【終わりと始まりの創星神話 0巻 第二章4話】
「……ミュラーさん、どうしたの?」
「ふうむ……。まあ、ゼロも不審に思うのは最もであろうが、あの御方に関しては私が問題無いと保証しよう」
「そうなの? ーーって事は知り合い?」
「む……むう、まあ、そうだな。帝都で随分と世話になった御方だ。帝都を離れてもう随分と経つがーーあの御方は相変わらずのようだな……。ほら、私が待たせても悪い。行ってきなさい」
随分と歯切れの悪い言い方に首を捻る。しかし、ミュラーの言う通り道案内を仰せつかったのに、依頼人を待たせるのは確かに悪いと思い、店を出るヨミの後を追う。
店から出ると、その後ろからレイスも付いて来ている。敵意はないようだが、お互い牽制し合うような視線が一瞬交わる。
「ど、どうも……」
一応、挨拶をすると、レイスも無言で頭を下げる。その様子に悪意や敵意といった雰囲気は感じない。
側付きと紹介されていたし、見知らぬ人物に警戒しているだけだろうか。
「ーーさて、行こうかゼロ少年」
「あーヨミさん。僕の事は呼び捨てで良いですよ?」
「そうかね。ーーふむ、折角だから、私の事も呼び捨てで構わないし、そう畏まる必要もない。喋りやすいように話しても構わない」
「はあ……? まあ、それは僕も有難い、かな。ああ、因みに案内は僕が先導した方が良いのかな?」
僕が組合所の方角に向けて歩き始めると、ヨミとレイスもその後ろを付いてくる。
「いや、君のーーゼロの話を聞きながら歩きたいのでな。私の隣を歩くのは嫌かね?」
「うーー正直言うと、嫌……かな」
失礼だったかなと思い、歩きながら振り向くと、意外とそこにはヨミは微笑みを浮かべていた。
感情らしい表情を初めて見せたが、礼を欠いた言葉に笑みを返されるとは僕も思ってもいなかった。
しかし、背中をずっと見られるのもそれはそれで気分が悪いので歩速を落としてヨミの隣に行く。
「ふっ、確かに正直であるな。ーーさて、では何から話したものか」
「それなんだけど、いいかな? 僕と話がしたいって行ったけどその目的は何? まさか、ただの道案内とお喋りに金貨を払うなんて気前が良過ぎるよね」
「そうかね? 私は市井の感覚に疎くてな。レイスはどう思うかね?」
「……御言葉ですが、先生。帝都の一般常識と照らし合わせたとしても、道案内の対価に共通貨幣ゴルドは大金ではないかと」
初めて口を開いたレイスはヨミの事を先生と呼んだ。
僕はそこに違和感を感じたものの、何だか話をはぐらかされているような気がしたので、今は一旦置いておくとする。
「言っておくけど、返さないよ?」
「ふ、私もそこまで器量に乏しくないさ。その共通貨幣ゴルドは正当な対価としてゼロに支払ったものだ。返して欲しいなど、言わないとも」
「ーーじゃあ、その対価って? 僕に何を聞きたいのさ」
すると、ヨミは視線を真っ直ぐこちらに向ける。
うっーーと、思わず顔を顰めてしまうのだが、その理由に僕はそろそろ気付き始めていた。
「ふむ、そうだね。ーーでは、ゼロの話を聞かせて欲しい」
「は……? 僕の話? そんなもの聞いて、どうするのさ?」
「私がゼロに興味があるからだよ」
ずいとヨミは顔を寄せる。
女性と見紛うほどの端正な顔が近付くにつれ、相対的に僕はヨミから離れる。
「うっ、なんなのさその言い方……」
「む? 何かおかしかったかね?」
「い、いや……うん、何でもない、よ?」
僕の感性が間違っているのだろうか……?
側から見れば、男に言い寄られているようにしか見えない。
過去にもそういう物好きが居たが、それらのような欲情に塗れた視線でないだけ、ギリギリ僕の中で妥協点を超えてないだけで、生理的に受け付けるかどうかは別の問題である。
「ーー例えば、そうだな。ゼロの腰帯に見えるその試験管。四大元素を含んだ液体魔力のようだがーーふむ、液体魔力のみ用いるとなるとーー随分と古式めいているが、錬金術魔法の触媒に使うのかね?」
「ああ……うん、そうだよ。よく見ただけで分かるね」
「昔、私の友人が得意としていたのでな。ーーしかし、今となっては廃れた技術だ。液体魔力の精製と保存には手間と維持費がかかる。また、効力を十全に発揮する為の専門知識も必要だ」
「それは、まあそうだね。正直言って、僕も不便に思う事は多いね」
「然り、その利便性の悪さが廃れてしまった原因とも言えよう。では、何故わざわざそれを用いるのか聞いてもいいかね?」
「あー……まあ、それには色々と事情があると言うか……。そうだね、義父さんの趣味ーーかな?」
「ほう、君のお父上がその液体魔力の精製を?」
「まあ、義理だけどね。錬金術の師匠でもあるかな」
「ふむ、成程。それで、諸般の事情とはーーゼロ、君の特異な体質に関わる事なのかね?」
ぶわり、と。背筋に嫌な緊張が奔る。
「それは…………そこまで、いやどこまで見えてる?」
「大凡は。しかし、核心までは得られずといったところであるか」
不躾な眼差しは胸の内を暴かれているようで、非常に気色悪く感じる。
そして、脳裏に過去の様々な記憶が呼び起こされた。
忌々しいまでの目線。数々の興味。実験動物を見る目。または侮蔑、嘲笑、罵倒。
興味本位で人はどこまで残酷になる事ができるのだろうか。
瞬く記憶の残響は一瞬だけ現実から僕の意識を遠ざける。
「……僕には見られて困る事もあれば、知られたらもっと困る事情があるんだけどね」
感覚の話になるのだが、ここまで嫌な感じがすると流石にヨミの視線の正体に確信に至る。
「ふむ、ならば単刀直入に聞くとしよう。ゼローー君は一体、何者だね?」
「なに……もの……? それは、うんーー可笑しな事を聞くね。わざとらし過ぎて腹が立ってくるよ。ーーその【魔眼】で見ても分からないのかな」
ーー【魔眼】とは、魔法を秘めた特殊な能力を持つ眼の事だ。または、魔力の流れを読んだり、異常な視力を持つ眼の総称である。
「ほう、察しが良いのであるな」
「あれだけ僕の中を覗き込んでさーー気付かないとでも思ってるの?」
魔眼にも様々な種類があり、一見するとただの瞳にしか見えない事が多い。
しかし、先程から感じる異様な視線。僕の中身を探られているような気配から、魔眼だと推測するのはそう難しい事ではない。
ーーしかし、どのような能力を持っているのかは定かではない。
遠視や透視、視力の純粋な強化、はたまた【魅了】や【麻痺】を与える魔眼もある。
【心念術】と呼ばれる相手の心ーー精神に効果を発揮する魔眼もあるぐらいだ。
ヨミが魔眼を持っていると確信した今、僕の中で警戒度がより一層上がる。
「これは失敬したな。中々に興味深い為、見過ぎでしまったようだ。しかし、見るだけでは分からない事もあると知ったよ。ーーゼロ、君のような存在はね」
しかし、ヨミの様子を見る限り、まるで悪びれている素振りはない。
それが、益々僕の苛立ちを募らせる。
「はぁ……それももういいよ。ーーで? 僕に興味……ね。ヨミは帝都の研究者か何かなのかな? それで、商人と偽ってるのは何でなの?」
「ふむ、気付いていたのかね」
随分とわざとらしい。それとも、本気で言っているのか?
「もしかして僕の事、馬鹿にしてるのかな。そんな上等なーー汚れ一つない服着てさ、靴も下ろし立てみたいに綺麗だし。それに、市井の金銭感覚を知らないって? 商いをする人が言う言葉じゃないよね」
初めてヨミを目にした時、服が綺麗過ぎると思っていた。それは、清潔感だけではなく、立派だという意味も含まれている。
帝都の商人ならば、確かにそのような服を着る事もあるのだろうがーーこんな田舎の辺境の町にまで下ろし立ての新品のような服を着るだろうか? ましてや、その異常性に何も頓着していないのが、既におかしいのである。
「……やはり奇を衒うものではないな。素性を偽った事、気を悪くしたようであれば謝罪しよう」
「いやーー別に謝って貰う必要はないかな。それよりも、その眼で直視される方が不愉快だね」
やはり帝国の商人というのは嘘だった。
ーー何故、そんな嘘を吐くのか僕にはその理由が分からないが、素性を偽り隠す事に何か特別な理由でもあるのだろうか?
「これは手厳しい。所で、私の質問に答えてはくれないのかね?」
「僕が何者かーーだっけ? 自分が素性を隠しているのに、僕だけ答えるのは不公平じゃないかな?」
「然り。ーーだが、申し訳ないのだが、私にも素性を明かせないのはそれなりの理由があっての事だと理解して貰いたい」
「……ふーん、まあいいや。それで? 僕について聞きたいって話だけどーーその話題については言いたくないかな」
「それを聞く為に相応の対価は支払ったつもりなのだがね。ーー足りなかったかね?」
「ーーッ! そういう問題じゃない! ああっーー苛々する!」
足を止め、思わず大声を出すと、通りを歩いていた数人が何事かとこちらを向いた。
「気に障ったのなら、謝罪しよう。済まなかった」
「はは、絶対本心では悪いと思ってないでしょ。それと、僕が言いたくないのは、身の安全の為。素性も知れない人間に教えるつもりはない」
「それもそうであるな。確かに警戒に値するのは当然であろう」
「ならーー」
「しかし、私にはそれを聞く正当な権利がある。行使をしようと思えば、強権を発動させ拘束して尋問する事もーーな」
「ほんと、こっちが聞きたいよ。何者なのさ、あんた。話が通らなかったら脅しのつもり?」
離れた所にいた衛士が僕らが言い争う声に気付いたのかこちらを向いた。比較的平和な町だが、争いが全くない訳ではない。衛士に何事かと問い質されたら、状況が悪くなるのは僕の方だろう。
「うむ、そう捉えても構わない」
ヨミは恐らくだが帝国の権力者のようだ。もし捕まれば不利になるのは僕らになる。そして、話にもならない相手だ。もういっそ、この場から逃げる算段を立てるか。
「交渉の余地もなし……ね。ーーなら、悪いけど案内はここまでだよ。僕には僕なりの守るべき秘密がある」
背後にクロネを回し、腰嚢に手を伸ばす。
「そう早計に考えないで欲しいのである。私はゼロと争うつもりはない」
「どうだかね。そう言って、何度騙された事やら」
「ふむ……ならば仕方あるまい。ーーレイス、ゼロを拘束し給え」
「……結局はこうなるのか。ーーゼロと言ったな、恨みはないが先生の頼みだ。大人しくすれば痛い目はみないで済むぞ」
ヨミの後ろから、手甲を付けた拳を構えたレイスが歩み出る。見た通り、近接に特化した格闘戦を得意としているのだろう。僕を捕縛しようと、短い距離を詰める為駆け出す。
「はは、悪いけどーーお断りだね!」
僕は、レイスが辿り着く前に腰嚢から取り出した赤い染め布を巻いた火薬を固めた球体を取り出す。
それを、叩き付けると、勢い良く発火を起こした。そして、中身の火薬を燃焼させると、火花を爆ぜさせながら煙が噴き出る。
一瞬で視界を塞いだ煙は僕らの姿を覆い隠す。その隙に、僕はクロネに指示を飛ばす。
「クロネ、僕を連れて逃げて!」
「……うにゅ」
僕の背中から手を回すクロネは、そのまま軽々と僕を持ち上げ小脇に抱えて走り出す。
そして、跳躍すると近くの民家の屋根に飛び移る。そのまま瓦を蹴り上げながら走り、その場を離脱する事に成功した。
「ーーッ⁉︎ 待て!」
背後からレイスの叫び声が聞こえたが、煙で視界が通らず、僕らを見付けれないままこちらを追う様子はない。
「ふん、誰が待つもんか……。ーーはあ、それにしても、こんな騒ぎを起こして、もうこの町には居られないかな……」
ヨミが本気で僕を拘束したいのならば、遅くても明日までには手配が回っている事だろう。
それに、衛士にも僕の姿は見られていた。すぐに僕の身体的特徴から身元は知られるだろう。
「お兄ちゃん……どこにいくの……?」
「うん、そうだね……。一旦、家に戻ろう。義父さんに事情を説明しないとね……」
屋根から屋根へと飛び移り、高速で流れていく景色を眺めながら僕は考える。
あいつらーーヨミとレイスは何者なのだろうか? 何故、僕らに興味を持つ?
魔眼でどれだけ見られたのだろうかーー僕の、僕たちの正体に勘付かれでもしたのだろうか。
……分からない。分からない事ばかりだ。考えれば考えるほど、記憶の中である光景が脳裏をチラつく。
凄惨な実験。反響する悲鳴。次々と消えていく命たち……。
人が、人間がその尊厳を踏み躙り、同じ人を、人間と思わないその所業の数々が脳裏を駆ける。
あんな思いは二度とごめんだ。ただ一つ残った命が、また脅威に晒されるのだけは決してあってはならない。




