私は貴方を忘れない!!――2
「……………即答って、少し傷ついたわよ。」
「……桐原さん。あなたは、僕がどうしてあんな生き方をしているかわかりますか?」
「あんな生き方?ああ。誰もがすぐに忘れてしまうクソおもしろくない、生き方のこと?」
「辛辣ですね…。」
「昔からキツイこと言うねとはよく言われたわ。」
そう答えると、真は寝転んだまま転がり、渚にさらに近づき目をしっかりと見据えた。
嘘を許さない純粋な瞳。その瞳を好ましく思いながら、渚は言葉を紡ぎだす。
「僕は、人に嫌われるのが怖い。」
「え?」
意外な答えだった。意外と普通な答えだったことに、真は心の底から驚いた。
「憎しみを持たれるのも、軽蔑されるのも、嘲笑されるのも!!人に…他人に…切り離され、捨てられることが怖いのです。」
「えっと…それだけ?」
正直真は拍子抜けしてしまった。あれだけ引っ張っておいてこれはないだろう………。
渚が言った恐怖は誰もが少なからず、感じているものだ。誰しも、自ら人に嫌われたいと考えるものはいない。
それ故に、人は他人に話を合わせ、顔色をうかがうのだ。 渚の場合はそれを過剰に恐れたあまりこうなってしまったのだろう。
この時の真はそんな甘い考えしかしていなかった。「あのね…そんなの誰でも怖いに決まって……。」
真の嗜めようとした言葉の上から渚の発言が重なる。
「僕は捨て子ですから…誰かに捨てられるのは、もういやなんですよ。」
一瞬にして、屋上の空気が止まった。
…†…†…†…†…†…
子供ポストだったろうか?
とにかく、この街に昔あった巨大な私立病院はそれを持っており、小さな孤児院も経営していたらしい。
渚はそのポストに捨てられた初めての子供だったらしい。
捨てられた理由は、生まれながらの右目の失明(水晶体に問題があるらしい)だったそうだ。渚は右目のカラーコンタクトを外し、真っ白に染まった瞳孔をみせながら、そう語った。どうやら彼の母親も同じ病気だったようで、我が子にさえそのような重荷を背負わせた罪の意識に耐えられなかったそうだ。ポストに渚が捨てられてから無惨な水死体となって、遺書と共に発見されたそうだ。
他の親族も見つからず父親は数日前に起きた飛行機事故で死んでいたため(それが母親の自殺の原因の一つだったらしい。)渚はそのまま孤児院に引き取られ育てられたらしい。
本人いわく中学を卒業するまでそこにいたらしい。養い親の医師はいい人で、義妹も暫くしてから入って来たため、それほどさびしくはない、幸せな暮らしだったらしい。
しかし、去年の暮れリーマンショックによる不況の煽りをもろに食らった私立病院は倒産してしまい、中学生だった妹は国の施設に引き取られ、ここの高校への合格を決めていた渚は、そのまま学校の寮にいれられたのたそうだ。
「その時に思いました。あ…僕はまた捨てられたんだと……。」
「ちがう!!」
泣きそうになっている真の頭を撫でながら渚は苦笑した。
「ええ、解っています。彼らはああするしかなかった。まだ自立が難しい中学生ならまだしも、高校生はもう就職できる年齢ですからね。正直、政府も養わなくてもいい人は養いたくは無いでしょう。ですが、それは理屈で理解できても、心で納得できる物ではありませんでした。」
そして、おそらくそれがトドメだったのだろう。
気が付けば、渚の心には他者に捨てられることに対する異常なまでの恐怖心しか残っていなかった。
普通なら引きこもりになってもおかしくない、心理状態だったが、中学生のころから天才と呼ばれていた渚の頭脳は、何とか渚が人の中で過ごしていける方法を思いついた。思いついてしまった。
「それが、存在感を消すこと?」
「人に捨てられるのは、人にある程度の認識をされていることが絶対条件です。ならば、始めからそこにいないことになってしまえば、捨てられることはないですから。」
だが、それは、外の世界に対する完全な拒絶を意味していた。
「だから私は特別な誰かを作りたくない。いや、作れないのです。」
優しく、儚い笑みを浮かべて、渚はトンとその場から立ち上がった。
「わかっていただけましたか?ですから、僕に恋心を抱くのは止めたほうがいい。正直、今の僕にとっては学校に来て、普通に過ごすだけで、ギリギリですから。」
渚はそう言い残して、屋上から出ていった。
…†…†…†…†…†…
真は肩をいからせ、廊下を早足で移動していた。
『わかっていただけましたか?』
頭の中では先程の渚の言葉が繰り返されていた。「わかるわけ、ないじゃない。」
ギリッと奥歯が鳴り表情が歪むのがわかる。それほどにまで彼女は怒り狂っていた。
「他人に捨てられるのはが怖い。嫌われるのが怖い?フザケンナ!!あんたが本当の孤独を知っているというの!?」
今日一日、鬼瓦先輩に連れられて、アイツと関係がある人達と出会って解ったことがある。
鬼瓦は別れ際にこういった。
『俺はあいつにこのままでいてほしくない。俺が風紀委員だってのもあるけど、やっぱり、大事な後輩だしな。』
Sクラスの委員長はこういった。
『私たち彼には本当に感謝しているの。本当は彼のことを覚えていたいの。』
私はそんな事言ってもらえなかったのに………。
「なに贅沢なこと言ってんのよバカッ!!!!!」
そして、真はとある部屋のドアを蹴り開けた。
中にいた人達は、物凄く驚いたようで、何人かは真を取り押さえるため飛び掛かってくる。
「手を貸しなさい。あのバカを、今度は私が慰めてあげる。」
その言葉を聞いて巨大な男が豪快に笑う。
いい女になったなと…………。
…†…†…†…†…†…
渚が校門を出ようとすると、そこには珍しい少年が立っていた。
「あれ、師匠お迎えですか?」
「最近痴漢が多いらしいし、京ネェは見た目だけはええからなー。心配になったんよ。あと、師匠はヤメェ。中学生がここに来とるだけでかなり悪目立ちしとるんやから。」
染めたような漆黒の髪に、抜けるような白い肌がアンバランスな印象を受ける少年だった。おまけに右目に着いた真っ黒な切り傷が更に少年の、バランスの悪さを加速しているため『気持ち悪い』までバランスが悪くなっていた。
彼の名前は松壊シシン(ショウカイシシン)。とある事情で京香の両親が育てている、京香の義理の弟だ。
ここら辺ではかなり有名な少年で、渚もいくらかお世話になっている。
「それにしても、またウスゥなったな渚ニィ。そのうち消えてまうで。」
「本望ですよ。」
渚にしては珍しく、笑顔で無駄話に花が咲そうになったときだ。
『あ、あ、あ、あ、ただいまマイクのテスト中。アメンボ赤いなアイウエオ……………………。』
屋上にあるスピーカーから、そんな音が流れてきた。
「ん?こんな時間に放送かいな?緊急事態かいな?」
渚もシシンと同じように首を傾げるが、理由はシシンとは違った。
…なんで鬼瓦先輩が放送しているんだ?と…。
しかし、その疑問はものの数秒で氷解した。
『それでは、どうぞー。』
『えーっと、一年A組の桐原真でーす☆今日は皆さんに、ご報告があって、放送室を占拠させていただきました。』
「いま、占拠ゆーたで、おい…。」
真ネェなにしとんねん。一応中学生時代から姉の親友だった真と面識があるシシンは、苦笑まじりにため息をつき、渚に話を振ろうと思いそちらを見たら、
渚は、既に校舎に向かって走りだしていた。
珍しいな、渚ニィが…………あんなに怒るやなんて………………。
内心今世紀最大の驚愕を感じながらも、シシンは笑顔で渚を見送る。
なんや、ちゃんと高校生しとるやん。青春やねー。 そして、そんなオッサン臭いことを考えながら、今日の真の武勇伝をどうやって京香から聞き出そうかと思いを巡らせるのだった。
…†…†…†…†…†…
校舎のなかの放送は外の二割増し。そして、いつもの四割増し煩かった。おそらく、放送内容を校舎に残って勉強している生徒にも無理矢理聞かせるため、そして、近所の住民たちにも宣伝するために、ボリュームをフルにして流しているのだろう。
だが、渚にとってそんなことはどうでもいい。問題は放送の中身だった。
『私…桐原真と一年S組の片桐渚さんは、結婚を前提にお付き合いすることになりました!!えへ♪』
あの後すぐに入った放送の内容だ。フザケルナ!!きちんと断ったじゃないか。
しかし、その後も新婚さんいら○しゃいバリの、恋人自慢トークが進んでいる。
『二人の馴れ初めは?』
『彼が、不良に絡まれていた私を、身を挺して守ってくれたんです〜。それから時々会うようになって〜気が付いたら二人とも恋に落ちていました!キャッ☆』
ノリノリのMC鬼瓦にキャラの変わった真に激しくツッコミを入れつつ渚は下駄箱で素早く靴を脱ぐ。
『渚くんの好きなトコロは?』
『全部です☆嫌いなトコロはありません♪キャッ言っちゃった☆』
羞恥心で顔を真っ赤にしながら、渚は必死に二回へと駆け上がり、そこでSクラスの学級委員長にあった。なぜか、彼女は半笑いになりながら、茫然と放送を続けるスピーカーを見つめており、渚が階段を登って来るのを見ると、その表情のまま質問してくる。
「渚くん……これマジ?」
「違う!!!!!!!」
いつものように、当たり障りの無い性格を演じる余裕の無くなった渚を見て、委員長の表情が半笑いから爆笑へと変わっていく。
「で……でも、これ…………ブフッ…………フフフフッ……………………………アハハハハハハハハ!!」
もう顔から火を吹き出させながら、渚はダメージを負った(精神的に…)体を必死に動かし、何とか放送室のまえに、たどり着いた。だが……。
「そ、そこまでです!」
と、渚が踏み込もうとした瞬間、
「それでは皆さんまたライシュー!」
無情にも、真と平八のゲリラ放送は終わりを告げた。
放送室には申し訳なさそうな表情でカンペを出す京香と、ゲラゲラ笑う平八。そして、
「ザーンネン。これで貴方も、有名人!」
してやったりと笑う、真がいたのだった。
…†…†…†…†…†…
「なんでこんなことを、したんですか?」
そこは夕焼けに染まる風紀委員室。他のメンバーは誰もおらず、今回の事件の関係者―渚、真、平八、京香―が向かい会うように座っていた。
「あんたの言動がムカついたからよ………。」
不貞腐れ、そっぽを向く真に、渚は大きくため息をついた。
「フラれたから、意趣がえしですか?随分と小さなことをなさるんですね!!」
「全然違うわよバカッ!!!!」
普段滅多に見せない渚の怒りに、真も全力で応戦する。
久しぶりにちゃんとした喧嘩を見たなーと、傍観者を決め込んだ京香はクスリと笑った。
「まだ解らないの!?私が怒っているのはそんなちっさな事じゃない!!ネェ、アンタ知ってる?鬼瓦先輩がどれだけアンタを心配しているか!知ってる?Sクラスの皆がどれくらいアンタと仲良くしたがっているか!!」
「理由は話したでしょう!!僕は人に捨てられるのはが怖い!見捨てられるのが怖いんだ!!経験したことの無い貴方に一体なにが解る!」
「経験ならしているわよ!今、この学校で、私は仲間に捨てられた!」
「ッ!!」
そういわれて、渚はようやく思い出した。真がいま学校中から疎まれている存在だということを。
「私だって怖いわ。大好きになった人に、一目惚れしたひとに!初めて恋をしたひとに!!嫌われるのが、凄く怖い……。でも、私は昨日アンタに救われた、癒されたの………。私は紛れもなく、アンタが恐がっている他人に救ってもらえたの!!」
「………。」
涙を流しながら叫ぶ真に、渚は呑まれてしまっていた。
「貴方が傷ついたとき、アンタを救ってくれる人はいなかった。それはとても残念なことだったわ。でも、今は違うでしょ!アンタには、鬼瓦先輩がSクラスの皆がいるじゃない。頼りないかもしれないし、もう顔も見たく無いかも知れないけど………私もいるじゃない。」
そこで真は京香に差し出された、ティッシュで鼻をかみ、キリッとした顔で渚に向き直った。
「確かに、人はどうしようもないくらい、怖い感情を持っているわ。でも、だからって、助けてくれようとしてくれる人の手を、初めから無かったことにしていい訳なんか、絶対に…ない。」
少し、考えさせて下さい。
渚はそういって、外へと出ていった。




