#1
「海とか、壮大な名前。あー、今時あんなはっきり告白してくるとはな」
「タカトは本当に男の子にモテるね、今月に入って何人目だい?」
「知らねー。10人ぐらい?」
「僕の手帳には正の字3つすでにあるけど?」
「んあー?じゃ16人目?」
深夜、都内にある行きつけのバーに、タカトは専属スタイリストの豪に呼び出された。
だいたい、タカトが男に告白されたその当日か次の日にはこうやって豪に呼ばれる。
まるで図ったようなタイミングなのが引っ掛かるが、タカトは考えないようにしていた。
豪はクスクス笑うと、カクテルを口に運ぶ。
「ばれたんじゃない?タカトがゲイだって」
「おめぇがバラさねぇ限りバレねぇよ。つーかバラしたらタダじゃおかねぇからな」
タカトは豪ギラリと睨み付けて、ウイスキーを一気に飲み干した。
豪はそんなタカトを見てまた笑う。
「お口が悪いねタカト。そんな言葉遣いすると、僕がキスでその口塞いじゃうよ?」
「豪はゲイじゃねえだろ。奥さん泣くぞ」
「キスは浮気に入らないよ。それに僕はゲイじゃないけどバイだから」
豪はもう一杯同じカクテルを注文すると、タカトの分もとワンショットウイスキーを追加する。
「豪、俺はキスも浮気だと思うぞ……」
タカトはからになったウイスキーグラスをカウンターの前に追いやりながらつぶやく。
豪はタカトのつぶやきを華麗に無視して話題を変えた。
「そうだタカト、今度さ、ゲイ雑誌もやってみない?」
「ヤダ」
「随分速答するけど、どうして?」
タカトはため息をつきながら、じとっとした目を豪に投げつける。
「あのな、豪。ゲイっつうのはな、マッチョとかザ・オトコみたいなんが好きなの。俺みたいな貧相な身体は鼻で笑われちまうよ」
注文されたウイスキーがバーテンから差し出され、タカトはすぐに受け取ってグラスに口をつける。
豪はポケットから紙切れを取り出して、酔いはじめたタカトの目の前に置いた。
紙切れは所謂名刺で、“ミナトファクトリー”取締役代表“港孝幸”と書かれている。
「でも社長直々からタカトにオファー来てるんだけどなー」
「なんで先にマネージャーから聞かねーでスタイリストからそんなデカイ話聞くんだ」
「社長が僕の友達だから」
「ふうん」
「1ページ20万×10」
「やる」
「はい、決まり、じゃあ明日の撮影のあと社長んとこ行くからね」
「はいよ」
豪は嬉しそうに微笑むと名刺をポケットに戻した。
金に目が眩んで二つ返事で引き受けたのは早計だったろうかと後になってタカトは思ったが、別になんとかなるだろと安易に自己完結し、またウイスキーをちびちびと呑みはじめた。