迷い子の夢
とある豪邸の部屋の一角に、人間が三人。
その内、執事の服装をした人間の体には、無数の弾痕。その穴からは力と共に朱い液体が流れ出し、彼・御城 千歳の命の灯は消えようとしていた。
何故、このような状況下におかれているのか…説明できる者はいない。いるのは、殺される立場にいる彼と、殺すがわにいる一人の女性。
…そして、彼が命を懸けて護ろうとしている一人の女性だった。
全身から力が抜け、死への階段を上り始めた千歳だが奇跡的に意識を保っていた。
終わり。…そう、俺の命は終わり。
意識が途切れるか途切れないかの狭間で、彼は思う。
…本当に?本当にこれが最後?
あの方を護ることなく死ぬ?本当に?
彼女を残し、彼女を護りきれず…彼女を置いて先に…
本当に終わりでいいの?
…
…よく、ない…よな。
「頼りの執事は、この様。あとは、貴女が死ぬだけね。
まだ17歳だというのに本当、可哀想ねぇ。貴女みたいなのと関わらなかったら、こうはならなかったんですもの。」
女性が二人、睨み合う。
片方の視界には、怯える女性のみが映り。もう片方の視界には、優越に浸り銃口をこちらに向ける女性と、自分にもたれ掛かる執事が映っていた。
彼は知っていた。
彼女の瞳には、自分の姿が映されていないことを…
彼は小型の通信機で外にいる仲間へ伝える。
「これからお嬢様を投げる…。後は…頼む。」
彼の言葉は、優越に浸る女性には聞こえなかった。
運命は変わった。
彼女が近付いたのを見計らうと、彼は最後の力を振り絞り、銃を持った手を蹴りあげる。
不意を突かれた彼女は攻撃を受け、銃を手放してしまった。
彼は叫んだ。
「窓から飛び降りろ!!」
けれど、怯える彼女の体に力は入らなかった。
銃を拾おうと後退りする彼女を見て、彼は思う。まだ、時間はあると。
本当に最後。
彼は怯える彼女を抱き上げ、窓から彼女を放り投げた。
最後まで護れないのは心残りだが、悔いはない。
意識が薄れると共に、彼の脳裏には走馬灯が走る。
初めてお嬢様と出会った日…俺は12歳で孤児院にいた。
「貴方……家に来ない?」
突然差しのべられた小さな手…
知らない人の、知らない心。
けれど、その手はとても温かくて…
「…お嬢様、一体何を?」
「千歳……
…いや、ごめんなさい。何でも、ないわ…。」
あの時の感情や心が、一体何だったのか…
俺は知らない。けれど、だからこそ…もう一度、その手に触れたいと思った…。
-人間は、一人では生きていけない-
結局あのようなことが起きてしまったのは、遺産相続が原因だった。
莫大な金銭。強大な権力。これらを手にするためだ。
お嬢様は末っ子で15歳。先程、銃を持っていたのは20歳の長女・詩緒。
彼女達は四人姉妹であった。
お嬢様・紗英は誰よりも欲がなく、誰よりも早く遺書に書かれた相続内容をのみ、争いから離脱した…はずだった。
詩緒は、二女、三女を殺し、紗英をも殺そうとした。理由はいたって簡単。遺産を全て相続するためである。
きっと、詩緒が生きている限り紗英は…
…
紗英は家族の中で一番嫌われていた。彼女は人の嘘や悪意等を見抜く力を持っていた為である。
彼女を前にして嘘は通じない。それが、権力者達にとっては邪魔者以外の何者でもなかった。
けれど、救われる人間もいることを忘れないでほしい。俺は彼女に拾われ、家の氏までいただき、"家族"として迎え入れてくれたのだ。
詩緒には、後悔する前に気づいてほしい。…既に後悔した上かもしれないが…。
人は、一人では生きていけないことを……。
そこで俺の意識は、完全に途切れた。
…
「珍しいわ…。」
一人の女性の目には映った。魂のみで人の形を成している存在が。
これは泡沫の夢…。すぐに目が覚める…とても、とても儚い夢。
けれど、きっと儚いからこそ人は夢を見る。
夢を観て、現を見て、夢に魅入る。
「君はあそこに居るべきじゃない。」
暗闇の中で誰かが言った。
「いい加減気付きなよ。じゃないと、次は本当に死んじゃうよ?」
また一人、声は増えていく。
「貴方が気付かない限り夢は繰り返します。」
「いつまで?
いつまで後ろを見ているの?」
「繰り返しても結末は変わらないよ?
だって、"夢"だもの。早く気づきなよ。君が欲しい力は最初からあるんだから。」
夢の中で誰かが呼び、誰もが叫んでいた。
そんな中、一人が周りの声を掻き消す程の大声をあげた。
「いい加減…前を向け…!」
次の瞬間には、闇の崖に突き落とされていた。
落とされたはずの意識が暗闇から浮上し、夢が覚める。なんとなくそう思う自分がいた。
後頭部は柔らかい何かに包まれ心地よく、頬にはヒンヤリした何かが当てられる感覚があり、そして遂に意識は完全に目覚め、視界を遮る瞼を開けた…。
それは今思えば、一目惚れだったのかもしれない。幼さが残る顔…別にロリコンなわけではないが、俺の心に衝撃が突き抜けた。
「ちょっ!?ふ、ふふ、ふと、…ももが!!」
完全に天パってしまったわけだが、そんな俺を無視して(体勢を変えずに済んでいるのがありがたい。)、彼女は言う。
「お目覚めのよう、ですね。
…ここは地獄です。」
彼女の一言は俺を一瞬で現実に引き戻し、"嘘ではなく、護ることができなかった。"その事実があると言うことが俺を暗くした。そんな俺の顔を彼女は見つめていた。
「あの…俺の顔に何か?」
「え?あぁ、いえ…
貴方のように自我を持っているものは、珍しいので。
それに、その場合ほとんどが訳ありですから。」
「つまり…俺が、俺であることが珍しいと?それも訳ありで?」
彼女は小さく頷き、教えてくれた。
基本的に死んだ者は自我、そして姿、貌を保つことが不可能で、保っている者には何かしらの霊体が憑いているか、未練、または怨念持ち。
そして稀有な存在ではあるが、純粋な力を持っているかのどれかだそうだ。
…これだけ聞くと、俺は未練持ちかな?
何かが変だ…。
護れなかった喪失感は本物。
けど、何を護ろうとしてた?
「いい加減気付きなよ。」
頭の中で声が響く。
…俺は、何か大切なことを忘れている?
…いや、今は目の前の問題に集中しよう。
彼女は此処を地獄と言っていた。けれど、本当に地獄か?見渡す限り館、と言うか室内だし…。
そもそも何者だよ…
「…ここは地獄ですが地霊殿の中なので、つまり知っての通り室内です。
そして私は、古明地 さとり。此処、地霊殿の主であり地獄の管理者です。」
…!?
急に話出したかと思うと、彼女は俺が疑問に思っていたこと全てに対して答えを述べた。
考えを読んだ?
いやいや、混乱してる俺に対して状況説明しただけだ。そもそも自己紹介なんて当然だもんな…うん。
とりあえずは、そう自分に言い聞かせた。
…しかし心が読める、か
何故か胸の奥がモヤモヤするな。
普通なら邪険に思うような存在なはず。
この人は一体、どれほど辛い思いをしてきたのだろうか…。
そこで、ハッと自分の思考が歪んでいっていることに気がついた。
クソッ!!俺は一体何を忘れているんだ?
つい先程、目の前の問題に集中しようと決めた筈なのに、もう違う事を考えてしまっている。
なんだ?俺の思考が滅茶苦茶になる原因はナンダ?
悩み戸惑う俺を無視して彼女は小さくため息を吐いた後…
「貴方は"夢見の迷子"のようですね。」
そう静かに呟いた。