俺と私
とても長い夢を見ていた。途方の無い夢。けれど、彼らのお陰で、私達はその夢から抜け出すことができた。
…重い瞼を開けると、見覚えのない光景が広がっていた。
訂正しよう。正確に言えば、[私]が知らないだけであって、[俺]は知っている。
「あら?目が覚めたんですね。」
すぐ側で、俺が知っている声がする。声の方向を見ると彼女はいた。彼女は、さとり。
となると、やはりここは地霊殿…
「名乗った覚えは無いのだけれど…
……成る程そう言うわけですか。
ですが、夢で会ったからといってその名で呼ぶのは軽率なのでは?
まぁ、その夢は現実になり損ねたものですから、その場に出てくるのは、それそのものなんですけどね。」
「えーっと、すみません。
起きて早々申し訳ないのですが…
…何故、俺ではなく私なんでしょうか?」
様々な疑問が沸くなかで唯一、俺達では解くことができない疑問が率直に吐き出された。
正直、上手く伝えられる自信は無い。そのため、自分なりに浮かんだ言葉をさとりに伝えた。
「あぁ、そのことですか。
それは恐らく、実際に夢を見たのが貴女だからですよ。
夢見の迷子となった者が、戻って来たのは初めてですの一概にそうとは言い難いですけどね。」
えっと、つまり…
つまり…どういう意味?
頭が回らない。俺の目は点になっていることだろう。さとりは、そんな俺達を見かねて話出した。
「そうですね…
紗英さんは、千歳さんを巻き込んで迷子になっていたので、不完全なまま帰って来てしまったんでしょう。
そして、これは予測になってしまいますが、あなた方の中で最も力が強いのは、私のことを知っている千歳さんではないでしょうか?
もしそうであれば、淘汰されて、残ったのが千歳さんなんじゃないですかね?」
成る程と俺達は頷く。けれど、まだ疑問が消えたわけではない。
俺達は、ずっと[俺達]のままなのか…他にも気になる点はあるが、今はそこが重要なところである。
「そのことなんですが、自分たちで誰が消えて、誰が残るかを決めて下さい。
そうすれば、自然と消えるはずです。」
自分たちで誰が消えるか…
「消滅、と言うよりは成仏の方が正しいでしょうね。」
…さとり曰く、俺達は魂が分離した状態で肉体に入っているらしい。
つまり、魂は4つ。しかし実質は2つ。そして、それらを放置し続ければ、本来一つの魂しか入れられないはずの器は、2つ分の魂によって壊れてしまう。とのことだった。
当然ではあったが、その事実に俺達は落胆した。
そんな中で、紗英お嬢様が俺を呼んだ。
『皆で話し合いましょう?その為にも、少しこちらに来てくれるかしら…』
紗英お嬢様の言う、こちらと言うのは精神世界のこと。
俺は了解し、さとりにそのことを伝えた。
…静かに瞼を閉じる。
閉じた暗闇には彼等がいた。
そして、すぐに口を開いたのは俺の知っている紗英お嬢様だった。
「私は消滅を選ぶわ。」
どうして、なぜ、皆が思ったはずだ。
「私は、千歳を夢に巻き込んでしまったんだもの…。
これ以上我儘は言えないわよ。」
彼女の声は引きつっていて、肩は震え、顔は涙で濡れていた。
当然だろう。迷惑をかけたからといって、そう簡単に自分を犠牲にできるものではない。
そんな彼女を俺はただ見ていることしかできなかった。
沈黙の中、次に声を発したのはもう一人の俺だった。
「俺はお前に力を渡した時点で、消える覚悟はできてる。
だから消滅を選ぶよ。」
すると、すぐに俺の知らない彼女が言う。
「それなら、千歳が消滅を選ぶなら私もそうする!」
『困りましたね…。3人共に消滅を希望ですか。』
俺以外の彼等が意思をそれぞれ伝えた後に、その言葉は聞こえてきた。
さとりの声だった。
『…ん~
一つ、私からの提案なのですが、千歳さんが残る方を選べばいいのではないですか?』
「確かに、それいいな。」
「その提案、賛成です。」
「…私も、賛成、です…」
「…わかった。少し、考えさせてくれ。」
そう言って、俺は悩んだ。誰を救うべきか…
しかし、救うと言っても自我は無くなる。
こんな精神世界の中でさえ、離れ離れになってしまうのは正直辛いはず…
ならば…
俺は決めた。
俺が選ぶのは、、、。
…結局俺は、俺の知る紗英を選択した。しかし、俺の出した決断に彼女は、何故か激怒していた。
「私は、あなたに選ばれる資格なんて無いの!
だからお願い…間違わないで…」
彼女の言葉は必死で、子供のような幼さが見え隠れしていた。そして、突然…彼女の言葉がまるで、スイッチだったかのように記憶の歯車は回りだし俺の頭中で甦るのを感じた。
感じた瞬間、目の前から彼等の姿が闇に消えたかと思うと、フッと青年が一人の少女を文字通り体を楯にして弾丸から護っている姿が表れた。
弾丸を受けた青年は少女に覆い被さるように倒れ、彼に発砲したと思われる女性は、優越に浸る笑顔をみせている。
数分後、女性が少女に近づいたかと思うと、青年は蹴りをお見舞いした…しかし、青年は力無くそのまま倒れこみ…再び動くことはなかった。
側で泣き崩れたのは少女ではなく、女性で彼女はその後、自らのこめかみに銃口を向け…そして、発砲した。
倒れた彼女の頭からは鮮血が吹き出し、そのまま視界は暗闇に染まっていった。
…なんだよ、これ…
そう思いつつ、今のこの光景が自分の記憶であると感じた。
「…思い出してしまったの?」
…俺は紗英を護って死んでいる。
けど彼女は、紗英を狙っていた…なら、こんな場所で自ら死を選ぶのは不自然ではないだろうか…?
それに俺は最後に紗英を窓から落としたはずだ。
下には仲間がいて…
「千歳?」
思い出した…
俺は紗英を落としちゃいない。先程の記憶の通り、俺はあそこで力尽きた。
…じゃあ、この記憶は?
「千歳!?」
紗英が俺を呼び、俺の考えがほとんど間違っていないことを知ったのは、数秒後だった。
俺と紗英は、あそこで死んだ。紗英は自殺…
そして俺を巻き込み夢を見て、俺達は分断された。
紗英を助けたのは、夢の記憶だったそうだ。
俺はこの争いの理由が遺産相続だけでは無いと感じ、何度か聞いたのだが、彼女は何も話してはくれなかった。
ただ、彼女の意識が消失する間際に「御城家の長男…」と一言残していった。