これがもし未来なら
後半が押し付けがましくなってしまったので、それでも構わない方はお読み下さい。
『**様、**様。*月*日*曜日、午前8時です。お早う御座います』
「……ああ、おはよう」
「起こして差し上げますね」
ベッドがリクライニングして、重たい腰をゆっくりと持ち上げる。左右にベッドのように広がっていた部分が縦に折れて、側面に収納され、そしてイスのうような状態に、ベッドが変形した。
「真っ白だな……」
自分の部屋を見回して、そう呟いた。
『部屋の内装を変更なさいますか?』
その声に気付いたのか、AIは訊いてきた。
「……いや、止めておこう」
『わかりました。朝食を準備致します』
それだけAIは言うと、イスがゆっくりと動き始めて、わたしはロボットによってダイニングに移動させられた。
あいも変わらず寂れたモノクロの部屋に、真っ白な机がぽつんと置かれ、その目の前には同じように真っ白な壁と、小さな引き出しがあった。
机の前まで移動させられると、目の前の壁に取り付けられた引き出しが自動的に開いて、いくつかの食べ物が乗ったトレイが出てきた。
『今日の**様の健康状態から鑑みますに、このような――』
「スキップ」
『分かりました。どうぞ、お召し上がり下さい』
お召し上がり下さい、と言う割には、イスの上部側面に取り付けられたアームが動き、ぐいぐいと口に運んでくる。ソレを口を開けて取り、咀嚼を開始すると『今回の咀嚼回数は、60回です』と行儀よくAIが教えてくれる。
六十回きちんと噛んで飲み込まないと、AIにどやされるので、しっかり噛んで飲み込む。そうでもしなければ、後でその取り分を取り返すために何をやらされるか分からないからだ。
六十回噛んだことをAIがスコープで確認すると、またアームで食べ物を取って、口に突っ込ませる。それをとって、規定回数まで咀嚼する。それの繰り返しだ。
『今朝のテレビをご覧になりますか?』
「……ああ」
『分かりました』
すると、今度は空中に映像が映し出された。左右のスピーカーから耳に心地いい程度での音量でAIのアナウンサーの無機質な声が聞こえてくる。
思わず嫌気が差して、私は結局AIにテレビを消すように命じた。
『到着時刻は何時に設定しますか?』
「――何時になっても構わないよ。結局君たちが全部やってしまうんだろうから」
『分かりました。最短時刻である9時30分28秒に設定いたします』
「頼むよ」
目の前に薄い膜が貼り付けられて、イスはゆっくりと動き出した。
『音楽をお掛けいたしますか?』
「……君たちの音楽には、心に来るものがないんだ。だから、遠慮しておくよ」
『分かりました』
ゆったりと移動していくイスの膜から、私は外の光景を眺めた。
同じように薄い膜に包まれて、規則的に移動する椅子たちが、幾つも幾つも見える。
――一体、何時だっただろう? 『人』を見なくなったのは。 一体、何時だっただろう。お天道様の光を直接浴びたのは。
人と会えば、感染症に掛かる危険性が高まるため、会わない方がいい。太陽の光には有害な光線が含まれているから、会わない方がいい。
人の声を聞けばストレスが高まるから、テレビで人の声を流さないほうがいい。創作は人の精神に多大な影響を与えるから、見ないほうがいい。
「潔癖だな、全く……」
いつからだっただろう。人が潔癖症になり始めたのは。
他人と触れ合わなくなって、確かに犯罪はゼロになったし、AIが交通を完全自立させたために、人間は事故を起こすことはなくなった。AIが人の健康状態を完璧に管理しているおかげで、人の寿命は平均120歳になった。
全て人が求めた幸せの結果だ。もっと楽をしたい。もっと便利な物がほしい。もっと平和でいたい。だからこそ生み出された、この平和で普遍的な世界だ。
ずっと辺りを見回していると、一台のイスがフラフラと動いているのに気が付いた。序々に浮力を落としていって、最後には路面につんのめって、イスに貼られた膜が敗れた。
イスからは老年の女性が転げ落ちていた。あまり受けたことのない、もしかしたら初めてかもしれない痛みに、女性は呻いていた。
AIのパトロールカーがすぐさまやってきて、女性の体をスキャンし始める。
そして――何か異常でも見つかったのか、AIのパトロールカーはホースのようなものを女性に向けた。
そのホースの口から、バーナーのような炎が噴出された。
「――!?」
そんな、どうして、と私がその様子をさらに見ようとした瞬間、イスが唐突に曲がり、先ほどの女性の姿は見えなくなった。
「……なあ、AI」
『なんでしょうか?』
「お前達、もし私達に菌や有害な物質が発見されたときは、どうするようにプログラムされているんだ?」
『Q&Aを検索中……。発見しました。我々AIは、有害な物質を発見した場合、周囲の環境を鑑みて、すぐさま焼却による消毒を致します』
「ふざけるな!!」
予想通りの答えに、私はそれでも怒鳴らずにはいられなかった。
「いくら人の生活の為、安全の為といっても、やってはいけないことぐらいあるだろう! 何故人を殺すことが肯定されているんだ!」
『**様、心拍数が上昇しています。到着までしばらく休まれたほうが宜しいかと』
AIは当たり前のように言って、アームから注射針を伸ばした。何かは分かっている。睡眠薬だ。
「そんなことさせるか!」
私は手を伸ばして、その注射針をどかそうとした。だが――動かそうとした腕は、ぴくりとしか動かなかった。
「あ………」
どうしてもだめだった。まったく動かない。どうしてもどうしても動かない。
すっと、針が刺さって、睡眠薬が注入される。暫くすると目の前が暗くなってきて、まぶたを持ち上げるのが難しくなってくる。それでも必死に抵抗する私に、AIの声が聞こえた。
『無理なさらないで下さい。あなたにできないことでも、私達には簡単にできますので』
それは、本当はAIは喋っていなかったのかもしれない。私の見た夢の一端だったのかもしれない。だが私は、こう思わずにはいられなかった。
――これは、私たちの求めた幸せか――?
人間は楽をすることが全ての幸せだと思っている。平和で、何事もなければ、それだけで幸せだと感じている。別に間違ったことではない。争いもなく、楽に生きていられるのなら誰だって幸せだと感じる筈だ。
だけど、人間は人間である限り、不幸を抱えて生きている。間違っても、幸せしかない人生を持つ人間など、現世にはいない筈だ。
だが、人は不幸があるからこそ幸せを感じ取れるのかもしれない。影が暗闇の中では同化してしまうのと同じように、幸せしかない人生は、ずっと平坦でとてもつまらないものになるだろう。それを幸せと感じることは出来なくなるかも知れない。
もし、第二次世界大戦のさなかを生き延びた人々がこの世界を見たなら、これほどにも幸せな世界はないと感じるだろう。だけど、この世界に生きている人間は、この幸せな世界しか見ていないから、幸せだと感じることはできず、その先を求めてしまうのだろう。
その先には、幸せしかまっていないと信じて。
「ウォーリー」というディズニーピクサーの映画が何年か前に公開されてますが、世界観としてはそのもっと先を考えています。
一応決定のみは人間によって行われている体ですが、全体的に見るとAIに間違いなく人間が支配されちゃってる世界です。
最後のほうをみればわかりますが、どう考えても自業自得の結果です。
何が言いたいと言うと、ぶっちゃけちゃえばもっと人間は能動的に動くべきかなーという、ただそれだけです。思えばウォーリーもそんな感じだったような。
物事が起きてから動く受動的な人間よりかは、例え苦労をしょいこんででも動く能動的な人間のほうが、ずっとずっと幸せを掴み取ることができるのではないかな、と思っただけです。
とりあえず、こんな未来は僕は嫌です。