求する!」
「今すぐキャンプに戻ることを要求する!」と俺。
「何をッ!貴様、救出班のくせに!官姓名を名乗れ!ワシを誰だと!」
速度が合うだけ、首相よりこのおっさんは凄いのかも。つかみかかってきた。
そこへズドーンと雪男が降ってきた。おっさんごと俺は多段コンボ敢行。雪男怒る。
美少女連合が蹴散らされた。俺は逃げつつ斬る。さあこっちに来い。
雪男と一緒に俺の方に逃げて来る馬鹿がいる。キャンプに戻れっての。
パニクって攻撃した馬鹿がかみ殺された。自分が悪いよね。ベッドじゃなくてMAKURAであることを祈りますよ。
「攻撃するな!逃げろ!キャンプに戻れ!」
首相と違って、速度が合うなら言葉も通じるか。数人がキャンプに消えた。
ワシ様がダッシュと緊急回避で、首相が隠れている岩陰に飛び込んでいった。あーあ。
雪男と戦闘中で俺は手が離せない。くらわないけど、引きつけないと。
首相がワシ様に胸倉をつかまれた。ビジュアルは百合なんですがね。いいから早く逃げろよと思っていると、ワシ様が首相のマウントを取った。弱いなー首相。半身不随の老人みたいなものだし。
しっかし、ワシ様は俺の足を引っ張ってることがわかっているのかな。ずいぶん時間を稼ぎましたよ。みんなもういませんよ。
俺はワシ様に駆け寄って背を向けた。できるかなアレ。
ブッタギレイヤーをかついで、峰打ち。判定の先端を引っ掛けて、ワシ様を一本背負いで雪男に飛ばす。お、できた。
続いて首相を立たせ、一本背負いで出口に投げる。最初からこうすりゃよかったな。
「ぎゃあああ!たすけろ!!!」
ワシ様が噛まれていた。かけよって諸共にコンボ。雪男が離れたので回復薬をかける。
ワシ様は気絶したまま起き上がらない。まずい。背負いで運べないぞ。
首相があうあういいながらこっちを助けようとしにくる。アンタはさっさと避難しとけ。
背負い2回で首相を画面から消した。振り返るとワシ様がまた噛まれている。
「ぎゃああああ!」
起きたか。好都合だ。今度はワシ様を切らないように雪男を撃退した。死なない敵めんどくせ。
ん。雪男が逃げてへたり込んでいるところ。壁の中じゃないか。柄打ち、峰打ち、前転で押し込む。人間アバター程動かないが、もう少しめり込んだ。そのまま出て来るな。
期待薄だった。雪男が跳び上がる。俺は段差の上に登った。縁に半歩で立つ。雪男が俺の正面に落ちてくる。半分壁の中。だが、着地しない。俺と同じ水平面に浮いている。やった、バグ発見!色々モーションを行うが、移動できずにもがいている。
「おいそこのワシ様!今のうちにキャンプに戻れ!戻らないと置いていく!」
「なんだと!貴様あああ!」
「雪男を解き放つぞ!俺は公務員じゃない!お前を助ける義理は無い!」
ようやくワシ様はキャンプに消えた。
崖から降りると、雪男もスライド移動してきた。まだやるのか。不死のプログラムはこれだから。
だが、雪男は飛び上がって消えた。去り際の一瞬、奴がにやっと笑った気がする。
クエストカウントが赤く点滅していた。まずい。ダッシュでキャンプに飛び込んだ。
これで終わりではない。ギルドでは首相他が待ってた。うるさいのも。一切聞く耳持たず、とりあえず順番通り6人パーティ編制。聞きつけた被害者たちが列をなしている。だが、さすが日本人だ、きちんと列を作って、パニックになっていない。見苦しいのは政治家だけじゃないか。
ログアウトできるのはセーブポイントだけだ。移動する。ログアウト。一切しゃべらなかった。黙ってついてくればいいんだ。
俺はクレイドルから低速世界に生還した。胸糞悪い。
内海が電話連絡を受けている。
「あ~り~が~と~う~!首~相~が~戻~ら~れ~た~よ!野~党~の~幹~事~長も~!」
以下、~を省略する。
「相当しこりが残りそうですね。じゃ、後はよろしく」
「えっ、他の人もいるんだよ?」
「インアウトするだけなら、誰でもできるでしょ。僕は疲労困憊です」
あの行列を順番にログアウトさせるだけでも相当な時間がかかる。TR1を追うならともかく、そんな単純作業やってられるかよ。
タオルで体をふき、会議室のソファで休憩。しばらくしないと低速慣れしない。飲み物、弁当と運ばれて来るが、俺を帰そうと言う雰囲気は無い。まだなんかやらせる気か。
「首相がお会いしたいそうです。感謝の言葉を直接お伝えしたいと」
「ああ、それですか。正直、誰にも会いたくありません。暴力的な救出だったので逆恨みしている方も多いでしょう。しかし、タイムリミットギリギリになってしまったのは誰のせいか、モニターしていたならわかりますよね。野党の幹事長さんにだけは絶対に会いたくない」
「ごもっともですが、私が彼らに逆らえるか考えてみてください」
ち、内海の野郎、俺を守る気がさらさら無いぞ!
「あの、かみ殺された人、どうなりました」
「現在、集中治療中とのことです。しかし、命に別状は無いと思われます」
ち、いかに破格の武器を持っていても、どうしようもない瞬間があるんですがね。それ、あんたたちにわかりますかね?
ち、ち、ちっ。イライラする。
1回5名の救出作業が続くが、この場では係員が交代で数回ずつダイブして行くだけだ。
だが、水が減り、濁って来た。うかつにも交換液が無いらしい。そして向こうの世界でアバターが形成できなくなったらしく、中断に追い込まれた。試作高性能マシンの盲点だ。循環ろ過が弱い。短時間で何度もばちゃばちゃ出入りする仕様になってない。
「SEアカウントさえあれば、MAKURAでもできるんでしょ」
「あのマシンと一体じゃないと現状では管理者権限に負けて、ログアウト権を失う」
「救出された人のクレイドルの水をここへ持って来れば」
「高校生が考えることぐらい、もうやっている」
切羽詰まった大人は、馬鹿にしちゃいけない者を馬鹿にするようだ。俺に頼るくせに俺をけなすのか。気分を害したので黙った。見せて見ろや社会人の手並みとやらを。
そのうちに首相がご到着。まあ、椅子にふんぞりかえっているわけにはいかない。救出の指揮とTV中継の合間を縫って来たのだ。俺が尊敬できるような政策を持つ政治家ではないが、今その足は引っ張りたくない。
「君には感謝の言葉も無い。痛い目にあったのは授業料だと思うことにするよ」
「まだ残っている人の救出をよろしくお願いします」
できるだけこちらからは軽く握手をした。政治家は毎日腫れるほど握手をするという。
「あの人が押し掛ける前に家に帰してあげなさい」
首相は内海に言った。
「ですが、彼の加速能力でないと解決できない局面がこれから発生するかも知れません」
俺の加速能力だと?それはVRMMO4倍速適性の事か。それともまさか。
「君に頼らなければならない時が来るかもしれない。しかし、今は他の者達で努力すべき時だ。帰ってよろしいですよ。また改めて感謝を述べる事になると思いますが」
首相がやさしく微笑んだ。俺は、騙された。
完結させたので レイアウト修正しました
感想など、お待ちしています