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事端

前回の話、少々修正しました。



「おはようございます。」


 肌寒い風を感じ、優は目を覚ます。目蓋を開けば辺りはまだ暗い。曙光が地上に降り注ぎはじめて間もない時間だ。目覚めた場所は見慣れた天井などではなかった。彼は溜息を一つつき、覚悟を決めると、挨拶をフィリウスソリスに返す。


「おはよう。」


 優は一晩という長い時間があったお陰か、想像していたよりは衝撃は少なかった。むしろ冷静に状況を考え始める。

 フィリウスソリスは一晩中寝ていないのか、一際大きな瓦礫に座り辺りを伺っていた。枯れ枝は既に全て燃え尽きている。火の番をしていたようだ。

 視界の端の草原が揺れ動いた。風は吹いていない。それは野生の獣のせいだろうか。だが、優も負リウスソリスも些細なことに気にも留めない。

 優は一言、フィリウスソリスに確認しなければならないことがあった。


「フィリウスソリス」優は彼女に声をかける「貴女が言う夢の中にもう一度戻ることはできるのか?」


「できるわ。優がここにいる意味を果たせば。」


「ここに居る意味?」


 それ以上は語らない。彼女は寡黙を保ち、草原を見つめている。フィリウスソリスの沈黙は語りたくない過去があるように優は思えた。

 優は濃紅の本の内容を思い返してみるが生憎、例の本には断片的な事しか記されていない。フィリウスソリスが何に懸念を抱いているのか判断するには圧倒的に情報が足りない。

 優はフィリウスソリスを見ていたが、目の端に眩いばかりの光を感じ瞳をすぼめる。光が射した方向に視線をむけると、その姿を完全に大空に表した太陽が陽光を地上に燦々と降り注がせている。

 秋の一日が始まったようだ。


「優、私は貴方に問わなければならない。貴方は再び夢の世界に戻りたいのか?」


「その質問をされると私は戸惑うしかないな。情報が少なすぎる。何故自分がこうしているのか、現状すら把握していないんだ。」


 優の返事にフィリウスソリスは鼻を鳴らした。もっともだ、と彼女は笑い、瓦礫から下りる。

 フィリウスソリスが石の地面に降り立った音が聞こえ、優は彼女を見る。

 先程まで草原に登る太陽をみていたフィリウスソリスは今はその視線を優に向けていた。


「知るということは最善ではない事もあります。もっとも貴方はそんな事は百も承知でしょうね。わかりました。ではまずは貴方自身を取り戻すとしましょうか。」


 それだけ告げるとフィリウスソリスは草原へと歩んでいく。

 優は何も言わずに彼女についていく。聞いて答えが返ってくる等と本当に信じているのは馬鹿な考えだと優はわかっていた。そして、実際聞かされたとしてもそれを判断できる材料をもっていなのでは愚の骨頂でしかない。質問とは相手を完全に信用して行うのでなければ、答えが事前に自分の中で出ていなければならないのだ。つまり、質問とは答えが分かっている状態で行うものであると、痛いほど優はわかっていた。それ以外で行うとするならば返ってきた答えは判断材料以上にはならない。

 ザクッ、ザクッ。一定の間隔で二人は歩みを刻む。辺りは呆れんばかりの緑だ。獣一匹すら見かけることはできない。それゆえに土は柔らかかった。足を踏み込むと、鎧の重さも相乗効果を果たし、足の半分は埋まる。

 それから暫く二人は無言で歩いていたが、疲れも喉の渇きも飢えも全く感じない事に優は気がつく。鎧は踏み込む感触からして相当の重量はあるはずだった。息一つ切れないほど体力を持っている覚えは彼にはまったくない。

 相変わらず秋風は草と戯れている。

 優は目の端から紅い物が飛んでくるのを捉え、それを手につかんだ。紅葉だ。澄んだ赤色は風物詩となる事も頷ける鮮やかさだった。ふと、気になった疑問をフィリウスソリスに優は尋ねる。


「フィリウスソリス、この葉の名前は何かな?」


 彼女は足を止め、振り返る。優の手に持つ葉を視界におさめると、考えるまでもなく即答した。


「紅葉ですね。もうすぐ街に着くはずです。そこで現状を把握した後、目的地を決めましょう。」


 何の感慨を持たずフィリスソリスは再び歩みだす。

 ここは地球に似ているかもない、いや、地球がここに似ているのか、等と優は考えを巡らせた後、紅葉を風に手渡す。

 ひらひらと舞い上がる紅。

 それに視線を向けず、優は再び歩みを進める。

 突如、フィリウスソリスが止まる。まるで何かを感じるように静寂を彼女はたもっていた。

 優も何かあるのかと目と耳を澄ませる。

 何かが燃えるような音が微かにだが、空気に伝わってきた。


「全力で走ります。何者かに街は襲われているようです。」


 風のような速さでフィリウスソリスはかけていく。優はそれを人間業とは想えなかった。

 しかし、見失わぬように優も全速力で彼女の後を追う。速度は彼女に劣ってはいたが、息が切れることも疲労感に悩まされることもない。

 全力といいながらもフィリウスソリスが後ろを伺っているのは優にもわかっていた。彼女は優が見失わぬ程度の全力でかけている。

 優は無尽蔵の体力に驚きを覚えながらも、必死にフィリウスソリスの背中を追う。

 駆けていたのは数十秒だっただろうか。前から感じる突風。後ろに消えていく景色。駆けた先にはたしかに家々が視界に映る。しかし、倒壊した物、業火に飲まれた建物、その数が圧倒的に多い。響く悲鳴。矢を射る音。その中には異形の者と思われる聞いたことも無い鳴き声が混ざっている。


「何だ、この鳴き声は!?」


 聞こえてくる金きり声に思わず優は顔をしかめる。冥府に引きずりこもうとする死神の声のように彼は感じた。


「……。メンシスの力の破片でしょう。」


「なんだと? 片割れは大量にいるのか?」


「そんな筈はないのですが。」


 走りながら言葉を交わしたとして、息が切れる事はない。優はこの異常な事に眉を顰めながらも必死にフィリウスソリスについていく。

 街の門を通り過ぎたとき、眼前に広がるのは死屍累々の山だった。見たことも無い、漆黒をまとった異形の人型。鎧を着た人間の死体。ここの市民だったと思われる布地の服を着た女性の死体。

 立ち込める腐敗臭。甘くて鉄臭いその臭いが優の鼻をついた。胸がむかむかとするのを彼は感じたが、別段と気分を悪くすることはなかった。しかし、そう長く嗅いでいたくない臭いであることもたしかだ。

 死体には目もくれずフィリウスソリスは街道を街の中心に向って走っていく。


「おい! お前は良いかもしれないが私は戦えないぞ!」


 死体を踏むという行為に精神をすり減らしながらも優はフィリウスソリスを追う。

 そんな優に向かい、振り返ることなくフィリウスソリスは返答を返す。


「戦えますよ。」


 無責任なその言葉に思わず優は舌打ちをしてしまう。度胸は据わっていると優は自負しているが、剣を持って戦争など、現代にいきていた人間は一度もしたことがないからだ。

 心の準備ができないままに、全身鎧を着込んだ人間達と、異形の者達が戦闘を繰り広げる場所にたどりつく。異形の者、まるでその姿は人の影が立体化したような姿だ。顔に表情もなければ、異様に長く、細い手足。全てが漆黒の色に染まっている。

 異形の者の数体が目の前の人間を切り裂いた。文字通りその手に持つ爪で。

 鎧は紙で出来たかのように破れ、防具としての役割を果たしていない。

 その強さに優は胸をつかまれたかのような緊張感を覚える。出来ればこちらに気がついてくれるな、と心の中で祈ってしまうほど。

 しかし往々にして、祈りとは届かないものである。異形のものはまるで後ろに目でもついているかのように当たり前に優達に向いた。

 彼らは二本の腕を揺らしながら優達に近づく。その動きは素早く、百メートルを十二秒ではしれるんではないかと思われるほどだ。

 優は近づいてくる彼らに驚き、歩みを止める。

 それと同時にフィリウスソリスも足を止めた。彼女は剣を腰から抜くと、眼前のメンシスの片割れを観察する。


「どうやら彼らに理性などないようですね。こんな大量にメンシスの力が具現化するとは少々私も驚きを隠せません。」


「理性がないことは見ればわかる!」


 素手で彼らを倒せるとは微塵も優は思わない。足元に転がっている血のついた剣を拾うと、深呼吸をして剣先を彼らに向けた。


「剣なんて使えんがな。」


 思わず、苦笑を優は漏らす。ここまできてしまえばなるようになれとしか思えなかった。

 しかし、冷静にフィリウスソリスは優に言葉を返した。


「使えるはずです。いくら記憶をなくしたとして歩き方を忘れる事はないですから。心をおちつけて、思うが侭に剣を振るうのです。」


 簡単そうに言う、と優は悪態を吐く。

 異形の者達は既に眼前に迫っていた。数体の内、二体ほどが優のもとに走ってくるが、その内の一体を目にも留まらぬ速さでフィリウスソリスは切り捨てた。


「一体くらい相手にしろって事か。」


 優の顔には引きつった微笑みしか浮かばない。

 異形の者は足元の悪さなど微塵も気にしていない様子だ。彼の者は優を目の前に捕らえるとその必殺を誇る爪を素早く振り下ろした。

 受けるという選択肢は優の中にはない。上から振り下ろされる力に向って下からの力ではどうしても分が悪いからだ。受け流すにしても足元が悪すぎた。

 

「儘よ!」


 自暴自棄になりながらも、優は無意識で剣を振った。右斜め下から左斜め上の方向に切り上げる。異形の者が振り下ろしている左手を優は切り落とし、そのまま刀身は首を捉える。

 切り落とされた左手は優の背後に飛び、首は目の前に転がった。

 異形の者からは血は出ない。しかし、ピクリとも動かず、どうやら屍となったようだった。

 あまりにも鮮やかに倒せた事に優は驚く。訳のわからない本の中に入ってから彼は驚きの連続だった。

 剣を振ったときの感触は馴染んだものを扱うようにスムーズだった、と優は感じる。何故という質問は増えるばかりだが、答えは依然として見えてこない。

 優はフィリウスソリスに視線を向ける。彼女は優が一体を相手にしている間に残りを殲滅してしまったようだ。異常ともいえる強さに優はただ固唾を呑む。

 フィリウスソリスは優の事を知っているのは間違いない。しかし、彼女は教える気はさらさらない。

 自分で答えを見つけるしかないようだ、と優は心に思い、フィリウスソリスに近づく。

 目の前の敵の殲滅に戦っていた人間達も唖然とした様子で、優が動いてようやく彼らは剣を鞘にしまった。

 その中の一人が優達に歩み寄る。


「何故助けた。」

 

 そう、近づいた者は二人に向って尋ねる。

 思いもよらない言葉に優は頭を傾げる。

 しかし、フィリウスソリスは冷静に言葉を彼に返した。


「逆に問いますが、何故そんな事を問うのでしょう。」


「俺達は今日、明日死ぬために今日を生き延びたに過ぎない。数え切れないほど、この街は襲われ、数え切れないほど人が死んだ。助けてもらったとして近い明日にこの街がなくなる事は変わらないさ。」


 優の目の端でフィリウスソリスが拳を握り締めているのが見えた。しかし、彼女はその拳の力をぬいていき、感情の篭らぬ平坦な返事を彼に返す。


「そうですか。私達は貴方を助けたわけではありません。この街に用があっただけです。」


 フィリウスソリスの言葉を馬鹿にするように鎧を着た男は鼻を鳴らした。そして、手を振ると、街の中心へと帰っていく。

 フィリウスソリスはじっとその背中を見つめ続ける。顔はヘルムで隠され、表情は伺えない。


『おはよう。おはよう。良い夢はみれたかい。』


 風が囁くように無邪気な男の声が優の耳元で聞こえた。驚き、辺りを見回すが、声の主の姿は見えない。ただ、死屍累々の臭いを風が運んでくるのみだった。



 


この通りダークストーリーです。途中でほのぼのした話もありますが、基本は暗く進んでいきます。

この話の話をしっかり理解できれば主人公の存在がわかるかもしれません。

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