私は貴方を忘れない!!―1
Sクラス。平均偏差値70弱と言われる、怪物クラスだ。
第一志望合格は当然。それどころか、海外の大学からは、スキップ(飛び級)してうちの研究室に入ってくれと言われる生徒も少なくないらしい。だがここは、快晴高校だ。勉強しかしてこなかった人間が集まる場所。
このクラスも、性格が悪い生徒が集まっているに………………。
「あれ?普通科の人じゃん!」
「…………………!!!!」
教室に入るため、扉を開けた瞬間、早速声をかけられ、真は反射的に固まってしまう。先ほどの事件の記憶がフラッシュバックする。しかし、
「うわ、マジで!普通科の奴が来てくれたのは、初めてだよ!!」
「お茶のむ?いいチャイナティーが中国の大学から送られて来たの〜。」
教室の中でまず目につくのは、飾り付けされたロッカー。図書館に使われていそうな巨大な本棚の半分は、エリートらしく、わけのわからない文字で書かれた本が置いてあるが、残り半分は漫画やゲームの攻略本で埋まっている。
教室には結構な人数が残っていた。彼らは、安いプラスチックのカップをお供に(ちなみに、食器棚と台所が完備されていた。)漫画を読んだり、ゲームをしたり、料理の練習したり、幸せそうな顔で昼寝をしていたり、していた。
彼らの所属はSクラス。この学校で唯一本当の天才たちが集まる場所…………。
「って、どこがやねん!!」「落ち着け、普通科の女子。関西弁になってるぜ!」
「学校はなにやっているのよ!天才だからってなにやってもいいってことには、ならないのよ!」
「鬼瓦委員長みたいなこと言わないでよ。人生楽しんだもの勝なんだから!!」
真は余りに勝手しほうだいな、彼らに愕然としたが、暫くしてあることに気付いた。
この人たち、普通の高校生活をしている…………。
教室を改造している時点であまり普通とは言えないが、普通科の生徒達と比べると彼らはきちんと高校生活を送っている様に見えた。
友人との会話で笑い、昨日見たテレビの話題で盛り上がり、夏休みのスケジュールを何人かで集まって決めていた。
そんな普通の光景が、この高校にあるということに、真は心底驚き固まってしまった。
「え?どこ、ここ?」
「Sですけどなにか?」
「ウヒャ!!」
突然後ろから声をかけられ、真は飛び上がった。そして、真の後ろに一人の少女が立っていた。長いストレートの黒髪は、リ○グの貞子を彷彿とさせたが、前髪は欝陶しいと感じられない程度の長さに切られていて、理知的な鋭い瞳と、彼女をさらに賢そうに見せている横に長いメタルフレームの眼鏡が見えた。
「貴方たち、お茶を勧める前に、要件を聞いてあげなさい。普通科の方がここに来るなんて、用事があるからに決まっているでしょう。」
「それもそうね、さすが学級委員長!頼りになる!!」
一人の生徒が彼女を誉めると、他の生徒からも賛美の声が上がった。
『さすがだぜ(ね)!委員長!!』
「それほどでもあるわよ!」
「それじゃ、用件のほうは聞いておいて。私たち彼女のお茶煎れないといけないから。」
「任せなさい!!って、あれ!?」
乗せられやすい人でした。
…†…†…†…†…†…
「人探し?うちのクラスで?」
「は、はい。」
結局、委員長(名前はまだ一度も出ていないので、真はこの呼び方をすることにした。)も人がいいのか、お茶がはいるまで雑談してしまった。見た目の印象とは裏腹に、委員長はジャニーズの熱狂的なファンであることが解ったところで、お茶がきたので、真はようやく自分の用件を言うことができた。
「うちのクラスは、皆そこそこ仲が良いから、ここにクラスメイトが全員いることはわかるの。でも、貴方が探している人はこの中にいないのよね?」
「ええ、まあ………。」
「失礼だけど、ガセネタ掴まされたんじゃない。鬼瓦先輩は見た目通り大雑把だから…………。」
平八が聞いたら怒り狂いそうなセリフだが、真もさきほどからそう思い始めていた。例え仲が悪くても、クラスメイトの名前と顔を全員ぶん覚えるのは、今の高校生の必須スキルだ。知らないといったら本当にその生徒はここにはいないのだろう。
「ま、とりあえず名前だけでも聞いておこうかしら。」
「あ、はい。えっと、名前は…………。」
そこで真は、自分が彼の名前すら知らないことに気が付いた。さっと、血の気が引きかけたその時、
『あいつの名前だ。どこへ行ったか聞く時につかえ。』
頭の中で平八のセリフがリフレインされ、教室に入る前に一枚の紙を手渡されたのを思い出した。
慌てて紙を取出し、書いてある名前を読み上げる。
「えっと、片桐 渚君です。」
その時、Sクラスの生徒、全員が一斉に固まった。
「え、あ、あの…。どうかしましたか?」
「しまった、また忘れていた。Mr.Unknownがいたわ…………。」
委員長の悔しげな声とともに、他の生徒も溜息をつく。
「あの、どうかしたのですか?」
「ごめんなさい、桐原さん。片桐くんは間違いなく我がSクラスの生徒です。いい加減なことを言ってすいません。」
「いるんですか!!」
「ええ、今日は図書室は閉まっているから屋上でしょう。まだ帰っていないはずよ。」
「ありがとうございます!!」
これでようやく弁当を届けられる。そう、安堵し教室を飛び出そうとした、真を、
「まって。」
委員長の声が引き止めた。
「少し事情を話しておきたいのだけれど……。」
「あ、それなら鬼瓦先輩に聞きました。大丈夫ですよ。」
「え、で、でも貴方もきっと彼のことを……。」
「大丈夫!!」
委員長の言葉を遮り、真は力強く断言した。
「私は、絶対に彼のことを忘れません!」
…†…†…†…†…†…
「今日はいつになく風が強いですね……。」
いつものようにコンビニ食品で空腹を満たした、少年――片桐渚はダラッと屋上で寝転んでいた。
この場所はこの学校に入る際に、渚が入学条件として提示した『一人になれる場所を作ってほしい』という要望によって、急遽作られたものだ。彼は図書室が空いていない時はここに来て昼寝をするのが日課だった。
下を見下ろしてみると、すでに疎らになった生徒達が歩いているのがみえた。普通の学校なら部活動が占拠しているはずのグラウンドは驚くほどすいており、十数人程の生徒が走っているだけだった。
「相変わらず変な景色ですね…。僕はもう少し活気が有るほうが好きなんですがね。」
よく勘違いされるが、渚は別に人間が嫌いなわけではない。他人には、あまり深く関わらない彼だが、寧ろ騒がしいのも賑やかなのも大好きだ。
「Sクラスは上手くいきましたから、次は学校全体を改良してみますか。」
だからこそ、彼が最も得意なことは――皮肉なことに――人間関係の改善だった。
当たり障りの無い性格、優しげな顔。自己の持っている力の全てを使い、彼は他人同士の関係を良好にしていった。その結果が今のSクラスだ。
ただ、彼の行きすぎた目立たないという性質は彼自身に友人を作ることを許さなかった。
「はははは、まぁそれは僕が望んだことですけどね。」
そう、確かに後者の性質は自身が望んだことだった。なぜなら………………。
「あ…。」
物思いにふけっていた渚に突然声が飛んできた。驚いて跳ね起き屋上の入り口に目を向けると、
「おや……。」
昨日図書室で会った少女が立っていた。
これは珍しい。二日続けてクラスメイト以外の他人に会うとは。まあ、ただの偶然だろう。誰も自分のことを覚えることはできないのだから。
「ここに人が来るのは珍しいですね。とりあえず、桐原真さん……。」
はじめまして。この学校に入って、最もよく口にした言葉を、渚が紡ごうとしたそのとき、
「なにコンビニ弁当食べてんのよ、馬鹿!弁当作ってきてあげるって言ったじゃない!!」
いきなり怒鳴られた。「え…な、何で約束を!!」
「約束なんだから、覚えてないと意味ないでしょうが!!それより、せっかくお弁当作ってきてあげたのになんで、あんたはまたコンビニ弁当食べてんのよ。」
「いえ、コンビニの惣菜パンですから、弁当ではありませんよ。」
「どうでも良いわよ、そんなの!!まさかあんた、私の料理が食べられないとでも言うつもり?」
「まさか、そんな失礼なことするわけ無いじゃないですか。いつも昼食は少なめにしていますので、お弁当一つぐらいならまだ入りますよ。」
「なら許す!」
真は満面の笑みを浮かべて弁当を突き出してきた。 正直惣菜パンは結構なボリュームがあったため、この上他の何かを食べるのはかなりきつかったのだが、自分の為に作られた弁当を突き返すほど渚は常識なしではなかった。
「いただきます………。」
これは、約束をはなから信じていなかった自分への罰だと思い込み、渚は自分の口のなかに弁当のおかずを詰め込んだ。
今まで食べたことが無いほど美味しかった。
「うわ、何ですかこれ!どうやって作っているのですか!!とんでもなく美味しいですよ!!!」
「健康な料理とか言って野菜ばっかりが健康食になっているけど、邪道よね〜あれ。本当に健康な料理は肉も適度に入っていないと。それで太るとか言っている奴は、自分の運動不足棚上げしているのよ。」
さらっと辛辣なことを言いながら、真は自分の分の弁当を広げる。
渚が今まで経験したことがない、賑やかな食事が始まった。
…†…†…†…†…†…
「ふー。お腹がヤバいです。」
「一杯です、じゃないの?」
あまりに美味しすぎて、全部食べてしまった。自分の胃袋がパンパンに膨れ上がっているのがわかる。適当な理由をつけて、途中で切り上げればよかった。
内心少し後悔しながら、渚はその場に寝転がった。
「食べてすぐ寝ると太んのよ。」
「いえ、寝転んだ方が消化の効率が良いのですよ。太るというのは、栄養の吸収率が平常時より上がるからそう言われるのであって、この後それなりの運動をすれば回避できます。」
「そうなの?じゃ、私も。」
そう言うと、真も渚のように寝転んだ。
「あの……どうしてこっちを向くのですか?」
「どうでも良いけど固いわね此処…。」
「屋上なんですから仕方ないでしょう。あ、そんなことではなく……。」
こちらの顔をじっと見つめるように寝転んだ真にかなりの居心地の悪さを感じた渚は顔をしかめ、そして自分のしたことに驚いた。
彼の当たり障りの無い性格は自分で狙って演じているのだ。そのために、他人の行動に迷惑そうな態度をとることは絶対にしないように気を付けてきたのに…。
弛んでいるな、たかだか約束を守って貰えただけなのに……。渚がそう自嘲しかけたとき、
「あれ、そう言えばどうして桐原さんは、僕との約束を覚えていたのですか。」
一つの異常なことに漸く気付いた。
「人との約束を覚えておくのは人として当然のことじゃない。」
「いえ、そういう一般論を聞きたいわけではなく……。」
「どうして、皆が忘れてしまう存在感をうすくしている自分を覚えているのか、でしょ?」
「…………誰にそれを?」
「鬼瓦先輩とSクラスのみんな…。意外と覚えている人多いじゃない。」
「部長はわかりますが、Sクラスは意外でしたね。」
名前を聞くまで忘れていたことを、言わない程度の良識を真は持っていた。
「でもアナタ、覚えられていることがそんなに意外?まるで覚えられていることにが不本意だとでも言いたげね。」
「不本意ですよ。」
帰ってきた答えに、真は眉を吊り上げたが、怒声を上げることなく、それどころか少しイタズラを企んでいる子供のような笑顔を浮かべて、
「あなたのことが好きだから。一目惚れよ。」 顔を赤らめることも、言葉を飾ることもせず、彼女はそう言い切った。
「お断わりです。」
しかし、渚の反応も素早く簡潔に、真の告白を切り捨てた………。




