#3
「初めまして。向日内高徒くん。私はここの社長、港孝幸だ。君が仕事を引き受けてくれて、本当に嬉しいよ」
「ギャラがまあまあだったんで」
タカトが正直に言うと、港は「気に入ったよ」と笑う。
港孝幸は、豪と同い年か少し歳上に見えた。
黒髪に切れ長の目が厳しそうな印象を与えるが、物腰は柔らかい。
彼はタカトの金髪にするりと指を通すと首筋あたりを撫でてきた。
「可愛いね。タカトくん。私の目に狂いは無かったよ」
「それはどうも」
「この明るいオーラのタカトくんと、豪のシックな雰囲気がどう交ざりあうのか。早く見たいよ」
そういうと港は豪の肩をトンと叩いた。
「あ、今日は試し撮りするからね。スタジオはあっちのオフィスの向こうにあるから、付いてきて」
港は奥で待機していたカメラマン数人を呼びつつ、タカトと豪を撮影スタジオに案内した。
しばらく廊下を進むと突き当たりに“STUDIO”とプレートがかかったドアが現れた。
重厚なガラス扉を開くと、広々とした空間に特大の皮張りのソファーが一つだけ置いてある。
タカトと豪がそこに腰を下ろすと、港が言う。
「じゃあタカトくん、脱いで」
「え?」
「上だけでいいから。それから豪はせっかくワイシャツだからボタン全部取って」
港の口角がニヤニヤと釣り上がる。
タカトはそれを見ないようにしながら、タートルネックを脱ぎ捨てた。
「じゃあ、タカトくんはソファーにだらしない感じで横になって。豪はタカトくんを押し倒すイメージで」
熱い豪の手のひらが肩を掴む。
前屈みになった豪の髪が目に入りそうで鬱陶しいなと思いながら、タカトは目蓋を伏せがちにする。
すると早速シャッターを切る音がスタジオに響く。
タカトは早く終わらせたくて、縮毛矯正によって針のようになった豪の髪を掻き上げてみたり、指同士を絡ませてみたりと色々とポーズをとった。
「どうしたの?なんかタカトノリノリだね」
「バッカちげーよ早くミッドタウンで買い物したいの。そんだけ」
「そんな急がなくてもお店は逃げないよ」
「見て回る時間が減るだろ」
「はいはい」
それから撮影はだいたい一時間前後で終わった。
「お疲れさま。タカトくん、豪」
満足気な港を、タカトはじとっと見上げる。
「お疲れさま」
カメラマンの一人から先ほど投げ捨てたタートルネックを受け取りながら、タカトは豪を見やった。
「ご……」
タカトが豪を呼びかけたとき、彼のポケットでけたたましく携帯が鳴り響く。
あまりの音量にビクッと震えたタカトにたいして、豪は落ち着いたし声音で「すまない」と短く謝罪する。
「マナーモードにするの忘れていたよ。ちょっと失礼するね……もしもし?」
豪はワイシャツの襟を整えながら、電話を取った。
「……………はい、分かりました。仕方ないですね。ええ、今すぐ行きます、はい、失礼します」
短い電話だったが、豪の受け答えから察するにこの後仕事が入ったようだ。
「豪仕事かよ」
ふんっとそっぽむくタカトに豪は苦笑いしながら謝る。
「ごめんね、タカト……買い物はまた今度付き合うよ。そのとき美味しいケーキご馳走してあげるから、今日は許して?」
「……ケーキなら、許す……」
「ありがとう。じゃあ僕はもう行かないと……タカトはどうする?」
「ああ、いいよ行って。俺1人でミッドタウン行くから」
「分かった。じゃあまた今度」
タカトが挨拶代わりに手を振るのを確認するなり、豪はスタジオから小走りで出ていった。
どうやら相当急いでいるらしい。
タカトもそれに続いてスタジオを出ると、後ろを歩く港が声をかけてきた。
「タカトくん、せっかくだしお茶でも飲んでいくかい?」
「いや、遊ぶ時間が無くなるんで」
「そうかい。それは残念だ」
港はあまり残念そうではなかったが、あえてタカトは何も言わなかった。