決定
扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
「……こんな感じなんだ、会議室って」
思わず、そんな言葉が口から零れた。
「カンファレンスは2回ともここだったよ」
「へぇ……」
――こんな所で、美里と河西さんはあの話をしていたのか。
そう思った瞬間、部屋の広さが妙に落ち着かなく感じられた。
さて、案内されたはいいけれど、どこに座っていればいいんだろう。
とりあえず脇に避けておくか。
予約して呼ばれたのだから、向こうはもう揃っているものだと勝手に思っていた。
だから、先に通された上に、誰もいないというだけで、妙に調子を崩される。
こういう小さな違和感が、今日は妙に消えなかった。
「あ、お父さーん」
そんな事を考えていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには4名の女性が立っている。
名札とかをつけていないので誰が誰だか分からない。
「あ、どうも……」
「ご連絡できなくってすみませーん、今日はよろしくお願いしますー」
……軽っ。
さっきまでの時間が、急に薄くなった気がした。
というより、もしかしてそれで終わりなのか?
いや、というかそもそもあなたは誰なんだ。
訝し気に眺めていると、肩を小突かれた。
「あれ、例のケースワーカー」
美里が耳打ちで教えてくれる。
……なるほど、あの人か。山井さんだっけ。
言われてみると、自宅訪問の時にいたような気がする。
もう半年以上前の話だから大分朧気だけど。
4名の女性は部屋に入るや否や、当然のように奥の席に腰かけ、持っていたパソコンやらタブレットやら資料やらを机にぶちまけていた。
……じゃあ、俺達はこっちに座ればいいのね。
俺が部屋の手前側に腰かけると、美里はその横に、河西さんは角を挟んで脇に座った。
――さて。
別に戦いに来たのではない。結論を聞いて、その上で確かめに来たのだ。
……そこに、通された筋がちゃんとあるのかどうか。
周囲を見渡す。
「あ、村上さん、さっきの方って大丈夫でした?」
「はい、問題ないですよ、引継ぎしてきましたんで」
「ねぇ、この資料、いつの資料だっけ?」
「11月のカンファレンスの時の資料です」
……何なんだ、これ。
誰が仕切るのかと注視していたが、何だかあちら側だけで勝手に話している。
この打ち合わせ――なのかはどうも定かでないのだけれど――はいつ始まるんだ?
そう思っていると。
「さて。揃いましたので、それでは始めさせて頂きます。本日は、2点の決定事項の通達、および、必要な手続き等のご案内をいたします」
周囲を見回して、ケースワーカーが突然仕切り始めた。
……いまいちリズムが分からないな。
「早速1点目です。瑞穂ちゃんですが、先月の検討委員会を経て、無事医療的ケア児として認定されました」
それを聞いた瞬間、横に座る美里が『良かった……』と胸を撫で下ろしていた。
逆側で、河西さんがうんうんと目を閉じながら頷いている。
ちゃんと届いてはいたらしい。
……で、この人たちは何て名前なんだっけ……?
「医療的ケア児として認定されましたので、保育に際して看護師によるケア対応が可能となりました」
これも繋がる話だ。
ここまでは、良い。
問題は、次だ。
「そして2点目。保育園についてですが――」
来た。今日の本題。
たぶんケースワーカーは言葉を区切ったつもりはないだろうが、俺にはその瞬間が異様に長く感じられた。
「――第二希望の、如月町保育園に決まりました」
……そう、か。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
頭の中で、言葉だけが遅れて反芻される。
第二希望。
如月町保育園。
――違う。
それじゃないだろ。
そう思ったはずなのに、声にならない。
喉の奥で、何かが引っかかっているみたいだった。
言葉が、出なかった。
届かなかった。
何か言わなければいけないはずなのに。
その形が、頭の中でうまくまとまらなかった。
……理由を、聞かないといけない。
「以上です」
無遠慮に。
無慈悲に。
理不尽に。
土足で、踏み躙られた気がした。
「……え?」
このまま終わらせていい話じゃない。
分かっている。
分かっているのに、身体がすぐには動かなかった。
――いや、違う。
動け。
「それでは続けて手続きについてですが――」
「え、あ、いや、ちょっと待って貰ってもいいですか!」
「はい?」
そのまま続けようとするとケースワーカーを遮り、思わず声を上げる。
全員の視線が俺に集中した。
ここで、このまま進ませる訳にはいかない。
「……決定は、分かりました。その決定に至る判断について確認させてください」
俺は、その為に来た。
「第2回カンファレンスの際にお伝えしたと聞いているのですが、距離と看護師の経験に対する不安については、どのように検討がなされたのでしょうか?」
あちらの4人が一斉に顔を見合わせる。
少しして、ケースワーカーが答えた。
「本園は看護師が常勤しており、医療的ケア児を受け入れる環境としては十分であると考えております」
「瑞穂のケアを十分に行えるという根拠は何でしょうか?」
間髪入れずに続け様に質問する。
看護師が常勤していれば、瑞穂のケアを行えるとは限らない。
伝えたはずだ。小児ストーマケアの経験がなければ対応はできない。
「えぇ、ですからそれは看護師が常勤しており、病児保育の対応を行う環境も整っている為――」
「小児ストーマケアの経験は? お持ちなのでしょうか?」
「……」
回答は、ない。
経験はない。あるいは、確認していない。どちらかだろう。
「また、距離の問題は看護師の常勤とは関係ないと思いますが、そちらについてはいかがですか?」
「……距離については、保護者様でご対応頂く他ないと考えております」
他にない、か。
他はあったんだ。ただ、その決定を通そうと思うとなくなるだけだろう。
「ひすとりあ保育園の看護師さん達からの引継ぎについてはどのように行う予定でしょうか?」
「引継ぎ、ですか?」
初めてそんな単語を聞いた、という顔でこちらを見てくる。
「これまで、ひすとりあ保育園の看護師さん達が瑞穂のケアをしてくれていたのですが、引き継ぎは必要ないという事でしょうか?」
「……後程確認します」
これも、か。
「看護師が常勤しているという事は、これまで保護者が保育園に赴いて対応せざるを得なかったケースも、ご対応頂ける環境にあるという事でよろしいでしょうか?」
「あ、いえ……それは……」
これも。
「瑞穂が人見知り気味なので、看護師だけでも見知った人がいた方が馴染みやすいとお伝えした件については?」
「それは……皆様同じ条件ではありますから……」
これも。
「瑞穂が登園中に著しく体調を崩した場合、県立の小児医療センターにかかる必要があります。第一希望園は目の前のバス停からすぐ向かえますが、第二希望園からはどのようなルートを想定されていますか?」
「……タクシー、とかでしょうか……」
これも。
これも。これも。これも。
答えが、返ってこない。
「……」
一瞬、誰かが答えるのを待つ空気が流れた。
けれど、誰も口を開かない。
……違う。
自分の目で見て、耳で聞いて、やっと分かった。
返ってこないのでは、ない。
答えが、ない。
こちらが並べているのは、どれも瑞穂を預ける上で欠かせない話のはずだった。
けれど、あちらにとってはそうではなかった。
最初から、答える為の材料として持ってきてすらいない。
そもそも、同じ前提に立ってすらいなかったのかもしれない。




