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終わらないまま、終わった話  作者: 高杉零
手続きされないまま、燻る思い
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不達の便り

 区役所から帰ってすぐ、行政不服審査法について調べた。


 決定に納得がいかない時、どう動けるのか。

 その手段を確認しておく必要があった。


 いくつかの記事を見ていくうちに、大枠は理解できた気がする。


 行政の決定に対して異議を申し立てる制度。

 司法ではなく、行政内部での見直しを求める仕組みらしい。


 ただ、条件がある。


 不服申立ては、処分が下された後でなければできない。


 今の状況を当てはめる。


 俺達が受けているのは、事前の通知。

 正式な決定ではない。


 つまり、現時点では対象外になる。


 申し立てが可能になるのは、処分が下された後。

 そして申し立ての期限はそこから3ヶ月以内。


 整理すると、今やるべき事は一つしかない。


 決定通知を待つことだ。


『先日の決定が、通知までに変わる事は、まずないと思っていいと思います』


 調べた内容を河西さんに伝えると、そんな見解を教えてくれた。

 俺も同じ認識だ。


 役所からの事前説明の場で辞退の意思は伝えている。

 その時に、こんな事を言っていた。


『そうしますと、辞退の手続きが必要になります』

『1月27日頃に決定通知を発送しますので、1月末までに来所頂いて手続きとなります』


 動き出しは、決定通知を受け取ってから。


 だから俺達は――


「ただいまー」

「おかえり、美里」


 ――一度この件について考える事をやめる事にしていた。


「今日牛乳と卵安かったー。また後で行こうかな?」

「それっていいのか?」


 パンパンに膨れ上がった買い物袋から、まるで手品のように物を取り出しては冷蔵庫にしまいながら、他愛もない話をする。


「お仕事はどう?」

「まぁまぁボチボチかな」

「何か凄い面倒な事に巻き込まれたって言ってたじゃん」

「あぁ……あれはまぁ、忙しいとかじゃなくて、やる意味あるのかなって話だから」


 何だか、その空気が妙に懐かしかった。


 ――と思っていたのも昨日までの話。


「で……来てた?」

「うぅん……まだ来てなかったよ」


 今日は、もう1月31日。


 来るはずの決定通知は――未だに届いていなかった。


 もう昼過ぎだと言うのに、届く気配すらない。


「どうすればいいんだろう。今日までなんだよね、辞退の手続きするのって」

「そう書いてあったはずなんだけどな」


 もしかして、事前説明の時に余計な事をしたか?

 いや、そんな事はないはずだ。ない、と思う。


 そんな風にグルグルと思考のループに陥っていた時――


 ――ピンポーン、と家のチャイムが鳴った。


 美里と顔を見合わせ、インターホンに出る。


「……はい」

「あ、郵便ですー」


 それを聞くが否や、美里が玄関に応対しに向かう。


 時計を見ると、午後4時を過ぎた所だった。


 美里が戻ってきて、封筒を見せてくる。


 行浜市下行区役所、と書いてあった。


 封筒を開け、中の紙を取り出し、開く。


 一番上に、決定通知書と書かれていた。


「「いや、遅過ぎでしょ」」


 2人の声が完全にシンクロした。


「今から行っても手続きなんて間に合わないよね……?」

「無理だよ。とりあえず電話する」

「あ! 電話録音しといて! 後で手続き遅れたからどうのこうのってなったら証拠になるから」

「電話の録音ってどうやるの?」

「いつも電話する時にメニューが出てるよ! 後、スピーカーにしてくれ」

「それはどこ!?」

「録音よりやる事多いだろ!?」


 ドタバタしながら慌てて区役所に電話する。


 自動音声が聞こえ、番号を操作して待つ。


『――はい、行浜市下行区、子育て家庭支援課です』


 しばらくして、ようやく電話が繋がった。


「お世話になっております。保育所入所の件でやり取りさせて頂いている大竹です」

『あ、大竹さんですか。山井ですー、どうもー』


 ……相変わらず、軽っ。


 いや、まぁいい。今はそこは無視だ。


「決定通知書が今さっき届きまして、今から区役所に向かって手続きというのは流石に間に合わなさそうなんですが、どうしたら良いですか?」


 美里が淡々と事情を説明する。


 ――どうやら、美里も大分吹っ切れたみたいだ。


『あ……あー、そうなんですね。ちょっとお待ちください。確認してみますねー』


 そう言って、電話からはまた保留音が流れた。


 ……何なんだ、今の変な間は。


 自分達で送付したんだ、いつ頃届くかくらい何となく分かってても良さそうなのに。


 今の内と思い、美里に録音できているかを聞くと、指で丸をつくって見せてきた。


『――もしもし、お電話代わりました、保育担当の赤崎です』


 赤崎。聞き覚えがある。


 ガイドラインはマニュアルだと妙な論理を言っていた人だ。


「あ、大竹です。先日はどうも」

『いえ、こちらこそ。先日はありがとうございました』


 ……電話だと普通っぽいんだよな。


「それで、先程山井さんにもお伝えしたんですが――」

『あ、はい、伺ってます。それで、ちょうどその件についてお電話しようと思っていた所なんですよ』


 嘘つけ。もう区役所の業務終了まで後少しじゃないか。


『えぇと。先日仰っていた辞退のご意向って、変更ありません、よね?』

「はい、変わりません。ただ、今から辞退の手続きに行くのは流石に――」

『それなんですけど、一旦本日の段階では、手続きはしなくて大丈夫です』


 ……はい?


 いや、1月末までにって案内したのはそっちだろう?


『それで、先日のお話を受けまして、こちらとしても大変説明不足だったなと反省しておりまして』

「は、はぁ……」

『ついては、改めてご説明の機会を頂きたいんです』


 改めて説明、か。


 このままあちらのペースで電話を続けさせてはいけないと、直感した。


 美里に目配せをして、電話を代わる事にする。


「もしもし、瑞穂の父です」

『あ、大竹さん、先日はどうも』

「今妻と一緒に電話を聞いていまして。説明というのはどういう事でしょうか?」

『あ、そうですね。えぇっと――』


 軽く、電話の向こうで息を飲む音が聞こえた。


『――先日の事前通知の際に、こちらの意図をお伝えし切れなかったなというのもございまして。改めて、その辺りを含めてお話する機会を頂きたく』


 ……うん。何の追加説明にもなってない。


 今更改めて説明の機会があった所で、決定通知は先程手元に届いた。


 横目でそれを見てみるが、やはり内容は先日のものから変わっていない。


 だとしたら説明を受けたって何の意味も――。


 そこまで考えて、ふと思い付く。


「分かりました」

『本当ですか!』


 こちらの返答に、電話口のトーンが明らかに上がった。


「はい。ただし、条件をつけさせて頂きたいんですが」

『条件、ですか?』


 俺は、頭の中で整理しながら、必要だと思った条件を一つずつ伝えていく。


「――これだけです」

『……分かりました。私では判断がつきませんので、こちらで検討させて頂きます』

「構いません。検討できたらご連絡ください。それと、改めて確認しますが、辞退手続きはその再説明の場までしなくて良いんですね?」

『はい。それは大丈夫です。明日か明後日にはご連絡します』


 そう言って、電話は切れた。


 スマートフォンを返すと、美里が不安そうな目でこちらを見ている。


「克己くん、いいの?」

「うん。後で説明するよ」


 説明してくれるって言うんだから、してもらおうじゃないか。

 これから先、俺がやろうと思った事に必要な情報を、全部出させてやる。


 それから2日後、改めて赤崎さんから電話があり、俺達は再説明の場を設ける事を受け入れた。

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