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案内

異形の者からの危険は去った。しかし、街に活力は無い。誰も鎧を脱ごうともせず、死骸をどうにかしようと片付ける者もいない。戦っていたものは道端に座り込み、剣を片手に地面を見つめている。

 優達は街の中心へと進んでいく。情報を集めるためだった。フィリウスソリスも今回の現状を把握していなかったためだ。

 二人は話しかける相手を探すが、誰一人としてその場から動くものもおらず、優達に目を向けるものもいない。生ける屍だ。

 街の中心には巨大な塔がそびえ立っていた。その周囲には怪我をした人が倒れている。そんな怪我人たちを手当てするのは一人の少女だった。

 この街で生きている人間に初めて会った、そんな感想を優の胸に抱かせる。

 少女は足音に気がついたのか、優達に視線を向けた。


「ああ! 貴方達が助けてくださった騎士様達ですね! 申し訳ございません、私から伺おうと思っていたのですが、こうして怪我人の相手で手一杯でして。」


 少女の顔立ちは大人びている。しかし、頬の辺りにはまだ丸みが残っており、十五歳前後の美しさを隠す事も無く振りまいている。

 生きる気力がない街の中、彼女だけが動いている。包帯を巻く。熱があるものには濡れタオルを。喉が渇いたものには水を桶であたえている。

 優達は彼女に近づく。

 フィリウスソリスが彼女に話しかけるよりも先に、優が言葉を発した。


「先程、助けてくれるなと文句を言われたよ。」


 優の軽い嫌みにも、少女は微笑み、ごめんなさい、と謝るだけだ。

 優は鋭い視線をフィリウスソリスから感じる。彼自身少々罪悪感を覚え、肩を竦めた。

 少女は一通り手当てを終え、これでよし、と一人呟くと優達のもとに歩み寄る。


「すいません、この通りこの街は何もないのでお礼はできませんが、どうか道中の疲れを私の家で癒してくれませんか?」


 優がフィリウスソリスに視線を向けると、彼女のヘルムの先にある視線と目が合った。

 フィリウスソリスは一つ頷くと、再び視線を少女に戻す。


「恐縮ですが、お願いできませんか。」


 わかりました、と太陽のような暖かさを含む微笑を少女は浮かべると、街道を歩き始めた。

 どうやらついて来いということらしい、と二人は悟るとフィリウスソリスは歩みだそうとする。

 しかし、そのフィリウスソリスの背中に優は言葉をかけた。


「フィリウスソリス、説明してくれないか? 私自身について。予測にすぎないが、私はだいたいの結論は出ているのだが。」


 フィリウスソリスは思慮をめぐらせているのか、数秒間石像のように止まった。思慮が終わったのか、彼女は優の顔に視線を移すと頭を一回縦に振る。

 ありがとう、と優は彼女に告げると、フィリウスソリスは再び歩み始めた。

 少女は優達と離れすぎたことに気がつき、その場で振り返ると優達に向かい大きく手を左右に振りはじめる。


「こちらですよぉ!」


 少女の声は音が死んだ街道に良く響く。街道の建物の壁に寄りかかる者達。彼らは動く事をしない。人とは息をしていれば生きているのか。それとも意志を持ってはじめて生きているというのだろうか。

 物言わぬ人形の間を優達は歩んでいく。街道の石材には血の染みができている。街の者には死体など見慣れたものなのだろう、誰も気にはしない、朗らかな微笑みをその顔に浮かべる少女すらも。

 少女の後に続く優は、ふと、路地裏を見た。

 路地裏では、すでに屍となり、骨にわずかばかりの肉と皮をのこした骸が転がっていた。その骸に群がる蟻や犬や蝿や猫。

 この街は死んでいる。動物達が群がる食料は既に死体しかないのだろう。

 ふと、そこで優はある可能性が頭を過ぎった。街道に座り込む人々の肌は何処か荒れていて、肉が余りついていないように見えた。贅肉がついていないのだろうと、優は考えていたが、もしかしたら、帰る家も、食料すらないのだろうか、と。

 この街は死んでいる。その言葉がここには相応しいように感じた。

 少女が向った先の街道はがらんどうだった。路地に倒れる人の姿すらない。物音もない。街道の血の跡すらない。空虚だ。ただあるのは、街道の左右に所狭しとならぶ家々だ。その家屋の中にも人の気配すら感じない。こここそが本当に街の死んだ部分なのだろう。その部分もこうして少女がいることでかろうじて息をしている。


「ここが私の家です。」


 少女が指差した家は木造作りで、地面に接した木材には苔が生えている。他の部分も大分傷んでいるようで、目を凝らせばヒビが点在していた。

 少女が家の扉をひらくと、古い家では良く耳にする蝶番が軋む音が辺りに響く。

 どうぞ、と一言優達に少女は声をかける。

 まず、フィリウスソリスが家に入る。木造の床には質素ながらも布の絨毯がひかれていた。刺繍などはないが、紅い絨毯にはとても目が惹かれる。部屋の中央には質素な木材のテーブル。硬そうなベッド。食器棚。


「貧しいですが、寛いでくだされば幸いです。それで、お二人はなぜこのような辺境に?」


 優が、最後に少女が家に入る。少女は扉を閉めると二人の顔を交互に見た。

 床は優とフィリウスソリスがあるくと、ギギッと軋んだ音を響かせる。

 フィリウスソリスは少女の瞳を見ると、返答を口にする。


「私達はさらに遠くの辺境から旅をしてきたのです。この大陸の事は何一つ知りません。どうか教えていただけませんか?」


 話の流れを理解できない優はフィリウスソリスの隣に立ち、口を挟まぬように流れを伺った。

 フィリウスソリスの話を聞いた少女は心底驚いたようで手のひらを口に当て、その驚きを隠そうともしない。


「この大陸のほかに他の大陸もあったのですね。ようこそ、ミニアツーレホルツへ。しかし、残念ながらこの大陸からは早々に立ち去った方がいいとおもいますよ。」


「何があったというのですか。」


「すこし、長い話になります。この大陸の創生にも関わるのです。」


 一瞬、そこで少女は口をつぐんだ。しかし、おもむろに口を開くとたんたんと語り始める。それは壮大な神話。

 優は思考を全力で回転させ、話を飲み込んでいく。

 ――むかしむかし、時代の定義すらなかった過去の話。世界には太陽の子と月の子がいました。太陽の子はみんなから愛され、月の子はみんなから後ろ指を指され年を重ねていきました。

 太陽の子と月の子は仲良しでした。

 太陽の子にはたくさんの友人がいましたが、月の子には太陽の子しかいませんでした。

 ある日、月の子が一人で歩いていると、太陽の子のたくさんの友達が月の子の事を罵り、暴力をふりました。彼らは月の子が太陽の子と一緒に居る事が堪えられなかったのです。

 月の子は力を持った者でした。彼はその力を自らに暴力を振るったもの達に際限なくふるいはじめました。長い間溜め込んだ恨みがとうとう歯止めが利かなくなってしまったのです。

 月の子はそのまま世界を破壊しつくそうとしました。

 しかし、それを見かねた太陽の子は月の子を長い長い眠りにへと誘いました。

そうして、月の子の肉体が大地となったのです。

 その大地に自然と産まれた人間達は太陽の子の事を日輪の神ソーナと崇め、月の子の事を月の神のことをメンシスと名づけ、忌み嫌いました。

 メンシスは肉体が動かずとも、その精神を蝕んだ怨念は未だ眠る事を知りませんでした。

 彼はその精神をミニアツーレホルツで甦らせ、大地を壊し始めました。

 ソーナは大地の事は人間に全て任せ、メンシスと戦う力を一人の少女に授けました。

 日輪の女神に寵愛されし娘、フィリウスソリスの誕生です。

 フィリウスソリスはメンシスの片割れを眠らせるため、その力と、封印の剣である拡散の剣を携え、メンシスが人間達に建てさせた彼の神殿へと向かいました。

 長い長い月日彼らは戦い続けました。

 そうして、いつの間にか両者は世界から姿を消し、一時の平和がこの大陸、ミニアツーレホルツに訪れたのです。

 それが三百年前のことでした。

 平和が平和となくなってしまったのは今から三年前です。

 ある者は平原から、ある者は火山から。様々な化け物がこの大陸に現れ始めたのです。

 化け物は人間達の虐殺をはじめ、人間はそれに抗いを始めました。

 その中の一体の化け物は人形を模り、ソーナと大地を繋ぐ門を自らの寝床とし、彼はミニアツーレホルツの人間に向かい、こう告げたのです。「我々はメンシスの片割れ、私の体を返してもらう。」と。

 ――少女はそこで口を閉じた。

 少女の話を優は自らの中で反芻し、理解していく。自らが何者であるのか、それが確固たる確信へとかわり、ため息を吐く。優が話を聞いて感じた感情は太陽の子への失望と、人間への恨み、そして他の神とよばれる子らの横暴への憤りだ。

 優が横目でフィリウスソリスを見る。彼女は手を握り締め、何か思慮をめぐらせていた。

「そうなのですか、わざわざご忠告ありがとうございます。」


 フィリウスソリスが口にした言葉は空空しかった。しかし、少女は普通に感じたようで、フィリウスソリスに微笑む。


「いえいえ、水を桶で汲んできますね、少々お待ちください。」


 少女は軋む蝶番に気にせず、街道へと出て行った。扉はしまり、家には二人が残される。

 小さい埃が家には舞っている。少女の足音は遠くに離れていった。

 優はテーブルにしまわれた椅子に座る。椅子は軋みをあげ、重さを優に訴えかけた。


「フィリウスソリス、質問に答えてくれ。私はメンシスなのだろう? いや、メンシスの片割れか。」


「……。」


 フィリウスソリスは優と机をはさんで対面するように、椅子にすわった。彼女の椅子もまた軋みをあげる。

 優はフィリウスソリスを見つめるが、彼女は優と視線を合わせようとしない。

 沈黙が空気を重くするが、優は気にせず、言葉を口にした。


「はぁ、貴女が言った私の役割とは魔王か。突拍子もない話だな。この世界で三百年前、フィリウスソリスと戦った固体が私だな? そして、私とフィリウスソリスは共に眠りについた。私は記憶を失っているが、フィリウスソリスは三百年の夢を忘れている。それでいいか?」


「ええ、間違いありません。」


 それ以上フィリウスソリスは答えようとはしない。

 もとから優自身もこれ以上の答えを聞こうとはおもっていなかった。謎は大量に残っているが、この世界における自らの名前を知れた事は大きいだろう。先程聞いた男の声。なぜ三百年も眠っていたのか。フィリウスソリスは何故頑なに口を閉ざすのか。質問したとして確かめる術を優は持っていない。

 やっと物語の序章にたてた。そんな徒労感が優を支配する。

 この馬鹿げた勇者物語が終極を迎えれば、再び自分はこんな馬鹿げた事を忘れて家のベッドで寝れる。そう考えれば優自身やらなければいけない苦労だと、理解はしているが、何せ情報の波で溢れ返り現状すら理解していない。

 物語を終極へと運ぶキーは何か、優は冷静に判断していく。

 ひとつ、メンシスの意図を理解し、存在をどうにかすること。

 ひとつ、三百年前の出来事の記憶を思い出す事。

 ひとつ、フィリウスソリスの行動の意図を理解する事。

 不確定な事では、フィリウスソリスがメンシスを討たない限り物語は終極を迎えないのではないかというものがあった。勇者が魔王を倒すのは物語としては鉄則だ。

 この世界が夢で無い事は優のなかでは既に理解しているが、かといって日本が夢であった等と言う話は眉唾物だった。この世界を認識した理由があの濃紅の本であるならば、この世界でも、日本を認識するための本があるのではないか。そんな仮説が優の中にはある。

 選択肢は増えた。しかし、故に優は戸惑っている。順序立てる事が困難を極めているのだ。たとえば、物語の序章から一気に終章まで飛ばし、メンシスをフィリウスソリスに討たせても何も解決しないことは確実だ。

 ならば、何をするべきか。

 優はふと、フィリウスソリスを見た。フィリウスソリスも床を見、なにかを考えているようだ。ふと、優の脳裏に濃紅の本が浮かぶ。彼女の事は優はこれでしった筈だ。

 ――ああ、そうか。なぜそんな簡単な事も思い浮かばなかったのか。

 優の脳内には『Ⅰ』から『Ⅵ』までの内容が頭に入っている。これが本の中だというのならば、知識もするべきことのヒントもそこに書かれているはずだった。

 脳内の本を捲っていく。捲る本はⅥ、メンシスの神殿に近い街の話。ああ、そう、ここは、


「……ブルムンク。」


 フィリウスソリスはその単語に驚いたように素早く視線を優へと移した。

 やはり、と優は微笑みを口に浮かべる。訳の分からぬことに混乱して頭がどうかしていた。優は今は冷静をその心に宿し、頭は誰よりも早く回転している。


「この街はブルムンクだ。メンシスの神殿の近く。そして、メンシスが支配していた街でもある。何で彼、まぁ私は神殿を建てさせたのだろうな? まるで誰かに対するメッセージを籠めたモニュメントのようじゃないか。少々北にはたしか、人が近づかない場所があったはずだ。名前は何だったか……。」


『暴風の丘』 ふと、先程聞いた男性の声が優の耳元に響く。


「そう、暴風の丘だ。」


『早くおいで。』


 それを言い残し、声は聞こえなくなった。

 優は眉を顰める。声につい反応してしまったが、その声はここに居るだれの物でもなかったからだ。

 しかし、その声はフィリウスソリスには聞こえてはいないらしい。彼女は辺りを気にした様子もなく、優を見つめていた。

 人類を殺そうと異形のものが考えているならば、なぜ辺境のこの街が残っているのか。ふと優の中に疑問が沸きでる。本の中の描写で言えばここは最東端にある街だ。首都がある中央から大分離れている。そして、優が到着したとき、丁度がいい数で、丁度いい様に弱い化け物が街を襲っている。まるで歩き方を教えているように。

 もし、ここが、誰かのために残されているとしたら。

 ――ああ、なるほど。私は案内されたとおりに物語に従えばいいのか。

 誰かが案内し、レールを轢いている。それは間違いなかった。


「優、貴方……。」


 フィリウスソリスの言葉を遮るように、少女が家の扉を開ける。その両手で水が並々と注がれた桶を抱えている。

 優は鋭い視線で少女を見る。しかし、特に何か口にしようとはしない。

 フィリウスソリスは少女の姿を見ると、椅子から立ち上がり、少女の手から桶を受け取る。

 ありがとうです、と少女は朗らかな微笑みを浮かべる。


「今日はシチューを作ろうと思うのですよ。材料が心もとないので対した物はつくれませんが。」


 優は自分の耳を疑った。しかし、フィリウスソリスは気がついていないのか、変わりなく返答を返す。


「申し訳ありません。けれどそんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。」


「いえいえ、客人の方が来て頂いているのに、質素な御持て成ししかできないのは恥ずかしい限りです。この街近辺で作物が取れなくなったのは暴風の丘で化け物が目覚めてからでした――」


 思わず優は微笑みが口からもれ出る。笑い声すら漏れてしまいそうだった。

 ――誰がレールを轢いているのか。いいだろう。素直にしたがってやろうじゃないか。

少々遅れてしまいました。次話は明日か明後日投稿します

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