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とても優しい笑みを浮かべた・・・

タンタンタンタン!

校舎に軽やかな足音を響かせ、少女は階段を二段飛ばしで進んでいく。時刻は午後12時。肩にはエナメルのカバンがかかっており、少女が階段を登るたびに背中で跳ねた。そして、その後ろには、

「待ちなさい!貴方は遅刻したのだから、風紀委員会でお茶でも飲んでいきなさい!」

「イヤァァァ!だって反省文書かされるじゃない!」

「あったりまえでしょうが!校則破ってお咎め無しなんて有り得ないわよ!」

鬼のような形相で追い掛けてくる風紀委員A。そう、彼女は学校に遅刻していたのだ。

「くっ!なんとかして撒かないと!」

ひどく焦った声を出し少女は隠れる場所を探した。その時、一つの部屋のドアが開き一人の少年が出てきた。

「それじゃ、印刷しておきますね。」

「おう、頼んだ。」

中から誰かの声が聞こえてきたが、この際かまっていられない。少女は、少年がどこかへ行くと同時にそのへやの中にとびこんだ「スイマセン。匿ってください!風紀委員に追われているんです!」

「何をやっているのよ、貴方は・・・。」

しかし、かえってきたのは、よく知った声と溜め息だった。

「あ、あれ京香!なんでこんな所にいるのよ?」

「それはこっちの台詞よ。何してるの、真。」

上海京香かみうみきょうか。私立快晴高校の一年生。実家はケーキ屋をやっているので、学校の女子には非常に人気がある少女だ。

 ボクシング部に所属しており、その拳で何人もの不良を沈めてきたので、沈黙の京香などと呼ばれることもあるが、本人はその呼ばれ方をかなり嫌っている。 そして、彼女は・・・風紀委員会にも所属しているのだ。

「私がここにいる理由は単純明快。明日の終業式に配布する風紀委員会の資料作りを手伝っていたの。」

「へぇ、そうなんだ。風紀委員会も大変だね!」

「そうなのよ。でも、遅刻したことを怒られに自分からやってきた生徒の説教は委員長の仕事だから、その辺りは楽だけどね。」 京香の言葉が終わりかけた瞬間、少女は瞬時に身を翻し、唯一の逃げ道であるドアに飛び付いた。

「開いて!開いて!開いてよぉぉぉ!」

少女は必死になってドアのぶを回すが、なぜかドアはびくともしない。

その時、京香と共に資料作りをしていた少年が立ち上がり、ゆっくりと少女に歩み寄っていく。

「無駄だ。説教中に逃げられてはかなわんのでな」

そして、少年が少女の腕をがっちりと掴む。半泣きになりながら振り向いた少女の目に映ったのは、額に無数の血管を浮き上がらせた、凶悪な目付きをしている鬼だった。綺麗に手入れされた、風紀委員会委員長の腕章が唯一少年が人間であることを示している。「WELCOME!地獄の一丁目にようこそ!」

実は本物の鬼かもしれないが・・・。

  

数時間後、風紀委員室から、委員長の説教によってやつれてしまった少女を追い出すと(勿論、反省文専用の原稿用事二百枚も忘れずに渡した。)二人は再び黙々と資料作成の作業に戻る。何事もなかったかのような時間がしばらく続いた後、

「あれが今話題になっている問題児君か?」

「別に彼女自身が問題を起こしているわけじゃないわ。学校が勝手に困っているだけ。」「ふん、新聞部も余計なことしてくれた。ただでさえ微妙なこの問題をたった一つの記事でさらにややこしくしてくれやがった。」

少年・・・風紀委員長、鬼瓦平八おにがわらへいはちがそう言って取り出した一枚の紙。そこには派手なゴシップ体の文字でこう書かれていた。

『墜ちていた英雄!桐原真きりはらまこと入学と同時に陸上部を退部!?』「まったく、こんなもの配布して何がしたかったのかしら?真に恨みでもあったのかしら?」

「とにかく、俺ら三年は夏休みの間に風紀委員を引退する。二年にも何人かヤバイ奴がいるから二年生はそっちにかかりきりになる。だから、一年生の方はお前たちが頼りだ。頼んだぞ。」「先輩志望校はA判定なんだから暇でしょ?手伝ってくださいよ。」

京香はそう言って平八に抱きつくが、平八は眉をしかめてそれを引き離す。

「お前は惚れた奴がいるんだから、こういった真似はあんまりするな。相手に勘違いされてもつまらんだろ。」

「安心してください。創也に抱きつく練習以外の意味はまったくないので」

「そうハッキリ言われると、逆に傷つくぞ!」

「もう、そりじゃあどうしりゃいいんですか。」

「とにかく!俺は手伝えない!確かに勉強面で不安なところはないが、俺はもう一人、問題児を抱えているからな。」

「ん?ああ、この前言っていた、文芸部の問題児君ですか。」

「さっき印刷する書類を持っていったあいつさ。」

今までニコニコと笑っていた、京香の笑顔が初めて凍り付いた。

「え?そんな人、きましたつけ?」

冷や汗をだらだらと流す京香を見て平八は肩をすくめた。

「ああ、覚えているだろう、ここに誰かが来たということは?」

「はい。でも・・・。」

「それがどんな人だったかは思い出せない?」

「はい・・・。」

「それでいい。それが普通の感覚だ。」

だが、だからこそ、そいつは問題児なんだよ。 心の中でそう呟き、平八は手で額を覆うのだった。



「つっ!」

風紀委員室から出てすぐの階段の踊り場で、少女・・・桐原真きりはらまことは蹲っていた。数ヵ月前骨折した右足が痛んだのだ。 真は数ヵ月前までスポーツ推薦で入った、陸上部の期待のエースだった。

進学校として名をはせていた、ここ私立快晴高校は、進学校にはありがちなとある問題を抱えていた。

生徒達の部活動に対するモチベーションの低さだ。

この学校の生徒達は、ほとんどが、大学への高い進学率、私立ならではの整った勉強環境が目当てで入ってきた者たちだ。

別に学校側はそれでもよかったが、世間の目はそうはいかない。そして去年この学校が大きく方針変更しなければならなくなった事件が起きた。とある週刊誌に、受験戦争に勝ち抜くためだけの教育を施す非人道的な学校としてスッパ抜かれてしまったのだ。

相手は三流のゴシップ雑誌で、ネタがないから適当に槍玉に上げてみた、というぐらいの軽いノリで書いたのだろうが、やられたほうはたまったものではない。

学校側は慌て記者会見を開きこう言ってしまったのだ。

『来年からは我が校も部活動に力を入れるために、スポーツ特待生制度を作ります。』と・・・。

こう言ってしまってはもう後には引けない。

快晴高校は急遽スカウト部を立ち上げ有名な中学生スポーツ選手の獲得に奔走し、三人の選手の内定を取り付けた。その内の一人が、当時インターハイ確実と目されていた、天才ハードル走者・・・真だった。

しかしこの後、学校が、そして本人すら予想していなかった事故が起きてしまった。

最初は真が練習中に怪我を負ってしまったのが始まりだった。全治2ヶ月の右足の骨折。不幸ではあるがスポーツをしていれば別に珍しいことではない。2ヶ月経てばまた復帰できるだろう。真も学校もそう思っていた。だが・・・。



足の痛みが引いた後、真は再び階段を上りとある部屋を目指した。

目的地に到着し、真は足を止める。そこは図書室だった。

「はぁ、誰も居ないといいけど…。」

そういって、真の視界に入ってきたのは・・・。

「あ・・・。」

クーラーのきいた部屋の中、のんびりと読書に勤しむ一人の少年だった。

うわ・・・。真の頭の中にそんな言葉が浮かんだ。その少年が纏う優しい雰囲気に一瞬癒されかけてしまったのだ。あの記事が出てから誰も信用できなくなっていたのに…!

「・・・。」

少年はゆっくりとページをめくり、時々フッと優しい笑みを浮かべる。

話しかけないと!真は慌て少年に駆けよった。この時、彼女の中からは自分の置かれた状況や、反省文のことは綺麗に頭から消えていた。

ただ、真は確信していた。ここで話し掛けないと自分は一生後悔するということを。だから真は話し掛ける。

「あ、貴方も反省文を書きにきたの?」

「へ?」

「・・・。」

暫らくの沈黙ののち・・・!

「って!私のバカ!そんなわけないじゃない!」

頭を抱えてそう絶叫した。



「あの、どうかされたのですか?」

少年は蹲ったまま立ち上がらない真を心配してこえをかけた。

「ええ。本当にどうかしていたわ。私の存在ごとさっきの言葉は忘れて・・・。」

「いえ、寧ろ存在を忘れられるのは僕の方だと思いますが・・・。えっと、桐原真ですよね?」

「私の名前知っているの!」

真は、その言葉を聞いただけで、満面の笑みを浮かべ立ち上がった。なんでだろう?この少年が自分の事を知ってくれていることがこんなに嬉しいだなんて・・・。

「ええ。まぁ、有名人ですからねぇ。」

そういって少年が壁に貼りつけてあった学校新聞を指差した。

あ、そうだ。この学校にはもう私の味方はいない・・・。そんな事も忘れるなんて、何しているのよ私は・・・。

「はぁ・・・。貴方も私に期待をかけていたクチ?それとも、まわりに流されて私ならストレス発散に使ってもいいと思っている人かしら?」

「まさか、僕にそんな人間味はありませんよ。それに・・・。」

少年はそこで言葉をきり、生まれつきの垂れ目でじっと真を見つめ微笑んだ。

「今、一番傷ついている人を責めることなんてできませんよ。」

「何を・・・。」

「今まで全てをかけて打ち込んでいたものが理不尽に奪われるのは、どんな罵倒よりも辛いでしょう・・・。それなのに、気丈に胸を張って立っていたあなたは格好よかったですよ。」

その時、真の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「うぇ!僕何か気に障ることいいましたか!?」

「ち、違う。わ、私に・・・そんな言葉をかけてくれたのは・・・貴方が初めてだったから。」

ボロボロとこぼれる涙を必死に拭いながら、途切れがちな涙声で、真は必死に言葉を紡ぎだす。

「す、すぐに泣き止むから・・・ちょっとだけ・・・時間を・・・ちょうだい。」

しかし、少年はそんな真の頭に手を置き今までの笑顔を真剣な顔にかえ、

「申し訳ありません。」

謝罪してきた。

「どうして・・・謝るの?」

「格好よかったなどと無責任なことを言ってしまいました。辛いときや悲しい時は泣いた方がいい。その方が人間らしいから・・・。だから今だけは、僕を空気だと思って、思う存分泣いて下さい。」

真の心はそろそろ限界に来ていたのだろう。一学期の間に溜め込んだ悲しみの全てを、その時だけは、少年に向かって吐き出した。真は優しい暖かさに包まれ子どもの様に泣きじゃくるのだった。



思う存分泣いた後、少年と真は他愛もない話をして、一緒に笑いあった。出身の中学はどこか。兄弟の話し。(少年には妹が一人いるらしい。)好きな食べ物は何か。この図書室の利用者が少ない理由。(ここの司書の趣味によって本が統一されているからだった。棚の中が全てライトノベルだったといえば、分かりやすいだろうか?)そして、

「そういえば、桐原さんは、ここに何をしにきたのですか?」

「・・・あ!」

真が忘れていた、反省文のこと・・・。

「遅刻でもしたのでしょう。だめですよ、遅刻は。」

「以後気を付けます・・・。はぁ、でもどうしよう。明日までに原稿用紙二百枚なんて書けないよ・・・。」

情けない声を上げて、机にグダッと伸びる真に、少年は苦笑しつつ、読んでいた本を元に戻す。

「なんなら僕が下書き書いて上げましょうか?」

「え、ホントに!」

「いくらなんでも、その量は理不尽だと思っていましたから。部長のやった事でもありますし。」

「部長?」

「いえ、こちらの話です。」

真の遅刻の事情を聞いた後、少年はスラスラと反省文の文章を口頭で作り上げていく。

それはとても即興で作ったものとは思えないほどの完成度で、真は驚愕しながらも必死に原稿用紙の升目を埋めていった。そして、7月の空が、少し暗くなったかな?と思える時間になったとき。

「ウソ・・・本当に終わっちゃった・・・!」

真の手元にはジャスト80000文字目で締めくくられた反省文が置かれていた。

「あんた、天才じゃない!本当にありがとう!」

「呼び方が馴々しくなりましたね・・・まあ、いいですけど。」

少年はそういうと、足下に置いてあった鞄から、メロンパンを取出しそれを頬張った。

「なによそれ、お菓子?」

「いえ、夕飯ですよ。下宿で一人暮らしですから夕飯を作るのが億劫でして・・・。」

「その生活は不健康すぎるわよ・・・。」

もとスポーツ選手だった真には考えられない生活だった。

「あ、そうだ!今日のお礼に、私がご飯作ってきとあげるわ!」

「は?」

「なに、その引っ掛かる態度?」

「あ、いえなんでもないですよ。それよりその反省文早く出さなくて良いのですか?明日は終業式ですよ。」「あ、そうよね!明日は忙しいから忘れちゃうかもしれないし!」

真はいまできたでばかりの、反省文を引っ掴み図書室を飛び出す。

「それじゃ、明日の弁当、楽しみにしていなさいよ!」

「期待せずに待っていますよ。」

少年はそう言って真を送り出し、新しい本を探しに本棚へと向かう。

「それで、いつまで覗いている気ですか?」

少年がそう言葉をかけると、図書室の扉からゴツイ顔の少年が入ってきた。それはニヤニヤとした笑みを浮かべた鬼瓦平八だった。



「イヤー、部活が終わったって聞いたから見にきたら、まさかお前が女と話しているとはな!しかも、明日から弁当作ってくれるんだろ!羨ましいぞ、コノコノ!」

「何を言っているのですか部長。どうせ明日になったら忘れられるのですから、期待するだけ無駄ですよ。」

「・・・・・・。」

少年のその言葉に、平八はいままで浮かべていたニヤニヤ笑いを引っ込める。

「なあ、渚・・・。何がダメなんだ?正直もう俺にはお前をどいしたらいいのかわかんねぇよ・・・。真にも色々問題があるが、初対面のおまえにあれほど親しく話し掛けてくれたんだぞ!それなのに一体なににそんなに怯えているんだ!」

平八の辛そうな声が、少年の鼓膜をふるわせる。少年はそれにいつものように苦笑しつつ、同じ答えを返した。

「何がダメではないんです。僕の全てがダメなんですよ。」

少年はそう言って儚く、そしてどこまでも透明な笑みを浮かべるのだった。

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