妹に王太子殿下を奪われて婚約破棄され、変わり者の竜公爵に嫁ぐことになったけれど、わたくしだって全力で竜を推していますわよ!
「お姉様、ごめんなさい。わたくし、ステファヌ殿下を愛してしまったのです……」
アンリエッタが王太子殿下の腕に抱きついて、わたくしを涙目で見つめていた。
「ジャクリーヌ、君との婚約は破棄する。君は実の妹にすら、やさしくできない。私は、そのような女性に魅力を感じないのだよ」
ステファヌ殿下は、わたくしにきつい眼差しを向けている。
やさしくするって、なんだろう……?
わたくしはアンリエッタに、ドレスも、アクセサリーも、お菓子も、文房具や雑貨も、みんな譲ってあげたのだけど……?
両親はいつもアンリエッタに怒ってくれたけれど、アンリエッタの欲しがりはどうしても治らなかった。あれはもう、生まれついてのものだろう。
わたくしもアンリエッタも、同じ金髪に青い瞳。顔立ちだって似ている。
両親は、わたくしと年子の妹を、同じように育ててくれたと思うのだけど……。
わたくしたちは、いつも二人一緒にドレスを仕立てていたわ。
婚約者のことだって、アンリエッタが先に「公爵家の方が、王家より気楽で良いわ。公爵家にするわね」と言ったのに……。
「お姉様ばかりステファヌ殿下の視線を独り占めして……。そんなの、ずるいわ……」
アンリエッタは悲しげにステファヌ殿下を見上げた。ステファヌ殿下がやさしくアンリエッタに笑いかける。
ここは、王家主催の舞踏会が開かれている大広間なのだけど……。
貴族たちが踊ったり飲食するのをやめて、わたくしたちをチラチラと見ている。近づいて来ようとしないのは、保身のためだろう。
「アンリエッタは、すでに我が従弟のパトリス・ラゴンズ公爵と婚約していたが……。ラゴンズ公爵家にも、すでに私が使いを出して、アンリエッタとの婚約は破棄させたよ」
ステファヌ殿下は、うっとりとした顔でアンリエッタを見つめている。
「わたくし、ラゴンズ公爵閣下の領地にあるお城にご招待されて……。あんなに竜の絵や像があるなんて……。なんだか気持ち悪くて……」
「わかるよ、アンリエッタ。もう大丈夫だ。あの変わり者の竜公爵には、ジャクリーヌが嫁ぐことになるからね。なにも心配いらないよ」
アンリエッタがほっとしたように表情を和らげると、ステファヌ殿下はアンリエッタを抱きしめた。
完全に二人の世界に入ってしまっている。
わたくしはそんな二人に背を向けると、足早に大広間を後にした。
こうしてはいられないわ!
早くラゴンズ公爵閣下をお訪ねしなければ……!
◇
わたくしがラゴンズ公爵家の領地にある巨大なお城に着いたのは、翌日の午後のことだった。
ラゴンズ公爵家は、王妹殿下が放浪の騎士と結ばれてできた家よ。
王妹殿下は数年前に馬車の事故でお亡くなりになり、先代のラゴンズ公爵も王妹殿下の後を追うように亡くなってしまわれた。
それで、予定よりもだいぶ早くパトリス様が爵位を受け継がれたのよ。
ラゴンズ公爵家がどんな家なのか、社交界ではほとんど知られていない。ラゴンズ公爵が、おそらくは平民の出でありながら、王妹殿下と結ばれたためだと思うわ。
パトリス様が、竜公爵なんて呼ばれるほどの竜好きらしいなんて聞いたことがなかった。
アンリエッタが引くほどの蒐集物があるなんて!
あの子が、わたくしの物ならなんでも欲しがるタイプの妹で良かったわ! わたくしの婚約者が王太子のステファヌ殿下だったのも、きっと良かったのよね! いかにもアンリエッタが欲しがりそうだもの!
ラゴンズ公爵家は、正門には鉄でできた翼竜のレリーフがはめ込まれていた。
庭の木のいくつかも、竜の姿に見えるよう剪定されている。
お城の玄関口であるオーク材の両開きの大扉にも、向かい合った二匹の竜が彫られていた。
わたくしは侍女と共に大扉が開くのを見ながら、腕の中にある大判の竜画集を抱きしめた。
お気に入りの竜画集を持って来てみたけれど、この様子だとパトリス様はすでにこの竜画集をお持ちなのではないかしら?
アンリエッタが嫌がるのも無理ないわ。パトリス様はきっとかなりの道楽者なのよ。公爵家の財産を惜しむことなく竜に注ぎ込んでいるのだわ!
――竜のための貧乏! なにそれ、最高じゃない!?
パトリス様やわたくしのお金が、竜のために使われることはないかもしれないけれど……。
そのお金は、わたくしたちの心の栄養になるのよ!
「昨日よりラゴンズ公爵閣下の婚約者となりました、ワイバー侯爵家のジャクリーヌでございます」
わたくしは城内に招き入れられると、中年の執事に向かって名乗った。
玄関ホールにも、竜の銅像がある。翼竜が翼を広げて、飛び立とうとしている姿よ。躍動感がすごいわ!
「主人は不在であるとお伝えする使者を、ワイバー侯爵家に向かわせたのですが……。行き違いになりましたでしょうか……?」
執事は慎重に訊いてきた。おそらく、使者はちゃんと我が家に来たけれど、アンリエッタが手をまわして、わたくしに伝えさせなかったのよ。
「パトリス様は、今はどちらへ?」
「……ネッシャラ地方です」
執事は渋い顔をした。普通であれば、行き先をはっきり言わなかったのかと思うところよ。
だけど、わたくしは違うわ! ネッシャラ地方には、ネッシャラ湖という水竜伝説のある場所があるのよ。
この執事は、主人がまた竜伝説を追い求めていることを憂いているのだわ。
ああ、わたくしもパトリス様と一緒にネッシャラ地方に行きたかった!
「お戻りはいつ頃でしょう?」
「そんなに遅くは……ならないはずだと思うのですが……」
わかるわ! ネッシャラ地方でネッシャラ湖を見て、『ネッシャラー』のグッズを買い漁っていたら、予定通りに帰って来るなんて無理よ!
ああ、アンリエッタみたいに欲しがったりしないから、買ってきたグッズを見せてもらえないかしら!?
「わたくし、なるべく早く結婚したいのですが……」
結婚したら、絶対に一緒にネッシャラ地方に行くわ! ネッシャラ地方になんて、何度行っても楽しいでしょうからね!
執事が困惑したように、わたくしの侍女を見た。侍女が軽く頭を下げる。二人はこの一瞬で、なにか通じ合ったようだった。
「お嬢様、お気が済むまで、こちらで待たせていただいては?」
侍女が言うと、執事も「そうされてはいかがでしょうか?」と城の奥を手で示した。
わたくしは侍女と共に、執事に連れられて応接室に向かった。
階段の踊り場には、竜の胸像が飾ってあった。
廊下にも、何枚もの竜の絵がかけられている。
この世に、こんなにも素敵なお城があったなんて……!
ああ、早くここで暮らしたいわ……!
この絵の一枚一枚を、じっくり眺めて暮らすのよ!
もしもパトリス様から「君を愛することはない」なんて言われたとしても、わたくしはこのお城の絵や像を愛でながら暮らすから問題ないわ!
見た感じ、とても古い絵もあるわ。どうやって、こんなに集めたのかしら!?
わたくしが、はぁっ、と小さく感嘆の息を吐いた時だった。
「旦那様がお戻りになりました!」
この城の侍女が報せに来た。侍女は執事とわたくしたちに礼をしてから、すぐに歩き去っていった。他の使用人に報せに行くのだろう。
――ネッシャラーグッズ!
絵葉書は何枚くらい買われたのかしら!? ネッシャラ地方でしか買えない画集は? ペンやインクや文鎮も買われたのかしら? 便箋と封筒、ノートやメモ帳は? この公爵家の財力なら、ものすごい量に違いないわ!
わたくしは執事と侍女を引き連れて、早足で玄関ホールに戻った。
旦那様……、では、まだ、ないわね。パトリス様が侍従にマントを手渡しているところだった。
緑がかったアッシュブロンドに、金色の瞳をした、とても整ったお顔立ちの方だわ。背も、とても高くていらっしゃる。
「……ジャクリーヌ嬢でしょうか?」
パトリス様がわたくしに気づかれた。
わたくしはパトリス様と従者の手元を見た。グッズは!? 二人とも、なに一つお持ちではないわ! まだ馬車に積んだまま!? それとも、もうお部屋に運んだ後なの!?
「はい。ジャクリーヌ・ワイバーでございます」
わたくしはパトリス様にカーテシーというお辞儀をした。
わたくしの竜好きは、両親しか知らない。アンリエッタに知られたら、きっとなにもかも奪われるわ。わたくしは竜のグッズをアンリエッタに奪われたりしたら、絶対にキレてしまう。
「王家とワイバー侯爵家からの詫び状は、先ほど拝見しました。返信もすぐに出すつもりです。ジャクリーヌ嬢との婚約は、ご遠慮したいと思っています」
まあ、そうよね。パトリス様だって、姉の婚約者を誘惑する妹がいる家なんて、関わり合いになりたくないわよ。王家とは、すでに血が繋がってしまっているから、どうしようもないでしょうけれど……。
「お気持ちは理解しました。婚約なんかより、竜の話をしましょう! わたくしも竜が大好きなんですの!」
わたくしは本題に入った。結婚はできなくても、竜友達にはなりたいわ!
「それは……、どういう……?」
「竜がお好きなのですよね? 竜の銅像や絵画がこんなに! ネッシャラ地方に行かれていたともお聞きしました! ネッシャラ湖のお話をお聞かせ願えませんか? わたくし、お気に入りの竜画集を持ってきましたのよ!」
わたくしはパトリス様に竜画集の表紙をお見せした。
「あ、ああ……。竜がお好きなんですか……?」
「ええ、大好きなんです! 翼竜が飛ぶところも好きですし、飛竜が宙に浮いているところも好きですし、火竜が火を噴くのも! 鱗も好きですし、牙も好きですし……! ああ、なにから話せばいいのかしら!? 竜なら、なんでも好きですわ!」
「ジャクリーヌ嬢は……、いつもこんなご様子なのか?」
パトリス様は、わたくしの侍女に問いかけた。侍女が「はい」とうなずく。
失礼ね! いつもここまでハイテンションではないわ! 同じ竜好きに出会えたからよ!
「竜族には、番というものがあるのはご存知ですか?」
「番の話からしますか!? 人に変身できるタイプの竜ですよね! 人間以外も番にしているのか気になりますわ! 番が牛とか馬の場合もあるのかしら? 犬や猫は? ネズミは? 虫ということもあるのかしら? 番が虫だと、虫に変身できる竜なのかしら? パトリス様はどう思われます?」
「虫……? 虫って……!」
パトリス様は楽しそうに笑い始めた。なぜ!? わたくしはずっと疑問だったのよ!? 竜の番に関する論文でもお持ちなの!? 王宮図書館の禁書室にでもあるのかしら!? 王妹殿下のお子様で、王位継承権第二位なら、王宮図書館の禁書室にだって入り放題よね!
「ジャクリーヌ嬢は、そんなに竜がお好きなのですか?」
パトリス様が問いかけながら近寄ってきて、わたくしの匂いをかいだ。
この城はとても良い香りがするけれど、わたくしだって不潔ではないはずよ!?
「ああ、なるほど……。あなたからは、たしかに竜を感じますね」
「ありがとうございます!」
やったわ! パトリス様にも同じ竜好きだと認めていただけたのよね! 言い方は独特だけど、変わり者あるあるよ!
「それほど竜がお好きなら、いいでしょう。来てください」
パトリス様が片腕を差し出してくださった。
わたくしはパトリス様にエスコートされて、なぜか城の外に連れ出された。
パトリス様はわたくしに玄関前の馬車寄せで待つよう言うと、そのまま走って行ってしまわれた。
わたくしが、まさか追い返されてしまうのかしら……、なんて心配していると……。
灰緑色の巨大な翼竜が、城の庭園に現れたの!
「えっ、本物!? どこから現れたの!? 浮いたわ! ああ、飛んでいるのね! 羽根はコウモリみたい! 迷子!? 迷子なの!?」
あの竜がもしも迷子なら、助けてあげなくては! ここが王都ではなく、田舎のラゴンズ公爵領で良かったわ! 騎士団が討伐するとか言い出したら、全力で阻止しないといけなかったもの!
「ジャクリーヌ嬢、こんな私とでも結婚しますか?」
「えっ!? わたくしが番!?」
まさか、このわたくしが、この翼竜の番!?
大変なことになってしまったわ!
わたくしは、妹に王太子殿下を奪われて、婚約破棄されてしまった。
今度は、そのわたくしが、竜の番だからとパトリス様との婚約を破棄……!
我がワイバー侯爵家の名声が地に落ちてしまうわ……!
ああ、お父様、お母様、戦地にいるお兄様、ごめんなさい……!
わたくし、竜からの求婚を断るなんて、そんなことできないわ……!
「結婚していただけるの? 竜なのに? わたくしと? 本当に? 竜が、このわたくしと? 結婚したいと?」
「そうです、ジャクリーヌ嬢。いかがですか?」
竜は礼儀正しく問いかけてくる。
「本当にいいのですか? わたくしでいいのですか? 魂が求めてます? 冷静でいるなんて無理ですか? 離れると思うだけで気が狂いそう?」
まったく冷静ではないのは、わたくしの方ですけれど……!
むしろ、わたくしの魂が、この竜を求めていますわ! この竜と離れると思うと気が狂いそうですわ!
「私は母の血が濃く出ているようでして、そこまでではないのですが……」
竜はそう言いながら、なんとパトリス様の姿になった。
「パトリス様!? 今の竜はパトリス様なのですか!?」
わたくしの質問に、パトリス様はほほ笑みながらうなずいた。
「あなただけの竜です」
パトリス様はその場でひざまずき、わたくしを見上げた。
「わたくしだけの……竜……?」
なにそれ、最高の響きじゃない!?
「人の血の濃く出ている私にもわかります。ジャクリーヌ嬢、あなたが私の番です」
わたくしは震える手をパトリス様に差し出した。
パトリス様はわたくしの手をとり、指先にそっと口づける。
どういうことなの……!?
全然、わかりません……!
パトリス様が竜そのもので、わたくしの番!?
「アンリエッタ嬢からも竜の気配を感じましたので、婚約を了承したのですが……。ジャクリーヌ嬢からは竜そのものを感じます。さすがに竜には変身できないでしょうが、先祖返りと言ってもいいほどですね」
えっ!? つまり、わたくしも竜の血を引いていて、自分で自分を推していたということ!? 自分やご先祖様を推していたということ!?
わたくしは大事に抱えたままだった竜画集を見た。うん、やっぱり竜大好き!
これって、わたくしが竜の血筋だったからだったのね……!
わたくしはその場で気を失った。だって、仕方ないでしょう!? 自分が大好きな竜の血を引いているとか、気だって失うわ!
◇
わたくしは目が覚めると、寝台に寝かされていた。
パトリス様と執事と侍女が、わたくしを心配そうに見下ろしていた。
「お加減はいかがですか?」
パトリス様が申し訳なさそうに問いかけて来られた。
「大丈夫ですわ……」
「驚かせて申し訳ありません。気を失われるとは思わず……」
「いいえ、こちらこそ失礼いたしました」
わたくしが寝台で身を起こそうとすると、パトリス様の大きな手が背中をそっと支えてくださった。
執事がわたくしにコップを渡してくれたので、わたくしは寝台に座って、水で喉を潤した。
「わたくし……、奇妙な夢を見ましたの……」
と、わたくしが言うと、パトリス様と執事と侍女は、顔を見あわせた。
「どんな夢でしょう?」
パトリス様が苦笑しながら訊いてこられた。
わたくしはベッドサイドに置かれていた竜画集を手に取り、ページをめくった。
「こちらを見てくださいませ」
そのページには、竜殺しの聖女が、巨大な黒竜と対峙している姿が描かれていた。竜推しのわたくしとしては、あまり好きな絵ではない。
「その夢は、わたくしにドラゴンスレイヤーとなることを示唆しておりました」
わたくしは絵の中の聖女と黒竜を見つめた。この黒竜は、国を襲った災いの化身として描かれている。
「ドラゴンの……スレイヤーですか……?」
パトリス様が困惑したように言われた。
「お嬢様が……ドラゴンを……?」
侍女が目を見開く。
「スレイヤーしてしまわれるのですか……!?」
執事の動揺ぶりがすごい。
「竜に変身したパトリス様を殺めるつもりはありません」
「「「それならいいのですが……!」」」
三人が声を揃えて言い、ほっとしたように息を吐く。
失礼ね、わたくしがパトリス様を殺すわけないじゃないの!
「我が国は今、隣国との戦争をしています。わたくしはこの絵のように竜を討伐し、その名声でもって、戦争を終わらせようと思います」
わたくしは決意を秘めた目で、パトリス様を見つめた。
「お嬢様……、お嬢様に竜の討伐は、いろいろな意味で無理なのでは?」
侍女が困惑しきった声を出した。
「それはそうよ。わたくしに竜を殺すなんて、絶対にできるわけないじゃないの。パトリス様には、わたくしの意図がおわかりですわよね?」
「いいえ、全然。いまだに我が命の危険を感じております」
パトリス様は首を横にふられた。
「えっ!? これだけの竜コレクションをお持ちなのに、この聖女と黒竜をご存知ないのですか!?」
「この屋敷にある像や絵は、私の先祖の像や肖像画です。コレクションではありません」
「なんということなの!? パトリス様は竜なのに、竜の知識があまりない方だなんて!」
「お嬢様に知識がありすぎるのですよ……」
侍女がツッコミを入れてきた。
「この聖女と黒竜の物語は、『黒竜が戦争を終わらせるため、災いの化身として聖女に討伐される』という悲しい自己犠牲で終わっています。ですが、わたくしは黒竜は本当に討伐されなくてもいいと思っていたのです。竜が死ぬなんて許せませんわ!」
「なるほど。面白い。いいでしょう」
どうやら、パトリス様にいろいろとご理解いただけたようね! 良かったわ!
「ああっ、でもっ! パトリス様が竜になれることは、国家機密なのでは……!?」
この国に竜族が住んでいることは、王太子妃教育でも教えてもらえなかった。
王太子であるステファヌ殿下からも、そのような話は聞いたことがない。
「私が竜になれることは、我が一族の他には、国王陛下とこの城の使用人、ジャクリーヌ嬢とそちらの侍女殿しか知りません。しかし、『国家機密である』と明確に定められてはいませんから、問題ないでしょう」
パトリス様は、ニヤリと不敵に笑った。
◇
わたくしは戦地にいるお兄様に手紙を送り、休暇を取ってラゴンズ公爵領に来てもらった。
パトリス様の伝手で……。伝手? 伝手なのかしら? 国王陛下の呼び出し状として出してもらったのよね……。パトリス様からしたら、国王陛下は伯父様だから……。そのおかげで、お兄様は休暇が簡単に取れたそうよ。
わたくしはお兄様にラゴンズ公爵家のお城を見てもらい、竜画集を見せて説明し、パトリス様の変身したお姿も見てもらった。
お兄様は、わたくしとは別な理由で失神していたわ……。人間が竜に変身したら、びっくりするわよね。
本当は、わたくしが自分で竜殺しの聖女をやりたかったけれど、わたくしは武芸なんてできない。だから、お兄様に来ていただいたのよ。
お兄様とパトリス様は、二人で馬に乗って戦地へと旅立っていかれた。
わたくしはお兄様とパトリス様のご無事を、ラゴンズ公爵家で祈っているしかなかった。
パトリス様と離れるのは辛かった。けれど、自分で納得してパトリス様を送り出したから、気が狂いそうになるほどではなかったわ。
――それから一か月がすぎた頃、パトリス様がお城に戻ってこられた。
パトリス様は戦地で竜に変身して軽く暴れた後、お兄様の必殺技に当たって倒れ、そのまま消えたふりをしてくださったの。消えたふりは、竜から人の姿に戻って、岩陰に隠れただけよ。
お兄様の必殺技は、大声で『ドラゴンスレイヤーアターック!』と叫びながら、大剣を力強く振ることだったらしいわ……。それでも竜が倒れて消えたので、効果があったと信じてもらえたのですって。きっと、二人の名演技によって、見たら信じてしまう感じだったのね。
その後は、お兄様は戦地でドラゴンスレイヤーの勇者として、大いに敵国を威嚇していたそうよ。
「我こそは、竜すら殺す勇者である! 死にたい者は、挑んで来るがよい!」
などと、大きなことを叫んでいたのですって。
本当に挑んでこられたらどうするつもりだったのかしら……。
わたくしはこの作戦の他にもう一つ、策を講じていたの。戦地に戻るお兄様に、『恐怖の竜伝説集』という本を持たせておいたのよ。
お兄様は民兵たちに命じ、敵兵たちに向かって、人喰いドラゴンの伝説や、城を破壊し尽くすドラゴンの伝説などを大声で語らせたそうよ。
伝説を聞いた敵国の兵士たちは、とても怯えていたらしいわ。当然よ。あの本は、わたくしのコレクションで一番の猟奇的ホラーストーリー集だもの。
ドラゴンがとても普通の人間には太刀打ちできない存在だということが伝わったらしく、敵国の兵士たちは完全に戦意を喪失していたらしいわ。
その結果、敵国が降伏したそうなの。
パトリス様が戻られてから半年後、敵国はいろいろな手続きを経て、我が国の属国となった。
わたくしは兄とパトリス様と共に王宮に呼ばれて、国王陛下と王妃殿下からお褒めの言葉をいただいた。
兄は『救国騎士』の称号を賜り、パトリス様は立太子されることが決まったの。
王太子だったステファヌ殿下は、王家主催の舞踏会で婚約破棄などという騒動を起こしたこと、しかも婚約者の妹に乗り換えたことから、次期国王としての資質を疑われていたそうなのよね。
そこに飛び込んできたのが、今回のわたくしたちの大手柄。
ステファヌ殿下は廃太子されて公爵となり、アンリエッタと共に下賜された領地へと旅立っていったらしいわ。領地は無人島で、二人はサバイバル生活をすることになるらしいの。だいぶ厳しい処置がなされたようね……。
◇
パトリス様は、いずれ王太子となる方になってしまわれた。
わたくしたちの結婚式は、パトリス様の立太子式が済んでから、王太子に相応しい儀礼で行われることになったの。
わたくしは早く結婚して、ラゴンズ公爵家のお城にあるご先祖様グッズを堪能したいのに……。
王都からは、ラゴンズ公爵家の領地はちょっと遠いのよね……。
だけど、ラゴンズ公爵家のお城は、わたくしにとっては楽しい場所。
都合の良い日には、遊びに行かせてもらっていた。
その日も、わたくしは庭園にあるガゼボで、竜の形に剪定された木々を楽しみながら、パトリス様と共にお茶を飲んでいた。
「お姉様!」
「アンリエッタ!?」
なぜか庭園にアンリエッタが立っていた。その後ろには執事と下男、さらに元王太子のステファヌ殿下までいる。
「申し訳ありません。『この国の王子だ』と言われ、止めきれず……」
執事が説明してくれた。執事は左目の下に赤い痣があった。あれは後で紫色に変色し、腫れ上がりそうよ……。執事なりに相当がんばってくれたみたいね……。
「お姉様、ひどいわ! この城にある竜の人形かなにかを使って、お兄様をドラゴンスレイヤーの勇者に仕立て上げたのでしょう!? その上で、王太子殿下の地位を奪うなんて! ひどすぎるわよ!」
「ジャクリーヌ、私は君のそういう卑怯なところを愛せなかったのだよ!」
アンリエッタとステファヌ殿下が、わたくしに怒鳴ってきた。
「なんですって! ひどくも、卑怯でもないわ! わたくしたちの功績は真っ当なもの。だから、国王陛下と王妃殿下からも正式に認められたのよ!」
わたくしは二人に大声で言い返した。わたくしは持てる知恵をふり絞ったし、パトリス様とお兄様は、あの作戦に命を賭けたのよ。
ひどいとか、卑怯だとか、言われる筋合いはないわ!
――ズンッ!
重みのある音と共に、地面が揺れた。
わたくしたちは、音のした庭園の奥へと目をやった。
青緑色をした首の長い水竜が、片方の前足を上げていた。水竜の足って、本当に海亀の足みたいなのね!
なんてかわいいの! まるで片手をふって挨拶してくれているみたいだわ!
アンリエッタとステファヌ殿下が、水竜を見て大きな悲鳴を上げた。
「あのかわいい竜を見なさい! 人形でもハリボテでもないわよ! めちゃくちゃかわいいわ!」
わたくしは庭園の奥にいる水竜を手で示した。
あの水竜は、どうして急に現れたのかしら? 不思議だわ。
「パトリス、貴様! 竜を飼い慣らしていたというのかっ!」
「やだぁー! ステファヌ殿下、わたくし、こわぁーい!」
ステファヌ殿下とアンリエッタは、再び退屈な小芝居を始めた。
「よく見なさい! どこが怖いの!? ものすごくかわいいじゃないの!」
わたくしはステファヌ殿下とアンリエッタに命令した。
「どこがかわいいのだっ!」
「こわぁーい!」
ステファヌ殿下とアンリエッタは顔を真っ青にして、正門の方へと走り出した。
「殿下、待ってぇー!」
アンリエッタが叫んでいるけれど、ステファヌ殿下はふり返りもしない。
二人の向こうから、王宮騎士団の騎士たちがすごい形相で走って来る。
二人は王宮騎士団の騎士たちに囲まれて連れて行かれた。
王宮騎士団の副団長が、わたくしたちに不手際を詫びてきた。
「副団長、お前たちには、我が家の騎士を付けよう。二人を連れて王宮に戻り、私のところに来たことを、国王陛下と王妃殿下に報告するのだ」
パトリス様は副団長に命じた。
「……ご命令のままに」
副団長は、まるでどこかが痛いみたいな顔をしていたわ。
「行け」
パトリス様が命じると、副団長は騎士たちの去った方へと駆けていった。
あの副団長は、きっと王妃殿下あたりからお金をもらっていたのね。そうでなければ、王宮騎士団がステファヌ殿下とアンリエッタに逃げられたりするわけがないもの。
副団長たちは、流刑地のような孤島に到着する前に、二人をどこかに逃がすことになっていたのでしょうね。
けれど、これで、その計画もダメになったわ。
おそらく、わたくしはもう二度とアンリエッタとステファヌ殿下に会うことはないでしょうね。
王宮騎士団が見えなくなると、わたくしたちに一人の男性が近づいてきた。
「パトリス、久しぶり! 私はお役に立てたかな?」
青緑色の髪に金色の瞳の男性は、気さくに右手を上げた。左手には大きな紙袋を下げている。
「叔父上、助かりました」
パトリス様が男性に駆け寄って握手をした。
「あちらがパトリスのお嫁さんかい?」
「お初にお目にかかります。ワイバー侯爵家のジャクリーヌでございます」
わたくしはパトリス様の叔父様にカーテシーをした。
「リュシアン・ラゴンズだ。パトリスが王太子を経て国王になるというので、私が公爵家を継ぐことになってね。これからしばらくパトリスと共に暮らすことになる。よろしく頼むよ」
リュシアン様は、わたくしとも気さくに握手をしてくださった。
「叔父上、その大きな紙袋はなんです?」
「ジャクリーヌ嬢へのお土産だ。執事からジャクリーヌ嬢は竜が大好きだと聞いてね」
パトリス様がリュシアン様から紙袋を受け取り、わたくしに渡してくださった。
「まあ、ネッシャラーの画集に絵葉書! ネッシャラーの刺繍されたハンカチ! ネッシャラークッキー! ネッシャラーパウンドケーキ! ネッシャラーの木彫りの像まであるわ!」
わたくしは紙袋の中身に大喜びよ。
「叔父上……ッ!」
パトリス様が、大声でリュシアン様をお呼びになった。
「パトリス、なんで怒るのだ!? ジャクリーヌ嬢は喜んでくれているではないか!」
「なぜ自分のグッズを、私の妻になる女性にあげるのですか!? おかしいでしょう!?」
パトリス様の言葉の意味がわからず、わたくしはパトリス様とリュシアン様を見比べた。
「ジャクリーヌ嬢、そんな物は捨ててください! グッズが欲しいなら、私のを作って差し上げますので!」
「パトリス様のグッズですか……? それは、竜のお姿の……?」
「もちろんです! すぐに発注しますから、完成まで少し待ってください!」
「パトリス様のグッズも欲しいけれど……。ネッシャラーグッズを捨てるなんて、とてもできませんわ……」
ネッシャラーは、この国で最も知名度が高い竜よ。
わたくしは子供の頃から、いつかネッシャラ地方に行って、ネッシャラ湖を見るのが夢だったの。
あこがれのネッシャラーのグッズなのに、捨てろだなんて……。
「ジャクリーヌ嬢、あなたが私の番ではなくて残念ですよ」
リュシアン様が冗談めかして言い、パトリス様が「叔父上、やめてください!」とまた怒鳴った。
「ジャクリーヌ嬢、この義叔父のことは、どうか『ネッシー』と愛称でお呼びください」
リュシアン様が胸に手を当てて、まるで騎士のように礼をしてくださった。
「ネッシー!?」
それはネッシャラーの地元での呼び方よ!
わたくしはネッシャラーの絵葉書とリュシアン様を見比べた。
先ほど庭園に現れた水竜は、たしかにネッシャラー!
わたくし、国を救った翼竜と結婚できる上に、レジェンドドラゴンの親戚になれるのね!
わたくしの人生は、これからますます竜まみれになりそうですわ!




