#1 出撃
この世界には”神災”と呼ばれる災害が発生している。自然でも人工でもない、神という存在が意図的に引き起こしている災害だ。
今の世の中では神の存在が露見し始めており、どうして我々人類に牙を剝くことになったのか分からないが、神はもう”祈る対象”ではなく"憎むべき敵”となってしまった。
神に対応すべく、人類は「断神者」と呼ばれる兵器を作った。神の身体の一部を素材とした器に人の魂を留めておく技術「反魂」により作り出された対神戦闘兵器、それが「断神者」。
その魂は、かつてこの地に生きていた者のモノである。
ー15:42 ラレイル渓谷Bエリアー
「目標までおよそ10km、風速14m/s。周囲に敵影無し」
「Type α 装備装着完了、アーマーシステム異常なし」
オペレーターが私の装備チェックを行っているのを横目に、脚に装着している飛行モジュールのスラスターを軽く吹かし、最終チェックを済ませる。
ここは高度1200mを飛んでいる軍用輸送機の機内。通常なら装備品と大勢の兵士を乗せている機体だが、現在は私一人を運ぶために動いてくれている。……申し訳なさで胃が痛くなってきた。
軽く準備運動をしていると、頭の中に無線の音声が聞こえてくる。
[出撃二分前。今回もお前は後方支援だ。いつもと違って今回の敵は神本体、今までの信徒とは比べ物にならん。前線に出ようなんていうバカな気は起こすなよ]
「はい……司令官」
まるで期待なんかしてない、なんていうような口調で私に釘を刺す。実際私は断神者の中でもトップクラスに弱く、落ちこぼれもいいところ。これは当たり前の対応と言えるだろう。
「目標を肉眼で視認!信徒の姿はありません!現在”ロード”と”クロト”が応戦中です!」
[戦力が足りな過ぎる。残党狩りをさせている"カリル”を向かわせろ]
「間に合うか分かりませんが、至急援護要請を出します!」
やり取りに緊迫感が帯び、嫌でも私の身体が強張る。緊張で吐きそう……。だが、おそらく吐いたとて誰も構いやしないだろう。私は誰からも期待されていない、元から戦力として見てもらう事すらできないのだから。
遠くで聞こえていた轟音が徐々に近づいてくる。目の前は命を懸けた戦場と化しているだ、ここまで来てしまったらもう後戻りはできない。
「まもなく目標地点に到達!ハッチ開放します!」
その声と同時にけたたましくブザーが鳴り響き、機体のハッチが開くと凄まじい風が吹き込んでくる。外気温はやや寒い程度だろう。凍傷の恐れはない。だが……
「怖い……」
昔の私ならこんなのヘッチャラなはずなのに……今の私は自分でも信じられないほど臆病になってしまっている。
断神者に死はない。それ相応の苦しみはあるが、器(身体)が頑丈なため速自動回復してしまう。死ねない身体なのだ。
「怖いよなぁ、俺も嫌というほどわかるよ」
ビクビク縮こまっていた私の肩に、戦友のロバートが手を置いて私に声をかける。
「でも、アレはお前たち断神者にしか倒せないんだ。苦しいだろうが、お前なら大丈夫だ。」
大丈夫………なんて無責任な言葉だろう。口ではなんとでも言える。思ってもないことでも簡単に嘘をつける。その言葉をどう信じろって言うのだろう。
「俺は、お前を信じてる。」
付け足されたその言葉に、私は心が揺れた。
なんて単純なのだろう。
自分のチョロさに嫌気がさす。
でも、私はその言葉にほんの少し勇気を貰えた。
「カタパルト固定完了。出撃どうぞ」
背中の装備がカタパルトと接続すると、私を宙吊りにし、真下までハッチが開く。すぐ下は渓谷が連なる大地。そこに敵は居る。
「第I断神者、神宮寺カノン。出撃します」
私が宣言した瞬間、カタパルトが私を離し、そのまま自由落下する。風圧にびくともしない身体は生きた心地がしない。
視界には太陽の光に照らされる大地、そして中央には大きな土煙が立ち上っている。おそらくあの中心に今回の敵がいる。
スラスターを吹かし、速度を上げて軌道を修正し、目標地点に向かって飛んでいく。
「精神兵装、起動」
脳波が乱れ、嫌な感触が体中を走る。吐き気にも似たような形容しがたいもの。これがSAN値消費の感覚だ。
精神兵装とは、断神者のみが扱う事のできる武器。これを使うためには自身の精神力「SAN」を削る必要があるのだ。断神者によって消費値は異なるが、削る値を高くするほどより強力な武器が作れる。
「う”……っ!」
SANを30%削り、私は大口径ライフルを作り出す。精神兵装の出力の低い私は、なるべく多くSANを消費しないとダメージを与えられる武器を生成できない。そのせいで私は皆についていけていないのだ。
私のライフルの弾はSAN消費1で一発。SAN残量をすべて使ったとしても70発が限界だ。
「こちらカノン。只今到着しました。」
[遅い!輸送機でビビってたか!?]
無線で仲間に連絡するや否や、声を荒げたクロトに怒られてしまった。
[説教は後だ!ひとまずロードと合流しろ!ヘイトは俺が管理する!]
「すみません頼みます……!」
ロードさんのシグナルをキャッチし、その方角に向かおうとした刹那、死角からの攻撃をモロに受けてしまった。
「ガァ”ッ………!!」
メキメキと背中が軋み、一瞬視界が白く薄れる。戦場だというのに油断していたがための失態だ……これまでこんなことなかったのに…。神と信徒の間にはこんなにも差があるのか…。
「う”ぅぅッ!!」
SANを削り、衝撃弾を生成し地面に撃ってなんとか体勢を立て直す。着地できたはいいものの、痛みで目の前が霞む。どことなく呼吸もおかしいような気もしてきた。
「はっ………はっ……!」
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け……。早く呼吸を整えてロードさんのところに…。
[Warning. An attack is coming from the right.]
システム音声の警告アラートが鳴り、威嚇射撃をしながらスラスターを吹かして回避する。ヘイト集める云々の話はどうしたんだ!と声を張り上げたいところだが私にはそんな度胸もない。
「か、数が多い…!」
目の前には少なくとも20の攻撃シグナルが表示されている。スラスター飛行の紙一重で躱してはいるが、いつまで避け続けられるかはわからない。
フレアを作ろうにもSAN消費が激しすぎるのだ。先ほどの威嚇射撃で私のSANは心もとない。現時点で何とか意識は保てているが判断力は人並以下だ。
「ウ”グェ”ッ………!」
避けきれなかった一本の槍が私の胸を貫き、岩盤に固定される。
痛い
苦しい
抜けない
なんで
どこから?
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「あ”ぁ”あ”ぁぁぁ”あ”ぁ”!!!!」
血がドクドクと流れ、苦しいほどの痛みが体中を駆け巡っているのに、この身体は再生を続ける。
スラスターを吹かして槍から身体を引き抜こうとしても、ブチブチと音を立てて血が飛び散り、肉が裂け、骨が軋む。
私は泣き叫びながらどうにかしようと体を動かしてもがくことしかできない。
「カ……ノン………」
私を呼ぶ声に、どこか違和感があった。口の中に大量の液体が溜まっているような、吐き出しているような。私は反射的にそちらの方を向いてしまう。
そこには無数の槍で全身を貫かれ、血まみれで私の方に這って蠢いているロードの姿があった。




