存在理由2
どれくらい走っただろうか?
と、詩的に表現したたとろで用事があるので校舎内から出るわけにもいかず、校舎のなかを走り回っていただけなのでそれほど時間は経っていないが…。
真は、誰かにぶつかり思わず動きを止める。
「ア゛ア゛?廊下走ってんじゃねーぞ、クソが!」
明らかな不良の口調で、小学生の先生みたいなことを言ってきた。
「ん?どうしたの、真。そんなに怯えて。」
それは、生徒会を終えて風紀委員室へと帰りかけていた、平八と京香だった。
「てめぇ、また反省文書きたいらしいな!昨日みたいな温い量にはしねーぞ!!」
「委員長、それただの八つ当たり…」 やたらと、機嫌の悪い平八を京香が諫めていると、その胸の中に、真が勢いよく飛び込んできた。
「な、なにを!」
「わかってる!言いたいことは分かるから、お願い少しだけ、こうさせておいて…。」
いきなりの真の行動に平八も京香も目をむいたが、真の体が小刻みに震えていることに気付くと、互いに目配せをしたあと他人の目がないか確認をとり、真を風紀委員室に連れ込んだ。
「なるほどねー。まぁこの学校の事情知っている人なら、それほどびびらないんだけどスポーツ推薦の人には少し気持ち悪かったわよねー。」
部屋に備え付けてあるガスコンロで紅茶をいれつつ、京香は苦笑した。
「ちっ!勉強至上主義の弊害だぜ。ガキどもから勉強以上に大事なことが抜け落ちてやがる。」
平八は機嫌の悪いままだったが、とりあえず真を怒るのは止めてくれた。
「でも真、今どきどこの学校もあんなもんよ。全体的に敵意同士のコミュニケーション…喧嘩をできる子が少ないのよ。口喧嘩にしろなんにしろ、親にすら怒られたことがないせいで、他人の怒りがひたすら怖いの。だから、あなたが感じた恐怖とはまた違う恐怖を周りにいた子達は味わったはずよ。これでイーブンじゃない。」
「そんなに、簡単に割り切れるわけないじゃない!!まだ、鳥肌が治まらないわよ…。」
これは、予想以上に大変ね…。この学校の風習が、生徒の気質が、真からのファーストコンタクト(それが喧嘩というのはやや問題だが…)を全否定したのだ。コレで、真がこの学校で平穏を手に入れることは不可能になったの…。あの、教師達のようで正直気は引けるが、真にはやはり転校を勧めたほうがよいのかもしれない…。
京香が内心、頭を抱えながらそう考えていると、突然からかうような笑みを浮かべ身を乗り出した。
「ところで桐原、お前今日はだれかに何か持っていく予定だったんじゃないのか?」
その言葉が真に劇的な変化をもたらした。
「そうだった!!アイツに弁当を持っていくって約束してたんだった!!」
今まで恐怖に震えていたとは思えない早さで、カバンを引っ掴み真は風紀委員室を飛び出した。走り方が少し不自然に見えたのは、怪我をした足を庇いながら走っているからだろう。
「…何をしたの?」
暫く呆然としていた京香は何か知っているように笑う平八の方を向き尋ねる。
「俺は何もしてないよ。青春の賜物さ!」
「鬼みたいなツラして何言っているの。いいから早く説明。」
「お前俺に対しては、辛辣すぎないか!?まぁ、待てよ。そのうち帰って来るからよ。なにせ、今この学校であいつを見つけられるのは…。」
次の瞬間、真がドアを開けて、風紀委員室に飛び込んでくる。
「何で、鬼瓦先輩が私とあいつの約束知っているのですか!?」
………………。
「俺だけだからな。」
顔を真っ赤にしてプライバシーの侵害だと怒鳴ってくる真と、不思議そうにこちらを見てくる京香に、平八はニヤッと笑みを浮かべるのだった。
「さて、あいつに会う前に、お前に一つ聞きたいことがある。人間の存在理由は何だと思う?」
「は?」
あいつの所へ、連れていってやるよ。平八にそういわれて、真と好奇心に負けた京香が平八について歩いていたときその質問はされた。
「えっと…それとあいつと何か関係あるの?」
「大いにな。これを知っているかどうかで、あいつへの接し方が大きく変わる。」
そこまで言われれば答えないわけにもいかない。
「うーん。生きがいを見つけることじゃない?」
「生物学上はガキ産んで種族の発展に貢献することねー。」
「いや、俺が聞きたいのはそういう存在理由じゃない。あと京香、お前のせいで一気に生物学が嫌いになったぞ。」 やや顔を引きつらせながら、そうツッコミつつも。平八は二人の意見を否定した。
「俺が聞きたいのは、どうしてそこに人がいると認識されているのかということだ。」
「え?」
真は一瞬わけがわからない、といった表情で固まる。「体温と、視覚情報。あげていけばキリが無いけど?」
京香はなに言っているんだこいつ?という、呆れきった表情で、平八をにらみつけた。
「物理的にはそれで正解だ。だが、認識てき点はそうじゃない。例えば、ここに一人の人間がいたとしよう。そいつは模範的生徒で、遅刻や居眠りは、もちろん校則違反などもまったくしたことがない優等生だ。」「いい子じゃないですか。」
「かといって暗いわけでもない。特別饒舌ではなかったが、はっきりと喋るし、挨拶をすれば返事もした。」
「それが……?別段問題はないけど?」
「問題は、そいつがそれ以上何もしなかったことだ。」
『……………………?』
不思議そうに首を傾げる二人にさらに平八は言葉を紡ぐ。
「そいつは特定の誰かに深く関わろうとしなかったんだ。返事はするがそれだけだ。――話し掛けようとしない・遊びに付き合わない・特に何かに打ち込むこともなく、ただただそいつはたった1人で生活していた。そんな、ある日のこと、一人のクラスメイトがそいつに話し掛けようとした。
『おーい、かた…』
そこで異変がおきた。クラスメイトはそいつの本名が思い出せなかったんだ。
『あれ、あいつ…誰だっけ?ここまででかかっているんだけど…。』
思い出せなかったクラスメイトは隣のクラスメイトにたずねた。
『は?お前そんなことも忘れたのか?いいか、あいつの名前は………。』
しかし、そいつもまたその名前を思い出せなかった。その行為は狭い教室中にまでひろがったが、誰一人としてそいつの名前を覚えている人間はいなかった。
『おいおい、どーなっているんだ?誰も覚えていないなんて変だろう?』
クラスに異常な雰囲気が流れ出した、そのとき、
『あ?何言ってんの。そんな奴ウチのクラスにはいねーよ。』
一人の生徒がそういった。不思議とその意見はクラスにすんなりと受け入れられ、その生徒は誰からも忘れ去られてしまったとさ………。」話が終わり、真は不思議そうに口を開いた。
「え?その話がなに?」
「あいつのクラスで話を聞けばわかるよ。おっと、そうこうしているうちに着いたぜ。」
平八がそういって立ち止まった教室は、一のSクラス。
「ここ、特進クラスじゃないですか!」
この学校で、唯一本当の天才たちが集まるクラス。「さて、あいつはこのクラスの所属だから、クラスの奴らにどこへ行ったか聞いてこい。」
「え?委員長が聞いてくるんじゃないんですか?」
大きくSと書かれたクラスのプレートに気後れをする真の背中を平八はおす。
「いいから行ってこい。早く弁当届けたいだろ?」
平八にそう言われて、真は暫く迷っていたが意を決したように、教室へと入っていった。
「ま、誰かが覚えていればだけどな………………。」
小さな平八の呟きは、真や京香は聞き取ることが出来なかった。




